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Black Rings  作者: 弥百花
9/16

束の間の楽園(コロニー・リオンド)

知らない街は、

それだけで人を少しだけ自由にする。


規律も、訓練も、評価もない場所。

笑って、食べて、立ち止まって――

それだけのことが、こんなにも久しぶりだった。


けれど、

自由はいつも、油断した瞬間に終わる。


穏やかな街並みの奥で、

気づかぬうちに、

“視線”はすでに――こちらを見ていた。

コロニー・リオンドは、

コロニー・ルミナリアとは、まるで空気が違っていた。


白く整えられた街路。

能力を誇示する紋章も、訓練用の警告音もない。

ガラス張りの建物が光を反射し、

人々はどこか余裕のある足取りで行き交っている。


少し歩くと、リオンドの中心街に出た。

そこは、まるでテーマパークのようだった。


いたるところから、美味しそうな匂いが漂ってくる。

ユウナギは、三人分の焼きとうもろこしを購入した。


「美味しい!」

カナタは、思わず声を上げる。


「これ……この世の食べ物?」

カラフルで、ぷちぷちと弾ける粒。

香ばしく焼かれ、その上には醤油風味の泡がかかっていた。


「オーバーだなぁ」

ミラは、苦笑する。


「惑星の野菜だな。だから高かったのか」

ユウナギは、ひとり納得したように呟いた。

「惑星アストレアに行ったら、今度は買って帰ろ」


洋服店を見て回るミラは、すっかりテンションが上がっている。

二人はその後ろを、まるでツアー客のようについていった。


次に入った店には、専門書や古い資料が並んでいた。

ユウナギは、吸い寄せられるように一冊を手に取り、立ち読みを始める。


時間が、ゆっくりと流れていく。


「……いつまで読むの?」

ミラが、少し心配そうに声をかけた。


「あ、ごめん。なんかこの本、気に入ってしまって」


「買ってみる?」


「……この歴史書というか、未来史?

