混沌の街
装甲車が暗闇を切り裂く。
学生たちは、初めて訪れる危険な街に身を踏み入れた。
二人一組――隊長の掟が、早くも試される。
「装甲車って大げさじゃね?」
ソードが肩をすくめて言った。
「だって、能力者いねーんだろ? メア・フェールに……」
両手をぱっと広げ、首を横に振る。
その直後、低く唸るような音を立てて、装甲車が動き出した。
「ごあいさつが遅れました」
運転席から、少し張りつめた声が響く。
「私、パイロット兼、装甲車や乗り物全般を引き受けます。グリーナです」
細身で固い表情の男は、緊張感を漂わせながらも、落ち着いた手つきで操縦席を握った。
「あ、どうも……」
隣にいたユウナギが、反射的に頭を下げた。
「大変申し訳ないのですが、私は特殊能力者ではありませんので」
グリーナは一瞬だけ言葉を選び、
「……何かあったら、よろしくお願いします」
沈黙が落ちた。
「……よろしくって……」
誰ともなく、呟きが漏れた。
グリーナは、困ったように小さく笑った。
装甲車のエンジン音だけが、やけに大きく、耳に残る。
「ちなみに」
何気ない調子を装って、グリーナが続ける。
「基地に残っているパイロットの方は、DefenceとAttack、両方使える方だそうで」
「なんでやねん!」
バーチが即座に突っ込んだ。
「貧乏くじ引きすぎだろ、それ!」
「……ってことはさ」
ミルルが指を顎に当て、ぽつりと呟く。
「街より、基地の方が……ヤバいってこと?」
誰も、すぐには答えなかった。
装甲車はそのまま、闇の中へと進んでいった。
◇
メア・フェール航空基地は、岩山を少し切り開いた場所にあった。
壁が両サイドに続き、内部は閑散としている。
何時間が経ったのだろう。
ミラは窓際に身を寄せ、ぼんやりと外を眺めていた。
「ねぇ、ねぇ……あの機体、どっかで見たことない?」不意に思い出したように、ミラがシャドへ声をかける。
「どっかで……?」
シャドも目を細め、同じ方向を見る。
「……いや、でも紋章も国旗も、何も付いてないね」
その言葉に、ミラは小さく頷いた。
パイロットの姿は、もう数時間前から見当たらない。
「あのパイロットの人、能力者なのかな……?」
ミラは不安を隠しきれず、後部座席にも視線を巡らせた。
「ただのパイロットじゃない?」
後部座席から、誰かが軽く返す。
「ここに残ってるってことはさ」
「……そうだろうか」
シャドは、腕を組んだまま考え込む。
「飛行船を奪われたら、足を奪われるのと同じだ。
ここって、意外と――かなり“要”じゃない?」
シャドが言葉を言い終えた、その瞬間だった。
「あ! 見て、シャド。あそこ!」
ミラが息をのんで指差す。
視線の先には、同型の飛行船が三機。
どれも無駄のない流線型で、明らかに最新鋭だった。
「……さっきまでなかったのに。ステルス?」
シャドの声が、わずかに低くなる。
「この場所には……不釣り合いだな」
風の音だけが、妙に大きく響いていた。
*
揺れていた装甲車が、次第に安定していく。
「街が、少し明るくなってきたわね」
後部座席から、誰かが呟く。
「衛星メア・フェールって、二週間交代で夜が続くんだろ?」
「今は昼の十二時です」
運転席のグリーナが前を見据えたまま答える。
「中心部に近づいてきたのでしょう」
ネオンの光が、装甲車の装甲に滲んだ。
「……なんか、ネオン派手だな」
ソードはそう言うと、返事を待たずにドアを開けた。
「おい! 勝手に降りるなよ!」
バーチが叫ぶ。
だがソードは、狭い路地へと歩き出していた。
明るさに誘われるように。
「あいつ、バカなのか……」
バーチは歯ぎしり混じりに吐き捨てる。
「二人一組で行動しなくていいの?」
ユウナギが横目で言う。タシトに、二人一組で行動するよう指示されていた。
「……知らねえよ!」
バーチは肩をすくめた。
「しばらく待ちましょうか。彼が戻るまで」
グリーナが苦笑する。
その間に、ミルルはリングの通信機能を起動していた。
ID、時刻、位置情報が立ち上がる。
「タシト隊長、タシト隊長!」
「ちょっと、何してんだよミルル!」
「何かあったら報告って言われたじゃない!忘れたの?」
「あー、もういい!」
バーチは吐き捨てるように言い、外へ飛び出した。
《どうした》
通信機から、タシトの低い声が響く。
「た、隊長!」
ミルルは何度も深呼吸しながら、胸の高鳴りをごまかした。
「ただ今班は、別行動になっています!
