三分間の防衛
強さは、力だけで測れない。
守るという行為は、
相手を“好きかどうか”よりも、
自分が何を抱えてきたかを暴き出す。
それを試すには――
あまりにも、残酷な試練だった。
教室に入ると、空気が少し張り詰めていた。
三十人分の席が、均等に並び、
どの顔にも「選ばれた」という自覚と緊張が浮かんでいる。
そこへ、扉が勢いよく開いた。
「はい、皆座ってー!」
軽い声とは裏腹に、場が一気に静まる。
「今日から担任のプラス先生だ!
自己紹介しようか。
32歳、独身。最近、薄毛が気になる今日この頃!」
「……」
教室が、凍る。
「いやあ!精鋭部隊の卵たち!
君たちの“奇跡に触れる瞬間”に立ち会えるなんて、先生は光栄極まりない!」
カナタの隣で、小さな声が漏れた。
「……セクシャルハラスメントの臭いしかしないな」
それは、栗色の前髪をピンで留めた男子生徒。
バーチ・カレイドだった。
彼はちらりとカナタを見て、にやっと笑う。
「君、可愛いね。めちゃタイプ」
「……タイプ?」
カナタは目を丸くする。
その瞬間、背後から鋭い声。
「バーチ。それ、あんたも普通にセクシャルハラスメントだから」
振り返ると、ミラが腕を組んで睨んでいた。
「中身おっさん、キモい」
「ミラちゃんが振り向いてくれないから……」
「まじ、無理」
吐き捨てるように言うミラ。
前の席のユウナギは、その攻防を知る由もなく、前を向いている。
担任は気にした様子もなく、紙を配り始めた。
「さて。君たちに聞きたい!
この紙に、苦手な人と好きな人を書いてくれ」
教室がざわつく。
「親でも兄弟でも、先生でもいい。
書きたくなければ、どこぞのアイドルでも構わん!」
ミラが小さく呟いた。
「……嫌な予感しかしない」
教室の空気が、少しだけ引き締まった。
さっきまでのざわめきが嘘のように、
誰もが前を向く。
「皆に伝えておかなければならない、大事なことが二つある」
プラス先生は、珍しく背筋を伸ばした。
「一つ目。このクラスは――
潜在リングレベル5以上の、超優秀な生徒だけで構成されている」
教室のあちこちで、わずかな息を呑む音がした。
(……私は、含まれてない)
カナタは、表情を動かさなかった。
もう、とっくに分かっている。
「そして今後――
諸君には、リングを二つ解除した状態で生活してもらう」
ざわめきが走る。
「つまり、常時レベル3だ。
武術の時間に、どれほどの力か体感してもらおう」
カナタの指先が、ほんのわずかに強張った。
これは“訓練”じゃない。
努力して積み上げてきたものを、削がれる条件だ。
「二つ目」
プラス先生は、間を置いた。
「諸君は、AttackかDefenceのどちらかしか使えない」
数人がうなずく。
「まぁ、レベル8以上なら両方使えるが――
ちなみに先生は8だ」
ドヤ顔。
「……うざ」
どこからか、小さな声が聞こえた。
「そして常に二人一組だ。
破壊行為は即退学。
ソウルメイトになってもらう」
黒板にチョークが軽く当たる音。
「――最後に、一つだけ補足だ」
空気が、変わった。
「ここにいるカナタくんは――
かつて、レベル11に到達していた」
教室が、どよめいた。
視線が、一斉にカナタへ集まる。
「だが現在、その力は眠っているとされている。
期待値が高すぎる存在だ」
プラス先生は、ゆっくり笑った。
「だからこのクラスには、特別に教官をつける」
一拍。
「――現役、特殊部隊隊長だ」
◇
中央特殊訓練施設は、
白い壁に囲まれていた。
音が反響しやすく、足音ひとつでも妙に大きく響く。
高い天井の照明は均一で、影ができにくい。
逃げ場のない場所だと、無言で告げているようだった。
生徒たちは、無意識に間隔を空けて立っていた。
誰もが、これから始まる“試練”を予感している。
プラス先生が、中央に立つ。
