とある高校生のダンジョン探索 その2
番外編の現代ダンジョンの様子の続きです。
【定原晢斗】
牙鼠との戦闘は、その後も順調だった。
通路を進んでいくと、また新たな牙鼠が姿を現す。
だが、俺のスキルと槍の組み合わせは、この相手には効果的過ぎた。
「ヂュッ!?」
三匹目の牙鼠が、勢いよく俺に向かって駆けてくる。
だが、もう慣れたものだ。
間合いを測り、スキルを発動するタイミングを見計らう。
(……今だ!)
牙鼠の前足と床を『固着』させる。
つんのめって転んだ牙鼠の頭部も、そのまま床に貼り付けた。
後は、槍を突き出すだけ。
「ヂッ……」
短い呻き声を上げて、牙鼠は息絶えた。
もう三匹目ともなると、動きを止めて倒すまでの一連の流れが、スムーズになってきている。
「魔石、と……よし」
腹を裂いて魔石を回収する作業も、手慣れてきた。
モンスターであるせいか、腹を引き裂いても出血は殆どない。
その分野生動物を解体するより楽なのだが、今倒した存在が超常の存在、モンスターなのだと思い知らされる。
とりだした小ぶりな魔石を袋に入れながら、同時に俺は自分の身体の変化を感じ取っていた。
身体の動きのキレが、明らかに上がっている。
幾らか武術塾で指導を受けているからか、そう言った感覚を感じ取るのは俺にも出来た。
(確かに、魔力を取り込めている感覚がある)
ダンジョンで戦うことで、身体が魔力を吸収している。
授業で習った通りだ。
この感覚を覚えれば、もっと効率的に魔力を取り込めるようになるらしい。
そうやって取り込んだ魔力は、基礎体力の上昇の他にも、俺がさっきから使っている固着スキルを成長させていくそうだ。
俺はそれを楽しみに思いながら、通路の先を見る。
「まだまだ、先に進めそうだな」
通路は薄暗く、幾らか分岐しながら奥へと続いている。
ただ、このダンジョンの情報はあらかじめ調べてあり、地図も用意している。
浅い階層は単純な構造をしているはずなので、分岐していても迷うと言う事はなさそうだった。
(この調子なら、次の階層も問題なく行けそうだな)
そのまま通路を進んだ俺は、四匹目、五匹目と牙鼠を倒していった。
そこで、俺はふとあるアイディアが浮かぶ。
(待てよ……『固着』って、自分の身体にも使えるんじゃないか?)
今まで、モンスターの足と床、頭と床を固着させていた。
だが、このスキルは触れ合っている物同士を離れなくする効果がある。
なら、自分の足の裏と床や壁を固着させたら……?
「……試してみるか」
次の牙鼠との戦闘の後、俺は人気のない通路で実験を始めた。
まずは、自分の右足を床に固着させてみる。
「……お、おお?」
足が床から離れない。
当たり前だが、自分でスキルを使っているのだから、予想通りの結果だ。
問題は、これをどう活かすかだ。
俺は壁に手をついて、左足を壁に押し付けた。
そして、左足と壁を固着させる。
「うっ……!」
一瞬身体が浮く感覚。
だが、すぐにバランスを崩して床に倒れ込んだ。
「いてて……やっぱり、そう簡単じゃないか」
だが、可能性は感じた。
うまく使えば、壁を蹴って跳躍したり、天井に張り付いたりできるかもしれない。
高校のダンジョン実習でも、純粋に身体能力で壁を蹴って動き回るクラスメイトが居た。
俺の場合、同じ事をしっかりとした足場を追加する形で出来るはずだ。
場合によっては、天井に足の裏を固着して逆さまに動き回ることも可能だろう。
そんな三次元的な動きができれば、戦い方の幅が広がるはずだ。
そして、そう言った動きを可能にする身体能力は、魔力を取り込みながら着実に身に付きつつある。
(モンスターが出てこない間に、練習しておくか)
俺は何度も試行錯誤を繰り返した。
足を固着させるタイミング、解除するタイミング。
体重移動のコツ。
少しずつ、少しずつ、身体が慣れていく。
モンスターを倒すたびに吸収する魔力が、それを後押しする。
十数匹目の牙鼠を倒した後、俺はついに壁に立ち、数歩真横に歩くことにまで成功していた。
「やった……!」
続いて、俺は横跳びにジャンプし、天井へと降り立つ。
これも、成功だ。
逆さまに歩く事まではできないが、天井を足場には出来る確信が持てた。
まだ完璧とは言えないが、実戦で使えるレベルには達している。
この技術があれば、より複雑な戦い方ができるはずだ。
その後も数匹目の牙鼠を倒しながら進むと、俺は通路の先に、下へと続く階段を見つけた。
「次の階層か……」
階段の前で一度立ち止まり、俺は自分の状態を確認する。
取り込んだ魔力のせいか、体力はまだ十分。
それどころか、力が溢れてくるような感覚まであった。
魔石も順調に集まっている。
そして何より、『固着』スキルの使い方に、確実に慣れてきている。
大きかったのは、壁歩きの練習でスキルを使いまくっていたせいか、固定できる数が2カ所から3カ所へと増えた事だ。
これは、壁に両足を着けながら、天井に伸ばした手も固定する。
そんな動きが出来るなら、もっと色々と応用の幅が広がる筈。
この調子なら、先に進んでもいい筈だ。
「よし、行こう」
俺は二層目へと続く階段を降り始めた。
階段を降りきると、そこは一層目よりも少し広い通路だった。
天井も高く、壁の質感も微妙に違う。
「二層目は、モンスターも変わるんだったな」
事前に調べた情報を思い返す。
二層目からは、武装鹿──アームド・ディアと呼ばれるモンスターが出現する。
鹿の姿をしているが、角を手のように動かして武器を操るらしい。
……そういえば、海外の鹿は角を動かすことが無いらしいと聞いたことがある。
日本の鹿は大体角を手のように動かすから、海外の鹿は随分と大人しいと思ったな。
「ヘラジカとか、角を動かしたら凄い事になると思うんだが……っと、来たな」
二層目にたどり着くと直ぐに、通路の奥から蹄の音が聞こえてきた。
蹄が石の床を叩いて歩く音。
現れたのは、実習で見た鹿よりも一回り小さな個体だった。
だが、その角には確かに剣が握られている。
幾らかその剣には刃こぼれが見えたが、角を器用に動かして剣を構える様は、まるで人間の剣士のようだ。
「ウオォォォ……」
低い唸り声を上げながら、武装鹿が近づいてくる。
俺はここまでと同じように、槍を構えた。
(まずは、足を止める!)