なんか、“戦わなかった世界”の話でさ」


値札のシールに一瞬だけ視線を落とし、

ユウナギは、何事もなかったように棚から離れた。


その時だった。


カナタの足が、ふと止まる。


無重力ゲーム。 少し大きめのカプセルの中で、観光客の身体がふわりと浮いていた。


無重力の中、オモチャの剣を振り回し、

空中に現れるモンスターを斬る――そんなゲームらしい。


「高……このコインゲーム」

ミラは、三人でまとめた旅行用カードの残金を見た。


ルールは単純だ。

十匹中、八匹以上倒せば景品。


前の観光客は、二匹。


「……カナタ、やりたそうだね」ユウナギが言う。


「やっていいの?」


「一回だけよ」

ミラはそう言って、カードを通した。


カナタの身体が、ふわりと宙に浮く。


「わああ……!」


その感覚に夢中になり、

剣を持っていることすら、忘れていた。


『0点です』


乾いた音声。


「カナタ!倒すの!」

ミラの声は、当然届かない。


観光客は笑い、奇妙な動きをするカナタに気づいた人たちが足を止めた。


人が集まってきた。


またカードを機械に通したミラ。


「え?ミラさん?」ユウナギは、見守る。


また、装置が動き出した。

それでもカナタは、宙に浮くのが楽しいのか、ただ浮遊している。


『0点です』


「ちょっとカナタふざけてんの?」ミラは頭を抱えた。「カナタ、ルールわかってる?……夕ご飯は、無しね」


「本気か?」ユウナギは呆然とした。


「最後の一回よ!」

外から、ミラは必死に合図した。


ようやくカナタは、手に剣を持っていることを意識した。


次の瞬間だった。


あっという間に十匹倒した。

周りの観衆は、唖然とする。「……すげ……」


「あー楽しかった」


「楽しみ過ぎだよ、カナタ」

ミラはカードの残金を見て、はっとした。


「ふわふわして、心地良かったんだよ」目を閉じるカナタ。


「みんな、そのふわふわ気持ち悪いって言ってたよ」


「景品が、夕飯になったね」

小さな高級チョコが三つ入ったカプセルを開けユウナギが二人に一個ずつ渡した。そして笑いがこらえられなくなった。


「え……夕ご飯?これ」お腹の音がなるカナタ。


三人は、中心街の端に来ていた。


「トウモロコシも美味しかったし、服もいっぱい見たし!私は満足よ!」ミラは、ユウナギとカナタを見た。


「ほんと、久しぶりだよ。コロニー・リオンド」


三人は、知らない街に解き放たれたみたいに、

束の間の自由を味わっていた。


――その時だった。


前方に、人だかり。


記者用ドローンが宙を舞い、

フラッシュの光が連続して瞬く。


「新薬の発表みたいだね」 「再生医療の……」


誰かの言葉に、ユウナギが立ち止まった。


「……あの人」


空気が変わる。


人垣の中心に立つ男。

白衣の下に隠しきれない刺青。

蠍が、全身を這うように刻まれている。


「調べたことある」 ユウナギが低く言う。 「再生医療の研究者。

 でも……強い」


「研究者だったんだ、やっぱり」 カナタは、白衣姿を思い出した。 身震いして、感情に蓋をするかのように続けた。

「強かった、めちゃくちゃ」冗談混じりに顔付近に両手をひらげる。


「……なんで“強い”って知ってるの?」 ミラが訝しげに聞く。


「見たんだ」 カナタは、軽く答えた。 「魔王と戦ってるところ。

 でも……あの人も、魔王に見えた」


「それ、わかる」 ユウナギが頷く。


ミラは、じっと男を観察していた。


中性的な顔立ち。

整った容貌。

それなのに、どこか人ではない――

悪魔のような違和感。


「あんまり付きまとうと、殺しちゃうよ?」


笑顔だった。


それが冗談なのかどうか、

誰にも判断できなかった。


記者たちが一斉に後ずさる。


「……やっぱり悪魔だ」 ミラは、率直に引いた。


その瞬間。


「あー!!」


明るすぎる声。


「君たち!あの時のー!」


男――スコーラオが、

まるで旧友を見つけたみたいに手を振った。


「大きくなったねぇ!

 四年ぶりだっけ?」


距離が、一気に詰まる。


ミラが気づいた時には、

カナタとユウナギが、いつの間にか自分の背後の離れたところにいた。


「……え?」


「友達は、君を置いてきぼり?」


スコーラオの腕が、

自然すぎる動きでミラの肩に回される。


身体が、動かない。


「……ごめん」

背後から、カナタとユウナギが出てくる。

まるで盾になるように。


「な、なに?」 ミラは半笑いのまま、状況を理解できずにいた。


ミラは、二人の顔色が一気に変わるのを見た。


「その後どうしてるかなって思ってさ」 スコーラオは、無邪気に続ける。 「どこの学校?今は?」


沈黙。


「……まぁいいや」 彼は気にせず、ミラを見る。 「君は?」


「……ミラです」


「じゃあさ、今夜どう?

 再会の記念に、三人まとめてご馳走するよ」


「ご馳走!?」ミラの目が輝いた。


「門限が――」 ユウナギが断ろうとした瞬間。


財布から出された名刺。

そこに付いていた、小さなウサギのキーホルダー。


「……キーホルダー」


カナタの声が、漏れた。


「これ?ただの飾りだよ」 「欲しい?」


「い、いえ……」


カナタの視線は、

そのキーホルダーから離れなかった。



高級ホテル。

きらびやかで静かすぎるダイニング。


「スコーラオ様、本日はお友達で?」 シェフが尋ねる。


「そう!もう再会が嬉しくて!」


勝手に“友達”にされていた。


「何でも頼んでいいよ」 「ここ、私のビルだから」


「……え?」


三人は、言葉を失った。


「今、何でもって言った?」ミラは、空腹になっているお腹を触った。カナタも頷いた。


料理が出てきた。前菜の前の前菜から始まり、スープとメインディッシュは三種類。デザートまである。


「ミラちゃん、Defenceなんだ!かっこいいね!」


「ミラ、喋りすぎ」 ユウナギが小声で制す。


「いいじゃない。

 この人、有名人だし、顔割れてるし、ご馳走してくれてるし」


ユウナギだけが、

皿に手を伸ばそうとして――やめた。


食欲がない、というより、

「口にしてはいけない」と感じていた。


「ねぇ」 スコーラオが、穏やかに切り出す。 「あの少年と、どういう関係?」


「……あの少年?」


「破壊的な強さの子」


空気が、凍った。


「……知らない」 ユウナギは、息を殺して答える。 「突然現れて、突然消えました」


笑顔は、崩れない。


「そっか。不思議だよね」 「また会ったら教えて。

 もう友達なんだし」


カナタを見てニッコリ。


カナタはウサギのキーホルダーを大事そうに見ていた。



帰路。


「なんで食べなかったの?」 ミラが言う。

ユウナギが残した料理を包んでもらったミラ、強引にユウナギに渡した。


カナタは、眠たそうにしていた。


「……見てないから」 ユウナギは、低く答えた。


「攻撃してたのに、

 あの少年……Defenceを張ってた。両方使えてた」


「最低でも、レベル8以上」 「瞬間移動してたなら、10以上……」


思い出す。

それでも、使われていないリングが、いくつも光っていた。


――ありえない。


そして、その少年を倒した男、それがスコーラオ。


ユウナギは、

“格の違い”を、はっきりと実感していた。



(第九章・了)



楽しい時間ほど、短い。


笑っていた記憶と同じ速度で、

違和感は、静かに心の奥へ沈んでいく。


強すぎる存在。

消された記録。

そして、偶然とは思えない再会。


何も知らないふりをして進むことはできても、

知らなかったことには、もう戻れない。


この街で得たのは、休息ではない。

――次に進むための、決定的な“不安”だった。


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