試練と練武の果てに
【名もなき防人】
我は今、試練の魔穴の最奥、広大なる広間にて、最後の戦いを挑まんとしていた。
いや、我だけではない。ここには、朝廷より派遣されし精鋭たちが集っている。
改めて見れば、何と広大な広間であろうか。
戦場一つ飲み込まんとするようなこの広間は、地中にあると思えぬ広大さであった。
その広間の先、我らの前方には、試練最後の障害である、三丈を超える巨躯の大鬼と、その眷属たちが陣を構え布陣していた。
最奥で大鬼は胡坐をかき、我らを睥睨しており、さらにその先には、巨大な岩が御神体のように祀られていた。
あれこそが、我らの目的。地の底に住まいし根乃国大神が日乃本へと授けんとする、神宝であった。
「構えよ! 地上より伝令があった。大怪異が、都へ迫っている。我らが魔穴核岩を持ち帰らねば、都は、民は、帝は滅ぶ!」
既に都の東にて大仏を目覚めさせんと祈りがささげられていた。
もはや猶予はないのだ。
一刻もでも早く魔穴核岩を持ち帰らなければ、手遅れになりかねぬ。
その意を皆理解している。我の号令に、兵たちが応え吠えた。
「応!」
我は、防人として百済の地にまで派遣された経験を持つ。
異国の地で、異国の兵と刃を交え、多くの戦を知った。
かの地では己の力が思うように振るえぬ。
だが、だからこそ困難な戦のやり様をこの身で知り得たのだ。
その経験が、この試練の魔穴を乗り越えるのに、大きな力となった。
故にこそ、最後たるこの戦は負けられぬ。
これは、この国の存亡を賭けた戦いなのだ。
「行け! 先陣を切り開け!」
「任せよ! ぬおおおおお!!!!」
我の号令と共に、先陣を切ったのは、北の地でまつろわぬ民との戦を幾度となく繰り広げた、寡黙な武人だった。
彼の者は、長柄の矛を構えている。
狭き洞窟では扱い難いそれも、この広間であれば存分に振るえるのだ。
普段は寡黙な武人は、戦場では豹変し荒れ狂う獣の如き吠え声を放った。
敵陣へ突き進む様は怒涛の如く。
眷属たちはその勢いを遮らんと獲物を構え防陣を成したが、武人は構わず矛を一閃させた。
轟!!
その一撃は破竹の如き衝撃を成し、眷属の群れを薙ぎ払う。
小鬼が吹き飛び、骸骨が砕け、屍が倒れる。
それは堅牢な敵陣に開いた綻び。これを見逃すわけにはゆかぬ。
「押せ! 陣を広げよ!」
我の指示に、次なる者が動いた。
陰陽八卦の理を知る、五行使いだ。
彼の者は、五色の護符を取り出し、印を結ぶ。
「火!」
炎が巻き起こった。
綻びた陣を押し広げる様に火の柱が立ち、眷属たちを包んだのだ。
陣形を組んでいた眷属たちが焼かれ、悲鳴を上げる。
「木!」
次なるは木の矢。まるで矢の雨の如く、無数に射出される。
それらは、眷属たちを次々と貫き陣を乱れさせた。
「金!」
更に金属の針が、雨のように降り注ぐ。
眷属たちの身体に、無数の針が突き刺さる様は、僧が語る地獄の針の山のごとし。
驚くべきは、その制御の精度だ。
炎も、矢も、針も、全てが味方を悉く避けている。
まるで意思を持つかのように、敵のみを狙っている。
だが、敵も然る者。眷属の中にも、五行の使い手がいた。
鬼の眷属は、護符を取り出し、対抗する。
水が湧き出し、炎を消す。
鉄の壁が立ち上がり、矢を防ぐ。
互いの術が妨害し合い、膠着状態となる。
その時だった。
鬼の五行使いが、次々と矢に射抜かれた。
「ガァ!? ッ!?」
眷属たちが、驚愕の声らしき鳴き声を上げるも、その声を目印にされたように同様に射抜かれる。
それは、山野を駆ける狩人の放った、正確無比の矢だった。
狩人は、眷属が群れ成す合間を見抜き、後方に居る五行使いを的確に射抜いていく。
一町もの先の獲物を射抜くというその技が、今まさに発揮されている。
「よし! 押し込め!」
我は、機を逃さず指示を出す。
だが、眷属の中には、術や矢をものともしない、大柄な者たちもいた。
彼らは、ただひたすらに突進してくる。
「危ない!」
「いかん、食い止めよ!!」
兵達が叫ぶ。
だが、その眷属の足が突如止まり、そしてもんどりうって倒れた。
「呪禁道か……!」
それを成したのは、陰陽術の使い手、その中でも呪禁道を修める者たちだった。
彼らは印を結び、呪を唱える。
