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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
伍章 飛鳥時代 ~律令国家の萌芽と仏教の普及~

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平城京への遷都は、元明天皇が詔した

書き溜め尽きたのと所用により遅刻しました!

【一言主神】


我が名は一言主神。

葛城の峰に座し、ただ一言をもって吉凶を定める神。


あの頃山はまだ若く、風は清く、我に信仰を捧げる加茂の氏族の勢いは盛んであった。

彼らは我を『言霊の主』と呼び、山の斜面に社を建て供物を絶やさなかった。

その信仰の厚さこそが、我が力の、そして我そのもの源。

山河に宿りし意思無き力、そこへ歴代の加茂の氏族の意思が溶けて我に至ったのだ。

言霊の主たる有様も、加茂の氏族がそう信じたが故。

我はその様にして葛城山を居とした。


ある日、ある男が狩りの途上で山に入った。

何者であるかは、神である我が身にはすぐさま分かる。

今代の大王であろう。

だが大王であろうと、人の身で我が神域にみだりに立ち入るなど許しておけぬ。

故に我はかの者の前に立った。その傲慢なる姿を写し取って。

他ならぬ自身の姿を見た大王は、驚きに声を震わせた。


「な、何者か!?」

「一言主」


我はあらゆる事を一言にて示す。その言葉には何者をも抗えぬ力があった。

祖の威を感じ、大王は我の神域を冒したことを察し、恐れを抱いたのであろう。

許しを請う為か己が衣を脱ぎ、我に捧げたのだ。

そして逃げるように山を下りて行った。

彼の者の畏敬と恐怖。

それは我の威光の表れであり、加茂の氏族の権威でもある。


あの時あの瞬間、我は『天下をも揺るがす神』であった。


加茂氏はその逸話を誇りとし、我の社は人々であふれた。

祈りは絶えず、供物は山を覆い、我は満ち足りていた。


だが、その栄光は長く続かぬものであったのだ。



時代が移り、大王は天皇となり、その住まう宮は次第に葛城の地から離れて行った。

人の中心が葛城より離れるほどに、加茂氏の勢力はゆるやかに、しかし確実に衰えていったのだ。


彼の者らの衰退は、まるで山の木々が一本ずつ枯れていくようだった。

祈りは減り、供物は細り。

我の声は次第に人々の耳に届かなくなった。


我は神である。

だが、信仰が薄れれば、神もまた力を落とすのは必然であった。

祈られるからこその神なのだ。

信仰なくば元の意志なき精霊となり、我に溶けた加茂の氏族の者達も大いなる流れに還る。

それが理であった。


時折、山に入る者の前に我は姿を現した。

時にかつての大王に為したように、その者の姿で。

またある時は、異形の者として。

だが、かつての大王ほどに恐れ戦く者は少なくなった。

まだ我には確かな力がある。

だが好んで我が領域に立ち入るような者は、相応の力を有していた。

神に至らずとも、神を恐れぬほどの力を。


仏なる異郷の神の流入は、その傾向を加速した。

最早、ただ神としてあるだけでは足らぬのだ。



そして、彼の者が現れた。

役小角――修験の祖と呼ばれる者。


彼の者は山に入り、我の前に立った。


この時、我は荒ぶる御霊となっていた。

世の乱れ、人の祈りに混ざる怯え憎しみ。

衰退する氏族の祈りは、我を歪めていたのだ。

同時に、我自身もまた信仰の衰えに心乱していた。

その末に、山に立ち入る者に、呪いの一言を突き付ける荒ぶる神と成り果てていたのだ。


その荒ぶる我の前に、彼の者が二匹の鬼を引き連れ、現れた。

この者の眼差しは、かつての大王の畏れとは違う。

恐怖ではなく、洞察。

畏敬ではなく、理解。

まるで我の力の源まで見透かすような眼であった。


更に、引き連れし二匹の鬼は、恐るべき者である。

我には判る。

かの者らは、この地に古くから根差す地の底の大神の分け御霊に他ならぬ。

何故、そのようなモノが、人に付き従っているのか!?


