藤原良房は、人臣として初めて、太政大臣と摂政に就任した
ちょっと早めですが、投下。
【藤原良房】
先の変から、幾年月が流れたでおじゃろうか。
麻呂は、静かに権力の基盤を固めておじゃった。
急ぐ必要は無く、流れにままに。
焦れば、足元を掬われるでおじゃる。
ゆっくりと、しかし確実に……それが、麻呂の流儀でおじゃった。
先の変にて橘氏と伴氏を排除した後、朝廷内での麻呂と北家の立場は、揺るぎないものとなっておじゃった。
しかし、それだけでは足りぬでおじゃる。
権力とは、常に磨き続けねば曇るものなのでおじゃるからの。
そして、遂にその時が来たのでおじゃる。
先の変にて皇太子とした道康親王が、帝として即位されたのでおじゃる。
その御名は、麻呂にとって特別な意味を持つでおじゃった。
何故なら、この帝の即位こそが、麻呂の権力を一段と高めたからでおじゃる。
麻呂が支持し、麻呂が皇太子とした御方が、今や帝でおじゃる。
その意味するところは、明白でおじゃった。
朝廷内での麻呂の発言力は、誰もが認めざるを得ぬものとなったのでおじゃる。
しかし、麻呂はそれでも満足せぬ……いや、してはならぬ。
次の一手を、既に打っておったのでおじゃる。
麻呂の娘、明子を、文徳天皇の妃としたのでおじゃる。
「良房殿、これは……」
「帝の御傍に、麻呂の娘がお仕えする。それの何が問題でおじゃるか?」
ある公卿が、驚きの声を上げた。だが、麻呂は平然と答えておじゃる。
「いや、問題というわけでは……ただ、これは前例が……」
「前例など、作るものでおじゃる」
麻呂の言葉は、断固としておじゃった。
そして、それを覆す者は、誰もおらなんだ。
明子は、やがて男子を産んだ。
惟仁親王。
麻呂の孫でおじゃる。
(これで、麻呂は帝の外戚となった)
麻呂は、内心で満足した。
外戚とは、古来より強大な力を持つ立場でおじゃる。
帝の母方の一族として、朝廷に大きな影響力を持つ。
それが、今や麻呂のものとなったのでおじゃる。
更に、麻呂は更なる一手を打つ。
惟仁親王を、皇太子としたのでおじゃる。
「良房殿、これは早すぎるのでは……」
「早すぎる? いいえ、これは当然のことでおじゃる。惟仁親王は、帝の御子。皇太子に相応しいお方でおじゃる」
再び、とある公卿が懸念を口にしたものの、麻呂は冷ややかに笑ったものでおじゃる。
「ですが、まだ幼く……」
「幼いからこそ、早くから帝としての教育を施すべきでおじゃろう。何か問題でも?」
麻呂の言葉には、有無を言わせぬ力があった。
異を唱えた公家も口をつぐみ、反対する者は、いなくなったのでおじゃる。
こうして、麻呂は帝の外戚としての地位を確固たるものとしたのでおじゃる。
同時に、太政官の上席を占め、朝廷の政務を主導して、実務的支配力を強めたのでおじゃる。
朝議での麻呂の発言は、ほぼそのまま政策となり、誰も麻呂に逆らえぬ。
いや、逆らう理由がなかったとも言えるでおじゃろう。
麻呂の政策は、概ね妥当なものであったからでおじゃる。
妥当な政策にあえて異を唱えるとなれば、それは己が無能を晒すも同じでおじゃるからの。
(権力とは、正しく使えば、誰も文句を言えぬものなのでおじゃる)
麻呂は、そう確信しておった。
やがて、麻呂は太政大臣に任じられた。
人臣として初めて、この最高位に就いたのでおじゃる。
「太政大臣……藤原良房」
その宣言を、麻呂は静かに頭を下げ受け入れた。
されど内心では、歓喜が渦巻いておじゃった。
(遂に、ここまで来たでおじゃる)
これは麻呂だけの栄誉ではおじゃらぬ。
藤原北家の隆盛。
これこそは、麻呂の生涯をかけた目標でおじゃった。
そして、今やそれは現実のものとなったのでおじゃる。
しかし、運命とは皮肉なものでおじゃった。
文徳天皇が、突然の病に倒れたのでおじゃる。
「帝が……病に?」
その知らせを聞いた時、麻呂の脳裏に、一つの疑念が過ぎったのでおじゃる。
(これは、自然の病なのでおじゃるか……?)
