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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
陸章 奈良時代 ~律令制の成熟と天平文化 そして大仏~

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鈴鹿山演義 ~肆~

【坂上田村麻呂】


山頂は、まるで王の間の様であった。

岩場であったろうそこは、広間のようにならされ、開かれていた。

一角には、旅人やここまで差し向けられた朝廷の兵らから奪ったと思しき、略奪品の山が積み上げられている。


そして、中央に、それがいた。


捻じれた角が何本も突き出した頭、憤怒の色を浮かべし、歪んだ顔。

両腕は醜悪に膨れ上がり、強力であろう様が見て取れる。

座るのは、大岩を砕いて作り上げられた玉座。


「あれが……大嶽丸か……!」


山頂へと駆け上がったおれと鈴鹿御前をみて、嵐を振り払ったものだと察したのか、その巨鬼、大嶽丸は憤怒に髪さえ逆立て、力任せに立ち上がる。

勢い余ったのか、砕ける岩の玉座。だが、おれはそのようなモノを気にする余裕などない。


巨きい。


その大きさは、鈴鹿の山に立ち並ぶ巨木にも匹敵するほど……いや、それ以上か。

そのように目算するおれが気に食わぬのか、大嶽丸が吠えた。


「小賢しき愚物共の狗が!」


大音声が、山全体を震わせ、おれと鈴鹿御前を威圧する。

その手には、人の背丈ほどもある大鉞が握られていた。

おれは、その威容に息を呑む。

多くの朝廷の兵を苦しめた嵐は切り裂かれた。

しかし、大嶽丸の力はそれだけではない。

大嶽丸は、あの大鉞より、漆黒の雷を放つとされているのだ。

事実、それを示すように、大鉞は闇の如き色の頼光を纏い、バチバチと音を立てている。


だが、怯みはしない。

おれの後ろには、尊きお方鈴鹿御前が、そしてこの身には、師の下で鍛えた武が宿っているのだ。

更には、この手の中にある神剣が、おれに力を貸してくれる。

その俺達の様が気に入らなかったのか、大嶽丸は遂に大きく踏み出した。


「グオオオオッ!!」


咆哮と共に振り下ろされる大鉞。

空も裂けよとばかりに渾身の力で振り下ろされた軌跡から、漆黒の雷が矢の如くおれ達へと放たれた。

更に斧頭は岩場を砕き、破片が鋭い刃のように四方八方へと飛ばされる。

どちらも余りの速さに、おれはまともに反応できない。


(だが……恐れる必要は、無い)

キィン、キィン、キィン!


鳴り響いた音は、まるで鈴の如く涼やかなもの。

鈴鹿御前の操る二振りの剣が、それら雷を引き寄せ、おれたちに届かないよう守って見せたのだ。

更には飛び散る岩さえも、二本の剣が弾き散らす。

山頂へと踏み込む前、鈴鹿御前はこう言った。


「守りは、お任せくださいませ。雷だろうと、田村麻呂様には届かせませぬ」


その言葉通りであった。

その神秘に、おれは感嘆する。

だが、同時におれの身体は動いていた。

おれが為すべきことを成すのだ。


師より学んだ、神速の踏み込み。

おれは既に大嶽丸との距離を詰めていた。

気が付くと、周囲の景色が、ゆっくりと流れている。

大嶽丸が続いて放った後続雷さえも、まるで止まっているかのように。


(これは、極限の境地……というものか)


