Dungeon Attack in Heijo-kyo
本日2話目となります。
【聖武天皇】
高僧より上奏を受けた、その夜の事。
朕の枕元に、神が立った。
いや、正確には、神の姿をした何かが。
それは、黒い衣を纏い、穏やかな表情で朕を見下ろしていた。
「……何者か」
朕は、恐怖に震えながら問うた。
「我は、根乃国大神。古より地の底に住まい、魔穴を生み出した者なり」
根乃国大神。
朕は、古より何時しか語らえ、遂には古事記にも記されたという、かの神の名を思い出した。
神世八代に名を連ねる、地の底の神。
何より、この地に大いなる恵みをもたらしてきた、魔穴を生み出せし、大神。
「何故、朕の前に……」
「汝らが、魔穴核岩を掘り起こそうとしているゆえ」
神の声は、穏やかだが、どこか厳しさを含んでいた。
「魔穴核岩は、古より幸を齎す神の写し身なり。それを掘り起こすこと、許されぬ」
朕は、絶望した。
だとするなら、どうすればいいのだ。
大仏を建立できなければ、大怪異に対抗する術がない。
このまま座して滅びよとも?
だが、神は続けた。
「されど、汝らの国難、我も理解している。故に、試練を用意しよう」
「試練……?」
「我が試練を乗り越えた証として、大仏に相応しい、特別な魔穴核岩を授けよう。それは、既存の魔穴核岩とは異なり、汝らに託すために用意されたもの。試練の先に、それは待つ」
神はそう告げると、姿を消した。
朕は、夢から覚めるように、目を開けた。
だが、それが夢でないことは、すぐに分かった。
「陛下! 急ぎの報告にございます!」
夜明けと共に、使者が駆け込んできたのだ。
「突如、平城京の傍に、新たな魔穴が生じております! しかも、その規模、これまでに類を見ぬほど巨大であると!」
朕は、全てを理解した。
これが、神の試練。
「全軍に告げよ。この魔穴の試練を突破し、魔穴核岩を持ち帰れと。これは、神より賜った機会である。必ずや、成し遂げよ」
朕の勅令が、朝廷中に響き渡った。
【アキト】
(……ふう、何とか上手くいったか。コアを掘り出すと言い出した時には、どうなる事かと)
(アナタ、良かったわね。帝も納得したみたい)
俺は、魔力の流れの中で、聖武天皇の勅令を確認しながら、安堵の息を吐いた。
隣でハルカも、ほっとした様子で微笑んでいる。
(ああ、本当にギリギリだったけどな……)
俺は、ここに至るまでの経緯を思い返していた。
朝廷の動きを観察していた際、俺はダンジョンアタックの真の目的を知った。
大仏の建立。
そして、その材料として、ダンジョンから得られる武器を鋳潰すという計画。
まあ、それ自体は、別に問題ない。
ドロップ品なんていくらでも生成できるし、今回は急だったから対応に困っただけだ。
だが、問題はその次だった。
道鏡という若い僧が提案したという、ダンジョンコアを掘り起こして大仏に埋め込むという案。
(あれには、本当に焦った)
各地のダンジョンから、コアを持ち出されるのは避けたかった。
ダンジョンコアは、俺の意識の一部であり、またこの世界の魔力循環システムの要でもある。
それを無闇に掘り起こされては、システム全体に影響が出かねない。
(でも、大怪異に対抗する手段としては、認めるしかないのよね)
(そうなんだよ。だから、次善の策を取ることにした)
俺が選んだ方法は、専用のダンジョンコアを用意すること。
地上の各地に作ってきたコアは時間をかけて作り出したものだが、海底のダンジョンコアネットワークの延伸ではもうかなりのスピードでコアを生成できるようになっていた。
それこそ、一晩で一つ生成可能な程に。
かつてと違い、今であれば膨大な魔力を凝集させれば、ダンジョンコアは作り出せるのだ。
だったら、大仏用に新しいコアを作り、それを報酬として渡せばいい。
(ただし、今回の処置は例外にしないといけない)
(そうなの?)
(簡単に渡したら、際限なく求め続けかねないからな)
ダンジョンコアは、まさに万能と言っていい力を持つ。
魔力さえあれば、モンスターの様な生物の生成はもちろん、金銀財宝に魔力操作による身体の自由な変容も可能だ。
そんなものを気軽に渡すわけには行かない。
だからこそ、試練と言う形を経由する必要があった。
(試練の為のダンジョンは、難易度は高めにしないとな……例の系統を解禁するか)
(例の系統?)
