第12話:禁断の森の密会と、レジスタンスの『洗礼』
アテナの目を盗んでの密会。
そこで待っていたのは、新たな「猛獣」でした。
物理的に襲われる(攻撃される)主人公の運命は!?
翌朝。
俺は全身に残るキスマーク(拘束痕)と、激しい腰の痛みと共に目覚めた。
隣では、昨夜の狂乱が嘘のように、アテナが幸せそうな顔で眠っている。
(……とんでもない夜だった)
俺はそっとベッドを抜け出し、鏡を見た。
首元に赤々と残る、所有の証。
これじゃあ、制服の襟でも隠しきれない。
「……はぁ。学校、行けるかなこれ」
ため息をつきながら、俺はポケットに入っていた『栞』を取り出した。
アテナに見つからないよう、枕の下に隠しておいたものだ。
そこには、昨夜とは違う文字が浮かび上がっていた。
『生存確認。おめでとうございます。次は“西の森”で』
ノアからのメッセージだ。
あいつ、俺が生還することを見越してやがったな。
しかも、懲りずに次の呼び出しだ。
「……上等だ」
俺は栞を握りしめた。
アテナの愛は手放さない。けれど、世界の真実も諦めない。
二兎を追う者は一兎をも得ず?
知るか。俺は欲張りなんだ。両方手に入れて、この狂った世界をハッピーエンドに変えてやる。
◇
学園の西側に広がる「嘆きの森」。
そこは、強力な魔獣が徘徊する危険地帯であり、学生の立ち入りが厳禁されているエリアだ。
だが、今の俺にとっては、アテナの監視の目が届かない唯一の「死角」でもあった。
昼休み。
俺は「トイレに行く」という古典的な嘘をつき(もちろん、リナがついてこようとしたので撒くのに苦労した)、森の入り口へとたどり着いた。
「……来ましたね」
木陰から、ノアが姿を現す。
今日の彼女は、いつもの制服の上に、迷彩柄のローブを羽織っていた。
その手には、昨夜とは違う、さらに禍々しい装飾の短剣が握られている。
「よく抜け出せましたね。アテナ神官長の『愛の結界』は、物理的にも精神的にも強力なのに」
「命がけだよ。……で? こんな人気のない場所に呼び出して、今度は何を見せてくれるんだ?」
俺が尋ねると、ノアは眼鏡の位置を直しながら、森の奥を指差した。
「この森には、古代の『抵抗軍』のアジトが眠っています。……そして、そこに貴方に会わせたい人がいます」
「会わせたい人?」
「ええ。私と同じ、この世界の『嘘』と戦う同志です。貴方の『王の力』を見れば、きっと彼女も協力を惜しまないはず」
ノアが歩き出す。
俺は警戒しながら、彼女の後を追った。
鬱蒼とした森の中は薄暗く、どこからか獣の唸り声が聞こえてくる。
「……ねえ、ノア。昨日のことなんだけど」
「蒸し返さないでください」
ノアがぴしゃりと言う。
だが、その耳が微かに赤いのを俺は見逃さなかった。
「あんな……無茶な助け方をするなんて、計算外でした。貴方は『王』なんでしょう? 自分の命を最優先にするべきです」
「目の前で女の子が死にそうになってるのに、計算なんかできるかよ」
「……っ」
ノアが足を止める。
彼女は振り返り、拗ねたように口を尖らせた。
「そういうところです。……そういう無自覚な優しさが、女性を勘違いさせるんです。気をつけてください」
どうやら、昨夜の「背中」の効果はまだ継続中らしい。
クールなスパイの仮面の下で、彼女もまた年相応の少女なのだと思うと、少し親近感が湧いた。
その時だ。
ヒュンッ!!
