残ったのは、コーヒーを淹れる音だけ
歳を取り、朝が少しだけ長くなった。
昔みたいに、布団から跳ね起きることはもうできない。でもまあ、急ぐ理由もない。
台所でコーヒーを淹れるときだけ、部屋が少しだけ若返る気がする。
かつて妻が、同じ音を立てていたからだ。
今は一人暮らし。別れたのは、もう七年前になる。
正確に言えば、どちらが悪いというわけでもなかった。
積み重なった生活のほころびが、ある朝、急に音を立てて破れただけだ。
喧嘩もほとんどなかった。
逆に、それがいけなかったのかもしれない。
――静かな夫婦は、静かに終わる。
そんな言葉をどこかで読んだが、本当にそうなのだと思う。
今日、ポストに小さな封筒が入っていた。
差出人の名前を見た瞬間、心臓がすこしだけ跳ねた。
“元気にしていますか?”
便箋には、その一行しか書かれていなかった。
癖のある丸い字は、たしかに彼女のものだった。
返事を出そうか迷った。
迷って、結局、出さないことにした。
いまの自分の生活は、きっと相手の思い出を塗り替えるほど綺麗でもない。
そして、相手の生活も、きっとそうだ。
壊れた関係に手を伸ばす勇気は、若い頃に全部使ってしまった。
封筒を机の引き出しにしまって、またコーヒーの粉を計る。
湯をそそぐと、ふわっとした香りが立ちのぼる。
――ああ、たしかに昔と同じ香りだ。
でも、もう“二人分”にはならない。
カップを一つだけテーブルに置くと、不思議なほど落ち着く。
切なさは少しだけあるけれど、痛みではない。
あれから七年も経ったのだから。
どちらも、それなりの場所で、それなりに生きて、
それで十分なのだと思う。
コーヒーをひと口飲む。
ちょうどいい苦さだった。
そういう設定です。




