古事記と日本書紀にも書いてある
俺達が各地のダンジョンの現状を確認し、おかしなモンスターが出現していないかチェックし終えた頃、宮中では大きく二つの動きが生まれていた。
(ああ、これは面白いですね)
(ツクヨミちゃん? どうしたの?)
(ああ、いえハルカ様。今代の者は、面白い試みを始めたようでして)
(? ……この人たちは何をしているのかしら?)
ツクヨミが表示したのは、とある屋敷の様子だ。
神職らしき老爺の言葉に、官吏らしき者達が耳を傾けて、何やら書き綴っている。
(過去の出来事をまとめ、歴史書等にしているようです。これまでは口伝として残されるものが多かったものを、しっかりと記録として書におきかえているのですね)
(……ああ、なるほど。もうそんな時期なのか)
(アナタ、それってどういう……?)
(いや、感慨深いと思ってな。これが、古事記を編纂している様子なんだな)
そう、映し出されている光景は、後々にまで伝えられる書、古事記の編纂の様子なのだ。
【編纂者たち】
薄闇の書庫は、夜ごとに声と墨の匂いで満ちていった。
「皇統の理を示す書を編纂せよ」
天武天皇の勅命は重く、そこに集った者たちの顔には疲労と決意が混じる。
この場は、ある種の戦場であった。
過去の言葉を弓矢とし、将来に向けて放つ大偉業となるであろう。
中心にいるのは、節回しで伝承を暗唱する稗田阿礼と、その語りを文字に定着させる太安万侶。
だが彼らの周囲には、ただ二人だけではない。
出雲から来た老翁、吉備の若き記録者、紀の里の語り部――各地の古を知る者達が集い、過去を記載する者の周りで交差していた。
稗田阿礼は語るとき、単なる事実の列挙をしない。
彼の声は歌になり、歌は比喩をまとい、聞く者の胸を震わせるのだ。
一方で出雲の語り部や吉備の長は、その祖たる者達の偉業を誇った。
「大国主の御業は、我らが田を肥やし、里を富ませたもうた」
「我らの祖は、岩屋に在りし者を打倒したのだ」
太安万侶はそれらを聞き取り、節を整え、語順を選び、豪族の誇りを損なわぬように配慮しつつ、皇室の系譜へと慎重に繋げていく。
時には神降ろしが為され、神々そのものからの言葉さえも記してゆく。
その言葉にはいささか怪しげな部分も多いが、貴重な言葉には間違いない。
議論はしばしば熱を帯びた。
ある夜、紀伊からやって来た老翁が声を荒げ、その祖の威を叫んだ。
「我らの祖は朝廷より先にこの地を治めた。名を残せ!」
「名は残る。だが名が皇の前に跪く形であれば、民は安んじるであろう」
稗田阿礼は微笑みながら応じた。
太安万侶は筆を止め、墨の濃淡でその落とし所を探し、示してゆく。
彼らは豪族の名を単に列挙するのではなく、物語の中で光らせ、同時に皇権の周縁へと導く術を知っていた。
編纂は創作と編集の綱渡りだ。
豪族の英雄譚を取り込みすぎれば年代は過去へと伸びて行き、史実の時間軸は後退する。
だが稗田阿礼はそれを恐れない。彼は言葉の力を信じていたのだ。
「長く語られたものは、真実よりも説得力を持つであろう」
この言葉は、彼の信念であり、彼らの武器でもあった。
太安万侶は時にため息をつき、時に笑い、言葉を磨き上げてゆく。
彼らの筆は政治の道具であり、同時に詩の筆でもあり、同時にこの上ない誇りの表れであった。
夜が更けると、語りは神話へと生まれ変わっていく。
出雲の大国主はただの豪族ではなく、国土を治める神のように語られ、吉備の長は鬼を打倒せし英雄譚へと膨らんでいった。
太安万侶はその膨張を受け止め、語りの端を皇室の祖先譚へと縫い合わせていくのだ。
