貞観大噴火にて、古湖『剗の海』は西湖と精進湖に分断された
富士山が噴火した。
(……大分規模を抑えたつもりだったが、かなりの被害が出ているな)
平安時代初期に起きた、富士山の大噴火。
所謂、貞観大噴火というやつだ。
俺は、魔力の領域内で、その様子を観測していた。
貞観大噴火は、864–866年に富士山北西斜面で起きた割れ目噴火だ。
噴火は朝廷の記録で、『火炎高二十許丈』と記されるほど噴煙と火柱が高く立って、空は濃い黒煙で覆われた。
雷鳴のような轟音が断続的に響いて、まるで地獄のような有様だったようだ。
更に、かなりの震度の地震が、少なくとも三度は起り、地面が大きく揺れて山腹が崩落。
噴火前後には雷電・暴雨・濃霧が伴い、視界はほとんど失われたとされている。
噴煙はもうもうと空に立ち上る中、北西斜面の割れ目から流れ出した溶岩は北西麓を長く覆い、古湖『剗の海』を厚い溶岩と火砕物で埋め尽くした。
湖水は熱湯化し、魚や亀は大量死、漁村や家屋が溶岩・土砂で埋没したとある。
地質調査で、この時のこの溶岩堆積が、現代で言う西湖・精進湖や青木ヶ原の起源であると示しているほど、富士の地形を大きく変えた大噴火だ。
(とはいえ、地球環境を激変させるような破局噴火では無いんだよな……)
確かに、この噴火での被害は大きい。
富士北西にかつて存在していた『剗の海』と呼ばれた湖は溶岩で埋め立てられ、西湖と精進湖という二つの湖になった。
付近の村落は溶岩の下に消え、人的被害も深刻だ。
それでも、それは局所的な被害に留まる。
被害の大半は、北西部の割れ目から流れ出た溶岩によるものだからだ。
噴煙も火柱も高く上がったものの、噴煙の規模は深刻なものではなく、地球の環境そのものへの影響は、少なかった。
とは言え、噴火は噴火であり、俺が本来対処すべき問題である。
(……丁度、現世生活を終えた後だったから、タイミングが良かったというべきかな)
魔力の流れの中で観測する噴火の様子は、俺の生前の記録のものからすると、全体的な規模が縮小されていた。
勿論、俺が対処しているからだ。
現世で過ごしていた俺が、どうしてこうして噴火に対処できているのか?
それは単純な話で、現世生活を円満に終えた為だ。
そもそも、今回の現世での生活は、ツクヨミが主となった小野家に仕える形での事だった。
ツクヨミ、つまり小野篁が年若い頃から、成人した下人として仕えていた俺とハルカ、そしてその子としてのアマタ。
その篁は、噴火の十年ほど前に、他界している。
写し身が病に罹ったことで、現世生活は十分に過ごしたとして、ツクヨミが現世生活を終えたのだ。
その流れで、彼に仕えていた形の俺とハルカも、郷里に帰り余生を過ごすという名目で、現世での生活を終える事にした。
今現世に留まっているのは、小野小町として過ごすアマテラスと、親である俺の後を継ぎ、下人頭として過ごし始めたアマタの二人。
この二人は、もうしばらく現世で過ごすだろう。
現世、特に京の都は、藤原氏が権勢基盤を固めている最中だ。
多少の事件は起きるものの、大きな戦乱には至らないはずで、公家とその下人として平穏に過ごすなら問題ない筈。
そんな形で、意識をダンジョンコアに戻した俺達だが、直ぐに地下の異常を察知することになった。
(各地で、地震が頻発しているな。地下の活動が活発になっている証拠か)
(そのようで。富士の地下は特に。恐らく、遠からず噴火に至るかと)
俺やツクヨミがコアに意識を戻す前、ツクヨミこと小野篁が隠岐から都に戻って来た辺りで、伊豆地方で大きな地震があった。
他にも、越中越後でも大規模な地震が起きていて、山崩れなどの地形が変わるような被害が起きている。
これ等の流れから、俺達が警戒を強めていた中、富士の地下が活発な動きを見せるようになった形だった。
とはいえ、コレは俺にとって良い機会でもある。
(壷中天の術や他のコアの機能で、どれほど噴火の被害を抑えられるか、それを確認できるいい機会だ)
(それは確かに……試金石としては妥当と言えましょうな)
(あとは、お告げで避難を促す事も出来るわね)
海外の破局噴火を起こす可能性がある火山の地下に、俺は壷中天の術で溶岩の逃げ道になる空間を作っていた。
他にも、地下からせりあがってくる溶岩を、地上に上がる前に魔力に変換して噴出量を抑える事も出来るはずだ。
実際、この噴火をどの程度の規模で抑えられるのか?
