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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
陸章 奈良時代 ~律令制の成熟と天平文化 そして大仏~

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仏教の権威が高まる中、橘氏と藤原氏が政治の主導を争った

【道鏡】


拙僧は、道鏡。

弓削の家に生まれ、仏の道に帰依せし僧である。

天下泰平と衆生の救いを祈る拙僧であるが、世とはままならぬもの。

都は今、動乱の只中にあった。


まず起きたのは、長らく政治を動かしてきた、橘氏の失墜である。

それは、藤原仲麻呂――いや、当時まだその名を名乗っていた頃の彼が、権力を掌握する契機となった事件であった。

橘奈良麻呂は、橘諸兄の子。

父が築いた橘氏の政権を受け継いだのだが、そこに新たに現れたのが、光明皇后の信任篤き、藤原仲麻呂。

光明皇后存命の折、仲麻呂と藤原氏はその威光を後押しに急速に権勢を高めたのである。

橘氏はその様を強く警戒し、藤原氏の復権を阻もうとした。

何と、暗闘により藤原氏を闇に葬ろうとしたのだ。

だが、その企ては密告により露見した。


拙僧は、その夜のことを今も鮮明に覚えている。

宮中に響き渡る怒号に、駆け回る兵たち。

そして、術と武が乱れ飛ぶ暗闘。


「橘奈良麻呂、謀反の疑いにて拘束する!」

「無礼な! 謀反と言うのであれば、そなたらこそが!!」


藤原氏配下の兵が叫び、橘氏配下の兵が叫び返す。

構わず襲い掛かる藤原氏の兵により、宮中は戦場と化した。

だが、奈良麻呂の配下もまた、只では捕らわれまいと抵抗し、刃を振るう。

彼らは皆、魔穴にて鍛えられた者たちであった。

身体には高濃度の魔力が満ち、術の使い手も多い。

それ故、ごく少数同士での衝突でありながら、その戦いは熾烈であった。


「刃を禁ずる! すなわち切ること能わず!!」

「舐めるなっ!」

「ぬっう! ほ、骨が!」


呪禁の術が兵の得物から鋭さを奪うも、構わず切り付け、鈍器として骨を砕く。

刃と刃が交わり、術と術がぶつかり合う。

宮中での戦いだけに、五行の火などを扱う様なものは居なかったものの、宮中の一角が、戦場と化した事には変わりがない。


だが、数に勝る仲麻呂の兵が、やがて奈良麻呂の配下を制圧する。

奈良麻呂は捕らえられ、厳しい尋問の末、獄死した。

この事件により、藤原仲麻呂は権力の頂点へと駆け上がったのだ。



これにより、再び宮中は藤原氏が再び朝廷を掌握することとなる。

拙僧は、その光景を、ただ見守ることしかできなかった。

所詮拙僧は一人の僧に過ぎぬ。

仏法の道を歩む拙僧に、政争に介入する術はない。

ただ、祈ることしかできぬのだ。



時は流れ、仲麻呂の権勢は更に高まった。

光明皇后の信任を得た彼は、次々と改革を進める。

そして、ある時、彼は自らの名を改めた。

藤原恵美押勝。

唐風の名を捨て、より日本的な名を名乗ることで、その権威を示そうとしたのだ。

だが、その頃、拙僧もまた、ある方の信任を得つつあった。

帝その人である。

後に孝謙天皇と号され、後に上皇となられた後に重祚される、その方。

帝は、父である聖武天皇と同じく、仏法に深く帰依しておられた。

大仏を目の当たりにし、その威光に触れた御方は、仏の教えこそが国を守ると信じておられたのだ。

そして、拙僧の説く仏法に、深く心酔されていた。


「道鏡、そなたの説く仏法は、まさに父が求めたものだ」


帝は、そう仰った。


「恐れ多きお言葉にございます。拙僧は、ただ仏の教えを説くのみ」


拙僧は、恭しく頭を下げた。


正直に言えば、こうした帝の傾倒ぶりやふるまいは、あらぬ疑いをかけられていると、拙僧も存じている。

だが、拙僧も相応に年を重ねているのだ。

既に枯れた身で色に走るなどあろう筈もない。

