役小角は伊豆に流刑とされるも、様々な伝承を残した
役小角の捕縛という事態に、俺に助言を求めてきたスサノオとアマテラス。
二人は、俺たちにこれまでの経緯を語っていた。
何でも、山での修行を終えた役小角が下山したところ、朝廷の役人が押しかけ、『人心を惑わした罪』として捕らえられてしまったらしい。
スサノオたちやその場にいた弟子たちが咄嗟に役小角を守ろうとしたものの、「手出し無用」という命令で何もできず、そのまま見送ることしかできなかったとか。
そしてその後も役小角は戻らず、どうにも困ったスサノオたちは鬼のアバターから離れて、ここに戻ってきたようだ。
(話を聞く限り、これはただの捕縛ではない)
(そうなのか兄上?)
(ああ、ある意味の見せしめと、朝廷の権威の誇示が一因にあるのだろう)
俺と共に二人の話を聞いていたツクヨミが、そんな意見を述べる。
(見せしめだって!? どういうことだよ!)
(術者の特異な力を国の統制下に置きたいのだろうな。ちょうど大宝律令が発行されたばかりだ)
ツクヨミの言葉は、俺にも理解できた。
文武天皇のもと、律令国家として立つための大宝律令が定められたのがつい最近のこと。
そこには、制度である「令」に加えて、刑罰である「律」も定められている。
朝廷の規範に沿わない者、その意に沿わない者を律で罰するという実例を示すには、ある程度知名度のある存在を対象にするのは理にかなっている。
そして、役小角が開いた修験道とその信徒は、最近大きな勢力となってきていた。
まったく朝廷に従わないわけではないのだろうが、役小角は直接の朝廷の臣下ではない。
だからこそ役小角の捕縛は、他に多くいる市井の術者たちに向けて、「何かあれば容赦なく刑罰の対象にする」という宣言になる。
(ただ、解せないのは、そういう朝廷の意図があるにしろ、役小角自身に捕縛されるような罪を犯している節がなかったことだ)
(そこなんだよ! なんだか急に役人がやってきて、行者様を捕らえたんだ! 妖しの術で人を惑わせた罪とか言って!)
(……行者様は、特に抵抗することなく、そのまま捕らえられてしまったのです)
実のところ、役小角と朝廷の関係は悪くなかった。
俺の生前の歴史では、彼が朝廷に捕らえられたのは大宝律令が発せられる数年前。
この世界においては、大宝律令が施行されるに至っても役小角は捕らえられていなかったため、俺は「そういう方向で歴史が変わったのか」とも思っていたのだ。
だが、時期はともかく、こうして役小角は捕らえられてしまっている。
スサノオたちは、使い魔として常に役小角の傍にいた。
そのため、彼がそんな人を惑わすような真似はしていないことを知っている。
だからこそ、この捕縛に納得がいかないのだろう。
しかし、ツクヨミの見解は違うようだ。
(役行者が開いた修験道は、従来の仏教とは毛色の違うもの。そのため、朝廷の統制下にある従来の僧たちからすると、十分に人を惑わしていると言えます)
(だが、それで迷惑かけたことになるのかよ!)
(目ざわりという意味では、その通りだ。朝廷に仕える者にとって、市井の者が有能であるほどその度合いは強くなる。自らの立場がなくなるのだから)
朝廷も、今は様々な術者を抱えている。
旧来の神道の系統や、急激に勢力を伸ばす仏教の僧たち、易経や道教に通じる五行使いや呪禁道などの道士たち。
そういった者たちにとって、自分たち以外の有能な者というのは商売敵そのものだ。
そして、魔力の奔流に触れた役小角の力は、他と比べて飛び抜けていた。
目の敵にされない理由はないだろう。
(恐らく、そういった朝廷内の術者が、密告などを行ったのではないか?)
(……そういえば、行者様を捕らえに来た中で、見たことがある奴がいたな)
(確か……韓国だったかしら?)
データベースで調べてみると、韓国というのは、あの物部氏の分流筋らしい。
術者の家系で、特に大陸系の呪術──呪禁道を扱うのに秀でているのだとか。
呪禁道というのは、一言でいえばデバフを得意とする系統だ。
例えば一本の剣がある。
呪禁道の術により、この剣を『禁じる』と、この剣は一切切ることができなくなる。
同様に、足を禁じれば歩けなくなり、腕を禁じれば物を持つことも動かすこともできなくなる。
色々と応用が利くこの禁呪は、医療にも活用できた。
つまり、病を禁じて症状を緩和させたり、傷を禁じて出血を止めたりできるのだ。
そのため、朝廷内でも一定の評価をされている。
もっとも、それだけ色々できる代わりに、代償も必要になるらしいが。
(ああ、行者様に術を教えてもらおうとしていたはずだぜ! その時は断られていたけどな、あいつ!)
(もしや、そこを逆恨みされた、とか?)
