蝦夷の伊治呰麻呂は、陸奥国の多賀城を攻め落とした
(ふう……)
俺は、魔力の流れの中に作り上げた、平常宮の一室を模した空間で、静かに息をついた。
落ち着いた部屋に、外から差し込む柔らかな光。
魔力で再現したものだが、再現率は中々のモノだ。
ただ、俺の記憶を元に居心地がいいよう座布団などが持ち込まれているので、魔改造されても居るのだが。
隣には、いつものようにハルカが寄り添い、少し離れた場所にアマテラス、ツクヨミ、スサノオが座っていた。
イザナギとイザナミの二人は、今も海底のダンジョンネットワーク拡大の作業に当たっているため、ここには居ない。
ハルカが、心配そうに俺を見つめる。
(アナタ、疲れた顔をしてるわ)
(ああ、少しな。最近、地上のダンジョンの管理が忙しくなってきているからな)
俺は、苦笑しながら答える。
事実、朝廷がダンジョンを兵や官吏の育成目的で活用し始めてから、俺たちの負担は増え続けていた。
ツクヨミが、データを呼び出しながら言う。
(アキト様、確かにダンジョンへの侵入者は増えていますね)
(ああ。朝廷が組織的にダンジョンアタックを行うようになった。兵の訓練、官吏の魔力適性確認、若手貴族の実戦経験……目的は様々だが、どれも国家運営に必要なものだ)
画面には、日本各地のダンジョンの状況が表示されている。
俺は、その光景を見つめながら続ける。
(だが、問題がある。俺たちだけでは、全てのダンジョンを管理しきれなくなってきた)
正直なところ、ダンジョンは、一定の設定で自動稼働するようになっている。
特定の種類のモンスターや、ドロップアイテムを設定し、また一定量魔力が溜まれば、自動で階層を拡張するなどだ。
その為、俺達が直接管理する必要はない、筈だった。
しかし、現状は違う。
多くの兵がダンジョンに潜り込み過剰に活動し続けると、個別のダンジョンの保有している魔力が枯渇するのだ。
その場合、魔力不足でそのダンジョンの機能そのものが停止してしまう。
それを避けるには、別のダンジョンや魔力の流れ全体から補充する必要があり、それらの調整は俺達が行う必要がある。
更に言うと、兵が入っていないのにダンジョンへ過剰に魔力を供給すると、それもまた生成モンスターが妙な変異を起こしかねない。
朝廷の兵もダンジョンで兵を鍛える際に、常に一定の条件で人員を投入している訳もなく、こちらもその人の量の波に応じて、魔力を調整する必要があった。
だが、それにも限界がある。
(現在、俺たちダンジョンコアに宿る意識は、7人だ。俺、ハルカ、イザナギ、イザナミ、アマテラス、ツクヨミ、スサノオ)
俺は、指を折りながら数える。
(この内、イザナギとイザナミは、残る海底のダンジョンネットワーク拡大を任せている。となると、残りは5人だ)
(それで足りないってことか!?)
スサノオが、勢いよく声を上げる。
(ああ。日本国内のダンジョンは、今や4桁に届こうとしている。その全てを、5人で管理するのは……特に何も起きない時期ならともかく、朝廷がダンジョンを活用し始めた今、難しい)
俺の説明に、一同が頷く。
更に、俺は続けた。
(それに、俺たちも時折、現世でアバターを使って活動してメンタルのリフレッシュをする必要がある。何組かでローテーションを回すことを考えると、なおさら手が足りない)
(……確かに、仰る通りですね)
ツクヨミが、静かに同意する。
(他にも、海外の地上にある火山……特に、内陸にある火山へダンジョンコアを設置する手を練りたいからな……そこでだ)
俺は、一同の顔を見渡してから、提案を切り出した。
(一つ提案がある。俺たちのようなダンジョンコアに宿る意思に似た、ダンジョン管理に特化した存在を生み出し、これに各地のダンジョンを任せようと思う)
(ダンジョン管理に特化した存在……?)
ハルカが、不思議そうに尋ねる。
(ああ。実際、ダンジョン機能で生成できるモンスターに明確に意思を持たせることや、実体の無いゴーストのような意思だけに近いモンスターを呼び出すことは可能だ。それを応用すれば、ダンジョンの管理だけを行う存在を作り出せる)
俺は、ダンジョン機能の画面を呼び出し、その可能性を示した。
(つまり、俺たちの分身みたいなもんか!?)
スサノオが、興味深そうに尋ねる。
(近いが、少し違う。俺たちのような完全な意識ではなく、ダンジョン管理という目的に特化した、半自律的な存在だ。俺たちの指示に従いつつ、各地のダンジョンを管理する)
(まあ、素敵! それなら、私たちの負担も減りますね!)
アマテラスが、嬉しそうに声を上げる。
(そういう事だ。どうだろう、皆の意見は?)
俺は、改めて一同に尋ねると、ハルカが、真っ先に手を上げる。
(ワタシは賛成よ。アナタの負担が減るなら)
(私も賛成です。確かに、このままでは管理が追いつかなくなるでしょう)
(俺も異論はねえぞ! むしろ、もっと早くそうすべきだったかもな!)
ツクヨミが続き、スサノオが、肩を竦める。
最後にアマテラスが、実務的な質問を投げかけてきた。
(では、私も賛成です! アキト様、具体的にはどのように進めますか?)
