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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
陸章 奈良時代 ~律令制の成熟と天平文化 そして大仏~

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正倉院は、聖武天皇の遺品や東大寺の儀式用具等を収める為、建造された

(聖武天皇、いや沙弥勝満が、永眠したか……)


何時ものように魔力の流れの中何時もの様に過ごしていたところ、俺は宮殿に動きがあるのを察知した。

調べてみれば、ある一室で一人の男が眠るように横たわっている。

かつて聖武天皇として、大怪異との戦いを経験し、この国を導いた男。

出家して沙弥勝満となり、仏に祈りを捧げながら余生を過ごした彼が、静かに息を引き取ったのだ。


(アナタ……)


俺の隣に居たハルカが、しんみりとした声を出す。

俺たちは、彼の人生を見守ってきた。

恐怖に怯え、都を転々とし、それでも国を守ろうと必死に戦った姿を。


(……苦しみは、無かったようだな)

(そうね、安らかな顔。眠っているみたい)


俺の呟きに、ハルカは静かに頷いた。

彼はあの大仏開眼供養から、只の僧として祈り続ける日々だった。

多くの苦難を齎した大怨霊が祓われたことで、その心は安堵の中にあったようだ。

長く恐怖にさいなまれた彼は、多分救われたのだろう。


(行き先は、浄土かな)

(きっと、そうよ)


俺たちは短く言葉を交わし、しばらくの間冥福を祈った。



それからしばらくして、葬儀も終わったある日、俺はある動きが始まるのを感じていた。

感じ取ったのは、宮廷の一室。そしてのちに東大寺と呼ばれる寺の一角。

俺はまず、宮殿の一室を見た。


(……光明皇后は何をしているんだ?)


そこでは、光明皇后が、聖武天皇の遺品を整理する姿がある。

衣服、装飾品、書物、楽器……生前、彼が愛用していた数々の品々。


それらをまとめ整理し、官吏に目録を作らせている。

その様子に、俺はピンときた。


(そうか、正倉院か!)


俺は、その名を思い出した。

生前奈良には、修学旅行で訪れた事がある。

その際の見学先には、当然東大寺も含まれてて、有名な宝物庫の事も記憶にあったのだ。

中には、天平時代の宝物が数多く保管されていた筈だ。


(その由来は、聖武天皇の愛用の品の数々を収めたところから、だったな)


ガイドの説明を思いだした俺は、改めて光明皇后が整理している品々を見る。

今、まさにその正倉院が作られようとしているのだ。


(これ、全部収めるつもりなの?)


ハルカが、驚いた様子で尋ねる。

遺品の数は、膨大だった。


(そのようだな。光明皇后の、亡き夫への想いの表れだろう)


俺たちは、収容されていく遺品を、興味深そうに眺めた。

特に目を引いたのは、異国の品々だ。


(あの琵琶、見た事があるな……)

(なんてキレイな飾りなのかしら!)


拡大した琵琶の映像を見て、ハルカが驚きの声を上げる。

解析してみれば、やはりあれは螺鈿紫檀五絃琵琶と呼ばれる逸品だ。

五弦琵琶の起源はインドで、更にこれには装飾としてペルシャの人々の姿が描かれている。


(これらは、遥か西の国々から運ばれてきたものだ)

(……凄いわねえ)


まさしく、日本が大陸と交流している、いや更にその遠方とも遥かな道でつながった証だ。

他にも、ガラスの器、瑠璃の装飾品、象牙の細工物、琥珀の数珠……。

ハルカが、それらを見る度、感嘆の声を漏らす。


(ペルシャ、インド、中央アジア……シルクロードを通って、唐へ、そして半島を経由して、この日本へと流れ着いたわけだな)

(シルクロード……絹の、道)


ハルカが、その言葉を繰り返す。


(そうだ。絹の道。交易の道。文化の道。そして、その東の果てが、ここ、日本なんだ)


俺は、地球儀を思い浮かべる。

遥か西から、延々と続く交易路。その一つの終着点が、この日本。

いや、終わるだけではない。

日本からも、多くのものが西へと流れていた。

そう語ると、ハルカは俺に尋ねる。


(日本からは、何が流れていったの?)