おれも幾らか聞き及んだことがあった。

戦の中、意識が研ぎ澄まされた末に、時の流れすら遅く感じる事があると。

これが、それなのか。

感動すらなく、妙に凪いだ心持の中、二振りの剣に守られたおれは、納刀していた天羽々斬を抜き放つ。

だが、大嶽丸も、踏み込まれたと悟ったのか、直接おれを引き裂かんと、大鉞を振りかぶっていた。

黒き雷と共に、振り下ろされる鉞。


「っ!!」

「ッ!?」


一閃。

抜き打ち様に振り上げた斬撃は、放たれた漆黒の雷と鉞ごと、大嶽丸の腕を斬り飛ばしていた。

鉞は大きくはね飛ばされ、隣の山へと飛んでいく。

切断された腕は、形を失い汚泥となって辺りに降り注いだ。

無音のゆっくりとした視界の中、遥か高みにある筈の大嶽丸の表情が驚愕に染まるのが見える。


「……!?」


さらに、雷を防ぐ必要のなくなった鈴鹿御前の二振りの剣が、大嶽丸の踵を斬りつけた。

腱が断ち切られる。

ここで、おれの加速していた意識が、現実の速度へと引き戻された。


「ギャアアアアッ!!」


無音の世界から、悲鳴とも罵声ともとれる大音声の中へ。

腱を断ち切られた、大嶽丸が大きく体勢を崩した。


「な、め、る、な!!」


だが、大嶽丸はぐいとおれ達を睨みつけた。

断ち切られたはずの足で、前に踏み込む。

その先には、おれたちがいる。

大嶽丸は、只では倒れまいと、その巨体でおれと鈴鹿御前へ向かいその巨体を傾けたのだ。

このまま倒れ込まれれば、おれたちはその巨体で押し潰されてしまう。

更には、逃げ場を封じんとばかりに、巨鬼は残った腕で俺達につかみかかった。


しかし、その時。鈴鹿御前が、両手を天にかざしたのだ。

天に祈りを捧げんとする巫女のように。

その瞬間、太陽のような輝きがその手から放たれた。


「ギャッグアアアァァッ!?」


大嶽丸は、余りの眩しさに伸ばそうとした手で顔を覆う。

一方のおれは、背後から放たれた輝きに目を焼かれることなく、大きな隙を晒しながら圧し掛かってくる大嶽丸の巨体の下に踏み込んだ。

そして、上方へ向かって天羽々斬を振りぬいたのだ!


「大嶽丸よ! これで……終わりだ!!」


その時、丁度おれの配下の兵が、変異山賊の残りを打倒して山道を駆け上がってきた。

そして、彼らは己の主の神業を目撃することとなる。


それは、嵐を切り払ったのと同じ、鮮烈な斬撃。

切っ先から放たれた剣気と神剣の神気が混ざり合い、巨大な刃を成した。

天を割るが如き一閃だ。

巨鬼の首であろうとも耐えられるはずもない。


ザン!!

「グッ!???」


蒼穹に光の線だけを残し、大嶽丸の首が斬り落とされたのだ。


「若君……何という……!」

「これが、若君の御力……!」


配下の兵たちが、驚愕の声を上げる。

しかし、戦いは終わっていなかった。

はね飛ばされた大嶽丸の首が、笑っていたのだ。


「グフフ……グハハハ……!」


その首を失った胴が、突如形を失う。

元より汚濁めいた色合いが更色濃くなり、瘴気の塊である汚泥へと変わったのだ。

黒き豪雨となった大嶽丸の身体が、おれと鈴鹿御前に降り注ごうとする。


(この汚泥に触れれば……!)


おれは、直感で察した。

変異し、瘴気に染められ、山賊や大嶽丸のような朝廷を憎む鬼と成り果てる。

鈴鹿御前も、同じことを察したのだろう。背後で彼女が身体を硬直させたのが判った。

そして、大嶽丸の首は、厭らしく笑みを浮かべている。

しかし……


(お前が望む様な末路など、決して来はしない!!)


あの方は、俺に守りを任せろと言ったのだ。

故におれは恐れない。

それを証明するかのように、二本の神剣が、おれたちの頭上へと飛んでいく。

そして汚泥の雨の前で回転し始めたのだ。

回転の軌跡はあまりに早く光の円のごとし。

降り注ぐ汚泥は、その円に触れると瞬時に浄化され、消えていく。

さらに、鈴鹿御前より放たれ続けていた光に呼応するかのように、天羽々斬が光を放つ。

その神気に満ちた光により、瘴気と汚泥は瞬く間に浄化されていく。

先に飛び散っていた汚泥さえ、その光に触れれば朝日に照らされた霧の如くに消え去ってゆく。


「グ……グアアアア……!」


奥の手さえも届かなかったと悟ったのか、大嶽丸のうめき声が山に響く。

その声さえ途切れた頃、全ては浄化されていた。

おれは、安堵の息を吐いた。


「……終わった、のか」

「はい。お見事でございました、田村麻呂様」


鈴鹿御前も、穏やかに微笑む。

見渡せば、遠巻きに見守っていた兵達も見える。

そして、どのようにはね飛ばされたのか、砕けた玉座に転がる大嶽丸の首級もそこにあった。


「……これを持ち帰れば」


そう、これを都に持ち帰れば、おれに下された命を果たせる。

そして、恐らく鈴鹿御前とも、これで……。


(いや、何を考えているのだ、おれは)


おれは、心の奥より浮かんだ思いを押さえ、討伐の証である大嶽丸の首を持ち帰ろうと、地に転がるそれへと近づいた。

だが……。


「……阿呆が!!」

「何っ!?」

「きゃぁっ!?」


最後の力を振り絞ったのか、大嶽丸は口から汚泥の雫を吹き付けてきたのだ。

その先は、鈴鹿御前!?