帝とのそれは、決して男女の情などではなかった。

ただ、仏法への崇拝。

父と同じ道を歩もうとする、その純粋な信仰心。

それが、帝と拙僧を結びつけたのだ。

しかし、同時に帝の仏法への傾倒は、好機でもあった。

日乃本を仏の教えに満ちたものとする。

祈るだけではなく、拙僧の意思でその様に世を変えられる機会が訪れようとしているのだ。

その事実を認識し、拙僧は密かに心の沸き立ちを感じていた。


だが、帝と拙僧の関係を、恵美押勝は快く思わなかった。


「僧が、陛下に近づきすぎている」


彼の者は、そう警戒したのだろう。

僧が権力を持つことを、藤原氏は何より恐れている。


無理も無かろう。

御仏のお力は、余りに示され過ぎてしまった。

あの大怪異を祓いし、大金剛廬舎那仏の威光。

その開眼の主導になったのは、我ら僧の祈りによるものだ。


かつて、行基が民衆の支持を得た時も、朝廷は警戒した。

今、拙僧が天皇の信任を得ていることも、同じように映ったのであろう。

だが、当初はまだよかったのだ。

光明皇后が、帝と恵美押勝との仲を取り持ってくださった。


しかし、光明皇后が崩御された。

それは、全てが変わる契機となる。


帝と恵美押勝の間を取り持つ、唯一のお方が亡くなられたのだ。両者の関係悪化は急速に進む。

そんな中、帝は譲位され、後に淳仁天皇と号される帝が即位した。

だが、上皇となられた後も、孝謙上皇――後の称徳天皇は、政治への影響力を保持しておられた。


そして、拙僧もまた、上皇の側に在り続けたのだ。

かくして、対立構造が明確になる。


孝謙上皇と拙僧。

淳仁天皇と恵美押勝。

朝廷は、二つに割れたのだ。



緊張は、日に日に高まった。

恵美押勝は、拙僧を排除しようと画策するも、上皇の信任は揺るがない。

故に、恵美押勝は挙兵を決意した。


恵美押勝の乱が勃発したのだ。

拙僧は、その報を聞いた時、己の至らなさを痛感した。


「そこまでせねばならぬ事か……」


意図は判る。しかし、

だが、現実は、そのようには動かぬ。

恵美押勝は、近江国で兵を集め、軍を起こす。

彼に従う者たちは、皆、魔穴で鍛えられた精鋭である。


だが、上皇側もまた、強力な兵を擁していた。


「逆賊、恵美押勝を討つのです!」


上皇の命により、朝廷軍が出陣した。

両軍が激突したのは、近江国の平野。

そこで繰り広げられたのは、まさに術と武の饗宴だった。


「木行を以て槍よ在れ!!」


巨大な木の槍が、地面から突き出る。


「金行を以て木行を制す!!」


金属の刃が、木の槍を切り裂く。


「修験、礫雨!」


空中を跳躍する者が、空より石の雨を降らせる。


「石を禁ずれば、すなわち砕くこと能わず!!」


投げられた石が、硬さを失い無害と化す。

矢が飛び交い、刃が交わり、術が炸裂する。

魔穴で鍛えられた兵たちの戦いは、凄まじいものだった。

だが、数に勝る朝廷軍が、やがて押勝軍を圧倒する。


押勝は、逃走を図るも、追撃は執拗であった。


「逃がすな!」


朝廷軍の将が叫ぶ。

恵美押勝は、ついに琵琶湖の湖畔で追い詰められ、乱はわずか数日で鎮圧された。

だが、その爪痕は深い。

多くの命が失われ、都は再び混乱に陥ったのだ。


そして……拙僧は、ただ祈ることしかできなかった。


「南無阿弥陀仏……」


拙僧のなんと無力であることか。

これが拙僧の邪淫によるものであれば、拙僧が罰を受ければよい。

しかし、これは何処まで行っても朝廷内の力のせめぎあいの結果なのだ。


故に、拙僧はただ祈るのだ。

亡くなった者たちの魂が、安らかに浄土へ至らんことを。

そして、この国に、再び平穏が訪れんことを。

だが、拙僧の心には、一つの予感があった。


この混乱は、まだ終わらない。

新たな怨念が、この地に渦巻き始めている。

それを感じ取った拙僧は、それでもただひたすらに、祈り続けるしかなかったのだ。



【アキト】


(光明皇后が、崩御したか……)