「今日は、Defenceの強化学習を行う」
その一言で、空気がわずかに張り詰めた。
「先生、質問です」
遠慮がちに手を挙げたのは、
薄いピンク色の髪に眼鏡をかけた少女――ミルル・セーレンだった。
「いつ、ソウルメイトが決まるんですか?」
「わかるわあ、それ」
すかさずバーチが口を挟む。
「夜も眠れないよな。恋人が自動で決まるなんて」
「ソウルメイトよ!」
ミラが鋭く突っ込む。
「今日の試練を越えたら、決める」
プラス先生は淡々と言った。
「試練?」
ユウナギが、眉をひそめる。
「Defenceの適性試験だ。
これまで君たちは、シャインスフィアを防御する壁を作る訓練をしてきたな」
床に描かれた円陣の中央を、先生は軽く足で示す。
「今回は、人間に対してシールドを張ってもらう。
強度は求めない。だが――高度な技術が要る」
「そんなのお茶の子さいさいじゃね?」
バーチが肩をすくめる。
プラス先生は、腕のリングを軽くさすると、声を落とした。
「先日、紙に書いてもらったアンケートを覚えているか?」
「好きな“もの”、嫌いな“もの”」
カナタが、小さく答える。
「好きな“人”、嫌いな“人”だろ?」
バーチが笑う。
「で、カナタちゃんは何書いたの?」
「……ウサギのスリッパと、錆びたスプーン」
一瞬、間が空いた。
「大丈夫かよ君」
バーチが引き気味に言う。
「ちょっと変わってない?」
「バーチ、黙りなさい」
ミラの声は、いつもより尖っていた。
「先生の話が聞こえない」
「じゃあミラは?」
「教えるわけないでしょ」
「おしゃべりはそこまでだ」
プラス先生が、手を打つ。
「これから特殊装置を使い、
Defence適性者に“幻覚”を見せる」
生徒たちが、ざわめく。
「現れるのは、君たちの“嫌いな人”だ。
その人物を、私の攻撃から三分間守ってもらう。
一人ずつ行う」
「……これだったんだよ、嫌な予感」
ミラは、顔を手で覆った。
「……最悪」
最初に呼ばれたのは、ミラだった。
床の円陣に立った瞬間、
彼女の前に、人影が形を成す。
――兄。
ミラの胸が、嫌な音を立てて軋んだ。
奪われてきた。
好きなものも、時間も、尊厳も。
暴力的で、短気で、
自分を特別な存在だと疑わない男。
(……こいつを、守れって?)
喉の奥に、吐き気がこみ上げる。
教わった通り、対象を“スキャン”し、
全身で受け入れるイメージを持つ。
――無理だ。
開始から、わずか十秒。
ミラは膝をつき、息を荒げた。
「……リタイア」
その後も、何人かの生徒が続いた。
誰も長くは保たなかった。
プラス先生が、静かに告げる。
「アンケートは、私は見ていない。
出現する像は、君たちの心が勝手に選んでいる」
「Attackで良かったとか思ってる?」
バーチが、ユウナギに小声で言う。
ユウナギは、答えなかった。
「次、バーチ。前へ」
「俺もAttackだったらなぁ……」
バーチは、三分二秒。
ぎりぎりで、床に崩れ落ちた。
「……最悪だ」
掠れた声が、やけに大きく響く。
「昔、俺をいじめてたヤツが出てきた」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
訓練施設の白い壁が、その沈黙を跳ね返す。
重たい空気だけが、じわじわと場を満たしていく。
「今日は脱落者が多かった」
プラス先生の声は低く、感情を抑えていた。
「――しばらく、ソウルメイトは組まない」
その表情には、
残念さよりも――興味が浮かんでいた。
その言葉を最後に、
訓練は、静かに打ち切られた。
(第七章・了)
誰もが、
守れると思っていた。
だが、
「嫌いな存在を守る」ことは、
自分の傷と向き合うことでもあった。
この試練で砕けたのは、
シールドではなく――
自信と、過去だった。




