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小豆洗い娘シリーズ

狼男の母親

作者: 塩狸
掲載日:2026/03/20

両親の仲は良く。

仲の良さの産物で自分が生まれたけれど。

両親は、2人きりで完結していた。

衣食住は与えられていたし、きちんと育ててはくれたけれど、2人は2人で、私は1人だった。

両親も、私でそれを、2人でいる事が自分達の一番だと悟ったのか、ただ出来なかったのか、妹も弟が出来ることはなく。

だから尚更、私は1人で。

それに起因するのかしないのか。

私はいつでも、遠くに見える山に惹かれていた。

一度も山を近くで見ず生涯を終える街の人も少なくない。

だからなのか、私の通う学舎(まなびや)の日帰りの遠足で、

「山の麓まで馬車で向かう」

そんな行事があった時。

僅かな時間しか生きていないけれど、物心が付いてからは、何よりも嬉しいと思える出来事だった。

学舎の仲間と共に、馬車に乗せられて向かった山の麓から見上げる山は、大きく険しく。

同じくらいの大きな山を、旅人や行商人は、遙々と越えて来る事もあると教えて貰ったり。

山で狩りを生業にする人も多くいるけれど、この山はあまりに人に優しくなく、今までもこれからも、人がこの山へ立ち入ることはないだろうと、案内役の近くの村の人間に話を聞いている時。

私は、絶え間ない高揚感の中で。

どうしてか、なぜなのか、

「あぁ、帰ってきた」

と、思えた。


そんは私は。

所謂(いわゆる)

「長生きは出来ない子」

と言われる特徴を持つ子供で、指から出せる火も弱く風も弱く、水に至ってはそもそも出なかった。

このタイプの子供は、大人になる前に衰弱していく様で、相変わらず2人きりで完結している両親にとっては、私はいっそ早く死んだ方がいいんだろうなと、子供心に思ったりもした。

それでも私は、自分が衰弱し、どこか安堵をしている両親に看取られて死ぬよりも。

ならばいっそ、その前にと。

考えていることがあった。


そして私は。

(よわい)10歳になった時。

年に一度の、街では一番大きな祭りのためにやってきた「曲技団」の一員になりたいと、両親には勿論、近所の人にも。

あくまでも、

「自分の意思で行きたい」

と曲芸団の一員になりたいと触れ回り、目一杯のここ一番の演技をした。

両親は勿論、反対はしてきたけれど。

それは、子供ながらに、

「周りの目を気にしてのもの」

なのは感じていた。

そう。

私の両親は最後まで、何も変わらなかった。

だから、良くも悪くも、悲しいほどに私の決意も揺らぐことはなくて。

祭りの最終日。

私は、曲技団へ弟子入りするふりをして、1人、山へ向かった。

山へ向かうまでは、遠足で案内をしてくれた人もいた村があり。

私は、街の祭りのために村からこっそり出てきた村の子供の(てい)を装って、村へ向かう旅人の馬車に乗せて貰い。

村からは、川沿いに徒歩で山へ向かった。

鞄には、山へ行こうと決めてから、ずっと貯めていたお小遣いで買った万能石とコンロとナイフとおやつ。

山に入るまでの麓の森は、とてもとても深かったけれど、狂暴な獣もおらず。

私は。

人を拒むと言われる山に、優しく迎えて貰えた。


のちの夫となる狼とは、お互いに一目惚れだったのだと思う。

彼にしても、どうやら独り立ちのために、縄張りを大きく外れ、大冒険をしていた時だったらしい。

全く違う種族だけれど、あまりに違いすぎて、だからこそ、それぞれに惹かれたのだと思う。

そして今思えば、知能も、狼としては異色な程に高かった。

その狼の夫と出会ったのは、山に入ったばかりの、季節は秋の終わり。

言葉は勿論通じないけれど、言葉なんか通じなくても、仲良くなれる。

夫とは、山をたくさん散策をした。

山では、夫が見つけてくれた、人間の大人が2人横になれる程度の、ほんの小さな洞窟が、私と夫の寝床で、住み処だった。

山の、冬の訪れは早く。

それでも、不思議と暖かく。

今思えば、山が私を守ってくれていたのだと思う。

でなければ、力のない子供が、例え、伴侶がいても、生き延びるのは不可能だったから。

そして、街には滅多に降らない雪が少し舞ったその日。

私は、何をされたか分からないけれど、寝込みに、夫となる狼に、

「何か」

をされた。

その「何か」はそう長い時間ではなかったけれど、私は、性的なものにはあまりに疎く。

それでも、これは何かしら夫婦として必要な行為なんだろうなと、その行為に恐怖すらなかったのは、心から夫を信頼していたから。

後で、いざ腹部が膨らみ始めてから、あれは繁殖行為だったのだと知ったけれど、私の身体はまだ、血が一度流れたばかりの身体だったから、本当にある意味ギリギリのタイミングで、私は、彼との子供を孕めた。

