隣
友人のアパートに泊まった夜のことだ。
新築だった。壁も床も白く、生活の匂いがほとんどしない部屋だった。
深夜二時を少し回った頃だったと思う。
眠りに沈みかけた意識の底で、ドン、と鈍い音がした。
壁を叩くような音だった。
間を置いて、もう一度。
さらに続けて、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン。
友人の方を見ると、彼はあくび混じりに笑っていた。
「隣の部屋? 誰も住んでないよ」
そう言ってから、面白そうに付け足す。
「隣、事故物件なんだ。借り手がいない理由も分かるよな」
冗談めいた口調だった。
怖がらせるつもりなのだろうと思い、それ以上は何も言わなかった。
それきり音はしなかった。
耳鳴りがするほど、静かな夜だった。
朝になり、隣の部屋の前に立った。
ドアは閉まっていて、取っ手は冷たかった。
中に誰もいないはずなのに、
こちらが間違った場所に立っているような感じがして、長くいられなかった。
数日後、友人は引っ越した。
理由を聞くと、「なんとなく」とだけ言った。
彼の新しいアパートで酒を飲んだ夜、話題は自然とあの部屋のことになった。
「結局さ、隣、事故物件だったんだろ?」
そう聞くと、友人はしばらく黙り、グラスを置いた。
「違う」
低い声だった。
「事故物件だったのは、俺の部屋だよ」
彼は笑わなかった。
あの夜、壁を叩く音がしたアパートを、
私は今でも、はっきり思い出せない。