解らぬ。解らぬが、我が追い詰められているのも事実であった。


「荒ぶる神、この地に住まいし神よ。此れより汝を調伏せん」

「不遜」

「否。荒ぶる汝の在り様こそ、誤りである」


神意宿る一言にも臆せぬこの者に、我は屈した。

言霊が引き起こす嵐や炎に雷も更には絶対の死を齎す筈の告死でさえ、この者に宿る異郷の神の加護を貫く事叶わなかったのだ。

何より、二匹の鬼だ。

その内に地の底の大神の分け御霊を宿すこの者らは、我の仮初に作り出した異形の肉体を容易く引き裂いた。

大柄な男鬼はその無双の腕にて、美しくも恐るべき力を秘めた女鬼は様々な術にて。

その末に、我は力を使い果たし、朧げなる靄にも似た姿に成り果てた。

最早、このまま神でさえも無くなり、消え果てるのか。

その様に覚悟したその時、役小角は我を前にこう告げたのだ。


「加茂の氏族の頼みにより、汝を滅ぼしはせぬ。だが、これより拙の意に背くことなかれ」


それは、使役の宣言であった。

かつてこの地の大王を屈させた我が、今や一介の修験者に従うというのか。


屈辱。

だが、拒めば我はここで消え、忘れられる。

加茂氏の信仰が続けば、いずれ蘇るやも知れぬが、それは我であって我では無かろう。

そして、もし仮に加茂が今以上に衰退したのなら、我は蘇ることなく山の風に消えるだろう。


我は、静かに頷いた。


その瞬間、我は神でありながら。

初めて「生き延びるために選ぶ」という行為をしたのであった。



小角が我を呼べば、我は応じた。

彼の修行の場に風を起こし、雷を落とし。

時に道を示し、時に魔を祓った。


我は確かに使役されていた。

だが、同時に我は再び人の言の葉にて語られるようになり、むしろ力を増している。


「役行者の使う神」

「葛城の山に住む一言主」


語られし様は変質したが、消えはしなかった。

これも神の在り様ではあろう。


だが、同時に未だ不満もある。

かつて大王さえも畏怖した神威と比べ、人より向けられる信仰は役小角を介してのもの。

そこには明確な違いがあるのだ。


故に、我は誤ったのだろう。

役小角が遥か遠き地に流されその目から逃れた時、我自身の意を再び取り戻そうとしたのは。


同時にそこには、加茂の氏族より流れてくる意も含まれていた。

聴けば、都は更に葛城山から離れていくのだという。

そうなれば、加茂は、そして我は衰えること必至。

故に我は、新たなる都となる地に災いを齎そうとしたのだ。



【アキト】


(凄いな。使役されていたのに、此処までの力があるとは)

(凄まじい嵐ですね。これでは、都の建築もままならないでしょう)


藤原京の北方、区画整理が行われているその地で、時ならぬ暴風雨が吹き荒れていた。

突風が土地を区分けする柱をなぎ倒し、雷が建設中の家屋に直撃し火災を引き起こす。

降りしきる雨は地盤や土塁の基礎を緩め、崩していく。


この嵐の中心には、立ち尽くす一つの人影──いや、異形があった。

靄の塊のようなソレは、時に人の姿に、時に獣やもっと変異した異形にと姿を変える。


これこそが、荒ぶる一言主神だ。


今は周辺に何者も居ないが、近づけば一言主が、次々と言霊を発しているのが判るだろう。


「突風」「豪雨」「稲妻」


それは全て周囲で起きている事象だ。

一言主の名の通りに、その言葉は現象となって周囲に巻き起こる。

後に平城京と呼ばれるようになるその場所は、一言主神の荒魂によって荒廃させられようとしていた。



何故一言主がこうも荒ぶっているのか?

その理由は、凡そ判明している。

使役していた役小角が流刑になって、その軛が緩んだこと。

元々荒ぶる神だった為に、再び荒れ狂う可能性は高かった事。


だが何より大きいのは、平城京の建設の決定だ。

やはりこの世界でも、藤原京は恒久の都たりえなかったらしい。

俺の生前の歴史では、文武天皇の時代には建設計画が立ち上がっていたらしいが、この世界でも同様の流れを辿っている。

ただ、各種術の影響なのか、建設の決定と予定地の選定は俺の知る歴史から前倒しされていた。

本来なら次の天皇が建設の勅令を発していた所を、そのまま文武天皇の時代で建設が命じられているのだ。

それを聞いた時は、


(年表の語呂合わせが変わるな……なんと(710)綺麗な平城京と覚えたなあ)


