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Black Rings  作者: 弥百花
14/15

恒星ソレイユの下で

枯れ果てた溪谷を降り、タシト一行は淡い光と深い影の中を歩く。

わずかな昼の光が照らすのは、休息も覚束ない緊張の道程。

高原の岩肌で、過去の友と再会する者。未来を背負う者。

そして――影が迫る。

枯れ果てた溪谷を、

タシト一行――十人は黙々と降りていた。


衛星メア・フェールが、恒星ソレイユの光を受け取る、その境目。

二週間おきに訪れる、わずかな昼。

淡い光が差し込む一方、側面の崖は闇に沈み、鋭いコントラストを描いている。


最後尾の生徒が、前を行く仲間に小声で漏らした。

「……とりあえず三日間、何も考えず歩き続ければいいんだ」


「山賊に出くわさなければな」

そう返しながら、先頭を行くタシトに視線を投げる。

九時間以上、休みなく歩いていた。


「隊長の底も知れねぇ……その上で、カナタのお守りか」


前を歩くカナタは、聞こえないふりをした。


「……眠たい」

女子生徒の呟きが、風に溶ける。


「休憩にする」

タシトは短く告げ、溪谷の影へ皆を集めた。

「砂嵐が来る前に食事を取れ」


初めての食事だった。

生徒たちは、肩に抱えた一週間分の食料の入った荷物を下ろす。

ドサッ、低く響き渡る。


その中で、カナタだけが両膝を抱え、荷物を背負ったまま座り込んでいた。


「どうした」

抑揚のない低い声。


「……頭が、痛いんです」

「ここに来てから、ずっと」


風が、溪谷を吹き下ろす。

音とも、声ともつかない響きを含んで。


――ソ……ラ…………リ


岩肌に含まれる鉄分が、空気を歪めている。

強い磁気。

だが、原因はそれだけではないと、タシトには分かった。

他の生徒に異変はない。それが、余計に異様だった。


「……声が……」

カナタは、それ以上言葉を発することなく、頭を抱えた。


「場所を変える」

ざわり、と空気が揺れた。

「私とカナタで先行する。連絡が入ったら、即集合」

タシトは地図を差し出す。

「砂嵐が来たら、防御担当が対処しろ」


二人は、傾斜の緩い岩肌まで歩いていった。


次の瞬間、タシトは迷いなくカナタを抱き上げ、

まるで重さなど感じていないかのように、溪谷を軽々と登っていく。


ぐったりと座り込んでいた生徒たちの中で、

それを一部始終見ていた女子生徒が、思わず息を呑んだ。


「……っ」


声にならない驚き。


だが、カナタはそれどころではなかった。

頭痛は激しさを増し、

自分が抱えられていることすら、意識の外に追いやられていた。


「この場所はどうだ?」


タシトは、カナタを抱えたまま低く問う。


「……ああ……」

痛みは、引く気配がない。


その瞬間だった。

タシトの姿が、音もなく消えた。


「あれ?」


一人の生徒が、慌てて地図を確認する。


「隊長の位置……なんだこれ。

 めちゃくちゃ遠いところにあるんだけど……」


「……」


残された生徒たちは、

壊れたとしか思えない地図を、ただ見つめ、

誰一人、言葉を発せずにいた。



タシトは、恒星ソレイユを望む高原の、岩が突き出した場所まで来ると、足を止めた。


抱えられていたカナタの呼吸が、ゆっくりと整っていく。

冷や汗が引き、こめかみを締めつけていた痛みが、嘘のように遠のいていった。

カナタは、ようやく安堵したように、小さく息を吐いた。


「……ここなら、大丈夫です」


タシトは、高原の岩棚で、そっと彼女を降ろそうとした。

——その、瞬間だった。


すぐ下の眼下に見えるのは、かつてのラン友だった。


時間が止まる。


「……何で、こんなところに……?

