とある高校生のダンジョン探索 その3
番外編の現代ダンジョンの様子の続きです。
【とある女子高生】
「嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!!」
私は叫んでいた。
背中を壁に預けながら、目の前に迫る二人の男子から必死に逃れようとしながら。
だけど、もう逃げ場はなかった。
ここは三層目のある一室。
入口は一つだけで、そこには私のクラスメイト高岡さんが立ち塞がっている。
「ほら、早くしなさいよ。私が見張ってるんだから、誰も来ないわよ」
高岡さんは、まるで他人事のように言った。
その声には、冷たい嘲りが滲んでいる。
「た、高岡さん……なんで、なんでこんな……!」
私の声は震えていた。
恐怖と、そして何よりも、信じていた人に裏切られたショックで。
(……どうして、こんなことになったんだろう)
それは、数日前の放課後のこと。
「ねえ、芦原さん。今度の休み、一緒にダンジョン行かない?」
高岡さんが、いつもの明るい笑顔で私に声をかけてきたの。
クラスの中心的存在である彼女から誘われて、私は驚きと同時に、嬉しさを感じていた。
高岡咲菜。
明るくて、スッと整った顔立ちで、クラスのトップだなんて言われている彼女。
地味な私なんかとは全然違う、大輪の華みたいな高原さん。
そんな彼女と私は、男子達のグループチャットで良く話題に上がっているという話を聞いていた。
だけど、私と彼女では、決定的に違うところがあった。
私は奥手だ。
人と話すのは嫌いじゃないけれど、自分から積極的に前に出るタイプではないわ。
クラスメイトと話すときも、どこか一歩引いてしまう癖がある。
何故か、男子は『そこがいい』みたいにっているらしいけど、本当なのかな?
私自身は、そんな私をあまり好きになれないのに。
それに対して高岡さんは、開放的で明るい。
誰とでも気さくに話し、自然とクラスの中心になっていく。
男子からも女子からも人気があって、いわゆるスクールカーストのトップに立っている人。
同じように容姿を褒められても、高岡さんは堂々としているのに、私はどこか居心地の悪さを感じてしまう。
そんな彼女に、私は密かに憧れていた。
あんな風に、自分を表現できたらいいのに、と。
だから、彼女から誘われたとき、私は舞い上がってしまった。
「本当ですか? 私なんかで良いの……?」
「もちろん!」
「な、なら、お願いします……」
「うん、決まりね。男子も二人誘ってあるから、パーティーとしてもバランスいいでしょ?」
高岡さんは満面の笑顔で言ってくれた。
私はその笑顔に、何の疑いも持たなかったし、仮に持っても流されてばかりの私は、拒否出来なかったと思う。
一緒に行くのは、熊沢君と大上君。どちらも実習で凄い数のモンスターを倒していたって聞いていた。
だから頼もしくもあったし、男子と一緒なのはちょっと引っかかったけれど、高岡さんと一緒なら大丈夫、そう思っていたの。
そして今日。
私たちは、街外れにある古式ダンジョンに来ていた。
「ここなら人も少ないし、のんびり潜れるわよ」
高岡さんの言葉に、私は頷いた。
確かに、管理事務局のゲートを通っても、他の人達の姿はほとんど見かけなかった。
古式ダンジョンは不人気だと聞いていたけれど、ここまでなんて。
一緒に来た男子二人――熊沢君と大上君は、高岡さんの後ろに控えるように立っていた。
たしか、高岡さんは西洋式の魔術を使って、大上君は軽戦士に、熊沢君は格闘家、だったかな。
高岡さんは何時ものアレンジ制服だけど、大上君はレザーのツナギと剣を持っていて、熊沢君は道義姿。
私も高岡さんと同じ制服だけど、アレンジもないそのままでいつも通り味気ない感じ。
どうしても無意識に高岡さんと比べてしまう自分が居る。
後は男子二人とも、高岡さんの言うことには絶対服従という雰囲気。
まるで女王と臣下の兵士みたい。