(その道の名の通り、絹だ。日本の絹は、質が高いと評判だった。それから……武具や、漆器、海産物などが輸出されていたらしいな)


これ等は、俺の生前でも交易品として輸出されていたものだ。

もっとも、この世界では更に別の物も品目に加わる。


(あとは、ダンジョン産のアイテムも流れているらしい)

(……そうなの?)

(ああ。魔力を帯びた武器や装飾品は、異国でも珍重された。魔力が抜ければ国内で使うほどの強度は無くなるが、それでも他国の金属より強度が高い)


これは、その精製から魔力漬けであるせいだろう。

仮に同じ鉄でも、国内で鍛えたものの方が魔力が抜けた後も質が高いのだ。


(あと、この世界には変異した蚕が居る。変異した蚕が作る神秘的な絹は、他の国が作る絹とは一線を画す。これはかなりの高値で取引されているらしいな)


ごく普通の蚕も魔力によって品質が高くなっているのに、この国には変異した蚕さえいる。

特に金属さえ食べる変異蚕は、通常とは異なる、金属光沢のある絹を作る。

それは、まるで宝石のように輝き、金属の強度を持ち合わせていた。


(すごいのねえ……)

(凄いぞ? 何しろその絹で作った服は他国の弓矢なら通さない強度があるからな)

(そっちなの!?)


ハルカが驚くが、実際そうなのだ。

加工するのにもダンジョン産の武器から加工した刃物しか通さないそれは、他国の武具では歯が立たない。

布地が薄い分、打撃武器には弱いらしいが、十分だろう。

その為遠い欧州の王族までもこぞって求めているのだとか。


その時、俺はふと、あることを思い出した。


(そういえば、海底のダンジョンコアネットワークの延長状況を確認していなかったな)


ダンジョンコアのネットワークは、確か大西洋の海嶺に沿って北上していた筈だ。

そして、例の朝廷のダンジョンアタック騒ぎのドタバタで、中断していたが、今はどうなっているのだったか。


俺は領域内に、地球儀を仮想的に出現させた。

そして、海底に張り巡らせたダンジョンコアのネットワークを、光の線として表示させる。


(わあ……!)


ハルカが、目を見開いた。

地球儀の表面に、無数の光の線が走っている。

日本から始まり、環太平洋地帯の大陸プレート境界を経由して、南極海へ。

そこから大西洋を北上し、遂に北極海近くにまで至っている。

後ほんの少しで、世界中の海底の火山を、ネットワークの制御下に置けるだろう。

残るのは、アイスランド周辺と言った所


(……イザナギ達やアマテラス達は、順調に進めてくれたんだな)


伊邪那岐夫婦と三姉弟。彼らの働きで、コアのネットワークはあと少しで完成する。

海底火山の噴火は、時に津波を引き起こし、時に気候変動をもたらす程の破局噴火を起こす可能性がある。

これらを制御できるということは、自然災害のリスクを大幅に減らせるということ。

それはこの世界の担当仏が俺に託した使命でもあるのだ。


(すごいわ……でも、内陸の火山はどうするの?)


ハルカが、地球儀の内陸部を指さす。

俺は、その指先に導かれるように、地球儀の内陸部に点在する火山を見つめた。

特に問題なのは、破局噴火を起こしうる超巨大火山だ。

国内にあり既に俺の制御下にある阿蘇や富士山はともかく、イエローストーンやトバといった、過去に破局噴火を起こしたことがある火山は数多い。

これらが噴火すれば、人類の存続すら危ういのだ。


(今後の課題だな。どのようにコントロールし、破局噴火を防いでいくか……)

(そうね。でも、アナタならきっと、何とかしてくれるわ)


ハルカが、信頼を込めた目で俺を見る。

その視線に、少し照れくさくなった。


(……まあ、そのための腹案は、できてはいるんだが)

(え、本当? どんな?)

(……そうだな、それは……)

(それは?)


ハルカが、身を乗り出す。

その姿が余りに愛らしくて、俺は少し勿体ぶることにした。


(それは、実験をしてからだ。まだ確証がないからな)

(ええっ!? 教えてくれてもいいのに!)


ハルカが、少し不満そうに頬を膨らませる。

その表情がますます可愛くて、俺は思わず笑った。


(すまん、すまん。だが、本当にまだ確信が持てないんだ。もう少し待ってくれ)

(……分かったわ。でも、絶対に教えてね?)