バーチとソードです! 何かありましたら、また連絡します!」
《……了解》
通信が切れる。
「あっちは、順調そうね」
通信が切れたあと、ミルルの口元には、気づかぬうちに柔らかな笑みが残っていた。
ユウナギは、何も言わずにその横顔を見ていた。
「うまそうな串だな」
砂ぼこりが舞い、煤や焦げた油の匂いが混じる露店街に、咳き込む者や身をすくめる者がちらほら。
ソードは鼻を押さえながらも、屋台の前で足を止めた。
立ち飲みの連中が肩を寄せ合い、濁った笑い声や怒号が入り混じる。
時折、油の飛び跳ねや、何かが踏み潰される音が響き、背筋がざわつく。
ソードは軽く肩をすくめ、串を差し出す屋台の男に一瞥をくれる。
「一本、くれ」
屋台の男は、じっとソードを見てから串を差し出した。
「……知らない顔だな。二百レアだ」
「へぇ、意外と良心的」
ソードは、金を払うとその場でかぶりついた。
――次の瞬間。
「……くさっ!」
思わず吐き出す。
「なんだこれ。なんの肉だ?」
「放棄区画産だよ」
男は、何でもないことのように言った。
「商売の邪魔するなら、消えろ」
咳き込むソードの前に、誰かが水を差し出してくる。
口をつけた瞬間、強いアルコールの匂い。
「ぶはっ……!」
「あははは。ガキじゃねぇか!一杯1000レアにしといたらぁ」
「はぁ!? 汚ねぇ商売してんじゃねぇよ!」
舌打ちして、その場を離れる。
「払わねえつもりか?」半分酔っぱらった男は、執拗についてきた。
ネオンが滲む通りに出ると、壁にもたれた女たちが、じろりと視線を送っていた。
その目は、笑っているのか、狙っているのか――微妙に判別がつかない。
「おや、坊や。いい目してるね」
派手な化粧の女が、くぐもった声で笑う。
「こういう街、初めて?」
返事を待たず、女はショーケースから指輪を一つ取り出した。
黒地に銀の細工が、冷たい光をわずかに反射する。
「これ、あんたに似合うと思ってさ」
その笑みには、楽しさよりも――計算と警告が混じっていた。
「……悪くないけど、いらね」
手を引いた瞬間――
カチリ。
指に、冷たい金属の感触が走る。
「あら、ぴったり~」
女は楽しげに肩をすくめる。
「街に馴染むわよ。50000レア」
「ふざけんな!」
引き抜こうとするが、指輪はびくともしない。
「払わないなら――その指、置いていきな」
女の目は、笑いを浮かべていながらも、殺気すら宿していた。
その瞬間、ソードは悟った。
ここは――遊びに来る場所じゃない。
「おい、ソード。いい加減にしろよ」
バーチは追いつくと、ソードの肩を掴んだ。
「ち、ちょっと偵察だろ?」
ソードは、内心安堵したが振り返りもせず言う。
「地図だとこっちの方が近い。この先、進めるか確認してるだけだ」
「この先は街を抜けたら突き当たりだ。
標高、確認したのか? 岩山しかねぇぞ」
「登れるかもしれねーだろ」
言い合う二人に、じわりと視線が集まっていく。
「こいつ、金払わねぇんだ」
「おいおい……に~ちゃん達、それはいただけないねぇ、へへへ」
背後から、擦れた声。
目にくまを作った痩せた男が、異臭を放ちながら近づいてきた。
「綺麗な軍服だ。下ろし立てかい?」
――次の瞬間。
バチッ、
乾いた音。
スタンガンが唸る。飛びかかってきた。
「っ!」
バーチは一歩早く踏み込み、男をはね飛ばした。
だが――
背後。
別の影が躍りかかる。大きな鎌を振ってきた。
ドカ!地面に刺さる。
「ちっ!」
「殺す気か?」
ソードは跳ね退き、走った。
「……いきなり、何なんだコイツら」
ゾンビのように、次々と現れる男たち。
「能力者相手には、これしかねーだろよ」
声の主は、串焼き屋の男だった。
さっきまで油にまみれた手で串を返していたその腕に、今は照準が自動で動く違法改造のバズーカが乗っている。
「勘弁してほしいなら、三万レア払え!」
「高ぇよ! さっき二百レアだったろ!」
ソードは、熱く切り返す。中指を立てて唾をはいた。
それを見てとると、串焼き屋の男は即座に引き金を引いた。
ドカーン!!
撃ったあと、男は舌打ちした。
「……チッ。逃げ足の早えガキだ」
屋台の屋根が吹き飛び、破片が雨のように降る。
ソードの前にバーチのシールドがきらめいていた。辛うじて衝撃を防いだのだ。
「今のは、よけれたし」ソードは言う。
「はぁ!?息の根、俺がとめてやろうか!?」
「今から、見せてやるよ!」
ソードが攻撃に転じた、その瞬間――
指輪に、電気が走る。
走査音のような痺れが、腕を貫いた。
「あ……」
腕が、がくりと落ちた。
「ソード!」
二発目が来る。腕が上がらない。
ドカーン!!!
粉塵が舞い、視界が白く塗りつぶされる。
――次の瞬間。
男は、倒れていた。
砂ぼこりが沈む中、そこに立っていたのはユウナギだった。
真正面から、シャインスフィアを叩き込んだのだ。
「……屋台、食べ終わったのか?」
それだけ言い残し、背を向けて戻っていく。
「大丈夫?」
ミルルが、心配そうにソードの顔を覗き込む。
「……ああ」
答えながら、ソードは無意識に指を握った。
指輪の嵌まった指だけが、まだ冷たい。
皮膚の奥――
何かが、じん、と残っている。
「……くそ」
(第十三章・了)
屋台の破片と砂ぼこりが舞う街で、静かに立つユウナギ。
ソードの焦りと痛みを尻目に、仲間たちは少しずつこの街の恐ろしさを理解し始めていた。
混沌の街は、まだ序章に過ぎない。