(そうだな……まずは試験的に、いくつかのダンジョンで運用してみる。問題なければ、順次拡大していく予定だ)
俺の説明に、一同が頷いた。
全員の賛同を得られたことに、俺は安堵する。
(よかった……これで、どうにかなるはずだ)
実のところ、俺は少し焦っていた。
なぜなら、しばらく観察していた朝廷の様子から、更にダンジョンで大規模に兵を鍛えようとすると予想していたからだ。
俺の予想は、的中した。
事の発端は、後に光仁天皇と呼ばれる帝の即位だ。
白壁王が即位し、光仁天皇となった時、俺は時代の移り変わりを実感した。
同じものを見ながら、ハルカが呟く。
(新しい時代が始まるのね)
(ああ。だが、この時代は……穏やかではないだろうな)
俺の予感は、すぐに現実のものとなった。
井上内親王・他戸親王事件。
皇后とその子が、謀反の疑いで廃され、幽閉された末に亡くなったのだ。
その瞬間、俺は感じ取った。
強い負の想念を宿した、魔力の存在を。
(……怨霊が、発生したな)
二つの強い怨念が、宮中から立ち上る。親王とその子の怨霊だ。
ハルカが、不安そうに呟く。
(また、怨霊……また大怪異の様なものが、生まれるの?)
(さて……今回は長屋王の時とは違う。既に各地の国分寺等で、広範囲の霊的防御が為されている。大怨霊には発展するかは、怪しいな)
事実、俺の予想通り、怨霊は大規模な災厄を引き起こすことはなかった。
だが、残滓として怨霊は残り続け、じわじわと影響を及ぼし始めたのだ。
そして、その影響が顕在化したのは、はるか南の地。
(師匠! 九州で動きがあるぞ! これ、反乱の兆候じゃないか!?)
各地の様子を見ていたスサノオが、その様子を見つけ、映し出す。
(九州で……? 朝廷から離れた地だからか)
俺は、その理由を考察する。
井上内親王らの怨霊の影響が、なぜ九州で顕在化したのか。
(朝廷の霊的防御は、都を中心に張り巡らされている。だが、九州のような遠隔地には、その影響力が及びにくい。だから、怨霊の残滓が、そこに流れ込んだんだろうな)
(なるほど……つまり、防御の薄い場所に、怨念が集まったということですね)
ツクヨミが、納得したように頷く。
(それで、具体的にはどのような勢力が反乱を……?)
(ちょっと待ってくれ。調べてみる……これは、隼人、か)
俺は、ダンジョンのデータベース機能を使って、九州の状況を検索した。
画面に映し出されたのは、隼人と呼ばれる人々の情報だった。
(隼人……どんな人たちなの?)
(ああ。九州南部に住む人々だ。古くから朝廷とは微妙な関係にあったらしい。俺も詳しくは知らなかったが……どうやら、怨霊の影響で反乱の気運が高まっているようだな)
ハルカが、不思議そうに尋ね、俺は答える。
薩摩隼人、などと言う言葉を俺も聞いたことがあるが、その元となる人々なのだろう。
そしてその数年後、反乱は現実のものとなる。
朝廷も、反乱に漂う微かな瘴気を感じ取っていたようで、怨霊の影響を懸念し始めた。
だが、ダンジョンで鍛えられた朝廷軍は強力だった。
九州の反乱は、比較的早期に平定される。
だが……。
(これで、終わりではないな)
俺は、視線を東北へと向けた。
そして、それは起きる。
東北の蝦夷の勢力が、大反乱を起こしたのだ。
(師匠、これは……! こいつは想定外だぞ!)
スサノオが、驚愕の声を上げる。
東北各地で、蝦夷たちが一斉に蜂起した。
だが、今回の反乱は、史実とは大きく異なっている。
(大怪異の瘴気の残滓……それが、反乱側を強化しているのか)
俺は、東北に残る瘴気を見つめた。
かつて長屋王の怨念が引き起こした大怪異。
その残滓が、蝦夷たちに力を与えていた。
史実では、蝦夷の首長・伊治呰麻呂が陸奥国の多賀城を襲撃し、按察使を殺害するに留まった。
だが、この世界では違う。
瘴気によって強化され、野心を増幅された伊治呰麻呂は、奥州の大半を支配下に置くほどの勢力となっていたのだ。
(これは……想定以上ですね……)
ツクヨミが、厳しい表情で呟く。
朝廷は、東北への対応に追われた。
だが、反乱は激しく、容易には鎮圧できない。
そして、その心労が、光仁天皇を蝕んでいった。
(帝が……耐えられなかったのね)
ハルカが、悲しげに呟く。
在位にして、およそ10年足らず。
光仁天皇は、史実のように譲位することなく、怨霊への畏怖と反乱への心労により倒れ、崩御したのだ。
そして、新たに即位したのが、後に桓武天皇と呼ばれる帝だった。
俺は、魔力の領域に映し出される帝の姿を見つめた。
若く、精力的な新帝。
その目には、強い決意が宿っていた。
そして、即位と同時に、桓武天皇は勅令を発した。
「全国の魔穴を活用し、朝廷軍を大規模に強化せよ」
(……やはり、来たか)
俺は、予想通りの展開に、静かに頷いた。
朝廷は、各地のダンジョンに兵を送り込み始めた。
その数は、これまでとは比較にならないほど大規模だ。
(これは、俺たちだけでは本当に管理しきれねえな!)
スサノオが、呆れたように言う。
(ああ。だからこそ、ダンジョン管理に特化した存在の生成を急がないとな)
俺は、改めてその必要性を実感した。
そして、俺は各地のダンジョンに送り込まれる兵たちを観察し始めた。
その中で、一人の若き将が、俺とスサノオの目に留まる。
(うん? ……あれは?)
(おお、活きの良い奴がいるな!)
その将は、他の兵とは明らかに異なっていた。
圧倒的な武力に、的確な判断力。
そして、何より、その身に宿る強大な魔力。
(なるほど、納得だ)
彼を調べた俺は、全てを理解した。
坂上田村麻呂。
後に征夷大将軍として、東北平定の英雄となる男。
その若き日の姿が、此処にあった。




