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Black Rings  作者: 弥百花
2/15

ゼロと呼ばれる少女

失ったのは、記憶だけではなかった。


名前は残っている。

日常も、学校も、隣を歩く幼なじみも。


それでも――

「自分が何者だったのか」だけが、抜け落ちている。


世界は今日も当たり前の顔で動いているのに、

彼女だけが、少しだけズレた場所に立っていた。


【登場人物】


■ カナタ

8歳。爆発事故で母を失い、生き残った少女。

活発だった面影を残しながらも、感情の一部が欠けたように静か。

ボブカットの髪と、どこか遠くを見る癖がある。


■ ユウナギ

カナタの幼なじみ。色白で整った顔立ちの、穏やかな少年。

知的で優しいが、彼女の前では不器用。

気づかぬうちに「守られていた側」だったことを、まだ知らない。

朝のざわめきが、まだ薄く教室に残っていた。


カナタとユウナギが姿を見せた瞬間、

空気が――わずかに、揺れた。


ざわ……。


風ではない。

クラスメイトたちの視線が、一点に集まった音だ。


数秒遅れて、ひそひそと声が広がる。


「……ゼロ?そんなことある?」

「前は、もっと高かったのに……」


名前は出ない。

けれど、その視線は確かにカナタを指していた。


カナタは何も言わず、

自分の手首に浮かぶリングを、ただ静かに見下ろす。


隣で、ユウナギが息を詰めるのがわかった。

何か言おうとして、結局そのまま立ち尽くしている。


教室は、もう“いつも通り”ではなかった。


「……ねえ、昨日さ。カナタに“あなたは誰ですか?”って言われたんだけど」

「やっぱり記憶喪失って本当なのかな……」


前の席の女子がユウナギの袖を引き、心配そうに訊いた。

「カナタちゃん……なんか、前と違わない? 雰囲気が変わったっていうか」


「事故の影響だよ。まだ治りきってないだけ」


ユウナギは笑って答えたが、その声はいつもより少しだけ固かった。


そこへ、小柄で丸みのあるメカ好きの男子――メガッタがカナタの机に寄ってきた。


「カナタ、そのリング……ほんとにレベルゼロなんだ?」


躊躇のない、まっすぐな質問。

悪気はないが、教室の空気を切り裂く正直さ。


ユウナギが止めようとしたその瞬間、

カナタは静かにメガッタのリングを見つめた。


「……あなたのリングはレベル1。何か出来るんですか?」


「えっ……え、え? な、なにかって……」


メガッタの顔がみるみる赤くなる。

突かれた弱点に何も言い返せず、口をぱくぱくさせたまま固まった。


だがカナタには悪意などなく、ただ一つの処理を続けるように淡々としていた。


その様子を、面白そうに見ている者がいた。


長い黒髪を揺らし、教室の“女王”と呼ばれる少女――

ミラ・フェルナード が立ち上がった。


「……今のあんたが言っても、何の説得力もないわよ。レベルゼロじゃ!」


空気が一瞬で凍った。

「ひぇ……」「やば……」と誰かが呟く。


ミラは腕を組みながらカナタの前に歩み出る。


「前のカナタは違った。

 いつも私と競って、追い抜こうとして――

 簡単に追い抜かされて……ばか笑いするムカつくやつで……それでも、少なくとも温度はあった」


カナタはミラを、ただ分析するように見つめていた。


「……競う? わたしが……あなたと?」


「そうよ。毎学期の能力測定で何度も」


「……思い出せません」


あまりに平坦な声。

その“無”に、ミラが数秒、言葉を失う。


「……本当にカナタなの?