語り部たちの実名は物語の中で灯火となり、その灯火はやがて皇の系譜を照らす大きな光へと変わっていった。
ある夜、稗田阿礼は杯を掲げて呟く。
「後の御世に、我らの語りが皇の盾となるなら、それでよい」
「言葉は時を越える。今、我らが紡ぐ言葉が、百年、千年の後に誰かの心を支えるだろう」
太安万侶は墨を摺りながら答える。
その言葉は静かだが確かで、書庫の空気に深く沈んでいった。
こうして彼らの手によって、『古事記』はゆっくりと紡がれていく。
別の屋敷では、漢文の紙が整然と積まれ、筆致は冷たくも厳格だった。
舎人親王が主導し、藤原不比等や漢学に通じた書記たちが集う。
彼らの目は常に外を向いている。
「大陸の史書に倣い、我が国を『秩序ある国家』として示せ」
天武天皇の勅命のための体裁を整えること――それが彼らの使命だ。
白村江の戦いにて勝利し、百済の再興は成った。
だが、それだけでは大陸の者からして、我らが国が武辺に頼る野蛮なものとして映りかねない。
であるならば、対外的に我らが国は理知あるものとして主張するための武器が必要である。
その為の、大陸向けの正史──『日本書紀』の編纂。
それこそが、彼らに課せられた使命であった。
会議は論理と注釈の応酬である。
舎人親王は系譜の一行一行に意味を見出し、藤原不比等は政治的な配慮を忘れない。
若き漢学者が、出雲や吉備の逸話をどう扱うべきか問うと、舎人親王は冷静に答えた。
「逸話は記す。ただし、年代を付し、注を添え、外の国が読んだときに我が国が一貫した国家に見えるようにせよ」
「豪族の名は記すが、国家の正統性を損なわぬ位置に置く。必要ならば系譜を整理し、強調すべき血筋を明確にするのだ」
藤原不比等はさらに付け加え補強した。
漢文の書き手たちは、言葉の節度と論理の整合性に神経を尖らせる。
神話は情緒を帯びるが、ここでは学術的な注釈と年代付けがそれを包み、正史へと生まれ変わらせる。
舎人親王は夜明け前の書斎で、漢文の一行一行に未来の外交を思い描きながら筆を進めた。
彼の筆は冷たいが、その冷たさの奥には国を守る熱がある。
外の使節がこの書を手にしたとき、我が国は軽んじられぬ存在として映るだろう――その確信が彼らを動かしていた。
内部の葛藤は、もちろんあった。
ある日、藤原不比等は豪族の系譜を整理する案を示した。
ある豪族の名を上位に置けば、別の豪族の面目が潰れる為、舎人親王は慎重に言葉を選んでゆく。
「歴史は事実であると同時に、政治である。だが我らは学者でもある。事実を歪めず、しかし国家の体裁を守る方法を探せ」
若き漢学者はその言に頷き注を付けた。
矛盾を示しつつも全体の筋を揺るがせないように文章を整えていくのだ。
日本書紀の編纂は、事実の選別と体裁の整備の連続だ。
豪族の逸話は必要に応じて取り入れられるが、年代と注釈によって秩序づけられ、国際的な信用を得るための顔として磨かれてゆく。
舎人親王は、漢文の行間に国家の顔を描き、藤原不比等はその顔に政治的な表情を与えた。
彼らの筆は外交の道具であり、同時に学問の道具でもある。
それを彼らは何よりも誇りとしていた。
ある朝、舎人親王は窓の外の朝霧を見つめながら呟く。
「……我らの書が、外の国の学者に読まれ、尊重される日を見たいものだ」
その言葉は静かだが、確かな決意を含んでいる。
彼らは後世の学者や外交官がこの書を手に取り、我が国の歴史を理解するための道具を作っているのだと自覚していた。
稗田阿礼と太安万侶、舎人親王と藤原不比等。