私は、腹が膨れてきたことには喜びしかなく、夫も膨らみ始めた私の腹に、嬉しそうに顔や鼻先を押し付けてくれた。

ただ、唯一の気掛かりは。

私の両親の様に、

「自分達の間に子供は要らなかった」

と、生んでから思ってしまったらどうしようと、そんな不安。

それでも、微かな不安とは裏腹に、腹はどんどん膨らみ。

人の子供ではないせいか、それは関係ないのか。

私には、つわりと呼ばれるものはなく。

それでも夫は、身体が重くなり段々動きの鈍くなる私のために、一層、いろんなものを採って、狩ってきてくれた。

幾度かは、夜に人里にまで降りて、万能石を盗ってきてくれたこともある。

言い訳にもならないけれど、村の外灯の下に積んである万能石。

外灯のための非常に安価な万能石で、大きな罪にはならないと、お目こぼしして欲しいと、それは今でも思っている。


出産は、その痛みには、私の身体が耐えられるくらいのものだった。

子供が母体に合わせて、とてもとても、本当に小さく生まれてくれたお陰でもある。

生まれてくる子供は、きっと、夫そっくりな狼だと思っていたのに。

(……わ、わ、人の子だ……)

その小さな小さな肉体は、しっかりと人間の身体で。

(ええと、これは性器……?)

どうやら男の子っぽかった。

頭はもう髪の毛が生えていて、頭から生える夫そっくりの耳と尻の尻尾が可愛い。

生きる力は、私よりもどうやら父親に似てくれて、頑丈で元気。

可愛くて愛おしくて、何物にも代えがたい宝物が出来た。


授乳が終わる頃。

子供が、お乳以外のものに興味を持ち始めた頃。

私はまるでその役目を終えるように、徐々に眠ることが増えて、息子と共に夫の身体を枕にして眠り、ある日、そのまま起きなかった。

でも。

でも。

ずっと、空を見上げていた。

洞窟の中で眠ったはずなのに、どうしてか、はっきりと空が見えていた。

やがて、生きていた頃の自分の背丈で、大きく深い山の崖近くに立ち、辺りをぼんやりと見回す様になった。

そこは、天気のいい日に、夫と、よくいた場所。

私は、季節の移り変わりは勿論、朝夜の感覚も曖昧、でも、深い山々を、見るともなしに見ていた。

幾度かの大雨や嵐などで、地形がほんの少し変わっていく姿を、ただただ、俯瞰しつつ。

自分が、どうやら山の一部になれていることに気付き、山に感謝し。

いつか、いつか、夫の魂的なものとも、再びこの山で出会えればいいなと、ただぼんやりぼんやりと、穏やかに山の季節のうつろいを感じつつ、微睡んでいた時。

ふと。

「……?」

異物。

そう、山に、異物の気配を感じた。

それはもう、唐突に入り込んだ。

そういう意味では、拒絶を出来ないこの山よりも、大きな力のある、

「何か」

で。

多分、私はそれによって、山に異物が入り込んだ時に、長い微睡(まどろ)みからの目が覚めたのだと思う。

ハッと、もう肉体も感覚もとっくの昔に失って存在もしないのに、目覚める様に、視界がはっきりした時。

遠く遠くから、茶色い4つ足の獣が走って来るのが見えた。

あれは。

「……?」

(何の生き物だろう……?)

