とある学校の日本史授業風景 10コマ目 奈良時代②
午後の授業が始まった。
窓の外は曇り空。次第に雲が厚くなっていくようで、幾らか強めの風も吹いている。
夕刻には雨模様かもしれない。生徒の中には、傘の存在を気にする者も居た。
そんな幾分落ち着かない空気の教室内では、教師の三上が今回の内容について板書を始めていた。
「さて、前回は大仏建立と大怪異討伐までやったな。今日は奈良時代の後半、聖武天皇崩御後から平安京遷都までを扱う」
黒板に『奈良時代後半(750年代~790年代)』と書き込む。
「この時期は、政治的には非常に不安定だった。一方で、文化的には天平文化が花開いた時代でもある」
前列の女子が手を挙げた。
「先生、聖武天皇って、大怪異を倒した後どうなったんですか?」
「聖武天皇は大怪異討伐後、出家して上皇となり、750年代半ばに崩御した。そして皇后の光明皇后が、聖武天皇の遺品を東大寺の正倉院に納めた」
三上は『正倉院』と板書する。
「この正倉院宝物は、天平文化を理解する上で極めて重要だ。後で詳しく説明するが、まずは政治の流れを押さえよう」
「政治が不安定って、何があったっすか?」
「坂上か。簡単に言えば、権力争いと怨霊の恐怖だ」
窓際の男子が首を傾げ、三上はそれに応えた。
更に教師は新しい項目を追加した。『藤原仲麻呂の台頭』。
「聖武天皇崩御後、娘の孝謙天皇が即位した。この時、実権を握ったのが藤原仲麻呂、後の恵美押勝だ」
後列の男子――定原が手を挙げる。
「藤原仲麻呂……って、藤原四兄弟の誰かの子ですか?」
「その通り。藤原南家の出身で、光明皇后の信任が厚かった。彼は次々と改革を進め、唐風の政策を推進した」
三上は黒板に項目を追加していく。
「養老律令の施行、軍事制度の改革、そして自らの名を藤原恵美押勝と改めた。権力の頂点に立ったわけだ」
「でも、不安定だったんですよね?」
「そうだ。孝謙天皇が譲位し、淡路廃帝……後の淳仁天皇が即位したが、上皇となった孝謙と恵美押勝の関係が悪化していった」
前列の女子が不安そうに訊ねる、それに応える三上は、新しい項目を書く。
『恵美押勝の乱(760年代半ば)』。
「そして760年代半ば、恵美押勝は反乱を起こした。しかし、わずか数日で鎮圧され、彼は琵琶湖畔で討ち取られた」
「数日って、めっちゃ短いっすね」
「そうだ。準備不足だったとも、孝謙上皇側の動きが速かったとも言われている。この乱の鎮圧後、孝謙上皇は重祚して称徳天皇となった」
中列の女子が首を傾げる。
「重祚って、何ですか?」
「重祚とは、一度退位した天皇が再び天皇に即位することを指す。孝謙天皇として即位し、一度譲位したが、再び称徳天皇として即位したわけだ」
定原が手を挙げる。
「同じ人が二回天皇になったってことですか?」
「その通り。日本史上、重祚した天皇は何人かいるが、孝謙・称徳天皇はその代表例だ」
三上は次の項目へ移る。『道鏡政権(760年代後半~770年頃)』。
「称徳天皇の時代、政治の中心となったのが僧の道鏡だ」
「お坊さんが政治をするんですか?」
中列の女子が驚いた声を上げた。
「そうだ。大仏の件もあり、僧は次第に力を持つようになっていた。その中で道鏡は称徳天皇の信任を得て、法王という前例のない地位に就いた。仏教勢力が政治の中枢を握ったんだ」
「それって、貴族は面白くなかったんじゃないですか?」
「その通り。藤原氏を始めとする貴族たちは、強く反発した。そして760年代末、有名な事件が起きる」
三上は『宇佐八幡宮神託事件』と大きく板書した。
「宇佐八幡宮から、『道鏡を天皇にすれば天下泰平』という神託があったとされたのだ」
教室がざわつく。前列の女子が驚いた声を上げる。
「お坊さんが天皇に!?」
「だが、和気清麻呂という人物が再び神託を確認しに行った。そして持ち帰ったのは、『天皇は必ず皇族が継ぐべし』という正反対の神託だった」
定原が考え込むように訊ねる。
「つまり、最初の神託は嘘だったんですか?」
「そう考えられている。道鏡を排除したい勢力が仕組んだ罠だったとする説が有力だ。いずれにせよ、この事件で道鏡の権威は失墜した」
坂上が呟く。
「政治って、怖いっすね……」
「そうだな。そして770年頃、称徳天皇が崩御すると、道鏡は失脚し下野国に左遷された。これで仏教勢力の政治介入は終わる」
三上は新しい項目を書いた。『光仁天皇の即位』。
「称徳天皇の後、天武系から天智系へと皇統が移り、光仁天皇が即位した。そして780年代初頭には桓武天皇が即位する」
後列の女子が手を挙げる。
「先生、桓武天皇って、前回出てきた早良親王の話と関係ありますよね?」
「よく覚えているな。そうだ。桓武天皇の時代については、次回詳しく扱う。今日はここまでの政治の流れを押さえておいてくれ」
三上は一息ついてから、教室を見渡し、『天平文化』と大きく板書した。
「さて、ここからは文化の話だ。奈良時代後半、特に天平文化について詳しく見ていこう」
同時に、教師は資料のページを指定する。そこには、ユーラシア大陸を横断する幾つかのルートが描かれていた。
「天平文化の最大の特徴は、国際色の豊かさだ。このように、唐を経由して、西アジアやインドの文化まで流入している」
「それって、シルクロードですか?」
「その通り。では、シルクロードについて説明しよう」
前列の女子が目を輝かせ、三上は頷いた。