まるでアンドロイドみたいじゃない」


「おい、ミラ、それ禁句だって。言いすぎ」

ツンツン頭のロロア・ビジーが割って入る。


続いてユウナギが、静かに口を開いた。

「今はアンドロイドは一体も存在しないし、存在したら即感知、排除される。その例えは、人に対してもよくないよ、ミラ」


ミラは数秒黙ったのち、かすかに目を伏せた。

「……私は悪くないわ」


「──覚えてないなら、また1から始めればいいことだよ」



授業が始まるまでの短い時間に、ユウナギは説明をする。

教室の片隅に埋め込まれた半透明の掲示パネルが、ふっと光った。

《能力ランク表 — Lv1〜Lv14》のタイトルが浮かぶ。


「ざっくり言うと――」


ユウナギが小声で囁きながら、空中に流れる説明文を指でなぞった。


「レベル1が人口の78%を占める普通の人」


「普通の……」

カナタは、手首の“ゼロ”のリングをみた。


「カナタのは、壊れてるのかも知れないな」


「レベル2〜5が基礎能力者。

6〜8が部隊の主力。

9〜11がエリート。

12〜13は国家戦略級。

そして……14は、“神話級”。」


淡々と語られる数字。

その横でカナタはじっと手首のリングを見つめていた。


「……でね。前のカナタは……」

ユウナギは声のトーンを落とした。

「レベル11だったんだよ」


カナタの瞳孔が一瞬開く。


その反応にユウナギは少しだけ目を細める。

「やっぱり……レベルの話には、何か感じるんだね」


説明は終わったはずなのに、

カナタだけがその情報の前で立ち止まっているようだった。

---


ガララッ。


教室の扉が勢いよく開き、

担当教師が片手に端末を抱えて入ってきた。


「はい、席つけー。朝から騒がしいぞー……?」


先ほどまでの緊張が、ほどけるように消えていく。


ミラはそっと目をそらし、ユウナギは胸をなでおろし、カナタだけが変わらず無表情で立っていた。


「今日は特別に“リング検査”があるから、

 このあと全員体育棟に移動するぞ。いいな?」


空気が揺れる。


――リング検査。

爆発事故のあとの検査。

本来なら年に一度にその年の最後に行うイベントのはずだった。





――あの事故から、四年。

空白は、日常になっていた。


カナタの“レベル0”は、一度も動かなかった。


体育棟の天井の鉄骨の影は、

もう見慣れた灰色の模様にしか感じない。


卒業を目前にした12歳の検査日。

校舎裏の渡り廊下を、カナタとユウナギ、ロロア・ビジーが並んで歩く。

春直前の風が、制服の袖を軽く揺らした。


ロロアがぼそりと言った。


「四年間ずっとゼロって……やっぱり故障なんかね。今年で卒業だろ。覚醒者は就学児の時点で発症するって言うし……逆に、あの八歳の事故で封印されたのかな」


心理的ショックによる抑制で、能力そのものが消えたのかもしれない、とユウナギは思っていた。


「……ユウナギとロロアはどうだったの?」

数年前と比べて、カナタの声は柔らかくなっていた。


「俺は変わらんよ。レベル7のまま」

ユウナギは苦笑しながら答える。


「レベル7ってすげぇよな……特殊部隊候補生、絶対いけるって。俺のこと忘れんなよ~」

ロロアがわざと涙目を作る。


「……本当に行かなきゃだめなのかなぁ」

ユウナギは首を横にふり、空を見上げた。


「はぁ!? そんな誰も到達出来てないレベルなのに!」

ロロアは肩をすくめる。


「ロロアは?」とカナタ。


「俺は安定の3(ドヤ)クラスで俺だけ」

ロロアの誇らしげな顔に、ユウナギが肘で小突いた。


「レベルなんて全く意味ないよ。リング制御外して暴走した人のニュース聞いたろ?レベルに食われたら終わりだからな」


「精神崩壊だっけ?おかしくなった奴な。怖い話すんなって……」

ロロアが肩をすぼめる。


「リングいらない」

カナタは淡々と言う。しかし、その声は昔よりほんの少し温度があった。


ユウナギは安心したように微笑み、カナタの肩を軽くたたく。


「気にしないのが一番」


空に桜のつぼみがちらほら見える。

春はすぐそこだ。


「明日は卒業式か……」ユウナギがしみじみ呟く。


「……わたし、メガッタに謝りたい。卒業する前に」


「なんで!?」

ユウナギとロロアの声がキレイに重なった。


次の瞬間だった。


ふわり、と空気の流れが反転したような奇妙な感覚が走る。

渡り廊下の先――さっきまで誰もいなかった角に、青白い光が一瞬、浮いた。


「……? ユウナギ、今、光った?」


「え? 何も見えなかったけど?」


こつり、と小さな足音が落ちた。


光が裂けるように消える。


そこに立っていたのは――


年齢のわりに大人びた雰囲気があり、

幼さもまだ残る顔立ちの少年。

銀灰色の髪が、光を吸うように揺れた。

黒いコートには、軍の紋章。


「……やべ、軍の人じゃね? 紋章みろよ。

 お前、将来この部隊行くんだぞ……!」

ロロアが小声で騒ぐ。


「黙って、ロロア」

ユウナギが低く制止した。

少年の放つ気配が、ただ事じゃなかったからだ。


少年は、まっすぐにカナタを見た。


「カナタだな」


その声を聞いた瞬間、

胸の奥で、何かが小さく反応した。


理由は、わからない。

ただ――

名前を呼ばれた、それだけなのに。



(第二章・了)


「ゼロ」と表示された、その瞬間から――

彼女の世界は、静かに歪みはじめる。

見えない視線。

測るような沈黙。

そして――「おはよう」という、誰かの気配。

まだ戦いは始まっていない。

けれど、もう日常には戻れない。

次に現れた“その少年”が、

封じられていた歯車を、確実に動かし始める。

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