(……それだけとも思えないな)
俺の生前の歴史を確認してみると、この密告した疑惑のある人物、韓国広足についていろいろと分かった。
官僚としても外従五位下と、殿上人ではないがその手前あたりまで登り、その後典薬頭──医薬・呪禁を統括する役職にまで上り詰めている。
それだけ有能なら、逆恨みからの密告などしないかもしれないが……逆に言えば、周囲を蹴落として上り詰めていたのかもしれない。
(……いや、この世界の場合どうかはまだ分からないか)
そもそも、まだ韓国広足が密告したと決まったわけではない。
それ以前に、今は密告者よりも、捕らえられた役小角の方が問題だ。
(修験道の信徒たちは、今回の件をどう考えているんだ?)
(それが、以前から行者様は自分に何があっても気にするなと……)
(前々から、行者様は自分がいなくなっても良いように、弟子たちに色々と伝えていたみたいなの)
(……そういえば、魔力に触れたとはいえ、役小角は相応の年か)
話を聞いていると、役小角は既に自分がいなくなることを予期していたような行動をとっていた。
魔力の流れに触れたことで、役小角は恐らく人としての寿命は引き延ばされている。
魔力に触れた年齢が相応に年を経ていたため、今のところ見た目で違和感を覚えられていないようだ。
しかし今後も老いていかないとなると、問題も生まれていくだろう。
そのため、何らかの形で姿を穏便に消す方法を考えていた可能性もある。
そして、俺の予想は幾らか的を射ているようだ。
(行者様は、伊豆へ島流しだってよ……)
(だが、全く抵抗する素振りもないし、むしろ自分から申し出ているな)
捕らえられたはずの役小角は、むしろ自分から伊豆に行きたがっているような素振りさえあった。
(……何か意図があるのだろうか?)
(だけど、伊豆だぜ? あんな何もない所に何か用があるっていうのか?)
スサノオの物言いは酷いが、実際この時期の伊豆大島に何があるかと言われれば首をかしげるしかないだろう。
あえて言うなら、火山だろうか?
山岳を神聖視するのが修験道だ。
その上、この世界では魔力と火山は密接に関わっている。
役小角が火山に何らかの意図をもって向かう理由はあるのかもしれない。
いや、もしかしたら……。
(……魔力の流れに触れたせいで、俺の生前の歴史を無意識になぞろうとしているのではないか?)
ふと浮かんだ懸念が、俺の背筋に冷たいものを走らせる。
魔力には、俺の生前の歴史を添わせようとしている節がある。
魔力の流れに触れてしまった役小角が、その影響を受けているのだとしたら、伊豆大島に残る伝承を実現するように、無意識に行動しようとする可能性は否めない。
(いや、まさか……さすがにそこまではない、だろう?)
思わず否定しようとするが、現実は俺を置き去りにして進んでいく。
伊豆大島に流された役小角は、俺の生前の伝承に残る通りに伊豆の洞穴で修行をし始めたのだ。
それどころか、時には海上を歩いたり雲に乗るなどして海を渡り、富士山に登るなど超常的な力を発揮している。
まさしく、伝承の通りに。
その頃には、役小角が捕らえられた真相も分かってきた。
(やっぱり、一種の出来レースだったのか)
要は、権威を示したい朝廷が、幾らか交流のあった韓国広足を通じて役小角に打診した政治劇だったわけだ。
ツクヨミが指摘していた通り、朝廷の律令による市井の術者の統制のため、有名な役小角を捕らえて実例を示した。
役小角としては、無意識に伊豆大島での修行を望んでいたところで当たったため、ある意味渡りに船となる。
同時に、弟子が増えてしまったことで、自分自身の修行がおろそかになっていた自覚があったのだろう。
弟子やスサノオたち使い魔からさえも離れて、純粋に自分の修行に専念できる伊豆という環境は、役小角にとって理想の場だった。
(……後追いで念話が割れていたとは気付かなかったぜ)
(私たち、大慌てだったものね)
ちなみに役小角は、捕らえられた直後にスサノオたちや弟子たちに事情の説明の念話を飛ばしていたらしい。
しかし、弟子たちはその念を受け取れたものの、鬼のアバターから離れていたスサノオとアマテラスには届かなかったため、事態を幾分混乱させる原因になってしまっていた。
結局、二人の勇み足であったわけだ。
そして、その遠島もほんの数年で終わり、役小角は無事に拠点である葛城山に戻ってきた。
何事もなかったかのように。
実際、捕らえられる理由となった『人を惑わせた罪』は罷免されていた。
元々政治的な示威行為でしかなく、また有能な術者との関係をあまり拗らせたくない思いが朝廷にもあったのだろう。
ただ、ここで一つの問題が発生していた。
(参ったな! 行者様が見張っていないと、こうなるのか!)
役小角が拠点としていた葛城山。そこで、ある荒ぶる神が身を起こし始めたのだ。
一言主神。
かつて雄略天皇を恐れさせ、衣服や武具を献上させたという言霊を操る神。
そして、スサノオである前鬼やアマテラスである後鬼と同じく、役小角に使役されるようになった神。
その一言主神が、使役主である役小角不在の間に、その枷から逃れようとしていたのだ。