突進してきた眷属の足を禁じ、走ることも立つことも出来なくしていたのだ。
だが、それでも、強引に這いずりながら、押し寄せる眷属は多い。
「ぐあっ!」
「傷を負った者は即座に下がれ! 治癒を受けよ!!」
兵の一人が、眷属の爪に引き裂かれた。
我が叫ぶと同時に、浄化の巫女と法力を振るう僧たちが駆け寄る。
巫女は、傷口に手をかざし、祈りを捧げる。
僧は、読経しながら、法力を注ぎ込む。
両者の力は確かで、傷が見る見るうちに癒えていく。
「ありがたき……」
「務めですので」
「御仏のご加護なれば」
兵が、感謝の言葉を述べる。
だが、巫女と僧は、それだけではなかった。
彼らは、兵たちに次々と加護を授けていく。
身体が軽くなり、力が漲る。
刃が、より鋭く、より強く感じられる。
「これは……!」
兵たちの士気が、一気に高まった。
そして、その隙を突くように、戦場を飛び回る影があった。
山岳で修行を積んだ、修験者たちだ。
彼らは、神通力や験力と呼ばれる力を身に着けている。
まるで羽でも生えているかのように跳躍し、眷属たちの上方を取るのだ。
そして、上空より、敵陣を乱していく。
彼らの働きが、最後の一押しとなった。
敵陣の最奥、大鬼への道を切り開いたのだ。
「よし! 道が開けたぞ!」
「うむ、後は任せよ!!」
我は、あるものに全てを託した。
切り開かれた道を更に押し開く様に突進した者。
かくして、最後の試練たる大鬼に肉薄したのは、古の武を伝える力士だった。
力士は、全身に闘気を纏い、大鬼と相対する。
ここに来て、大鬼はようやく立ち上がった。
その巨体は、まさに三丈を超え、手には鉄の金棒を握っている。
眷属たちは、大鬼と力士の戦いを遮断するように、次々と湧き出し、他の者たちに向かっていく。
だが、我たちはそれを食い止める。
力士に、大鬼を倒させるために。
力士が扱う武は、古の何人もの武神が人に伝えたというものだ。
武神たちは、数多の怪異をその技で打ち倒したと聞く。
その証であるかのような光景が、我らの前で繰り広げられた。
大鬼が、その巨体に見合った柱の如き金棒を振り下ろす。
だが、力士は、それを受け止めた。
いや、受け止めたのではない。
触れた瞬間、力の向きを変え、無効化したのだ。
「……!?」
大鬼が、驚愕の表情を浮かべ、そして力士を見た。
力士は、そのまま拳を放つ。その金棒へと。
その拳は、岩をも砕く威力であるという。
事実、これまでこの魔穴にて、多くの怪異を討ち果たして来た。
そして今も、数合の応酬の末、大鬼の金棒を砕いてのけたのだ。
「おお!?」
「やったぞ!」
その光景に、兵達が歓声を上げる。
だが、我は知っている。
力士がここまでの力を発揮できるのは、試練の魔穴で見つけた手甲と、僧や巫女たちがかけた加護によるものだと。
これまで、何度となく我らはこの広間にて大鬼とその眷属に挑み、力士はこれまで大鬼に打倒されてきた。
素手ではあの金棒を砕くこと能わず、更には古の技も暴風の如く振り回される金棒の前に、力士は近づく事さえできなかったのだ。
故にこそ、まずは金棒を砕く。それが、我と力士が事前に決めた戦略であった。
そして、策は成った。
無手であれば、大鬼が巨大とは言え、力士の間合いである。
これで勝ち筋が見えた、そう我が思った時、大鬼が思いもよらぬ行動に出たのだ。
何と、無手になった大鬼は、突如、身体を縮め始めた。
「何を!?」
「観念したのか!?」
「いや、まさか……!」
何をしているのかと兵達がどよめく中、力士が一人、大鬼の意図に気づく。
力を、圧縮しているのだと。
縮むほどに大鬼が放つ威は強まり、高まっていく。
やがて、大鬼は力士とほぼ同じ大きさになった。
それでも、両者ともに七尺近い巨躯だ。
そして、大鬼の全身に、雷が迸った。
「雷を纏うだと……!?」
「それもあの動き…‥!!」
大鬼は雷を纏ったまま、素手で力士に襲い掛かった。
その動きは、力士と同じ古の武のもの。
「貴様……まさか、古の武を……!?」
力士が、驚愕する。
だが、ある意味道理だ。この試練の魔穴は古の神が作り給うたもの。
であればその最奥を守る者が、古の武を身に着けていて何の不思議が在ろうか?
