第20話:白き処刑人と、魔王への『死刑宣告』
お待たせしました!
最強の刺客「異端審問官」の襲来。
しかし、今回は真っ向勝負ではありません。
圧倒的な兵力差、そして追い詰められるスリル。
湊とアテナ、手錠で繋がれた(精神的に)二人の、命がけの逃避行が始まります!
世界が、ざわついていた。
あの日、学園の上空に現れた「魔王の紋章」。
それは、長きにわたる「女神の支配」に終わりを告げる、不吉な狼煙だった。
そして、その中心にいる俺――湊の生活もまた、劇変していた。
「……見ろよ、あいつだ」
「魔王の器……。目が合っただけで妊娠しちゃうって噂だぜ」
「キャーッ! ミナト様ー! 私を魔族にしてくださいー!」
廊下を歩くだけで、モーセの海割りのように道ができる。
以前のような「獲物を見る目」ではない。
そこにあるのは、理解不能な存在に対する「畏怖」と、禁断の果実を求めるような「狂信」。
「……歩きにくい」
俺はため息をついた。
隣には、当然のようにアテナがぴったりと張り付いている。
彼女は周囲に『絶対零度の結界(近づくと凍死します)』を展開しながら、上機嫌で俺の腕を抱きしめていた。
「気にすることないわ、ミナト。雑草たちが騒いでいるだけよ」
「いや、アテナ様。貴女のその『魔王の妻(自称)』オーラが一番の原因だと思うんだが」
「あら、妻じゃなくて『飼い主』よ? ……ふふ、でも『魔王の妻』も悪くない響きね。世界を敵に回して、二人だけの楽園を作る……燃えるわ」
アテナの瞳がとろんと濁る。
ダメだ、この神官長。魔王騒ぎを機に、独占欲がさらに悪化している。
「世界中が敵になっても、私だけが味方」というシチュエーションに酔いしれているのだ。
そんなカオスな登校風景の中、突如として空気が変わった。
キィィィィィン……。
耳鳴りのような高音が響く。
空から、無数の白い花びらが舞い落ちてきた。
そして、眩い光と共に、学園の中庭に巨大な魔法陣が出現する。
「……ッ、この魔力波長は……!」
アテナの表情が、一瞬で険しいものに変わる。
彼女は俺を背に庇い、臨戦態勢をとった。
「来なさい、『アイギスの盾』!」
アテナの周囲に、光の障壁が展開される。
それと同時に、光の中から一人の「女」が姿を現した。
純白の修道服。
背中まで伸びた、プラチナブロンドの髪。
そして、宝石のように美しい、しかし冷酷な光を宿した金色の瞳。
手には、身の丈を超える巨大な「戦鎌」が握られている。
聖女。
誰もがそう呼ぶであろう、神々しい美貌。
だが、その口元には、嗜虐的な笑みが浮かんでいた。
「ごきげんよう、汚らわしい豚ども」
鈴を転がすような美声で、彼女は最悪の挨拶をした。
「……セラフィナ。どうして貴女がここに?」
アテナが低い声で問う。
セラフィナと呼ばれた少女は、鎌をくるりと回し、優雅に一礼した。
「あら、怖い顔。久しぶりの再会ですのに、アテナお姉様」
「姉と呼ぶな。……中央神殿の『異端審問官』が、何の用?」
異端審問官。
その言葉に、周囲の生徒たちが青ざめて後ずさる。
女神の教えに背く者を「浄化(処刑)」する、神殿の裏の実行部隊。その筆頭が、彼女らしい。
「用件は決まっていますわ」
セラフィナの金色の瞳が、アテナの背後にいる俺を捉えた。
瞬間。
背筋に冷たいものが走った。
殺気ではない。「捕食」の目だ。
「そこにいる、魔王の種……ミナト・カザマの『回収』と『処分』。……女神イシュタル様の勅命ですわ」
「断るわ」
アテナが即答する。
彼女の全身から、蒼い炎が噴き出した。
「ミナトは私のものよ。指一本触れさせない」
「ふふ、相変わらず独占欲がお強いこと。……でも、今回は私の勝ちですわよ?」
セラフィナが指を鳴らす。
すると、中庭を取り囲むように、数百人の武装した神殿騎士(全員女性)が現れた。
完全包囲。
「学園長も、理事会も承認済みです。……さあ、大人しくその『汚物』を渡しなさい。私が責任を持って、地下牢でたっぷりと……ひぃ、ふぅ……なぶり殺しに(・・・・・・)して差し上げますわ」
セラフィナが頬を紅潮させ、荒い息を吐く。
ヤバイ。
こいつ、ドSとかいうレベルじゃない。「痛み」と「絶望」を愛する、真正のサディストだ。
(……俺の周り、まともな女がいねぇのかよ!)
