とある高校生のダンジョン探索 その4
番外編の現代ダンジョンの様子の続きです。
【定原晢斗】
三層目へと続く階段を駆け下りながら、俺は耳を澄ませていた。
さっきの悲鳴は、確かにこの先から聞こえた。
女性の、助けを求めるような悲鳴。
あれを聞いて何もしないなんて、俺には出来ない。
階段を降りきると、そこは二層目よりも更に薄暗い空間だった。
通路は複雑に入り組んでいて、幾つもの分岐が闇の中へと続いている。
(どこだ……?)
俺は息を殺して、耳を澄ませた。
すると、遠くから声が聞こえてくる。
「……さあ、芦原さん。覚悟はいい?」
女の声。
だが、そこに込められた感情は、先ほどの悲鳴とは全く違う。
冷たく、嘲るような響きがあった。
「やめて……お願い、やめて……!」
そして、震える女性の声。
懇願するような、絶望に満ちた声だ。
「……っ!」
俺は迷わず、その声の方向へと走り出した。
薄暗い通路を駆ける。
魔力を取り込んでいたせいか、自分でも驚くほど速く走れた。
足音を響かせながら、曲がりくねった通路を進む。
(間に合え……!)
焦りが俺を駆り立てる。
何が起きているのか、正確には分からない。
だが、誰かが誰かを傷つけようとしている。
それだけは、確かだ。
俺は最後の角を曲がり、目の前に広がる部屋の入口へと飛び込んだ。
そこには、四人の人間がいた。
壁際に、怯えた表情で背中を預ける女子高生が一人。
その目の前には、明らかに下卑た笑みを浮かべた男子が二人。
一人は今まさに、彼女に手を伸ばそうとしている。
そして、その後ろには、もう一人の女子が立っていた。
彼女の顔には、満面の笑みが浮かんでいる。
だが、その笑顔は、どこか歪んでいた。
状況は、一目瞭然だった。
二人の男が、一人の少女を襲おうとしている。
そして、もう一人の女が、それを命じている。
(……冗談じゃない!)
俺の中で、何かが弾けた。
考えるより先に、心が叫んで何かがカチリとハマる感覚。
「ッ!」
俺はスキルを発動した。
対象は、今まさに少女に手を伸ばそうとしていた男の足。
その右足と、床を固着させる。
「うわっ!?」
「え……?」
男は派手につんのめり、そのまま床に倒れ込んだ。
今にも襲われそうになっていた少女が、呆然と俺に視線を送っていた。
よく見ると、彼女は同じ市内にある別の高校の制服を着ている。
男達に命じていたらしい女も、派手目のアレンジだが同じ。
多分、男達も含めて同じ高校なのだろう。
「……大丈夫か?」
「あなた、は……」
倒れた男は勢いよく顔面を床に打ち付けたのか、苦痛の呻き声を上げている。
それを無視して、おれは襲われてた少女に声をかけた。
俺も実戦は足りないが、武術塾ではかなりしごかれて、いろいろ学んでいる。
その視点で言えば、彼女は混乱しているようだが、腕に少し傷を負っている以外無事の様だ。
「な、何だ!?」
「誰!?」
もう一人の男と、後ろにいた女が、驚いたように俺を見た。
だが、俺は構わず追撃する。
倒れた男の全身、特に両手両足を、床に固着させた。
そう、俺の固着は中々に応用の範囲が広い。
固定できる箇所の数はまだ多くないが、固着できる範囲は広いのだ。
視界の中で、二つの物が触れているという事実さえあれば、多少間に何かが挟まっていても、その二つは動かない。
いや、多分触れているという事実すら、必要ないのかもしれない。
事実、相手が倒れていたら、こんな風に全身の動きを止める事までできる。
これで、こいつはもう動けない。
「嫌がっているみたいだからな……」
俺は槍を構えたまま、残る二人を睨みつけた。
「止めさせてもらった。事情は分からないが、流石に犯罪だろ?」
俺の言葉に、後ろにいた女子──整った顔立ちだが、その表情には冷たさが滲んでいる──が、一瞬表情を歪めた。
だが、すぐに作り笑顔を浮かべて言う。
「あら、誤解よ。これはパーティーの内輪の話なの。あなたには関係ないわ」
その声は、いかにも取り繕ったような調子だった。
だが、俺が答えるより先に、壁際の少女が叫ぶ。
「違う! 違います! 助けて……お願い、助けて!」
その声は、切実だった。
涙と恐怖に震える声。
嘘をついているようには、到底聞こえない。
「……やっぱりな」
俺は槍の切っ先を、残る男に向けた。
こいつらは、明らかに何かをしでかそうとしている。
だが、その時だった。
女子が、微かに目を動かした。
後ろにいるもう一人の男──俺が固着させていない方の男に、視線で何かを合図している。
(……しまった!)
気づいた時には、もう遅かった。
「させるか!」
俺の背後から、男の声。
振り向くと、もう一人の男が勢いよく踏み込んできていた。
筋肉質な身体。
武術の心得があるのか、その動きは洗練されている。
男は俺に向かって鋭く駆けよって来た。
槍を警戒しているのか、左右に細かく体をゆすって、的を絞らせない。
かなり、戦い慣れているのだろう。
恐らくモンスター相手だけではなく、対人戦も。
だが──。
(見えてる!)