(ちょっと、変な感じだけど……まあ、大丈夫よね)
私は微かな違和感を覚えながらも、気にしないようにした。
高岡さんが一緒なら、きっと大丈夫。
そう信じていた。
ダンジョンに入って、しばらく進んだ時のことだった。
「ねえ、芦原さん。ちょっとこっち来て」
高岡さんに呼ばれて、私は彼女の方へ近づいた。
その瞬間――。
「今よ」
高岡さんの冷たい声。
次の瞬間、背後から腕を掴まれた。
「え? きゃっ!」
熊沢君が、私の両腕を後ろ手に掴んでいる。
そして、大上君が剣を抜いて、私の前に立ち塞がっていた。
「た、高岡さん!? これ、どういう……!」
「どういうもこうも、見ての通りよ」
高岡さんは、冷たく笑った。
まるで、罪人を捌く女王のように。
その表情には、今まで見たことのない残酷さが浮かんでいた。
「芦原さん、あなたって本当に鬱陶しいのよね。容姿がいいってだけで、男子の注目を集めて。でも、本当はただの臆病者じゃない」
「そんな……私そんなつもりは!」
「煩いわね! 黙りなさい!!」
そう叫ぶ高岡さんは、それが罪だとでもいうように告げて来た。
「何より、その胸よ! ふざけてるの!?」
高岡さんが私の胸を指差して叫ぶ。
そこは、私のコンプレックスだ。
男子は何時も私のそこばかり見るし、重いし、これのせいで少し前かがみになってしまって私の姿勢は何時も悪い。
私だって好きでこんなに大きくなった訳じゃないのに……。
「クラスの中心は、私一人でいいの。だから、あなたには消えてもらう……とまではいかないけど、せめて精神的に屈服してもらわないと」
高岡さんの言葉に、私は凍りついた。
そんな理由で、こんなことを。
「さあ、二人とも。好きにしていいわよ。これはご褒美でもあるんだから」
「ご褒美助かる! 特にあの胸いいよな!」
「流石お嬢、話が分かる! ……もう揉んでいいか?」
「……アンタらもその胸が良いって言うの!?」
大上君──いいえ、ケダモノが、私に近づいてくる。
その目には、あからさまな愉悦と獣欲が宿っていた。
後からは、もう一人のケダモノの息遣いも感じて、私は総毛立った。
高岡さんが何か不満そうにしているみたいだけどれど、私はもうそれどころじゃない。
「いや、やめて!」
私は必死に抵抗した。
だけど、男子の腕力には敵わない。
武器の扱いも私は苦手で、後から腕を抑えられた今、どうする事も出来なかった。
私の前に立ったケダモノが、剣を振り上げる。
私を脅すためか、それとも、本当に……!?
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
「助け…助けて……!!!!」
私の叫びに応じて、私のバッグから何かが飛び出した。
そこから現れたのは、一枚の呪符。
だけどそれは見る間に姿を変えて、大きな鷲の姿になった。
私の、式神だ。
私は式神を扱える。
私の家に古くから受け継いだ術法で、幼い頃から訓練してきた。
この子達は普段は大人しくしているけれど、主人である私の危機を察したら、式神は自動的に反応してくれる。
「ギャアァァァ!」
鷲の式神が、鋭い鳴き声を上げて熊沢君に襲いかかった。
鋭い爪が彼の顔に襲い掛かって、彼はたまらずに私の手を離す。
「くそっ!」
大上君が咄嗟に式神へ剣を振るった。
だけど、その剣は式神を外れて、熊沢君に振り払われ、よろめいた私の腕を掠める。
「痛っ!」
鋭い痛みが走った。
傷は深くないけれど、腕から血が流れ出して、床に滴るのが見える。
だけど、そんな事をもう気にしていられない。
「芦原さん、逃げないでよ!」
高岡さんの声が聞こえたような気がしたけれど気にしていられない。
式神が二人の男子を牽制している間に、私は逃げ出していた。
「追って! 逃がしたらまずいわ」
「りょーかい」
「処すんだな? 処すんだな?」
高岡さんの指示で、男子達が追ってくる。
私は必死に走った。
(入口に戻れば、管理事務局の人が……!)
