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梗介side
俺の静止の言葉を振り切り脱兎の如く腕からすり抜けていく葵。すぐにでも追いかけたかったが、扉の前にいる侑李が目に入り急ぎの電話があったことを思い出し踏みとどまる。
何故こうもうまくいかないのか・・・。
「はぁ・・・」
片手で顔を覆い深いため息をこぼすと、侑李が顔を覗き込むようにしながら近づいてくる。
「梗介さん?」
「分かってる」
少しイラついた気持ちが言葉に乗ってしまい空気が冷える。そのまま侑李を素通りして1階に戻り電話の対応にあたった。
葵とは小学生の頃からの幼馴染だった_______
母親同士が友人で仲が良かったそうだが父の転勤でこの街を離れていた。俺の両親もこの街が好きで元々戻ってくる予定だったそうだ。移動願いが受理され俺の小学校入学に合わせて戻ってきた。
葵の家と近所で、両親に紹介されて初めて会った葵は朗らかで柔らかい雰囲気を持っていた。すぐに仲良くなり小、中、高と同じ学校でずっと一緒に過ごしてきた。
しっかりしているように見えておっちょこちょいで、たまに見せるくしゃっとなる笑顔が可愛い。怒ったり泣いたり笑ったり、表情がコロコロ変わるのが見ていて飽きなくて目が離せなかった。
葵が好きだと自覚してから告白することも考えたが、今の関係が壊れてしまうのが怖くてつい素直になれないでいた。
高校3年の秋、いつものように学校の屋上で時間を潰していると、今まで恋愛ごとには興味なさそうだった葵が友達に彼氏ができたとか、付き合うってどんな感じなんだろうとか、恋愛に関することを話してきた。
「・・・彼氏でも作んの?」
内心不安になったが冷静に問いかけた。
答えを聞きたいような聞きたくないような複雑な心境で返答を待つ。
「彼氏って作るものじゃないでしょ・・・ねぇ、私に彼氏ができたらどうする?」
まさかの質問にひどく動揺するが顔に出さないよう必死に普段通りを取り繕う。
「どうするってなんだよ」
「ひとりぼっちになって寂しいかなぁって思っただけ!」
なぜか少しキレ気味で返される。
「寂しくねーし、ひとりぼっちでもねーよ」
「梗介は黙ってても女が寄ってくるもんねっ」
「そう言う意味じゃねぇ」
「私は一生独身ですよーだっ」
「何ぶすくれてんだ」
「ぶっ!?失礼!」
「はははっ」
いつものように言い合いながら笑い合う時間が好きだった。そんな感情に感化されたのか俺は思わず口走っていた。
「まぁ、30歳になってもお互い相手がいなかったら・・・貰ってやるよ」
冗談のような、本気のような曖昧なトーンになってしまい葵を見れずに夕日と睨めっこする。
素直じゃない言葉だが、この時の俺にとって精一杯の想いの伝え方だった。
少しの沈黙の後「なんで30歳なの」と葵が笑いホッとした。
「確かに30歳までお互い相手がいなかったら、それもいいかもね・・・」
葵は小さな声でそう付け足すと「もう帰ろう」と会話を終わらせた。
その後から少しずつ葵と距離ができるようになった。気まずいわけではないがなんとなく避けられている気がしてもどかしかった。
大学が別になり連絡を取り合うことも減っていったうえに、俺はロンドンへの留学が決まり、そのまま向こうで就職。勉強や仕事に忙殺される毎日だった。
連絡を取ろうと試みるも「お掛けになった番号は現在使われておりません」と機械的なアナウンスが流れるし、メッセージも既読がつかない。
葵と仲の良かった真緒にも連絡を入れるが「お前の出る幕はない。悔しかったら自分でなんとかしな」と早々に切られた。真緒は出会った時からなぜか俺に対して当たりが強い。俺は何故こんなに真緒から嫌われているのだろうか・・・?
高校の友達と電話で話す機会があればそれとなく葵の情報を引き出したりしていたが、その度に付き合っている人がいるだの、結婚目前らしいだの、心を抉るワードたちに打ちのめされた。
葵のことは諦めろという神からの思し召しなのだろうかと、向こうで知り合った日本人の女性と付き合ったりもした。
その彼女には「私を通して誰を見てるの?私のこと、別に好きじゃないでしょ」と言って振られた。そこで初めて彼女を通して葵を見ていることに気がつき思った。
多分俺は、この先一生、葵しか愛せない_______。
葵に相手がいようが関係ない。俺は死ぬまで葵のことを好きでいる。
覚悟が決まり、寄ってくる女避けに左手薬指に指輪をはめることにした。この指輪が後々、俺と葵の関係を拗れさせる要因になるとはこの時の俺は思ってもいなかった。
葵と会わなくなって8年が経った頃、独立して自分の建築事務所を設立するため日本に戻ることになった。大好きな地元の街を感じたくて事務所は地元の霜月がある都市に構えた。
早速、実家に帰って葵のことを聞きたかったのだが、喜ばしいことに設立と同時に仕事が次から次に舞い込んだ。土日も返上して徹夜して作業にあたることも多く、葵を探す前に己がくたばるのではないかと思うくらいだった。
やっと人材も集まり仕事が落ち着いてきたのが、一年経った今年の冬。
なんとかペースも掴めてきたので、大きな案件にも手を出すことにした。12月下旬に、昨年受けたインタビュー記事を見て地元である霜月の駅前開発プロジェクトに抜擢され、こんな好案件はないとすぐに承諾。
それに合わせて霜月のタウン誌を発行している出版社から取材の依頼が来た。どんなことが書かれているのかとそのタウン誌を読んでいた時に見つけた。小さな字で端に書かれている『柚月葵』の文字。見間違いかと何度も確認したが間違いなく書かれている愛しい人の名前。
すぐに出版社に承諾の連絡を入れ、取材は葵を担当にしてくれと指名した。
そうしてやっと手に入れたチャンスだったのに・・・。
いや、まだ諦めるには早い。このプロジェクト中に会う機会はいくらでもあるはずだ。
もう、手をこまねいていただけの幼い自分ではない。欲しいものは絶対に手にいれる。