俺は頭を抱えたくなったが、状況は最悪だ。
アテナ一人ならともかく、この数を相手にするのは分が悪い。しかも、俺を庇いながらでは、アテナの実力も出しきれないだろう。
俺は覚悟を決め、アテナの背中から前に出た。
「ミナト!?」
「……俺に用があるんだろ、聖女様」
俺はセラフィナを真っ直ぐに見据えた。
彼女の巨大な鎌を見ても、不思議と恐怖はなかった。
むしろ、腹の底で「王の力」が、敵を排除しろと疼いている。
「あら。飼い主の影に隠れているだけのチワワかと思いましたけど……意外といい目をしていますのね」
セラフィナが興味深そうに俺を見る。
「でも、無駄ですわ。魔力のない男が、私に勝てる道理がありません」
「やってみなきゃわからねぇだろ」
「生意気な口……。いいでしょう。その舌、切り取って標本にしてあげますわ!」
セラフィナが跳んだ。
速い。
純白の閃光となり、巨大な鎌が俺の首を薙ぎ払いにくる。
キィィィンッ!!
金属音が響く。
俺の首が飛ぶ――その寸前で、鎌の刃が止まっていた。
止めたのは、アテナの魔法ではない。
俺の「左手」だ。
「……は?」
セラフィナが目を見開く。
俺は、彼女が振り下ろした鎌の柄を、素手でガシリと掴んでいた。
魔力強化された鋼鉄の武器を、生身の片手で。
「……嘘、でしょう? 魔法無効化だけじゃなく……身体強化まで?」
「お前らが『か弱い』って決めつけてるだけだ」
俺は掴んだ柄を、力任せに握り潰した。
ミシミシッ! という音と共に、鋼鉄の柄がひしゃげる。
「なっ……私の『断罪の鎌』が!?」
「悪いな。……俺は、誰かに『処分』されるつもりはない。俺の運命は、俺が決める」
俺は柄を掴んだまま、セラフィナを自分の方へ引き寄せた。
バランスを崩した彼女の顔が、目の前に来る。
「――っ!?」
至近距離。
俺の瞳に宿る金色の光(王の覇気)と、彼女の金色の瞳が交差する。
「お前が神の使いなら、伝えておけ。……『魔王』は、理不尽な神になんか従わないってな」
ドクンッ。
セラフィナの心臓が、大きく跳ねた。
恐怖?
いや、違う。
彼女の頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。
加虐趣味の裏側に潜んでいた、強烈な被虐趣味の本能が、俺の「反逆」に反応してしまったのだ。
「あ……ぁ……」
セラフィナの手から力が抜ける。
彼女はその場にへたり込み、濡れた瞳で俺を見上げた。
「素敵……。こんなに乱暴で、傲慢な男……初めて……」
彼女は身悶えし、自分の太ももを爪で掻きむしる。
「ゾクゾクしますわ……! ああ、いけません、私、聖職者ですのに……! こんな汚らわしい男に、踏まれたいと思ってしまうなんて……!」
……またか。
この世界の強者は、どいつもこいつも「M」の素質があるのか?
いや、俺の「王の力」が、彼女たちの本能をバグらせているのか。
「……セラフィナ。貴女、何発情してるの?」
アテナが心底軽蔑したような(そして嫉妬に狂った)声で割り込む。
「ええい、うるさいですわ! これは……これは『聖なる試練』です!」
セラフィナは真っ赤な顔で立ち上がり、壊れた鎌を構え直した。
「認めますわ、ミナト・カザマ。貴方はただのゴミではありません。……女神の敵にふさわしい、極上の『獲物』です!」
彼女はスカートを翻し、騎士団に撤退を命じた。
「今日のところは引いてあげます。……ですが、逃げられると思わないでくださいね? トーナメント……私も参加させていただきますわ!」
「はあ!?」
「リングの上で、貴方を徹底的に屈服させ、その傲慢な瞳を涙で濡らしてあげるのが……私の新しい『使命』になりましたから!」
セラフィナは恍惚とした表情で俺に投げキッス(殺気付き)を送ると、光の粒子となって消え失せた。
後に残されたのは、静まり返った中庭と、頭を抱える俺。
そして。
「……ミ・ナ・ト?」
背後から、般若のような形相のアテナが迫ってくる。
「あの泥棒猫に、何を吹き込んだの? ……また『誘惑』したの?」
「してない! 襲われたから防いだだけだ!」
「言い訳無用よ。……敵対組織の女まで誑かすなんて、魔王のフェロモンもいい加減にしなさい」
アテナの手から、お仕置き用の拘束魔法が放たれる。
「今日は徹底的に『尋問』よ。……地下牢よりも怖い、私の部屋でね」
こうして、魔王覚醒編の幕開けは、新たなライバル(ドM聖女)の出現と、アテナによる理不尽な監禁イベントでスタートしたのだった。
ハラハラの逃走劇、いかがでしたでしょうか。
最強のアテナ様でも、物量と「守る対象」がいる状況では分が悪かったようです。
しかし、お姫様抱っこでの高速移動……湊くん、完全に人外の領域に入っています。
次回、「第21話:魔王の器、初めての『夜の街』へ」。
逃げ込んだ先は、男にとってさらに危険な(?)歓楽街でした。
新たな出会いと、情報の鍵を握る「猫」が登場します!
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