だけど、それは無理。
入口の方向には高岡さんたちがいる。
彼女たちを振り切って入口に向かうことはできない。
私は仕方なく、ダンジョンの奥へと走った。
通路を走る私の前に、このダンジョンのモンスター、牙鼠が現れる。
でも、大丈夫。式神は、一体だけじゃない。
バッグに入れていた呪符がまた数枚飛び出して、あっけなく牙鼠を追い払っていた。
うちの家の式神術の特徴は、式神の同時操作で、ご先祖様は何十匹も一度に操っていたって伝説があるくらい。
私も5体くらいまでなら同時に操れる。
そう、式神がいれば、モンスターは怖くない。
でも今は、モンスターを倒している暇なんて無い。
今一番怖いのは、追ってくるのは人間だから。
「待てよ、芦原! 俺たちと遊ぼうぜ?」
「安心しろよ。ちゃんと良くしてやっから」
ケダモノ二人の声が、背後から迫ってくる。
その声に追われるように、私は通路の奥へ奥へと走った。
私は階段を見つけて、二層目へ。
そして、さらに奥へ。
途中現れた武装鹿も、式神が同時に襲い掛かって追い散らしていた。
そして遂に、私は三層目へと続く階段を駆け下りた。
三層目は、二層目よりも薄暗い。
通路も複雑になっていて、私は必死に逃げ続けた。
だけど……。
「行き止まり……!」
私は、ある部屋に辿り着いた。
そこは広い空間だけど、出口は一つ、入って来た扉だけ。
そして、その出口から、高岡さんたちが入ってきた。
「やっと、追い詰めたわ」
高岡さんが、冷たく笑う。
熊沢君と大上君も、息を切らしながら入ってくる。
「さあ、続きをしましょうか」
「こ、こないで……!」
高岡さんの声に従うように、男子二人がにじり寄ってくる。
その二人に、私の式神が、襲いかかろうとした。
だけど、
「不意さえ突かれなければ、な!」
「ギッ!」
大上君の剣が、あっさりと私の式神達を引き裂いた。
その時、はっきりと判った。
この二人、凄く強い。
「ちょうどいいわね。しっかりと心をブチ折ってやってよ」
「任せろよ、お嬢」
「邪魔な使い魔は先に消さないとな」
高岡さんの指示で、男子二人は、私を嬲り始めた。
式神は、呼び出すそばから切り裂かれて、倒される。
私の限界の5体で同時に襲い掛からせても、あっさりと倒されてしまう。
それでいて、男子達はまだ私に近寄らない。
高岡さんが言うように、心を折る気なんだ。
「あ……」
そして、私の最後の式神が、霧散する。
用意していた呪符は、もうない。
もう、私を守ってくれるものは何もなかった。
「さあ、芦原さん。覚悟はいい?」
にやけた男子二人が迫る中、その後ろから高岡さんも近づいてくる。
彼女のあんな満面の笑顔、見た事が無い。
それはとても傲慢な、そして嫉妬に狂った笑顔だった。
「嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!!」
私は叫んだ。
だけど、彼らは止まらない。
ケダモノの一人が、遂に目の前までやって来た。
欲情に染まった瞳が、私を射抜く。
怯えた私の姿が楽しいのか、ねっとりとした視線で、私を見回してくる。
特に、私の胸を。時間をかけて。
今にも涎をたらしそうな二人の男子は、上着まで脱ぎだしていた。
もう、私が何もできない事を分かっているんだ。
「ヒッ!」
思わず悲鳴が零れた。
「やめて……お願い、やめて……!」
私は壁に背中を預けながら、懇願する。
もう、そうする事しか出来なかった。
もう、誰も助けてくれない。
ここで、私は……。
その時だった。
「うわっ!?」
今にも私に襲い掛かろうとしていたケダモノが、突然つんのめって倒れた。
まるで、何かに足を取られたように。
「え……?」
私は、呆然とその光景を見ていた。
高岡さんも、驚いたように目を見開いている。
そして、部屋の入口に……。
「……大丈夫か?」
息を切らした男子が、槍を構えて立っていた。
中途半端な長さの髪で、ジャージの上にプロテクターを着けている。
見たことのない顔だった。
あのジャージは、多分市内の別の高校の者だった筈。
その目には、確かな意志が宿っていた。
「あなた、は……」
私は、その少年を見つめた。
まさか、こんな場所に、誰かが来てくれるなんて。
それも、私を助けるために……。
思いがけない救援に、私は戸惑いと、そして一筋の希望を感じていた。