風を切る音がして、何かが俺たちの間の地面に突き刺さった。
矢だ。それも、魔力を纏った漆黒の矢。
「――誰だ!」
ノアが即座に短剣を構え、俺を背に庇う。
樹上の闇から、ハスキーな声が降ってきた。
「……神官の手先かと思えば、随分とかわいい男を連れているじゃないか、ノア」
音もなく枝から飛び降りてきたのは、一人の少女だった。
野性味あふれる狼の耳。
鋭い眼光。
そして、引き締まった褐色の肌を露出度の高いレザーアーマーで包んでいる。
いわゆる「獣人」だ。
だが、その身体から発せられるプレッシャーは、Sクラスのリナやシエルを凌駕していた。
「……ルナ。彼が例の『特異点』ですよ」
ノアが安堵したように構えを解く。
ルナと呼ばれた獣人の少女は、興味深そうに俺を値踏みした。
「へぇ……。こいつが、あのアテナを狂わせている元凶か。見た目はただの『か弱いオス』にしか見えないがな」
ルナは瞬時に間合いを詰め、俺の顎を指先でクイッと持ち上げた。
獣のような匂いと、甘い香りが混ざり合う。
「ねえ、ボクと勝負しない? もしボクの攻撃を一度でも防げたら、仲間として認めてあげる。……でも、防げなかったら」
彼女はニヤリと笑い、鋭い犬歯を見せた。
「ボクの『ペット』になってもらうよ。ちょうど、夜のおもちゃが欲しかったんだ」
出たよ、肉食系。
しかも今度は物理的にも肉食っぽい。
「ルナ! ミナト先輩は『王』の器を持つ方です! 無礼な真似は……!」
「試してみなきゃわからないだろ? この世界を変えるには、綺麗事だけじゃ無理なんだよ!」
ルナの脚がバネのようにしなり、俺の首元へと回し蹴りが放たれた。
速い。
リナよりも速く、重い一撃。
(……くそっ、やるしかないのか!)
俺は反射的に腕を交差させ、防御の姿勢をとる。
だが、ただ防ぐだけじゃない。
昨夜掴んだ、あの「感覚」を呼び覚ます。
俺の中にある、理不尽への怒り。
支配を拒絶する、魂の叫び。
――展開!!
ガガガガッ!!
衝撃音が響く。
だが、俺の腕は折れていなかった。
俺の身体の表面を、薄い金色の膜が覆い、ルナの蹴りを完全に受け止めていたのだ。
「……は?」
ルナが目を丸くして動きを止める。
俺はその隙を見逃さず、彼女の足首を掴み、逆に自分の方へと引き寄せた。
「わっ!?」
体勢を崩したルナは、そのまま俺の胸の中に倒れ込んだ。
俺は彼女の両手首を片手で拘束し、耳元で囁く。
「……ペットになるのは御免だ。俺は、対等なパートナーを探しに来たんだ」
至近距離で見つめ合う。
野生の狼のような少女が、初めて「オス」に力負けし、拘束された瞬間。
彼女の頬が、カッと赤く染まる。
「う……そ……。ボクが、力負け……?」
ルナの瞳が潤み、荒い息が漏れる。
その反応は、シエルの時と同じ。
いや、本能に忠実な獣人である分、よりダイレクトだ。
「……すごい。強いんだね、キミ……」
彼女の殺気が消え、代わりに熱っぽい陶酔の色が浮かび上がる。
どうやら、この世界の「抵抗軍」のリーダー格もまた、俺の『王の力』の前には、一人の乙女に過ぎないらしい。
「合格です、ミナト先輩」
ノアが呆れたように、しかしどこか誇らしげに言った。
「ようこそ、『黄昏の梟』へ。……どうやら貴方は、世界だけでなく、私たちのハートまで征服するつもりらしいですね」
こうして、俺は学園の裏で暗躍する「反乱組織」とのコネクションを手に入れた。
だが、その代償として、また一人(一匹?)、厄介な肉食女子に狙われることになったのだった。
新ヒロイン・ルナ、瞬殺(陥落)でした。
強気な獣っ子があっさり落ちる展開、癖になりますね。
しかし、これでアテナ様にバレないわけがありません。
次回、「第13話:孤高の獣、王の愛玩となる」。
……あれ? タイトルからして、ルナがさらにひどい目(いい目?)に遭いそうな予感が。
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