牙鼠と同じ戦法だ。
武装鹿が間合いに入る直前、俺は前足と床を固着させた。
「ウオッ!?」
予想通り、武装鹿がつんのめる。
だが──。
「ッ!?」
武装鹿は転ぶ直前、角を振るった。
剣を握っていた角が大きく振りかぶって、槍投げの様なフォームで剣を投げ飛ばそうとして来る!
投擲だ!
「舐めるな!」
俺は咄嗟に『固着』を発動した。
対象は、武装鹿の角と、その角が握る剣。
「ウオ……?」
剣が角から離れない。
角は確かに剣を離しているのに、一ミリたりとも前へ飛ばされる事は無かった。
投げようとした剣が、角にくっついたまま動かなくなり、武装鹿は明らかに混乱している。
「今だ!」
俺は一気に踏み込んだ。
混乱している武装鹿に、槍を突き立てる。
応戦しようと咄嗟に突き出された剣も、俺には届かない。
間合いの差だ。
「ウオォォォ……」
武装鹿は、低い声を最後に息絶えた。
「……ふう」
それを見届け、俺は大きく息を吐いた。
だが、心の中では冷や汗をかいていた。
(危なかった……)
正直、油断があった。
剣を投げられるという可能性を考えて居なかったのだ。
もし、咄嗟の固着で対応できなかったら、俺は投げられた剣に貫かれていたかもしれない。
剣と槍の間合いの差は大きい。
武術塾の先生は、剣で槍と戦う際は、三倍の実力差が必要になると言っていた。
それだけ間合いの差と言うのは、重要なのだと。
だから俺は今の戦闘で、槍の方が間合いが長いから安全だと思い込んでいた。
だが、投擲という手段があれば、その優位性は簡単に覆る。
そしてモンスターもまた投擲や、場合によっては術などを使う事がある。
「……気を付けないとな」
俺は自分に言い聞かせながら、武装鹿の腹を裂いた。
中から転がり出る魔石は、牙鼠のものよりも一回り大きい。
その分貯め込んだ魔力も多い筈で、換金額も上がる筈。
「それと……」
武装鹿が握っていた剣も回収する。
刃こぼれはしているが、まだ使える状態だ。
ダンジョン産の武器は、そのまま使っても素材にしても使えると聞いている。
これも売り物になるはずだ。
それ以外の武装鹿の死体は、そのまま放置した。
一応食用にもなるらしいが、正直嵩張るし俺の手には余る。
それに、このまま放置しても問題ない。授業で習ったが、モンスターの死体はしばらく経つとダンジョンに吸収されるらしいのだ。
上の階で倒した牙鼠の死体も、既にダンジョンに吸収されている頃だろう。
つまり、俺がわざわざ処理する必要はないのだ。
その後も、武装鹿は何度か現れた。
だが、もう対処法は分かっている。
足を固着させて動きを止め、剣を投げようとしたら角と剣を固着させる。
二刀流の鹿も居たが、固着できる数が増えていたから、それも簡単に対処できた。
後は、槍で止めを刺すだけだ。
二匹、三匹、四匹……。
武装鹿を倒す度に、俺の動きは洗練されていく。
魔力の吸収も、一層目よりも効率が良い気がした。
(これを先に経験していたんだから、みんなの動きが良かったのは当然だよな)
実習の時のクラスメイトの動きを思い出し、事情があったとはいえ出遅れていた事を実感する。
そして、五匹目の武装鹿を倒した後、俺は再び、階段を見つけた。
「三層目への階段か……」
俺は階段の前で立ち止まり、考える。
まだ体力はあるものの、流石に疲れがあった。
ただ、幾らか休憩を挟めば、まだ進める感触はある。
だが俺は今日、初めて一人でダンジョンに潜っている。
無理は禁物だ。
それに、魔石や武器など、収穫はそこそこにある。
先かを十分と考えて、今日はもう切り上げても良いだろう。
(……三層目に行くにしても、様子だけ見るだけにするか)
そんな事を考えていた時だった。
「嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!!」
遠くから悲鳴が聞こえた。
女性の声だ。それも、階段の先──三層目から!
「……っ!」
俺は一瞬、逡巡した。
自分一人で、何ができる?
初めてのダンジョンで、三層目なんて未知の領域だ。
だが──。
「悲鳴を聞いて、何もしないは、ないだろ……!」
俺は階段を駆け下りた。
悲鳴を上げた誰かが、そこにいる。
助けを必要としている誰かが。
不安はある。
何が起きているのか、分からない。
だが、俺には『固着』スキルがある。
短期間で使い出があると実感できたスキルが。
(大丈夫だ……俺は、戦える)
そう自分に言い聞かせながら、俺は三層目へと足を踏み入れるのだった。
この日本の鹿は角を手のように動かすのが、基本です。
種によっては手話も出来るとか……。




