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Black Rings  作者: 弥百花
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川原のラン友

ゼロであることは、

何も持たないことではなかった。


持たないからこそ、

走ることを選び、

立ち止まらずに進むことを選べた。


この章で描かれるのは、

「力」ではなく、

意志が出会う瞬間。


名前を知らなかった者と、

本当の名を隠していた者。


川原という、

世界の端のような場所で――

物語は、静かに未来と接続される。

川原まで走って、

それでも、涙は止まらなかった。


——泣いている理由は、

自分でも、よくわからなかった。


「今日は、凄い速いね」

横にエルナスが現れ、並走してきた。


カナタは涙をぬぐう。

エルナスはすぐに気づいた。


「何かあった?」


「私、能力がないんです」


二人は川辺に腰を下ろした。



「そんなことが……」


「転校は出来ないんです」


川の流れる音だけが、静かに耳に届く。


そのときだった。

カナタは、自分の頬を伝うものに気づいた。


――泣いている。


(私、エルナスの前で泣いてる)


初めてかもしれない、こんなふうに誰かの前で涙を流すのは。


悲しいはずなのに、

胸の奥が、少しだけ温かい。


泣いているのに、

どこか嬉しい。


そんな不思議な感覚に、カナタは戸惑っていた。


「引きこもってしまう?それも選択かもね」

エルナスは、何か良い方法がないかを考えていた。


「ねぇ、知ってる?レベルって、たとえ3とか4でも、その人の“器”がしっかりしていないと力は発揮されないんだって」


「うつわ?」


「そう、器。精神力、包容力、共感力、体力など…揃ってないと、レベルが外れたときに発狂して病院送りとかざらにある。だからレベルがあっても、発揮されない人は大勢いる」


「……ユウナギが言ってた」


「ユウナギ?」


「うん。すごく強くて、すごく優しくて、すごく頭がいいの」


「……ふ~ん、そうなんだ」

二人の間に静かな沈黙が流れる。


「私、ユウナギに心配かけたくない」


「……」


どれくらい時間が経ったのだろう。

突然、エルナスが立ち上がった。


「ねぇ、武術教えたげよっか?」


「え?」

カナタは思わずエルナスの顔を二度見した。


「護身術だと思って。ゼロだからこそ、本当の力を鍛える!」

微笑むエルナス。


「あ!ちなみに私もレベル1、ゼロみたいなものだよ」


「やっぱり!!」

二人は自然と笑いあった。


それ以来、カナタはエルナスと朝のランニングを共にし、

そのあとで簡単な武術を教わるようになった。


それは、力を得たというよりも――

自分の足で立っている、という感覚を

少しずつカナタに与えてくれた。




放課後の校舎裏は、授業の喧騒が嘘のように静かだった。

コンクリートの壁に囲まれたその一角は、監視も人目も届かない。


「……でさぁ、聞いた?」


乾いた笑い声が響く。


「おまえって、レベル高いって噂だけどさ。

 結局リングで制御されてるんだろ?」


男の一人が、ユウナギの胸元を指で突いた。


「外せもしねぇ力で、イキってんじゃねえよ」


「外すのは上官の判断が必要なんだよな?

