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作者: 兎文人
掲載日:2025/12/19

友人のアパートに泊まった夜のことだ。

新築だった。壁も床も白く、生活の匂いがほとんどしない部屋だった。


深夜二時を少し回った頃だったと思う。

眠りに沈みかけた意識の底で、ドン、と鈍い音がした。


壁を叩くような音だった。

間を置いて、もう一度。

さらに続けて、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン。


友人の方を見ると、彼はあくび混じりに笑っていた。


「隣の部屋? 誰も住んでないよ」


そう言ってから、面白そうに付け足す。


「隣、事故物件なんだ。借り手がいない理由も分かるよな」


冗談めいた口調だった。

怖がらせるつもりなのだろうと思い、それ以上は何も言わなかった。


それきり音はしなかった。

耳鳴りがするほど、静かな夜だった。


朝になり、隣の部屋の前に立った。

ドアは閉まっていて、取っ手は冷たかった。


中に誰もいないはずなのに、

こちらが間違った場所に立っているような感じがして、長くいられなかった。


数日後、友人は引っ越した。

理由を聞くと、「なんとなく」とだけ言った。


彼の新しいアパートで酒を飲んだ夜、話題は自然とあの部屋のことになった。


「結局さ、隣、事故物件だったんだろ?」


そう聞くと、友人はしばらく黙り、グラスを置いた。


「違う」


低い声だった。


「事故物件だったのは、俺の部屋だよ」


彼は笑わなかった。


あの夜、壁を叩く音がしたアパートを、

私は今でも、はっきり思い出せない。


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