なんて思ったものだ。

だが、遷都となると、様々な思惑が交差する。

その一つが、都のある盆地の南で古くから勢力を保っていた加茂氏だ。


古くからこの地の朝廷の宮殿は、盆地の南側に集中していた。

その中でも、葛城山を中心とした地を拠点にしていたのが、加茂氏だ。

宮殿に近い立地と古くからの権威を元に、朝廷内でも発言力が高かった氏族で、その意思は天皇でも無視できないものであったらしい。

しかし、時の移り変わりとともに朝廷の宮殿は次第に離れ、遂には離れた場所で都が作られてしまう。

こうなると、加茂氏の地盤は政治の中枢から次第に離れ、勢力としても衰えていく。

その危機感が、加茂氏が奉じる神である一言主に流れ込み、荒ぶる神と変えてしまったのだろう。


そして、決定的だったのが今回の平城京の建設だ。

奈良盆地の北側に位置するようになるこの都が建てられれば、政治の中枢は決定的に移り変わってしまう。

その危機感が、使役者の目が離れた一言主を、荒ぶる神へと変貌させてしまったのだ。



だが、それを良しとしない者達が居る。

吹き荒れる突風をかき分けて、嵐の中心へと向かう人影。


山岳を駆け、海さえも修行により踏破する領域に達した彼にとって、この程度の嵐は障害にもならない。


役小角。


朝廷によって流刑にされていた彼は、その朝廷によって許されこの地へと舞い戻っていた。

更に、この天変地異を鎮める様に依頼されたのだ。


(何とも虫の良い話ではありますがね)

(朝廷としては、自前の術者で解決できなかった以上、力ある者に頼むのは道理だろう? 流刑も申し合わせてのものだったわけだし)

(あの神が荒れ狂う原因の一つは、その流刑です。おかげで、姉上が苦労することになっているのですから)


ツクヨミとしては、この件は本来不要な出来事なのだろう。

そんな事件に、同じ使役者に仕える使い魔として、アマテラスがこの件に関わることになるのが不満なようだ。


(スサノオちゃんは暴れられると喜んでいたわよ?)

(弟は大概その調子なので気にするだけ無駄ですから)


相変わらず、ツクヨミはスサノオの扱いが雑だ。

とはいえ、ツクヨミは不満を漏らしてはいても不安を感じてはいないのが伝わってくる。


かつて役小角が調伏した時と比べて、一言主神の荒ぶり様は遥かに凄まじい。

これは、使役者である役小角が内に秘めている魔力が、使役されている内に流れ込んでいた為だろう。

その力はかつて雄略天皇を畏怖させたという頃よりも上回っているはずだ。


だが、悲しいかな。伊豆へと流され、その地で修行した役小角の力は、更に高まってしまっている。


(……もう、役行者は神仙の領域に至って居るな)

(姉上や弟を使役しているのです。その程度は為してもらわねば)


修行の末、伊豆から空を駆け雲に乗って富士山にまで足を延ばせるようになった役小角は、既に人の域を超越してしまっている。

かつて見た、大陸の術者徐福もそうだが、やはりこの日本で修行して極まると、人の枠を超えてしまえるらしい。

ましてや、役小角は大地深くに流れる魔力の奔流に触れた身だ。

こうなるのは必然だったのだろう。


(あ、あっさり調伏されているわ)

(元より姉上と役小角が居るのです。おまけに弟がいれば多勢に無勢というもの)

(元々言霊は効かなかったものな……)

(余りに簡単に調伏されたために、弟は物足りなさそうですが)


一言主の元にたどり着いた役小角一行は、あっさりとかの荒ぶる御霊を鎮めていた。

ツクヨミの言う通りに、多勢に無勢。

むしろ神速の踏み込みで放たれたスサノオの一撃が、一言主に言霊を放つ隙さえ許さずに蹂躙した形だった。

コレは酷い。


ともあれ、こうして平城京となる地の安寧はもたらされたのだ。



その後の話だが、役小角はこの一言主の件を最後に、人々の前から姿を消した。

表向きには、一言主の呪言で命を落とした事になっているが、実際には違う。

神仙に至ってしまった為にこれ以上人の世に居るべきではないと、山に消えたのだ。

この後は、修験の道を歩む人々を影ながら見守っていくのだろう。


この際、スサノオとアマテラスこと前鬼と後鬼の使役も解かれていた。

神仙に至って、スサノオたちの正体を理解してしまったらしい。

もっとも、役小角も一言主と言う神も使役していたことで、ある意味慣れてしまっていたようだ。

驚きも少なく、ただ感謝を述べられたのだとか。

ただこの件に関しては、少し俺から希望を挟ませてもらった。

多分、後々の世で効いてくるはずだ。



そんな調子で日々が過ぎていく中、遂にその日がやってくる。

平城京への遷都を、代替わりした天皇──元明天皇が詔したのだ。


平城京を中心とする時代──奈良時代の足音が、直ぐ近くに迫っていた。

次回、授業回

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