麻呂は、すぐに信頼できる者たちを呼び寄せ、命じた。
「帝の病について、詳しく調べるのでおじゃる。医師たちから、症状を聞き出し、そして……」
麻呂は、声を潜めた。
「呪詛の痕跡がないか、確かめよ」
「……っ!」
側近たちが、息を呑む。
されど、麻呂は冷静でおじゃった。
朝廷の闇は、あまりに深い。
かつて麻呂自身も、何度も呪詛に襲われたことがあるのでおじゃる。
朝廷の核にして、麻呂の政治の手中たる帝が呪詛の標的となっていても、不思議ではないのでおじゃる。
「承知いたしました」
側近たちは、密かに調査を開始した。
帝の周辺を探り、怪しい術師の出入りはないか、不審な呪物はないか、全てを調べ上げたのでおじゃる。
しかし……結果は空振りでおじゃった。
「良房様、呪詛の痕跡は、見つかりませんでした」
「……さようか。なれば、ただただ不運と言うべきでおじゃるの」
麻呂は、報告を聞いて小さくため息をついた。
呪詛ではないのであるならば、これは純粋な病なのでおじゃろう。
(だが、それでも警戒は怠れぬ)
麻呂は、そう心に刻んだ。
今回は呪詛ではなかったが、次はどうなるか分からぬ。
朝廷内の政治の闇は、常に警戒せねばならぬのでおじゃる。
そして、程なくして、文徳天皇は崩御された。
急性の病でおじゃった。
まだ若い帝が、あまりにも突然に。
麻呂は、深い悲しみを感じた。
だが、同時に、為すべきことも理解しておじゃった。
幼少の惟仁親王を、帝として即位させたのでおじゃる。
奇しくも、早くから立太子に動いていた事が、功を奏した形でおじゃった。
さもなくば、要らぬ皇位継承の争いが起きていたでおじゃろう。
そして、麻呂の孫が、今や帝となっておじゃった。
いつか来るであろうと考えていた有様が、こうも早くに現実となったのでおじゃる。
されど、帝は幼い。
政務を執ることなど、できるはずもなく……そこで、麻呂は決断したのでおじゃる。
人臣として初めて、摂政に就くことを。
「摂政……藤原良房」
その宣言を聞いた時、麻呂は深い満足と共に、責任を感じておじゃった。
摂政。
古においては、厩戸王が就かれたそれは、天皇の代行として政治権力を執る地位でおじゃる。
つまり、麻呂が事実上の朝廷の支配者となったのでおじゃる。
(これは……新たなる政治の形でおじゃろうな)
麻呂は、そう確信した。
藤原北家による外戚支配。
摂政として、朝廷を支配する。
それが、これからの藤原北家の在り方なのでおじゃる。
それからの数年間、麻呂は摂政として朝廷を導き、日乃本を動かしておじゃった。
しかし、それは単なる権力の行使だけではなかったのでおじゃる。
摂政として、幼い帝の成長を、麻呂は間近で見守ってきたのでおじゃった。
「帝、今日の学問はどうでおじゃったか?」
「はい、祖父上。漢籍を学びました」
「それは重畳でおじゃるな」
幼い帝が、嬉しそうに答える様は何とも微笑ましく、麻呂の顔が自然と綻む。
(良い子に育っておる……)
政治家としての麻呂ではなく、祖父としての麻呂が、そこにはおった。
孫の成長を喜ぶ、一人の老人の姿でおじゃる。
父である先帝を早くに無くした以上、麻呂が帝の庇護者とならねばならぬ。
その麻呂が見守る中、年を重ねるごとに、惟仁親王……いや、帝は立派に成長していったのでおじゃる。
帝としての振る舞いを学び、学問を修め、次第に政務にも関心を示すようになった。