それ次第で、各地の地下の備えも見直す必要があるかもしれない。
そしてこの世界なら、ハルカが言うように神からのお告げが現実的な警告として力を持つだろう。
溶岩の下に沈むという村々にも、大なり小なり神社や寺はある。
神職や僧に、神や御仏からの警告と言う形で人々を避難させれば、人的被害は最低限に抑えられるはずだ。
そんな風に考えていると、イザナギとイザナミ夫妻も、俺達の元にやって来た。
(アキト様、どうやらこちらも近く噴火の恐れがあるようで)
(そこは……大陸、朝鮮のあそこか)
彼らには、海外のコアを相変わらず任せているのだが、同様に噴火の兆候が地下で起き始めているらしい。
場所は、朝鮮半島の白頭山。
調べてみれば、此方も俺の生前の歴史において、この時期に噴火を起こしていたらしい。
地質学的に、北海道や東北北部で、この噴火によるものと思われる火山灰の層が存在しているとか。
(……そっちも、同様に対処してみてくれ)
(心得ました)
とは言え、今の地下の状況からすると、富士山の噴火の方が早い。
まずは富士山の噴火の対処をしてから、そのフィードバックを他に生かすべきだろう。
こうして俺達は、貞観大噴火に向けて、動き出したのだった。
そして、今に至る。
記録にあるように、富士山は高々と炎を上げ、北西の山肌が避け、溶岩が溢れ出している。
とはいえ、その規模はかなり抑えられていた。
(やはり、地下に溶岩の逃げ道を作ったのは正解だったな)
(でも、直ぐに一杯になっちゃったわ)
溢れ出した溶岩は、確かに『剗の海』と呼ばれる湖に届いていた。
しかし、壷中天の術で、あらかじめ用意した溶岩の逃げ道にかなりの量流れ込んだためか、辛うじて西湖の部分が切り離されたのみで、大部分が残されていた。
伝承では、湖全体が沸騰したとされているものの、これではそこまでの熱量とはならないだろう。
(噴煙も高いには高いが……勢いは弱いな)
(これでも十分、火山灰は降る事でしょうが……)
(まあ、何とか不作で収まるんじゃないだろうか?)
記録では、噴煙によって暗闇が広がったとされているものの、空を完全に覆いつくす程でもない。
そして、流れ出した溶岩の先にあった村々からは、既に人の姿は消えていた。
既に、避難していたのだ。
(……中には、家から離れがたくて残ろうとした人もいたみたい)
(まあ、無理も無いな)
相応に被害を抑えて、流れ出る溶岩の量も、半分以下になっているはずだが、それでも消える村はあった。
そういった村の人々は、高台に逃げるなどして噴火の様子を見守っている。
その視線の先で、溶岩が彼らが棲んでいた村に迫り、焼き尽しながら押しつぶしていく。
沈痛な悲鳴があがり、思わず炎の中に消える村に走り出し、取り押さえられるものの姿もあった。
(………)
(アナタは、手を尽くしたわ。あなたが気に病むことは無いのよ?)
(……わかってはいるが)
(本来なら、あの人たちは、何もわからずに死んでいた事を忘れないで)
ハルカがそう告げてくる。
いや、俺にもわかっているんだ。
何もしなければ、彼らは嘆く間もなく死んでいた事だろう。
神の警告も無く、避難も出来なければ。そして規模が縮小されて居なければ。
だが、全ての被害を完全に抑えなかったのは、俺の判断だ。
俺なら、やろうと思えばできたかもしれない。
コアの機能をフル稼働させ、せり上がってくる溶岩の一切を魔力に変える。
もしくは、全ての噴火を、火口の直下に壷中天の術の別天地を作って、全ての噴火の被害をその中だけに留める事も……。
(……いいや、分かってる。流石にそれは無理だった)
地下から供給された溶岩の量は膨大だった。
その量が膨大であるからこそ、火山はその圧に耐え兼ねて噴火するのだ。
多少逃がした所で、その規模をこうして抑える事しか出来ない。
むしろ、それを成せた事こそ誇るべきなのだと。
(とはいえ、慣れたらいけないんだ。こういうのは)
(……そうね。そういうアナタだからこそ、この役目を任されたのだと思うわ)
(さて、そこはこの世界の担当仏の思惑だからな……)
ハルカの慰めにも似た指摘に、俺は苦笑する。
それに、この噴火はまだ始まったばかりだ。
(記録によると、三年近くこの活発な状態は続くらしい。まだまだ気は抜けないな……)
(そうね。本当は、アマテラスちゃんがいてくれたらよかったのだけど)
(本当に困ったときは、手を借りるさ。それに、手は一応足りるはずだ)
小野小町として今を生きるアマテラスは、まだまだ現世で過ごす気だ。
そこを呼び戻すのは忍びない。
それに、手と言うなら俺とハルカ、ツクヨミの他にも居る。
(確か、田村麻呂もそろそろコアの機能になれたはずだし、手伝ってもらおうか)
(……スサノオちゃんは?)
(スサノオに、身体を動かす以外の繊細な作業を任せるのは……未だに心配になる)
(さ、流石にそろそろ大丈夫じゃないかしら?)
田村麻呂はともかく、スサノオに関しては、どうしても気性の面で繊細な作業を任せようとすると不安になる。
とは言え、経験を積ませないのも拙いか。
(……そうだな。田村麻呂っていう弟子が見ているなら、スサノオもやる気を出すかもしれないな)
もっとも、やる気を出し過ぎて空回りする危険性もある。
それらも含め、一度任せてみるのも手だろう。
(……白頭山の噴火の調整は、スサノオと田村麻呂に任せてみるか)
そんな事を想いながら、俺達は噴火の規模調整を続けた。
壷中天の術の中に流入する溶岩を、一通り貯めては魔力に変換し、その変換した魔力を使い術の規模を拡大する。
遠い都の動きを僅かに気にかけながら、俺達はコアに宿る意思としての務めを果たし続けるのだった。
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