だが、力士も負けてはいない。
呼応するように、その身体の内から、炎が吹き出し始めたのだ。
いや、それは闘志が魔力と感応し、炎と見まごうほどに溢れたもの。
であるならば、鬼が纏うあの雷も、同様の術理に寄るものであろうか。
雷と炎。
両者が、超常の力を纏いながら、激しく拳と蹴りをぶつけ合う。
轟音が、広間を揺るがす。
しかし、ぶつかり合う両者は一歩も譲らぬ。
繰り出される拳はお互いの身体に幾度となく突き刺さるも、沸き立つ力を頼りにこらえ、再度拳を振るう。
その在り様は何と見事な事か。
何時しか我らは、そして眷属たちですら手を止め、その二つの武のぶつかり合いに目を奪われていた。
ああ、なるほど。まさしくこれは試練なのだ。何かを奪い合う戦ではなく、高め乗り越えるための試練。
そんな想いが湧き上がってくる。
そして、ある瞬間。
力士の身体が、宙に浮いた。
「何っ!?」
「あれはっ!?」
我は、目を見開いた。
古の技の奥義。
相手の体内の力を制御し、意のままにするという、その技。
力士は、投げられたのだ。
逞しき力士の身体が天地逆転し、頭上から岩の床が迫る。
「「「「力士殿!!」」」」
兵達が、異口同音に叫び悲鳴を上げる。
だが、その時。
我らは、目撃した。
兵も、武人も、狩人も、巫女も、僧も、陰陽師も、五行使いも。
そして、眷属たちでさえ。
鬼に投げられ、天地逆さまに落ちていくと思われた力士が、僅かに触れた鬼に、同じ技を仕掛けた様を。
空中で、互いの在り様が入れ替わった。
鬼が宙に浮き、代わって力士が、その勢いを利用し体勢を立て直す。
「返した……!」
我は、呆然と呟いた。
古から伝わる武の技を、返したのだ。
後に我は力士に聞き及んだ。あれは人が編み出しし、返し技だと。
決定的瞬間。
先に地へと足を付けた力士は、天地逆さまに落ちる鬼の頭部が床に激突する、その瞬間。
渾身の蹴りを、鬼の頭部へと叩き込んだ。
床と蹴り足に挟み込まれた頭部が、砕ける。
それで生き残りうる生き物など居よう筈がない。
鬼は、瞬時に絶命したのだ。
だが、我は確かに見た。
その顔に、満足そうな笑みが残されているのを。
「勝った……!」
「やった、やったぞ!!!」
兵たちが、歓声を上げる。
だが、その歓声は、すぐに驚きの声に変わった。
大鬼が消えると同時に、眷属たちの身体が解け、魔力となり、最奥に安置されていた魔穴核岩へと流れ込んでいったのだ。
そして、最後に。
満足げに笑みを浮かべていた大鬼の骸も、魔力となり、魔穴核岩へと流れ込んだ。
その瞬間、突如、広間に光が満ちた。
「うわぁ!?」
「何だこの光は!?」
「眩しい……!」
我は、目を覆った。
いや、我以外も同様だろう。
魔力を取り込んだ魔穴核岩が、光り輝いていた。
さらに、試練の魔穴全体が、激しく揺れ始めたのだ。
「地震か!?」
「いや、魔穴が変容している!」
兵たちが、混乱する中、術者たちは何が起きているのかを早々に察していた。
「落ち着け! 撤退だ! 魔穴核岩を持って……」
その声を受け、我が指示を出そうとした、その時。
魔穴核岩の放つ光が、我の意識を呑み込んだ。
気がつくと、我らは、試練の魔穴の入口前にある広間にいた。
「何が……?」
我は、辺りを見回す。
ここには、試練の魔穴に挑んでいた朝廷の兵、全てが揃っていた。
「将……我らは……?」
武人が、困惑した様子で問う。
試練の魔穴へと続く地下への穴は、閉ざされていた。
代わりに、そこには、光り輝く大岩が、鎮座していた。
魔穴核岩。
その輝きは、光の柱となって、天地を貫いている。
「……使命を、果たせたのか」
我は、呟いた。
兵たちも、同じことを悟ったのだろう。
安堵と、達成感が、広間を満たす。
だが、その時。
輝く魔穴核岩が、突如、宙に浮いた。
「何っ!?」
「ま、待て……!」
そして、ある方向へと、飛び去っていく。
我は、思わずその方角を見た。
そこで、我らが目にしたのは、
「やはり、既に……!」
大金剛盧舎那仏が、大怪異に苦戦する姿だった。
蔦に絡まれ、瘴気に蝕まれながら、それでも立ち上がる大仏。
そして、その大仏へと、光り輝く魔穴核岩が、飛んでいく。
「行け……!」
我は、心の中で叫んだ。
我らが命を賭けて手に入れた、魔穴核岩よ。
大仏に力を与え、大怪異を打ち倒せ。
この国を、この民を、帝を、守れ。
光の柱は、まっすぐに、大仏へと向かっていった。我らの願いを受け止めるかのように。




