奥州藤原氏は一度は源義経を庇護したものの、鎌倉からの圧力に屈して彼を害したとされる
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魔力の流れの中の領域に、一つの光景が映し出されていた。
炎上する館と、その前で奮戦する巨躯の勇士。
その全身にはまるでヤマアラシのの針のように、矢が突き立っていた。
(……あれが、弁慶の立ち往生か)
多勢に無勢と言う言葉が、これほどに合う戦場も、他にないだろう。
炎上しているのは、衣川館。
あの源義経が、家族と僅かな家臣と共に過ごしていた館だ。
源平の合戦で活躍した名将にして、悲劇の判官。
彼とその家族のささやかな幸せは、炎上する館と共に燃え尽きようとしていた。
(どうして、こんな事に……)
俺と同じ光景を見ているハルカが、口元を抑え絶句している。
その隣ではアマタもまた、悲しげな瞳で炎上する館を見つめ続けていた。
(……俺の知る歴史通りと言えば、それまでなのだろうけどな)
弁慶と共に戦っていた、他の義経の家臣たちは、既に倒れ伏している。
辛うじて命ある者も、もう長くはないだろう。
そして、誰よりも多く矢を受け、およそ致命傷としか言いようのない傷を負ってもなお、弁慶は奮戦を続けている。
振るう長刀の衝撃は、放たれる矢の殆どを館に届かせない。
そして攻め手である藤原泰衡の軍は、その勇猛さに近づくことが出来ないでいた。
しかし、全てを防ぐことはできず、火矢の何本かが館に突き立ち、炎上を許してしまっていた。
弁慶自身もまた、雨の様に放たれた矢によって射抜かれ、遠からず命を落とすだろう。
それでも彼は忠義を捧げた主君、義経の為に、この地で全ての力を出し尽くそうとしている。
(……やはり、泰衡はその選択をしたのか)
未だ続く戦いを見ながら、俺はこの戦いに至るまでの経緯、そしてその意義について考えていた。
奥州にたどり着いた義経は、かつて過ごした奥州に入り、藤原氏によって保護されるに至っていた。
義経をかくまった藤原秀衡は、以前からの縁もあったとはいえ、朝敵とされた彼をよくかくまったものだと思う。
彼に衣川館を与え、家臣も付け、厚遇したのだ。
ただ、単なる善意による保護ではない。
恐らく、義経と言う源氏本流であり、実績のある将を抱える事で、鎌倉に対しての牽制や、奥州の独立性を保とうとしたのだろう。
更に言えば、奥州での源氏の人気は言うまでもない。
そして源平の合戦で勝利した義経への、奥州の武士たちからの評価も恐ろしく高い筈だ。
その状況で、奥州藤原氏を頼った義経を無下に扱っては、奥州の支配も揺らぎかねないという事情もあったに違いない。
何しろ、義経はあれほどの活躍を示したというのに、朝廷は彼を見放し、実の兄からも敵視されたのだ。
これほど悲劇的な将も他に居ないだろう。
だから、義経が奥州まで逃れる際に、多くの人々が朝敵である彼を見逃し、時には手助けしたのだろう。
俺の生前の歴史で語られる、『判官贔屓』というものが、どういう物であったかこの目で見る事が出来た。
能の演目で言う『安宅』、歌舞伎で言う『勧進帳』で描かれた、加賀国の安宅の関所での場面も、目の当たりにしたのだ。
(よくよく調べたら、俺の生前の歴史ではあくまで伝説や伝承の範疇で、実際には怒らなかったようだが……)
俺の認識のせいなのか、この世界では実際に弁慶の演技や起点による関所の突破は起きてしまった。
似たような事は他でも起き、義経と言う悲劇の将を、この時代に生きる人々がどのように見ていたのかもわかった出来事だった。
だが、一方で変わらなかった事も多い。
藤原秀衡の死もその一つだ。
義経を保護してからさほど時を置かずに、秀衡はこの世を去っている。
後を継ぐ泰衡に、『義経を大将として頼朝に対抗せよ』と言い残して。
しかし、代を代わったばかりの泰衡は、先代である秀衡の遺言を守る事が出来なかった。
そもそも、東国の源氏人気を言えば、頼朝も同じ源氏なのだ。
朝廷さえもその威で従わせた形の頼朝は、長年朝廷からおざなりにされてきた形の奥州の武士達にとって、胸のすくような存在だった事だろう。
その頼朝が義経をかくまったことに対して、奥州を非難している。
この事実が、奥州の武士団を、義経擁護と頼朝に従う二つに分裂させる結果となっていた。
平氏と源氏の争い、その果てに生まれる武家政治の始まり。
義経の死は、頼朝が全国に守護地頭を置いた名目を果たす為にはある意味必須だ。
彼と彼を庇護する奥州藤原氏は、頼朝にとって目障りである事には間違いない。
しかし同時に、いざ戦いとなると源平の合戦を勝利に導いた義経の軍略は、脅威であるのは間違いなかった。
その事実から、鎌倉も藤原氏を非難こそするものの、積極的には動いてはいなかったのだが……。
(下手に動かなかったのが、圧力だったのかもしれないな)
結局、泰衡は俺の知る歴史通りの選択をする。
つまりは、先代の遺言に背き、こうして衣川館を急襲したのだ。
不意を打たれた形の義経達は、僅かな家臣が奮戦したものの、館には火がつき、こうして燃え落ちそうになっている。
(とはいえ、既に俺の知る歴史とは違う流れ……いや、これも俺の認識の影響か?)