「シルクロードは、中国の長安を起点に、中央アジアを経由してローマまで続く交易路だ。陸路と海路があり、日本は主に海のシルクロードで繋がっていた」
「海のシルクロードって、どういうルートっすか?」
「日本から朝鮮半島の後百済、中国沿岸、東南アジアを経由してインド、ペルシャ湾へと続くルートだ。遣唐使もこの航路を使った」
定原が訊ねる。
「日本からは何を輸出したんですか?」
「良い質問だ」
三上は新しい項目を書く。『日本の輸出品』。
「まず有名なのは金だ。日本は当時、東アジア有数の金の産出国だった。特に陸奥国から産出される砂金は、唐でも珍重された」
真面目そうな女子が感心したように呟く。
「日本って、その頃から金が採れていたんですね。佐渡金山とか聞きます」
「佐渡金山はまだ先の話だが、それ以前から日本は金の産地だった。大仏に金メッキを施せたのも、陸奥国で金が発見されたおかげだ。次に真珠。日本近海で採れる真珠も重要な輸出品だった」
三上は続けて項目を追加していく。
「そして、ここからが重要だ。日本独自の工芸品も輸出されていた」
教師は黒板に書き込む。『漆器』『刀剣』『絹織物』。
「漆器は日本の伝統工芸だが、実は当時から輸出品として人気があった。特に蒔絵の技術は日本独自のものだ」
前列の女子が訊ねる。
「刀剣も輸出してたんですか?」
「そうだ。日本刀の原型となる刀剣は、その切れ味で知られていた。さらに、魔穴――すなわちダンジョンで産出された武具は特別だった」
坂上が身を乗り出す。
「ダンジョン産の武器っすか!? 魔力のない海外で!?」
「そうだ。ダンジョンで得られる武具は、魔力が抜け切っても通常の鉄よりも遥かに強靭だった。これは日本にしかない特産品として、高値で取引された」
三上は新しい項目を追加する。『ダンジョン産の輸出品』。
「ダンジョン由来の品は他にもある。武具以外のダンジョン産の道具類も質が高く、またそれらを鋳潰して加工した装飾品などもあった。一方で魔力で変異した動物の素材は、貴重な薬の材料などとして扱われた。これらは唐や新羅でも入手困難なため、珍重された記録が残っている」
中列の女子が手を挙げる。
「先生、絹織物もダンジョンと関係があるんですか?」
「鋭い質問だ。実は、絹織物の中でも特殊なものがあった」
三上は黒板に『金糸絹』と書く。
「魔力の影響を受けて変異した蚕が、金属的な光沢を持つ糸を生み出すことがあった。この糸で織られた絹は、『金糸絹』と呼ばれ、西域を経てヨーロッパまで運ばれたという記録が残っている」
後列の男子が目を丸くする。
「変異した蚕って、色んな種類がいるって聞いたことがるっすよ」
「そうだ。養蚕は元は渡来人が持ち込んだ技術だが、魔力溢れる日本で、特殊な発展を遂げた。飼育された蚕の一部が、魔力の影響で変異したらしい。生み出される糸は、金属繊維のような強度と光沢を持ちながら、絹の柔らかさも保っていた」
坂上が興奮気味に訊ねた。
「それって、めっちゃ高かったんすよね?」
「当然だ。重量あたりの価格は金に匹敵した。欧州各国の貴族たちが、この金糸絹を競って求めたという記録がある。現代でも高級品や特殊素材として扱われているな」
資料には、美しい光沢を輝かせる金糸絹の写真が載せられていた。
生徒達がそれを眺める中、三上は『日本の輸入品』と書き込み、品目も書き込んでゆく。
「逆に日本が輸入したのは、絹織物、香料、薬品、書籍、そして仏具など。そうした国際交易の成果が集約されているのが、正倉院だ」
教師は『正倉院宝物』と板書する。
「正倉院は東大寺の倉庫で、聖武天皇の遺品を中心に、約9000点もの宝物が保管されている」
「9000点も!?」
「そうだ。そしてその内容も充実している」
後列の女子が驚く中、三上は項目を列挙していく。
「まず楽器。五弦琵琶、螺鈿紫檀五弦琵琶など。これらはペルシャ起源の楽器だ」
「次に工芸品。漆胡瓶、白瑠璃碗、瑠璃坏など。ガラス製品はローマやペルシャから伝わったものだ」
「そして武具。大刀、弓矢、鎧など。これらの中には国内のダンジョン産のもの等も含まれている」
同時に資料のページがめくられ、それらの品々の写真が生徒達の目を楽しませる。
その内の一人、坂上が目を輝かせた。
「ダンジョン産の武具が正倉院に!?」
「そうだ。特に『練武の太刀』と呼ばれる大刀は、大仏建立の際に出現したという、試練のダンジョンの深層で得られたものだと記録されている」
男子生徒はその言葉と『練武の太刀』の写真に目を奪われた。
一方で、他の宝物が気になるらしい女子が訊ねる。
「他にはどんなものがあるんですか?」
「薬物も重要だ。正倉院には約60種類の薬が保管されている。中には西アジアやインドから伝わったものもある」
三上は新しい項目を書く。『正倉院が示すもの』。
「つまり、正倉院宝物を見れば、当時の日本がどれほど国際的なネットワークに組み込まれていたかが分かる。シルクロードの終着点として、日本は様々な文化を受け入れていたんだ」
「でも、なぜそんなに多くのものが保存されたんですか?」
「光明皇后が、聖武天皇の遺品を東大寺に献納したからだ。『亡き夫を偲ぶため』という個人的な理由だが、結果的に貴重な文化財が後世に残された」
教師の答えに、女生徒達が僅かに黄色い声を上げる。
亡き夫をしのぶという部分に、ロマンスを感じたのだろうか?