山の生き物は、夫とも、たくさん見てきたのに。

それなのに、私が知らない獣。

山に森に馴染む様な、地味な土色をした多毛な獣。

ずんぐりと丸みを帯びた身体、何よりもあの足の短さで、よくあれだけの速度が出るものだと感心しつつ。

私の目が覚めるきっかけとなったのは、あの獣に関係あるのか、ないのか。

獣は、しっかりと向かうべき場所があるようで、脇目も振らずに駆けていく。

一体、山の、どこへ向かうのか。

姿はあっという間に消え。

けれど。

(……違う)

驚きはしたけれど、あれは、私が目が覚めるきっかけになったものではないと感じる。

ただ、私を目覚めさせた「何か」も、あの茶色い獣も、この山にとって、悪いものには感じず。

茶色い獣は、ただの、山の新しい住人かもしれない。

気配を手繰っても、今の私では、全く追うことも出来ず。

私は、再び微睡みながら、またも山を俯瞰しかけた時。

「……?」

(何か……)

また「何か」が。

けれどそれは、今度は唐突に、こちらに向かって来た。

それは、やはり、あの茶色い獣。

でも。

違う。

茶色い獣には「何か」が乗っていた。

とても小さな。

(人間の、子供……?)

疑うのは、髪は漆黒、違和感を覚えるほどに真っ直ぐに風に流されていること。

人間の子を模したけれど、少し間違えた様な。

それに、赤い瞳。

そのあまりにも不自然なくせに、あまりに赤く美しい色に目を奪われかけた時。

「……!!」

私の、とっくに存在しないはずの心が、ぎゅっと跳ねるように高鳴ったのは。

あれは。

(あれは、あれは、あれは……っ)

人の子を模した何かを乗せた茶色の獣の後に付いて走る、もう1人の生き物。

頭には狼の耳、精悍な顔付きは、笑顔が絶えず。

楽しそうに、その長い足で難なく崖を飛び越え、尻尾を揺らす。

あれは。

間違えるはずがない。

(私の、私の、私の……)

あぁ、あぁ、あぁ。

そうか。

そうか。

夫は、私の夫は。

私が眠った後も、私たちの息子を、育て上げてくれたのだ。

あんなに、あんなにも、大きく立派に、精悍に。

一体、どんな切っ掛けで、一体、何があったのか。

何も、何も分からないままだけれど。

実体をなさない私のいる、崖近くの、小さな桃色の花の咲く平坦な場所に、彼等はやってきた。

不意に足を止めて、息を整えながら、辺りを見回す私の息子は。

「……」

山に流れる緩やかな風よりも儚い私のことなど、気付くわけもないのに。

確かに、こちらを見て、笑った。

ただの偶然でしかないのだろうけれど。

休む間もなく、すぐに再び走り出す、とても風変わりな「何か」を乗せた1匹と1人。

彼等を、息子を見送りながら。

(どうして)

どうして。

どうしてなのか。

私には、肉体もないはずなのに、頬に、涙が流れているのを感じる。

流れる涙の熱さすら、今は、はっきりと分かるのだ。

生きている間でも、こんなに涙を流したのは、息子が産まれた時だけ。

でも。

どちらも、それが、歓喜によるものであることは、変わらない。


ーーー


その、長く長く続いた涙が止まる頃。

(……ぁ)

いつからいたのか。

もしくは、ずっと隣に居たのに、居てくれたのに、気付かなかっただけなのか。

「……少し、久しぶりだね」

すぐ隣に、狼としては、とても大柄だった夫の気配を感じた。

ふわりとした毛の感触までも。

「……♪」

相変わらず夫とは会話は出来ないけれど、だからこそ、隣に寄り添うのは、正真正銘、私の夫だと信じられた。

「息子を、人里へ送ったのね」

「……」

「違うの?」

「……」

夫からは、自分も事態を把握していないと言った空気を感じる。

夫が何かをしたのではないらしい。

ならば夫も、私と同じ様に、山の一部になって、ずっと、山を揺蕩(たゆた)っていたのだろうか。

それならば。

息子に、息子が人里へ降りるために、風変わりな使者を送りつけたのは、誰なのか。

とても変わった獣と、人の子供を模した「何か」。

不思議に思ったけれど、きっと、あれくらい風変わりでないと、息子のいた山深くへは、辿り着けなかったのだろう。

未だに人の気配はなく、この先も、人は当分の間は立ち入ることはないであろう山深く。

息子の気配はあっという間に遠くなり、ただ、楽しい余韻だけは、長く長く残してくれた。

私達は、その余韻に包まれながら、また眠る。

でも。

きっと息子が帰ってきた時は、私たちの目は覚める。

それまでは、いつかの様に、夫に包まれるように、私は眠る。

私を受け入れてくれ、私を山の一部としてくれた、優しいこの山で。



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