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Black Rings  作者: 弥百花
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静かな選抜

あの朝、

川原で何も起きなかったことが、

すべての始まりだったのかもしれない。


待つこと。

来ないこと。

そして、時間が流れていくこと。


それでも――

人は、前へ進んでいく。

早朝。

カナタとユウナギは、川原に並んで立っていた。


吐く息は白く、冷えた空気が肺の奥まで染みる。

二人は無言でストレッチをしながら、川の流れに耳を澄ませていた。


水音が、いつもより大きく聞こえる。


「……もうすぐ通ると思う」


カナタが、そう言った。


「うん」


ユウナギの声は、わずかに硬い。

緊張が、はっきりと伝わってくる。


「時間、いつも正確なんだよね……」

カナタは、川向こうにそびえる歴史館の時計台を見上げた。


「今日は、遅いな。

 ……何かあったのかな」


風が吹き抜け、枯れ草がかすかに揺れた。


――けれど。


どれだけ待っても、

青い髪の“ラン友”の姿は現れなかった。



少し離れた木立の影。


長身で、エルナスと同じく青い髪を持つ青年が、低い声で問いかける。


「……なぜ、隠れるのですか」

セリュー・フォルシオンだった。


「いや。なんとなく、今日はいいかなって……」

エルナスは視線を逸らし、曖昧に答える。


「本当に、不器用な方ですね」


その言葉に、エルナスは小さく息を吐いた。


「……帰るよ」


踵を返しかけた、その背に――


「なぜ、あの少女に肩入れされていたのですか?」

静かな問いが投げかけられる。


エルナスは、しばらく黙っていた。


川の音だけが、遠くで響く。


やがて、ぽつりと零した。


「……似てたんだよ」


それ以上、何も語らなかった。


その日。


カナタとユウナギが、川原で待ち続けることはなかった。


エルナス・リュシオンが、

再びあの場所に現れることは――

二度となかった。


――いつか、再会することはあっても。


朝の川原には、

ただ冷たい風と、水の流れる音だけが残っていた。



いつもよりざわめきを感じる朝。


登校して教室に入るカナタとユウナギ。


「……おはよう」


誰かが、ぎこちなく頭を下げた。


カナタは立ち止まり、少し考えてから言った。


「普通でいいよ」


カナタは、まだここにいる。


それが正しいのかどうかは、わからない。


ただ――

逃げている感覚だけは、もうなかった。



◇◇


それから四年の月日が流れた。


新しい校舎は、

以前よりもさらに高く、

さらに静かだった。


磨かれた床が天井の光を反射し、

足音さえ遠慮がちに響く。


張り詰めた空気。

一階ロビーでは、掲示板の前には、人、人、人。

かつて五つに分かれていたクラスは、

今や一つの教室に統合されようとしている。


百五十人いた同期は、三十人にまで絞られるのだ。


誰もが、名前を探しながら息を詰めている。


「……あった」

十六歳になったカナタとユウナギは、顔を見合わせた。嬉しいと言う感情よりもシステムの中の流れに乗っているただその感覚だった。


二人は、特殊部隊候補生から正式な特殊部隊生へと選抜された。

学生の身分ではあったが、任務に備えるため、

わずかながら給金も支給されるようになる。


その中で――

場違いなほど明るい声が響いた。空気が軽くなる。


「うそうそうそ!!

 ユウナギ! カナタ! いるじゃん!!」


人混みをかき分けて現れたのは、

長い黒髪を揺らした少女だった。


ミラ・フェルナード。


「校舎違ったしさ、

 ちゃんと生きてるか心配してたんだぞー!」


一気に距離を詰めてくるミラに、

カナタは思わず手を伸ばす。


「ミラ! 会いたかったよ」


その手をぎゅっと握り返される。


「本音か!?

 カナタ、ずいぶん丸くなったね。

 卒業式の時も、すでに丸かったか……?」


「丸い?

 ……太った?」


一瞬の沈黙。


「……いや。

 もう、そう言うことにしとくわ」


ミラはふっと笑った。


ユウナギも、少し遅れて微笑む。


「元気そうだね、ミラ」


「男前になったなー、ユウナギ!」


そのテンションに押されつつも、

カナタは笑顔で言う。

「そんな変わらないよ」


ユウナギは、苦笑い。

「それ、俺のセリフだから」


ミラはその様子を微笑ましく眺めてから、

ふと真顔になってカナタを見る。


「ねぇ、カナタ。

 特殊部隊生になったってことはさ……」


一拍。


「……まさかの、まさか?」


「ん?……なに?まさか?」


「分かるでしょ!察してよ。

 レベルよ、レベル!」


カナタは、あっさり答えた。


「ゼロのままだよ」


「は?」


空気が、止まった。


「……嘘でしょ?」


数秒の沈黙。


「競争率五倍で、なんで受かったの?

 あ、ごめん。

 ちょっと、凄いなって思って……」

ミラは頭を押さえながら目を丸くしている。


「わからない」


カナタは視線を落とした。


ユウナギが、自然に言葉を継ぐ。


「武術と体力は、クラス一だったからな。

 リング使わないなら、誰も勝てなかった」


「へぇ……

 ある意味、最強じゃん」


ミラは乾いた笑いを漏らす。


「こわ」


そして、話題を切り替えるようにユウナギを見る。


「ところでユウナギ、

 Defenceっぽいけど?」


「それが、Attack」


「まじかー!

 分からないもんだなぁ」


「私なんて、逆。

 Attackだと思ってたら、Defenceだった」


「へぇ」


三人の周囲だけ、

張り詰めた掲示板前の空気から切り離されたようだった。


あの朝、

川原で何も起きなかったことが、

すべての始まりだったのかもしれない。


――生き残った三人が、

同じ場所で、再び笑っている。


それだけで、

ここまで来た意味があった。



(第六章・了)


すべての別れが、

言葉を伴うとは限らない。


気づけば季節は巡り、

人は成長し、

世界は次の段階へ進んでいた。

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