「鈴鹿御前!」


おれは、咄嗟に鈴鹿御前をかばった。

同時に、天羽々斬で殆どの雫を消し去る。

だが、一滴だけ、おれの左手に触れてしまった。

その部分だけ、黒く染まる。


「……っ!」

「そこから総身まで……穢れは広がるのだ……ゲフッ!」


その様を目にした大嶽丸が、勝ち誇りながら息絶えた。

絶句する兵達と、鈴鹿御前。

同時に、黒く染まった肌が蠢くのを感じる。

なるほど、これならばおれが鬼に成り果てるまで、そう時間はかからぬだろう。


だが、この様な事、大したことではない。

おれは、天羽々斬を左手に添えた。


「田村麻呂様、何を……!」

「切り落としまする。さすれば、総身には回らぬ筈」

「お待ちください!」


そのまま力を込めんとすると、鈴鹿御前がおれの手を止めた。


「鈴鹿御前……?」

「天羽々斬は、分け御霊と言えども、神剣。そのような事に使ってはなりません」


言われてみれば、道理だ。

だが、このまま放置も出来ぬ。


「ですが……この穢れは……」

「神剣を、その箇所に触れさせるのです。強い怨念が込められていますが……残る神気を注げば、相殺も叶いましょう」


言われるままに、おれは天羽々斬で染まった肌に触れる。

すると、黒く染まった肌の蠢きが消え、縮小していく。同時に、天羽々斬の光も次第にかすれ、消えていく。

数瞬後、そこにはほんの僅か染みの如く残った跡と、元通りとなった我が愛剣があった。

鈴鹿御前は、その染みに触れ、目を閉じ何かを調べているようだ。

そして、何かを窺うように、俺に告げた。


「僅かに瘴気が残っていますが、この程度であれば、浄化を続ければ大事には至りません」


鈴鹿御前の手から僅かな光が零れる。

この光で浄化するというのだろうか?

だが、それにしてはもう瘴気の欠片も感じないが……

おれは、しばらく噛み締めるようにその言葉の意味を考えた。

そして、はっと気づいて尋ねる。


「続けるとは……どれほどの間でありましょうか?」


鈴鹿御前は、頬を僅かに染めて答えた。


「……貴方様が望むのなら、どれほどでも」

「……!」


おれも、頬が熱くなるのを感じた。


「若君! 大勝利にございます!」

「大嶽丸を討ち取られました!」


配下の兵たちが、歓声を上げる。

大嶽丸の首は、無念そうに転がっている。

その時、何故か微かなうめき声のようなものが聞こえた気がしたが……鈴鹿御前が、視線で俺に告げていた。


(何も聞かなかったことにしなさい)


おれは訳も分からず頷くしかなかった。



【アキト】


(やったな、アマテラス!)


俺は、自身の領域内で、田村麻呂とアマテラスの大勝利を見届けた。


大嶽丸の首級を携え、アマテラスの写し身と共に都へ凱旋する田村麻呂。

その姿は、まさに英雄そのものだった。


(おめでとう、アマテラス!)

(良かったわね、アマテラス!)

(姉上、おめでとうございます!)


ハルカも、スサノオも、皆がアマテラスの想いを祝福する。


(……くっ……姉上が幸せであるなら……いやしかし……)


ツクヨミだけは、血の涙を流していたが。

それでも、アマテラスの幸せそうな表情を見て、ツクヨミも暴れるのではなく葛藤にシフトしている。

まあ、完全に納得するのはまだ先のようだが……。


(……しかし、これで全てが終わった訳では無い、な)


俺は、その光景を見守りながら、ふと別のことに気づいた。

日本を覆う、ある異変を感じ取っていたのだ。

長岡の都を中心にして、全国を覆う瘴気。

それは、かつて大怪異が残したものとは、また別の性質を持っている。


(これは……新たな怨霊か?)


俺は、その瘴気の源を探った。

長岡京。

そこに、強い怨念が渦巻いている。


(まずいな……これは、また大きな動きになるぞ)


俺は、静かに呟いた。

アマテラスの恋は成就した。

だが、この国には、新たな試練が待っている。

俺は、その予感を胸に、次の時代の幕開けを見つめるのだった。

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