俺は、魔力の流れの中で、宮中の動向を知った。

聖武天皇の妃として、激動の時代を共に歩んだ女性。

その生涯が、静かに幕を閉じた。


(アナタ……)


ハルカが、しんみりとした声を出す。

俺たちは、長らく彼女の人生を見守ってきた。

初の非皇族の妃として嫁ぎ、夫と共に大怪異の脅威に怯え、その後国を守ろうと尽力した姿を。


(聖武天皇の隣に、埋葬されるようだな)


俺は、その光景を映し出した。

二つの陵墓が、並んで建てられている。

夫婦が、死してなお、共にある。


(一つの時代が、終わったのね……)


ハルカが、静かに呟き、俺も頷く。


聖武天皇の時代。

大仏が造られ、大怪異が討たれた時代。

その時代を生きた二人が、今、共に眠りについた。

その時、ハルカが不意に言った。


(ねえ、アナタ……あれだけ恐れられた大怨霊の核である、長屋王は、どのように弔われているのかしら?)


その言葉に、俺も疑問を抱いた。

長屋王の怨念こそが、かの大怨霊の核となり、数多の災厄をもたらした。

だが、その後、彼はどうなったのか。


俺は、長屋王の墓を探し、そして、その光景を自分の領域に映し出した。


(……綺麗に、埋葬されているな)


墓は、丁寧に整えられていた。

周囲には花が供えられ、定期的に手入れがされている様子だ。

それは怨霊に対する恐れから来るものでもあるだろうが、それ以外の意思も込められているように思えた。


(良かった……ちゃんと、弔われているのね)


ハルカが、安堵の声を漏らす。

更に俺は、ダンジョン機能に検索させた結果として、一つの映像を映し出した。


(ハルカ、これを見てくれ)

(これは……?)


それは、東大寺のとある一角。

大仏殿からほど近い位置に、小さな祠があった。

長屋王を祀っているのだ。


(この世界では、朝廷が長屋王の怨霊が災禍を引き起こしたと、正式に認めているんだ。だから、怨霊を鎮めるために、祀っている)


俺は、データベースで調べた内容を説明する。


(つまり、怨霊信仰の先駆けが、長屋王からになっているんだ)

(怨霊信仰……?)


ハルカが、その言葉を繰り返す。


(怨霊を、ただ祓うのではなく、崇め奉る。そうすることで怨霊の怒りを鎮めようとするわけだな)


俺の生前の歴史では、怨霊信仰が本格化するのは、もう少し先の時代だ。

だがこの世界では、長屋王の怨霊が、最終的に大怪異と言う形でその力を示してしまった。

悪しきものだとしても、それが強大であるがゆえに、人々の信仰の対象となったのだ。


(そして……)


俺は、都の様子を映し出す。

そこでは、橘奈良麻呂の変、恵美押勝の乱と、政治的混乱が続いている。


(この状況を見ていると、新たな怨霊が生まれるのも、遠くない日かもしれないな)


俺の言葉に、ハルカが不安そうな顔をする。


(また、大怪異のようなことが……?)

(分からない。だが、怨念は確実に蓄積されている。それが、いつ、どのような形で現れるか……)


俺は、静かに言葉を続けた。


(俺たちは、見守り続けるしかない。そして、もし何かが起きたら……その時は、対応を考えよう)

(……分かったわ。一緒に、見守りましょう)


ハルカは、少し考えてから、静かに頷いた。

俺たちは、手を取り合い、再び地上の様子を見つめる。

時代は確実に動いている。

そして、その時代を動かすのは、その時を生きる人々。

動いた結果がどのような結果を呼ぶとしても、その結果を受け取るのもまたその時代の人々なのだ。

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