第6話:授業テーマは「男子の愛で方」!? Sクラス猛獣化計画
Sクラスでの初授業。
科目名は「男子護衛術」。
……嫌な予感しかしませんね。
キーンコーン、カーンコーン……。
チャイムの音は、元の世界と変わらない。けれど、それ以外の全てがおかしい。
俺、湊が座らされたのは、教室のド真ん中にある「特等席」だった。
右隣には、俺の腕を抱き枕のようにホールドしている神官長アテナ。
左隣には、「ねえねえ、休み時間になったら購買行こうよ! 私が全部奢るから!」と尻尾を振る幻影が見えるほど懐いているリナ。
そして斜め後ろからは、シエルが扇子の隙間から熱心な視線(監視という名のガン見)を送ってきている。
(……授業どころじゃないだろ、これ)
俺が冷や汗を流していると、教室の扉が勢いよく開かれ、一人の女性教師が入ってきた。
黒縁メガネに、ピシッとまとめた黒髪。タイトなスーツに身を包み、手には教鞭を持っている。
いかにも「厳格な女教師」といった風貌だ。
「席につきなさい。ホームルームを始めるわよ」
彼女の名前はヒルデガルド先生。Sクラスの担任らしい。
彼女は教壇に立つと、教室を見渡し、そして俺のところで視線を止めた。
メガネの奥の瞳が、ギラリと光る。
「……なるほど。彼が例の『転入生』ね。実物は噂以上に……唆るわね」
「え?」
「華奢な骨格、白く滑らかな肌、そして不安げに揺れる瞳……。庇護欲を掻き立てると同時に、サディスティックな加虐心を刺激する。……素晴らしい素材だわ」
先生、心の声が漏れてます。教育者としてのアウトラインを大幅に越えてます。
「コホン。……まあいいわ。今日は彼、ミナト君がいるから、予定を変更して『特別実習』を行います」
ヒルデガルド先生が黒板にカッカッカッ、と文字を書く。
そこにはデカデカと、こう書かれていた。
『男子護衛術および、緊急時の捕獲について』
「はあぁ!?」
俺が素っ頓狂な声を上げると、教室中の女子生徒が「おおーっ!」と野太い歓声を上げた。
「静かに! いいこと、貴女たちはエリートよ。将来、国を背負い、そして『自分だけの運命の殿方』を見つけて守り抜く義務があるの」
先生は教鞭をビシッと振るった。
「この世界において、男性は絶対的な『守られるべき存在』。魔力を持たず、か弱く、少し目を離せば他の女に拐われてしまう儚い花……。そんな彼らを、いかにして外敵から守り、そして逃げ出さないように『管理』するか。それが今日のテーマよ」
「先生! 質問です!」
元気よく手を挙げたのはリナだ。
「捕獲っていうのは、どのレベルまでOKですか!? 気絶させてもいいですか!?」
「愛のある気絶なら可とします。ただし、傷一つつけないこと。それが一流の女の嗜みよ」
「了解でーす! 任せてミナトくん、私、手加減得意だから!」
「いや、気絶させられる前提で話を進めないでくれ!?」
俺の悲鳴は無視され、実習が始まってしまった。
内容はシンプル。
俺が教壇の前に立ち、生徒が一人ずつ「襲いかかってくる仮想敵(先生)」から俺を守る、というものだ。
「まずは……リナ・バーンズ。貴女からいきなさい」
「はーい!」
リナが席を立ち、俺の隣に並ぶ。
彼女からは、日向のような温かい匂いがした。
彼女は腰に帯びた模擬剣を抜き放ち、ニカッと笑う。
「安心してねミナトくん。私の後ろにいれば、矢でも魔法でも全部弾き飛ばしてあげるから!」
「お、おう。頼もしいな……」
「始め!」
先生の合図とともに、魔法で生成されたゴムボールのような弾丸が、俺めがけて飛んでくる。
その数、十数発。
普通なら避けきれない弾幕だ。
「させないっ!」
リナが動いた。
速い。
オレンジ色の髪が残像を残し、彼女の剣閃が空中で火花を散らす。
パパパパンッ! と乾いた音が連続して響き、全ての弾丸が叩き落された。
すげぇ。この子、本当にSクラスの実力者なんだ。
「ふふん、どう!?」
リナは得意げに振り返り――そして、勢いあまって俺に抱きついた。
「わっ!?」
「確保ーっ! 敵を排除した後は、速やかに殿方の安全を確保! これ常識!」
