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Black Rings  作者: 弥百花
10/15

消されたページ

世界には、

記録されない出来事がある。


起きなかったのではない。

誰かが、残さなかっただけだ。


整いすぎた記録の中で、

欠けているものほど、

強く存在を主張していた。


コロニー・リオンド郊外の森の中。


ノクス:グレイン生態再編局

二階建ての広い施設。隣には、関連施設がいくつもある。


「50%が限界かあ」スコーラオは、悩む。

「スコーラオ様、X幹細胞が従来より劣化スピードが早くなっています」


窓の外を眺めるスコーラオ。

「んー、ちょっとトイレ行ってくる」


木が青々と繁っている。風は冷たい。


「看板、見なかった?

侵入者は殺します、ってやつ」


白衣の男が舌打ちした。

「……やれ」


音もなく、レーザー銃が光った。


次の瞬間、

床に、何かが落ちる音がした。


スコーラオは、いつの間にか一歩後ろに下がっている。

男は、その場に立ったまま――動かなかった。


数秒遅れて、

男は、二つに分かれるように崩れ落ちた。


残った二人が、悲鳴も出せずに後ずさる。


「待って待って」

スコーラオは、困ったように笑った。

「お土産、忘れてるよ」


転がった“それ”を、軽く放る。


二人は、叫びながら逃げ出した。


「半分になってたから、連れてきた」

スコーラオが間も無く研究室に戻ってきた。


「……助けてあげて」


「この人をどこで……」

入ったばかりの研究員は、言葉を失っていた。

その横で慣れた研究員は、空いてる装置を起動する。


「スコーラオ様、ちょうど50%の検体ですね」



ルミナリア中央記録院・第二閲覧棟、

人もまばらで、空気が沈んでいた。


高い天井にわずかに反響するのは、紙をめくる音と、遠くで稼働する記録端末の低い駆動音だけだ。


川辺の向こうに建てられたこの棟は、街の喧騒から切り離されたように静かだった。

水面を渡ってくる風さえ、ここでは音を失っている。


ユウナギは、背の高い書架のあいだを歩き回り、古い見聞書を次々と引き抜いていた。


――四年前。

確かに起きた、あの倒壊事故。


アレイシア波動生体研究局。

施設の半壊、複数名の死傷者。


それだけの規模だったにもかかわらず、事件は大きな波紋を呼ぶこともなく、

いつの間にか、記録の底へと沈められていた。


(……不自然だ)


そう思うたび、指先が紙をめくる速度だけが、わずかに早くなる。


その時だった。


「同じクラスの特権、ですね」


不意に、隣から少し明るすぎる声がした。


振り向くと、薄いピンク色の髪に、細いフレームの眼鏡をかけた少女が立っていた。

ミルル・セーレン――同じクラスの女子生徒だ。


「え? ……君は、確かミルル・セーレン」


「あなたに話しかける日が来るなんて、不思議です。

私、ここによく来るんですけど……まさか、同じ学校で、しかも同じクラスだなんて思いませんでした」


「そうなんだ……全然気づかなかったよ。ごめん」


ユウナギは、わずかに笑ってから、再び本棚へ視線を戻した。


「俺、周り見えなくなるタイプだからさ。

君は、どんな本を探しに?」


「エネルギー系です。Defenceに、何か役立たないかと思って」


「……へえ、熱心だね」


「レベル6ですから。家族の期待も背負ってます」

ミルルは肩をすくめ、少し照れたように笑った。

「父は“なんでDefenceなんだ”って言いますけど。大きなお世話ですよね」


「暇なので、手伝いましょうか? 何か探してるんですよね」


「いや、大丈夫。ありがとう」


そのとき、ミルルの視線が、ユウナギの手元で止まった。


「あれ? その本……」


「これ? アレイシア波動生体研究局の資料だよ」


「その本、前に見ました」


「……そうなの?」


「はい。昔、父が修理工として派遣されていたので」


ユウナギの指が、ページの端で止まる。


「……いつ?」


「4年くらい前だったかな、衝撃的だったので」


「じゃあ……あの事故のこと、知ってる?」


「え!? あなたも、信じてるんですか?」


ミルルの瞳が、はっきりと輝いた。


「信じるもなにも……」


「……何ですか?」


「……いや、何でもない」


ミルルは言葉を継いだ。


「父が、見たらしいんです。

リングを外した戦いを。格闘も、特殊能力も、全部」


「父はレベル2ですけど、そういう話が好きで。

でも、そのあとニュースにもならなくて……嘘つき扱いされました」


彼女は、小さく息を吸った。


「だから、私、調べたんです。

でも……なかった」


ミルルは、開かれたページを指でなぞる。


「報告書は、事故として完璧すぎるんです。

 まるで――誰かを“消すため”に、整えられたみたいで」


そして、少しだけ声を弾ませた。


「父の言う“あの少年”に、私も会ってみたいんです」


ミルルの瞳は、謎を引き継いだ次世代の探偵のように、静かに、けれど確かに輝いていた。


ユウナギは、

――自分が“その場にいた”という事実を、口にすることができないまま、

消されたままの空白のページを、ただ見つめていた。


記録院の外へ出ると、街のざわめきが、さっきまでの静寂が嘘だったかのように耳へ戻ってくる。


ユウナギは、足を止めなかった。


振り返れば、あの建物はまだそこにある。

だが――もう、答えはない。


記録は整いすぎていた。

欠けているはずのものだけが、最初から存在しなかったかのように。


(……消されたんじゃない。

 “残さなかった”んだ)


胸の奥に、冷たいものが沈む。


ユウナギは再び歩き出した。


ルミナリア中央記録院を、振り返らない。

もう、ここに答えはないと分かってしまったからだ。


だが、真実が“無い”という事実だけが、

確かに、ここに残っていた。


――そしてそれは、

次に進むための、十分すぎる理由だった。


(第十章・了)


真実は、

見つからなかった。


だが、

何もなかったわけではない。


消された痕跡。

整えられすぎた沈黙。


それらすべてが、

「次へ進め」と、

無言で背中を押していた。


知らなかったのではない。


――最初から、

残されていなかったのだ。

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