四人の名は異なる屋敷で囁かれ、しかし同じ時代の空気を共有している。
古事記側は語りの力で内向きの説得力を築き、日本書紀側は漢文の体裁で外向きの信用を整える。
両者は手法も語り口も違うが、根底にあるのは同じ情熱だ――この国を安定させ、未来へと繋ぐ言葉を残すこと。
交流は断片的だが確かにあった。
幾らかの矛盾や差異はあっても、大筋に齟齬があるべきではない。
太安万侶が舎人親王の漢文の系譜を目にしたとき、彼はその冷静さに敬意を抱く。
舎人親王が稗田阿礼の節を耳にしたならば、彼もまた語りの力を理解しただろう。
ある書簡には、舎人親王が古事記の一節に触れ、注を付すよう求める文があった。
太安万侶はその文を読み、語りの温度と漢文の冷たさが互いに補い合う可能性を感じる。
矛盾は避けられない。
古事記は豪族の名を生々しく残し、物語を膨らませることで皇権の神授性を強める。
日本書紀は年代と注釈で秩序を保ち、外に示す「正史」を作る。
だがその矛盾こそが、後世に残る多層的な歴史像を生む。
語りの情緒と漢文の整然さは、互いに反発しつつも補完し合い、やがて一つの複雑な歴史像を形作った。
ある夜、四人の名が同じ杯の席で語られることはなかったが、彼らの筆跡と声は時代を越えて交差する。
太安万侶の墨の濃淡、稗田阿礼の節回し、舎人親王の漢文の整い、藤原不比等の冷徹な計算――それらはすべて、やがて一つの歴史像を形作るための素材となった。
彼らは自分たちの名を歴史に刻むことを望んだわけではない。
ただ、この国が安定し、外に恥じぬ姿で在ることを願って筆を走らせたのだ。
【アキト】
(古事記にも書いてある、とは言うけれど……その古事記はこうして書かれて居たんだな)
語り部と編纂者たちの熱意ある様子は、時に鬼気迫っていた。
なるほど、これだけ熱意をもって書かれたなら、権威として長く残るのも頷ける。
同時にその編纂の様子から、考古学的な年代と記紀での年代の差が生まれた理由も何となく理解できた。
(各地の豪族の逸話を、皇家の流れに組み込む場合、現状の天皇の代を起点にして過去に伸ばしていくしか無いよな)
各豪族の様々な逸話を、神授の王権の権威の補強として組み込んでいく流れは理解できる。
例えば、ギリシャ神話辺りが参考になるだろう。
各地の都市国家が、政治的な観点で主神であるゼウスとの関わりを持たそうとした結果、かの雷神は各地に子を残したことになってとんでもない女好きにされてしまった。
神であればそんな形で浮気性にしてしまえばいいが、皇家の系譜として組み込もうとするなら、過去に伸ばしていく形にせざるを得ない。
(ねえ、アナタ。ワタシ達の事もここに書かれているのかしら?)
(ああ、一応そうみたいだな。こんな名前を名乗った記憶はないが……)
そして、いつの間にか俺とハルカも、この二つの書に古の神として加えられていた。
根乃国比古命に、根乃国比売命。
この国の根となる大本の神、そんな風に認識されているらしい。
特に俺の側は、根乃国大神などとも呼ばれているのだとか。
正直に言えば、何時の間に? と言う気分である。
名乗ったつもりもないのだが、描写的には明らかに俺達だ。
(……俺の名前が古事記と日本書紀にも書いてある)
(何それ?)
(いや、言ってみただけだ)
思わず戯言をほざいてしまうが、それは余談だ。
まだまだこの二つの書、記紀の完成は遠い──次の時代にまで届いてしまうだろう。
それでも熱意をもって編纂にいそしむ者達の様子は、俺にとって眩しく見えたのだった。
某レイドを走りつつ何とか更新できました。