 ははは、じゃあ一生そのまんまだな」


三人の男子が囲み、少し離れた場所で女子が腕を組んで見ていた。


「ねぇ、いい加減にしなよ」

口では止めるような口調なのに、目は冷たい。


「ムカつくのはさ、あのカナタって女なんだよ。

 ゼロのくせに、あんたの隣にいるの」


ユウナギは何も言わなかった。

反論すれば、力を使えば、余計に事態が悪化することを知っている。


拳が飛んだ。


腹に、肩に、背中に。

リングは力が解放されることを忘れてしまった様に、ただ静かに回っている。


「ほら、強いんだろ?」

「Attack資質レベル7だっけ?」


嘲る声。


「使ってみろよ、俺たち相手に」


ユウナギは歯を食いしばった。

――理不尽な挑発。


私用で使うことは許されない特殊能力。

使えないと知った上で、彼らはあざけ笑っている。


そのときだった。


「……やめて」


震えているのに、はっきりとした声。


振り返った四人の視線の先に、カナタが立っていた。


「出た~、ゼロの登場!」

「見学者は帰れって」


次の瞬間、男子の一人がユウナギの腹を蹴り上げた。


「っ……!」


それを見た瞬間、

カナタの中で、何かが“切り替わった”。


――考えるより先に、身体が動いた。


踏み込み。

手首を取る。

肘を極め、体重を乗せる。


「……え?」


鈍い音とともに、一人が地面に沈む。


「な――」


次の男が腕を振り上げたが、

カナタは半歩横にずれ、足を払った。


重心が崩れる。

倒れる。

呼吸が詰まる。

そこへ重い一撃食らわした。


「ごはっ……」


残り二人が一瞬、動きを止めた。


「……ユウナギは何も悪くないのに」


カナタの声は、驚くほど静かだった。


次の男もあっという間に地面にねじ伏せられた。


「こんなに弱かったんだ……」

いつかの、事実だけを受け止めた純粋で冷たいカナタの言葉。


女子が一歩後ずさる。

だがカナタの攻撃は止まらない。女子の足を踏み、顔面に二本の指が突き刺さろうとする。


――止めなければ。

その判断だけが、遅れて追いついた。

だが――

カナタの動きは、もう止まらなかった。


「カナタ止めろ……」


ユウナギの言葉に、一瞬の間があき

ストレートの拳に変わった。女子は吹き飛んだ。


「カナタ……」

地面に尻餅をついたまま、ユウナギが呆然と呟く。


「その動き……どこで習ったの?」


カナタは自分の手を見つめた。

震えていない。


「……護身術、だよ」


倒れた四人は動けない一人を抱え、何も言えずに、よたよたと逃げるように去っていった。


校舎裏に残ったのは、二人だけ。


ユウナギは、ゆっくり立ち上がりカナタを見た。


「……あ、りがとう」

さも攻撃的な戦い方に言葉が詰まる。

そして、少し遅れて、確信する。


(――違う)


(あれは、護身術じゃない)


カナタは気づいていない。

けれど、あの動きは――

戦うための技だった。仕留めるための技だった。



夕暮れが校舎の影を長く伸ばし始める頃、

二人は並んで歩いていた。


先ほどまでの騒ぎが嘘のように、

校舎裏は静かで、風に揺れる木々の音だけが残っている。


「……カナタ、さっきの動き」


ユウナギが、ぽつりと口を開いた。


「どう考えても、

 “護身術”には見えないよな……」


カナタは少し困ったように笑って、視線を足元に落とす。


「朝、ランニングしてる時にね。

 たまたま知り合った人に、教えてもらってるだけ」


「たまたま?」


「うん。

 毎朝、川原で会う人」カナタは、ちょっと嬉しそうに話す。


その言葉に、ユウナギは一瞬だけ足を止めた。


「へぇ、そんな人が……名前は?」


「え?」


「その人の名前」


カナタは首を傾げて、思い出すように言った。


「えっと……

 エルナス・リュシオン、って名乗ってた」


——その瞬間。


空気が、わずかに変わった。


ユウナギの表情から、血の気がすっと引く。


「……エルナス、リュシオン?」


声が、かすかに震えていた。


「ど、どうしたの?」


「……いや……」


ユウナギは無意識に胸に手を当て、握りしめた。視線は遠くへ向かう。めまいにも似た感覚。


「それって……

 この国の――」


言いかけて、言葉を切った。


「いや……

 ……同姓同名、かもしれない」

そう言いながらも、

その声には、明らかな違和感が混じっていた。


「青く濃い瞳で、青い髪とかじゃない? 

 確か……十五歳くらい」


「え? 十五歳なの?

 ……もっと歳上かと思ってた。

 でも、確かに髪も目も青かった」


「……そんな」


言い切ろうとして、ユウナギは言葉を止める。

それは、否定というより――

自分自身に言い聞かせるような声音だった。


小さく、ほとんど独り言のように続ける。


「そんな人が、

 一人で川原を走ってるわけ、ないよな……」


沈黙。


ユウナギが、制服の裾を揺らした。


「ね、ユウナギ?ごめん。なんか私悪いことした?」


カナタが不安そうに名前を呼ぶ。


ユウナギは、はっとして首を振った。


「……ごめん。

 気にしないで、ただちょっといろいろ思うとこがあって」


「技のこと?」


「いや、あ、でもあの技は、使う時がくるまで使わない方がいいかも。これから武術の授業もあると思うから」


だが、その視線は、

すでに“答え”を探す者のものになっていた。


「……もし、また会えるなら」


ユウナギは、静かに言った。


「今度は、俺も一緒に行っていい?」


「え?」


「朝のランニング」


カナタは少し驚いたあと、

なぜか安心したように微笑んだ。


「うん。

 一緒に走ろ」


こうして――

二人の知らないところで、

運命は、再び川原へ向かって静かに動き始めていた。



(第五章・了)


その出会いが、

何を変えてしまったのか。


その時、

誰もまだ、気づいていなかった。

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