(今まで出さなかった、人型とか動く死体の類いや、ボス級だな)
俺は、この新しいダンジョンの設計に、かなり力を入れた。
まず、モンスターの種類を大幅に増やした。
これまで、ダンジョンに出現するモンスターは、主に動物型や魔獣型に限定していた。
人型やアンデッド型は、人々の抵抗感を考慮して、封印していたのだ。
だが、今回は違う。
(人型の小鬼に鬼、動く骸骨に、動く死体……全部解禁したのね)
(神の試練だからな。普通のダンジョンとは違う、特別な場所だと印象付ける必要がある)
さらに、ダンジョンの構造も複雑にした。
階層は深く、複数のモンスターが群れを成したり、ボス級とも言える強力な個体も用意した。
これを突破するには、相当な覚悟と実力が必要になる。
ちなみに、今までそんな事例は無かったのだが、これまで作って来たダンジョンには、コアを掘り起こそうとした場合このボス級が発生する仕込みを組み込んでいた。
ダンジョンとしての防衛機構だと言っていい。
何しろ、かつて変異動物の中にダンジョンのコアを捕食しようとした存在が居た。
それらの反省に、俺達の目が届かないときに何かあった時、自動で強力なモンスターが湧き、コアを防衛するようにしていたのだ。
残念ながらここまで起動しておらず、せっかく設定していたそれらボス級のモンスターが、ここに来て日の目を見る事になる。
これはこれで、楽しみだ。
そして、最奥に、報酬としての特別なダンジョンコアを配置した。
(準備は整った。後は、聖武天皇に神託を送るだけだ)
俺は、その夜、聖武天皇の夢に干渉した。
根乃国大神として姿を現し、試練の存在を告げる。
そして翌朝、俺は世界中の海底に巡らせたダンジョンコアネットワークから、膨大な魔力を集中させた。
(いくわよ、アナタ!)
(ああ、頼む!)
海底のダンジョンコアネットワークを操作し、アマテラス、ツクヨミ、スサノオが世界中の海底から怒涛のように魔力が流れ込んで来る。
その流れを、イザナギ、イザナミが制御し、俺の下でまとめ上げる。
そして俺とハルカが、仮想で設計していたダンジョンをそれら魔力で実体化させた。
全員の協力で、魔力は凝集し、そして、一気に。
平城京の東の外れに、巨大なダンジョンが出現した。
(……成功だ)
俺は、その光景を確認しながら、ようやく安堵した。
(目論見通り、聖武天皇が動いてくれた)
勅令が発せられ、朝廷の精鋭たちがダンジョンへ向かう準備を始めている。
(さて、後は彼らが試練を乗り越えてくれることを祈るだけだな)
だが、俺の意識は、すぐに別の方向へと向いた。
北の山地。
奥羽の山々、うねる尾根を彷徨うように。
ゆっくりと、しかし確実に、大怪異が近づいている。
(アナタ、また山地のダンジョンを襲おうとしているわ)
(ああ、魔力が欲しいんだろうな。だが、そうはさせない)
大怪異は、国分寺を避けるために山地を通っている。
実体を持った大怪異は、国分寺が発する浄化の力で消滅することはないが、それでも力は削がれるのだろう。
都に着くまでに、力を削がれたくは無いのか、通り難い山地を木々をなぎ倒しながら進んでいた。
そして、その山地には、俺が作ったダンジョンがいくつも存在する。
大怪異は、それらを感知すると、魔力を奪おうとして襲いかかってくるのだ。
それは奇しくも、大仏に核を据えようとした僧と同じ。
コアさえ取り込めば、更なる力を得られると、本能的に悟っているのだろう。
だが、そんな事をさせるはずもない。
だがここまで事が大きくなってしまうと、かつての巨大クマのように俺が出向いて始末するというのは難しい。
その為、別の手段で対応するしかなかった。
(迎撃用のモンスターを増強して、時間を稼ぐぞ)
(了解! こっちも全力で対応するわ!)
ハルカと協力しながら、俺は各地のダンジョンを強化していく。
大怪異が近づくたびに、モンスターを大量に配置し、その進行を妨害した。
それらモンスターは、神獣や聖獣に類するものを配置したために、大怪異は浄化を嫌って大きく進路を歪める。
結果として、大怪異の歩みは更に遅くなった。
そうだ。時間が稼げれば、それでいい。
その間に、朝廷が試練を乗り越え、大仏を完成させてくれれば。
(こっちも力を貸してるんだから、早く試練を乗り越えてくれよ……)
俺は、そんなことを思いながら、大怪異の動きと、平城京の動きを、同時に監視し続ける。
俺達の戦いは、まだ始まったばかりだった。