視線を別方向に向けると、そこには別の場面が映し出されている。
魔力の領域に映し出される映像は、一つだけではなかったのだ。
衣川館から僅かに離れた山中。
そこには、密かに逃されていた義経とその家族の姿があった。
(義経生存説、か。流石に大陸に渡るかはわからないが、な)
俺の生前の伝承で、義経は密かに衣川館から生き延び、どこかに逃れたのだというものがある。
北に逃れたとか、更に大陸に渡ったという話、果ては更に内陸部に向かい遊牧民の長になったという物まであった。
ただ、流石に大帝国の祖となる話は、この世界では成立しない。
既にあの大帝国の祖となる人物の存在を、俺は掴んでいるのだから。
それでも、義経とその血統が生き延びるというのは、多分大きな出来事だ。
今後の歴史に幾らか影響が出る可能性はあるだろう。
別にそれは良いのだが……。
(こちらから干渉する気は無かったのにな)
(弟は元より武人を気に入る気風ですから、ああなっても仕方ないかと)
俺と同じ映像を見ているツクヨミが言うように、山中の映像には義経の家族を見守る様に幾つかの影がある。
神仙の域に至った阿弖流為と、彼に誘われた田村麻呂。
そして、試練の鬼であるスサノオだ。
何故スサノオ達が義経達を助けているかと言えば、とある縁による。
それは、鞍馬山の天狗だ。
試練の鬼として方々をうろつくことがあるスサノオは、義経の師となれるような天狗ともある程度交流があった。
まあ、一言で言えば喧嘩友達と言うべきか。
スサノオは、人の中にめぼしい者が居ない時代に、天狗のような怪異の類ともやり合っていたのだ。
そして最近スサノオは、その天狗から弟子である義経の苦境に対して一度だけでいいので手助けしてやってほしいと頼まれたらしい。
どうやら天狗も棲み処である鞍馬山以外にはあまり離れられないらしく、自分が動けない為にスサノオに託したのだろう。
一方で、奥州には神仙の域に達した阿弖流為も居る。
こちらは、義経が奥州で育っていた頃に密かに目を付けて気に入っていたらしく、動向を見守っていたらしい。
その為今回の泰衡の動きを察知した阿弖流為は、田村麻呂を誘い義経を助けようと動いていたようだ。
(だから、本来は家臣たちも生き延びようとすれば、生き延びられた筈だが……アレも忠義か)
(ええ、館が無抜けの殻では、追手を差し向けられます。だから、館にまだ誰かいるとして、家臣が奮戦する必要があった)
家臣たちへの俺の見解に、ツクヨミが冷静に解説する。
実際、家臣たちの一人は、身代わりになるつもりなのか、義経の鎧を身に着け、自決までしている。
周囲に可燃物も多く配置しているため、このまま館が燃え尽きれば、そこにあるのは黒焦げの死体だけ。
そして義経とその家族は生き延びる事が出来る。
(……思いもよらない形で血が残るのは義経も、そして平氏も同じようだな)
(流石に、平氏の側は訳が分かりませんが)
まあ、ツクヨミの言いたいこともわかる。
壇ノ浦の海の底で起きた事は、俺からしても完全に想定外だったのだ。
(まさか、もう近海の海底でも、魔力が神を生み出すほどになっているとはな)
そう、壇ノ浦の海底だが、そこには既に神と言える存在が潜むほどになっていたのだ。
その神……海の神は、海底に沈んでいく安徳天皇と三種の神器である剣を抱え、海底の神域……竜宮城のような海底宮に彼と何名家の平氏を保護したのだ。
(……記紀によれば、帝の血筋には海神の血が流れていることになる。延々と皇家への信仰が為されて居れば、海の神が顕現して帝を保護しようとするのも道理、か?)
俺の疑問はともかく、そういう経緯で平氏は生き延びている。
これも後の時代に何らかの影響を与えそうな気がするが、正直に言って何とも言えないところでもあった。
(……ただ、一つ確かなのは、奥州藤原氏はこれで窮地に陥るという事だな)
どんな理由があるにせよ、泰衡は悲劇の将である義経を裏切ったのだ。
そして、頼朝は俺の知る生前の歴史においても、義経を討った奥州藤原氏を非難し、大軍を以てしてこれを殲滅。
完全な全国支配体制を確立することになる。
その先に待っているのは、武家政権である鎌倉幕府だ。
そう、平安時代が終わり、鎌倉時代の到来する。
(もっとも、まだ完全な支配体制のか確立と言うには、もう一波乱あるのだろうな)
映像の中、遂に弁慶が動きを止めた。
伝承通りに、激しい戦闘の末に、立ったままこと切れている。
その背後で、衣川館を包む炎が、天に迄届きそうな程激しく燃え盛っていた。
それは、長い平安時代の終わりを嘆くかのようであった。
平安時代編終了。
間章を入れつつ、鎌倉時代編へ……
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