「祖父上、この政策について、お考えをお聞かせください」
若き帝が、真剣な眼差しで尋ねてくる。その姿に、麻呂は深い感慨を覚えた。
(良い帝になられるでおじゃろう)
権力者としての満足と、祖父としての誇り。
その両方が、麻呂の胸に満ちておった。
だが、その穏やかな日々は、突然終わりを告げたのでおじゃる。
ある日、使者が慌てて駆け込んできた。
「良房様! 大変なことが!」
「何事でおじゃるか。慌てるでない」
麻呂は、平静を装って答えた。
されど、使者の次の言葉は、麻呂を驚愕させたのでおじゃる。
「富士山が、噴火いたしました!」
「何と……?」
麻呂は、思わず立ち上がった。
富士山。
日ノ本を象徴する、あの霊峰が、噴火したと。
「詳しく報告せよ」
「はっ。富士山より、大量の溶岩が流れ出たとのこと。その規模は、想像を絶するものだと……」
使者の言葉は、続いた。
溶岩の流出によって、富士北西部の地形が大きく変わったと。
多くの村が、溶岩に飲み込まれ、死者も数知れず、被害は甚大であると。
麻呂は、黙って聞いておった。そして、深く息を吐いた。
「……さようか。思えば、先ごろ奇妙な揺れはあったの……」
麻呂は、窓の外を見つめた。
日の光は、変わらず輝いておじゃるが、されど遥か東方の富士山の異変は、都にも僅かに及んでおった。
奇妙な地揺れが、朝廷でも噂になっておったのを、麻呂も聞き及んでおじゃった。
(よもや、富士の噴火とは……)
麻呂の心には、複雑な想いが渦巻いておじゃった。
(朝廷は、己の手の中にあるでおじゃる。帝も、公卿も、政務も、全て麻呂の思うままでおじゃった。呪詛さえも警戒し、政敵の動きも押さえておる。しかし……)
麻呂は、呟いた。
「天の理と地の理は、かくもままならぬことか……」
富士山の噴火。
それは、人の力では、どうすることもできぬ自然の猛威でおじゃる。
麻呂がどれほど権力を持とうとも、山を鎮めることはできぬ。
溶岩を止めることもできぬ。
出来る事と言えば、祭礼にて山の神霊の慰撫を命じる事程度でおじゃろうか?
(……人の限界、よの)
麻呂は、それを思い知らされたのでおじゃる。
権力の絶頂に立ちながら、麻呂は同時に、人の無力さをも感じておじゃった。
朝廷を支配することはできる。
政敵を退けることもできる。
呪詛を警戒することもできる。
されど、天地を支配することはできぬ。
それが、人の限界なのでおじゃる。
「……早急に、被災地への支援を命じよ。できる限りのことを、せねばならぬ」
麻呂は、使者にそう告げた。
たとえ天地を支配できずとも、人にできることはあるのでおじゃる。
被災した民を救うこと。
それが、麻呂の、いや朝廷の務めでおじゃった。
使者が去った後、麻呂は再び窓の外を見つめた。
権力の甘さと、人の限界の苦さ。
その両方を、麻呂は今、噛みしめておったのでおじゃる。
日輪は、変わらず輝いておった。
されど、その光が、僅かに陰った様に麻呂には思われた。
まるで、麻呂に何かを語りかけているかのように。
麻呂は、摂政として朝廷の頂に立っておった。
だが、同時に、人としての限界をも知ったのでおじゃる。
それは、麻呂の権力の絶頂期における、一つの教訓であったのかもしれぬでおじゃるな……。
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