(ああ、約束する)


俺たちは、そんなやり取りをしながら、再び視点を平城宮へと戻した。


宮殿の一室。

そこで、光明皇后が、正倉院に仕舞い込む聖武天皇の遺品を、惜しむように眺めていた。

その表情には、深い悲しみと、同時に、夫への変わらぬ愛情が滲んでいる。

そこへ、ある男が部屋に入ってきた。


(あれは……?)


一応、この時代を見回るうちに、何度か見かけた人物だ。確か……藤原仲麻呂。

光明皇后の甥であり、孝謙天皇の重臣。

光明皇后からの信任も厚いらしい仲麻呂は、光明皇后に何か報告をしている。

その様子に、俺はふと苦笑した。


(この時代、俺は大仏の印象が強すぎて、前後の歴史をよく覚えていないんだよな……)


自分の生前の勉強不足を自覚したのだ。


(そうなの?)

(ああ。藤原仲麻呂が何をしたのか、孝謙天皇がどうなったのか……というか、聖武天皇の娘が天皇になることも覚えて居なくてな)

(そうなの? ……じゃあ、気になるなら調べてみる?)


ハルカが提案するが、俺は首を横に振った。


(いや、いい。どの道、見ていれば分かるだろう)


直近で大仏が動くのを見てしまったのだ。

もう何が起きようと、気にならない気分なのだ。

どの道、俺からは干渉しないのだから、なる様にしかならないだろう。

俺はそう判断して、別の場所を見る事にした。



視点を移した先は、また別の場所。

宮殿の一角で、貴族たちが集まって、様々な書簡を前に唸っている。


(何をしているのかしら?)


ハルカが、不思議そうに尋ねる。

書簡には、短い文がそれぞれ記されている。

ハルカが、そのうちの一つを手に取るように、視点を近づけた。


(えっと……「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」……なにかしら、これ?)


ハルカが、その内容を読み上げる。

だが、彼女はその正体に思い至らない様子だった。

一方、俺はすぐにそれが何か思い至る。


(これは……和歌だな)

(和歌?)

(ああ、五七五七七の、日本独自の詩だ)


古来から詠まれる、日本独特の詩。

帝から庶民まで、この国ではそれが詠まれていた。


(そして、これは……万葉集の編纂の様子なんだ)


貴族たちが唸っているのは、多くの和歌から選りすぐりを選別する為。

その事実に、俺は興奮を抑えきれなかった。


万葉集。


日本最古の和歌集。

天皇から庶民まで、様々な人々の歌が収められている一大人文資料でもある、それ。

その編纂の場に、今、立ち会っているのだ。


(万葉集……)

(そうだ。日本における文化的な成果の、先駆けだ)


ハルカが、その名を繰り返し、俺はその意義を語った。

その視線の先で、貴族たちは並んだ和歌を次々読み上げている。


「東の 野に炎の 立つ見えて かへり見すれば 月傾きぬ」

「春過ぎて 夏来るらし 白妙の 衣干したり 天の香具山」

「銀も 金も玉も 何せむに まされる宝 子にしかめやも」


そして、ハルカが注目したのが、様々な恋の歌だった。


「君が行き 日長くなりぬ 山たづね 迎へか行かむ 待ちにか待たむ」

「我が背子を 大和へ遣ると さ夜更けて 暁露に 我が立ち濡れし」

(ねえ、アナタ……これ、全部恋の歌なの?)


ハルカが、頬を赤らめながら尋ねる。


(ああ、万葉集には、恋の歌が多く収められている。当時の人々の、率直な感情が詰まっているんだ)


俺が説明すると、ハルカは目を輝かせた。


(素敵……みんな恋をしているのね……)

(……ああ、そうだな)

(ワタシ達も、ね)

(ああ、勿論だ)


ハルカが、涙を浮かべて俺を見つめる。

俺たちは、そっと手を取り合った。

魔力の流れの中で、二つの魂が寄り添う。

そして、地上では、万葉集の編纂が続いていく。

数多の想いが、歌となって、後世に残されていく。

俺たちも、その時代を、静かに見守り続けるのだった。

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