幻覚なの……?」


タシトは、ゆっくりカナタを地面に降ろす。


「君は、カナタだよね」

声が、わずかに震えていた。その声の主は、エルナス・リュシオンだった。


「エルナス?なんで……」


「調査に来ててね、もっとこの衛星を住みやすい星にしたくて」


「……」タシトは何も言わず、ただエルナスを見下ろしていた。

その視線だけで、十分だった。


「彼は?」


「私の教官です」


「……そうなんだ」


「1人で……大丈夫なんですか?」

思わず、そう口にしていた。


見渡す限り、岩と影だけが地平線まで続いている。

薄暗い世界の中に、エルナスは――

あまりにも無防備に立っていた。


タシトに、通信が入る。

ミラからだった。


《タシト隊長。基地に、最新鋭と思われる軍用機三機と、飛行船一機を確認しました》

タシトは、即座に判断する。


「……ミラ。パイロットに連絡しろ。

すぐに飛べる状態なら、給油を済ませて、そこから離れろ」


《それが――まだ戻らないんです》

一瞬の間。

《あ……誰か、こちらに来ます》

プツリ、と通信が切れた。


高原の空に、黒い影が差し込む。

ゴゴゴゴ――

ゆっくりと、だが確実に――忍び寄る気配。

「……」タシトは、空を見上げた。


エルナスの傍らに、いつの間にか一人の男が控えていた。

「エルナス様。撤退命令を」

低く、迷いのない声。

タシトと視線が交わる。

その男――

王の腹心、セリュー・フォルシオンだった。


「タシト・レヴァント……だな」

ぼそりと、セリューが呟いた。


その声音に、エルナスははっと息を呑む。

今まで一度も見たことのない、緊張を帯びた表情だった。

「知っているのか、セリュー?」


「……ええ。

若干十四歳にして、特殊部隊隊長。

リングレベルは計測不能――不安定ゆえ、推定十二以上とも言われています」


一瞬の間。


「軍の極秘指定人物の一人です」

その言葉を聞いても、タシトの表情は変わらない。

ただ、冷えきった瞳だけが、セリューを射抜いていた。


「――そう言うあんたは、何者だ?」

低く、感情の読めない声。


セリューは一歩前に出た。

「セリュー・フォルシオン。

そして――」

わずかに視線を横へ。


風が止んだ。

高原に、音がなくなった。


「この方は、我らが惑星アストレアの王。

エルナス・リュシオン様だ」


その瞬間――

カナタの思考が、止まった。


「……うそ……?」


言葉が、喉で崩れる。

ここに自分が立っていること自体が、急に現実感を失っていく。


その名を聞いても、

タシトの表情は、わずかに揺れただけだった。


カナタの頭の奥が、じん、と痺れた。

「……私、王と……ラン友、してた……?」

可笑しいはずなのに、声は出なかった。

ただ、現実感だけが遅れて押し寄せてきた。


もう一度、エルナスを見る。


否定したかった。

けれど、立ち姿も、声の届き方も、

そこに立っているだけで、周囲の空気が変わっている。


――それを、見なかったことにはできなかった。


それでも、昔は。


川原で並んで座り、

リングレベルなんて関係ないんだと、

笑い合って、はにかむように未来を語った。


再会して、まだほんのわずかな時間なのに。

エルナスが、ひどく遠い場所へ行ってしまった気がする。


「……こんな場所で、素性を明かすとはな」

タシトの口元が、わずかに歪む。

それが笑みだったのかどうかは、誰にも分からない。


「いずれ、顔を合わせることになる」

セリューは淡々と答え、続けた。

「カナタ。

あなたのことも、私たちは把握していました」


「……え?」


「川原で王と話していた姿。

あれは紛れもなく――王の“友”でした」

王に代わるように、セリューが言う。


「……あ……」

川原の光景が、鮮明に蘇る。


その時、巨大な飛行船が影のように迫り、

逃げ場を塞ぐかのように、カナタたちの頭上へ急降下してきた。



(第十四章・了)


安堵のひとときは、ほんの束の間。

旧友との再会が心を揺さぶる間にも、空から迫る脅威が、彼らを試す。

次章では、決して逃れられぬ運命が、彼らをさらなる試練へと導くだろう。

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