第1話:目覚めれば、そこは肉食女子たちの狩り場
意識が浮上したとき、最初に感じたのは「甘い匂い」だった。
花の香りのようでもあり、もっと動物的な、鼻の奥をくすぐるような熱っぽい麝香の香り。
「……ん」
重い瞼を、ゆっくりと開ける。
視界に飛び込んできたのは、見知らぬ天井ではない。
――顔、顔、顔だ。
「きゃあああっ! 目が覚めたわ!」
「見て、この瞳! 黒曜石みたいで素敵!」
「ねえ、ちょっと触ってもいい? 肌、すごく柔らかそう……」
鼓膜を揺らす、悲鳴のような歓声。
状況を理解するより早く、俺――湊の身体は、四方八方から伸びてきた無数の手に包まれていた。
「う、わっ!? な、なんだ!?」
飛び起きようとするが、身体が鉛のように重い。
周囲を取り囲んでいるのは、十代後半くらいの少女たちだ。制服のようなローブをまとい、その表情は一様に紅潮している。
だが、その目は尋常じゃなかった。
まるで、極上の霜降り肉を見つけた猛獣のような、ギラギラとした欲望の光。
「ああん、声まで可愛い……」
「ねえ、君、どこから来たの? お姉さんが優しく教えてあげる」
「ちょっと抜け駆けはずるいわよ! 私が先に唾つけてたんだから!」
ぐにゅり、と二の腕に柔らかく、温かい感触が押し付けられる。
別の手は、遠慮なく俺の太ももをまさぐり、さらに際どい場所へと這い上がろうとしてくる。指先の動きが、いやらしいほどに手慣れている。
――なんだこれ。天国か?
いや、違う。これは、「恐怖」だ。
彼女たちの目に、俺という「人間」への敬意はない。あるのは、食欲に近い性欲と、所有欲だけ。
俺はとっさに身をよじり、太ももに伸びてきた手を振り払った。
「や、やめろよ! 触るな!」
その瞬間、場がシンと静まり返った。
数十人の少女たちが、キョトンとした顔で俺を見る。
そして次の瞬間、彼女たちの表情が「侮蔑」に近いものへと歪んだ。
「……はあ? なにその態度」
「男のくせに、随分と高飛車なのね」
「誘われてるんだから、もっと嬉しそうな顔をしなさいよ。これだから『魔力なし』の男は……」
「じらしてるつもり? 生意気な男って、躾けがいがありそうだけど」
空気が変わる。
好奇心は、苛立ちとサディスティックな加虐心へ。
じり、と包囲網が狭まる。
(なんだよ、これ……。俺が何をしたっていうんだ……!)
理不尽な暴力の気配に、俺が息を呑んだ、その時だった。
「――そこまでになさい。発情したメス豚ども」
凛とした、しかし絶対零度の冷気を孕んだ声が、講堂に響き渡った。
空気が凍りつく。
少女たちが弾かれたように道を空けると、そこには一人の少女が立っていた。
銀色の長い髪が、窓から差し込む光を反射して輝いている。
透き通るような白い肌。宝石のアメジストを思わせる紫の瞳。
身にまとうのは、周囲の少女たちよりも明らかに豪奢な、純白の神官服だ。
圧倒的な美貌。
だが、今の彼女は、美しいと同時に恐ろしかった。
「ひっ……ア、アテナ様……!?」
「神官長……!」
少女たちが青ざめて後ずさる。
アテナと呼ばれたその少女は、コツ、コツ、とヒールの音を響かせながら、俺たちの中心へと歩み寄ってきた。
そして、俺の腕を掴んでいた女子生徒を見下ろし、冷酷に告げる。
「私の『召喚獣』に、その汚い手で触れないで」
「し、失礼いたしましたぁっ!!」
女子生徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
嵐が去ったような静寂の中、俺は呆然と彼女を見上げていた。
助かったのか?
いや、召喚獣ってなんだよ。
「あ、あの……」
俺が恐る恐る声をかけると、彼女――アテナはゆっくりと振り返った。
先ほどまでの冷酷な表情が嘘のように消え失せ、そこにはとろけるような甘い微笑みが浮かんでいた。
「よかった……無事だったのね、ミナト」
彼女はその場に跪くと、俺の頬を両手で優しく包み込んだ。
至近距離で見つめ合う、紫水晶の瞳。
そこには、先ほどの少女たちとは違う、けれど遥かに重く、深い熱情が渦巻いていた。
「ごめんなさい。転移の座標が少しずれてしまったみたい。怖い思いをさせたわね」
「き、君は……?」
「私はアテナ。あなたをこの世界に呼んだ、唯一の共犯者よ」
アテナはそう言うと、俺を抱きしめた。
彼女の豊かな胸の感触が、薄い布越しに伝わってくる。
甘い匂いが、今度は不快ではなく、脳を痺れさせるような陶酔感として俺を包み込んだ。
「ここは『男が女に狩られる』世界。……でも、安心して」
彼女の唇が、俺の耳元に触れる。
熱い吐息と共に囁かれた言葉に、俺の背筋が震えた。
「あなたは私が守るわ。世界の理も、倫理も、全部無視して……私があなたを、徹底的に愛してあげる」
それは、聖女の誓いというよりは、悪魔との契約に似ていた。
俺の異世界生活は、こうして、最強の神官少女による「完全管理」の下で幕を開けたのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
主人公の貞操の危機から始まった異世界生活。助けてくれたアテナ様ですが、彼女の愛も相当重そうです……(笑)
「続きが気になる!」「アテナ可愛い!」と思っていただけたら、
ぜひページ下部の【★★★★★】で評価、ブックマーク登録をよろしくお願いします!
(作者のモチベーションが爆上がりして、更新速度が上がります!)
次回、「第2話:神官様の私室は、甘くて危険な檻の中」。
密室での濃厚な……お楽しみに!