「正倉院って、今も使われているんですか?」
「建物としては残っているが、倉庫としては使用されていない。宝物の数々は、近代的な保管施設に移されているな。しかし、約1300年前の宝物が現代まで無事だったのは重要だ。これは世界的にも稀な例だと言えるだろう」
三上は話を進める。
「天平文化は他にも重要な要素がある」
教師は新しい項目を書いた。『万葉集』。
「日本最古の和歌集、万葉集が編纂されたのもこの時期だ。天皇から庶民まで、様々な身分の人々の歌が収められている」
「庶民の歌も入ってるんですか?」
前列の女子が感心したように呟く。
「そうだ。防人の歌、農民の歌など、当時の人々の生活や感情が生き生きと伝わってくる。これも天平文化の特徴だ」
三上は時計を見た。残り時間が少ない。
「さて、最後に遷都の話をしよう」
教師は『遷都の連続』と板書する。
「桓武天皇は、780年代半ばに長岡京へ遷都した。これは奈良の仏教勢力の影響力を弱めるためだった」
坂上が訊ねる。
「仏教勢力って、そんなに力があったんすか?」
「そうだ。道鏡政権の記憶もあり、桓武天皇は仏教勢力を警戒していた。だが長岡京では、藤原種継暗殺事件などが起き、不安定だった」
三上は続ける。
「そして794年、桓武天皇は平安京へ遷都した。『平安』の名には、『平和で安らかな都』という願いが込められている」
定原が手を挙げる。
「この平安京が、後の京都ですよね?」
「その通り。平安京は約1000年にわたって都として機能することになる。だがそれは、次回以降の話だ」
三上は黒板の要点をまとめ始めた。
・聖武天皇崩御後の政治混乱
・藤原仲麻呂(恵美押勝)の台頭と滅亡(760年代)
・道鏡政権と宇佐八幡宮神託事件(760年代後半~770年頃)
・重祚(孝謙天皇→称徳天皇)
・光仁天皇・桓武天皇の即位(770年頃~)
・天平文化(国際色豊かな文化)
・正倉院宝物(シルクロードの終着点)
・日本の輸出品(金、真珠、漆器、刀剣、金糸絹、ダンジョン産品)
・万葉集の成立
・遷都の連続(長岡京→平安京)
書き上げた内容を生徒達がひとしきり書き写し終える頃、チャイムが鳴った。
「次回からは平安時代に入る。桓武天皇の改革、怨霊の脅威、そして新しい仏教の登場など、盛りだくさんだ。予習しておくように」
生徒たちが教科書を閉じ、ノートを仕舞い始める。
教師を見送った後、生徒達は談笑し始めた。
「正倉院、一度見てみたいな」
「修学旅行で奈良行くっすよね? 見られるかな?」
「正倉院は普段非公開だけど、正倉院展っていうのがあるらしいよ」
「へー、行きたい!」
後列で、芦原が定原に話しかける。
「ダンジョンの宝物が正倉院にあったって、ロマンあるよね」
「確かに。当時の人も、ダンジョンで冒険してたんだな」
「金糸絹、実物見てみたいな……」
坂上が横から口を挟む。
「俺は絶対ダンジョン行くっすよ! 魔穴で鍛えて、御先祖みたいに歴史に名を残すっす!」
「坂上君、単純だね」
「いいじゃないっすか! 男のロマンっすよ!」
そんな会話を交わしながら、生徒たちは次の授業の準備を始めている。
窓の外では、色を濃くした空。窓ガラスに、風に吹かれて流された雨粒が、一滴当たって流れて行った。
これにて奈良時代編終了&第三部終了。
間章挟んで平安時代前編へ。