魔力を取り込んだせいか、相手の動きがよく見える。
踏み込みとその軌跡、フェイントを織り交ぜつつ、少しでも間合いの差を埋めようと、技巧を凝らしていた。
その男の動き全てを、俺の目は捉えらえている。
「ッ!」
意を決し男が槍の間合いに踏み込もうとするその瞬間、俺はその足と床を固着させた。
「なっ!?」
男は踏み込もうとした足を前に出せずバランスを崩し、そのまま床に激突した。
半身を床に強く打ち付けて、鈍い音を立てる。
「うぐっ……!」
この隙を見逃すわけには行かない。
俺は倒れた男も、即座に固着させる。
肩から身体を打ち付けてくれたおかげで、肩から脇、腰から足まで、身体を横にしたような形で床に貼り付けた。
これで、二人とも動けない。
残る女も、倒れた二人の男に意識を取られているみたいだ。
「……よし」
この隙だ。
俺は壁際の少女に向かって、手を差し伸べようとした。
彼女を、ここから連れ出さないと。
【熊沢】
(……くそ、動けねえ!)
俺は床に張り付いたまま、歯噛みしていた。
何だ、あのスキルは!?
アイツが何かした瞬間、俺の身体は床から剝がせなくなった。
他人を動けなくするスキルは、俺も幾つか知っている。
警察や官吏事務局の保安に採用されやすい、捕縛系あたりか?
重さを感じないから、重力系統の術ではない筈だ。
どちらにしろ、厄介すぎる。
だが、まだ終わりじゃない。
俺には、まだ手段がある。
(……気を練る)
俺は武術塾で、気功を学んでいた。
魔力と体内の生命力を混ぜ合わせて、身体の外に放出する技術だ。
師範は、これを使って岩を砕いたこともあるらしい。
俺はまだそこまでの域には達していないが、それでも爪程度の気功弾なら撃てる。
奴のスキルは、俺の力でも身動き取れないほど強力だ。
だが、それだけのスキルなら、集中を乱せば維持できないだろう?
床に張り付いたまま、俺は気を練った。
右手の指先に、魔力と生命力を集中させる。
形を整え、鋭利な爪の形にする。
(……行け!)
俺は気功弾を放った。
目標は、あの槍持ち野郎の背中だ。
奴は今、芦原に手を差し伸べようとしている。
完全に、俺への警戒が薄れている瞬間だ。
気功の爪が、音もなく飛んでいく。
あれを食らえば、少なくとも動きは止まる。
その隙に脱出しようと、俺は全身に力を込めた。
【定原晢斗】
「危ない!」
突然、少女の声が響いた。
その声に反応して、俺は咄嗟に身を捩る。
何かが、俺の頬を掠めた。
鋭い痛みと、僅かな熱。
「っ!?」
振り向くと、床に倒れている男が、こちらに手を伸ばしていた。
半身だけの固着で、自由のままだった側の腕だ。
その指先から、何かが放たれた痕跡がある。
(気功か……! 床に張り付いた状態でも攻撃できるのかよ!)
冷や汗が背中を伝う。
そんな技法の存在は俺も知っている。
俺はまだ出来ないが、武術塾の先生は槍の穂先から、槍気とでもいう様な鋭い気功塊を飛ばして、遠く離れた的を貫いて見せてくれた。
その絶技には遠く及ばないが、倒れた男は想像以上に高い実力を持っていたらしい。
あの少女が警告してくれなかったら、今頃どうなっていたか。
「ありがとう……!」
俺は少女に感謝の言葉を投げかけようとした。
だが、その瞬間──。
「気に入ったわ、アンタ」
今度は、女子の声。
後ろにいた、あの冷たい笑みを浮かべていた女だ。
振り向くと、彼女が俺に向かって走ってきていた。
何故か満面のほほえみを浮かべた彼女のその目には、何か異様な光が宿っている。
(何だ……? 何をしようと……!)
俺は警戒しながら、彼女の動きを見る。
武器は持っていない。
だが、その目の光が、どうにも気になる。
まるで、俺の目を見ようとしているような……?
(……いや、待て)
嫌な予感が背中を走る。はっきりとは分からないが、このままでは、拙いと確信する。
その時、俺の視界の端に、床に転がっている上着が映った。
恐らく、あの男たちが脱ぎ捨てたものだろう。
「ッ!」
俺は咄嗟に、その上着を蹴り上げた。
上着が宙を舞い、女子の顔面に直撃する。
「きゃっ!? な、何!?」
彼女の視界が遮られる。
そして、俺はもう一度、三カ所目になる『固着』を発動した。
対象は、彼女の顔に張り付いた上着と、彼女の顔。
「と、取れない!? それに臭い! 何なのよお!?」
彼女が慌てて上着を引き剥がそうとするが、固着している以上、どうにもならない。
落ちていた上着はそこそこの通気性があるらしく、窒息する心配はないだろう。
だが、視界は完全に奪奪っている。
「今だ、行こう!」
俺は襲われていた少女に手を差し伸べた。
彼女は一瞬躊躇したが、すぐに俺の手を取る。
「は、はい……!」
俺たちは部屋を飛び出した。
背後から、女子の叫び声が聞こえる。
「もうっ、取れない! あと臭いのよ……!」
臭いのか。まあ男子高校生の上着だ。臭いのだろう。
それに関しては俺のせいじゃないし、お仲間の上着なのだから、存分に堪能してもらう事にしよう。
だが、それに構ってはいられない。
俺達は、急いで上層へと向かう。
ある程度距離を離さないと、スキルの解除をして安全を確保できない。
俺達も、アイツらも。
(あそこにも、その内にモンスターが出るはずだ。あのままだとあいつら死にかねないから、早くスキルを解除できる距離を稼がないとな)
もちろん、俺自身もあの三人を固着していてはモンスター相手に使えない。
つまりはお互いにとって必要な事だ。
俺はモンスターと遭遇しない事を祈りながら、ダンジョンを駆け抜け続けた。
次回で現代ダンジョン番外編終了