リナの腕力が強すぎる。抱きしめられているというより、万力で締め上げられているようだ。
柔らかい胸が押し付けられる感触と、背骨がミシミシ鳴る音が同時に襲ってくる。
「ぐ、ぐるじい……!」
「ああっ、ごめんごめん! ミナトくんが可愛すぎて力入っちゃった!」
リナは慌てて離れたが、その顔は満足げだ。
先生が「攻撃力は満点。包容力は少し加減なさい」と採点する。
「次は……シエル・ランバード」
「は、はい!」
名前を呼ばれ、シエルが優雅に(しかし少し緊張気味に)立ち上がった。
彼女は俺の前に立つと、チラリとこちらを見て、すぐに顔を赤くしてプイと逸らした。
「……勘違いしないでくださいまし。これはあくまで授業ですわ。あなたを守るのは、貴族としてのノブレス・オブリージュ(高貴なる義務)……それだけですのよ」
「はいはい、わかってるよ」
「むっ……その余裕な態度、いつまで持ちますことやら」
実習開始。
先生が放ったのは、先ほどより強力な氷の矢だ。
「『氷壁』!」
シエルが短杖を振ると、俺たちの周囲に美しい氷のドームが出現した。
カカカカンッ! と矢が弾かれる。
完璧な防御だ。傷一つ、冷気一つ俺には届かない。
「……すごいですわね。これが、シエル様の魔法制御……」
「美しい……」
クラスメイトから感嘆の声が漏れる。
シエルは氷壁を解除すると、ドヤ顔で髪をかき上げた。
「どうですの? 私の魔法にかかれば、あなたごときを守るなど造作もありませんわ」
「ああ、助かったよ。ありがとう、シエル」
俺が素直に礼を言うと、シエルの動きがピタリと止まった。
「……え?」
「え、じゃないだろ。守ってくれたんだから、ありがとうって」
「な、ななな……っ!」
シエルの顔が、一瞬で茹でダコのように真っ赤になる。
彼女はパクパクと口を開閉させ、扇子で顔を仰ぎまくった。
「れ、礼なんて必要ありませんわ! 殿方は黙って守られていればいいんですのよ! そ、それに……名前で……名前で呼ぶなんて……!」
そこかよ。
昨日の今日で、耐性がなさすぎる。
先生が「防御は完璧。ただし術者が精神的に動揺しすぎです」と冷静にツッコミを入れる。
「最後は……神官長、アテナ様」
「はい」
真打登場だ。
アテナがゆらりと立ち上がると、教室の空気が変わった。
彼女は俺の前に立つと、先生に向かって冷ややかな笑みを向けた。
「先生。この実習、前提が間違っているわ」
「ほう? どういうことですか?」
「私のミナトに『外敵』が近づくこと自体があり得ないのよ。……近づく前に、全て消し炭にするから」
アテナが指をパチンと鳴らす。
瞬間。
ゴオオオオオッ!
教室全体が、真紅の炎に包まれた。
ただし、俺の周り半径50センチだけを残して。
「ひいいいっ!?」
「あ、熱いーっ!?」
クラスメイトたちが悲鳴を上げる。
先生の放とうとした魔法など、形成される前に蒸発してしまった。
アテナは炎の中で、恍惚とした表情で俺を抱き寄せた。
「見て、ミナト。世界中を敵に回しても、この炎があなたを守るわ。……いいえ、この炎の外には一歩も出さない。あなたは一生、私の檻の中で暮らすのよ」
「いや実習! これ実習だから! 学校燃えるって!!」
結局、アテナの暴走により授業は強制終了となった。
スプリンクラーの水が降り注ぐ中、びしょ濡れになった俺を見て、クラス中の女子たちが「水も滴る……っ!」と鼻血を出しそうになっていたのは、見なかったことにしたい。
――こうして、Sクラスでの初授業は、俺の貞操の危機レベルを再確認するだけで終わったのだった。
ご覧いただきありがとうございます!
アテナ様、やりすぎです……(笑)
でも、それだけ湊くんが大事なんですね。
さて、ここから物語は「コメディ」から「シリアス&ミステリー」へと大きく舵を切ります。
次回、新たなヒロイン「ノア」の登場。
そして、この世界に隠された「衝撃の真実」が……?
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