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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
間章4 ~時代の間のこぼれ話~

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とある学校の地理授業風景

「……うう、眠いよう」

「しっかりしろ。もうすぐ先生が来るぞ」


朝のホームルームが終わり、本日の1限目。

いささか朝に弱い稲沢が目を擦り、それを久留間がたしなめる中、


「うぉ~い、授業始めるぞ~」


地理教師の十和田が教室へ入って来た。

高齢で白髪な十和田だが、のんびりとした口調に反して、足取りはしっかりとしている。

生徒達を一通り見回した十和田は、眠たそうな生徒達を気にせず、早々に授業を開始した。

もっとも、教科書を広げて首をかしげる十和田。

どうも、進行度合いを忘れているらしい。


「あ~、前回は何処までじゃったか……」

「先生、埼玉の解説までです」

「……ああ、そうじゃな。関東までの説明を終えたのじゃったか」


芦原の指摘に思いだした十和田は、おもむろに黒板に今回の授業の内容を書き始めた。


『甲信地方』


チョークが黒板を叩く音が、教室に響く。

十和田は、資料集のページを開きながら、説明を始めた。


「ん~、今日は甲信地方についてじゃ。まず、この地方の最大の特徴は何か。分かる者は?」


定原が、手を挙げた。


「山が多い、ですか?」

「その通り。あ~、山梨県と長野県から成るこの地方は、『日本の屋根』とも呼ばれておる。標高3000メートル級の山々が連なる日本アルプス、つまり飛騨山脈、木曽山脈、赤石山脈に囲まれた地域じゃな」


十和田は、黒板に簡単な地図を描き始める。その手つきは慣れたもので、山々の配置が次々と描かれていく。


「ん~、特に重要なのが、フォッサマグナじゃ。東縁にあたる糸魚川・静岡構造線が通っておって、地学的にも非常に重要な境界線となっておる。資料集の……ん~、何ページじゃったかな」

「先生、42ページです」

「ああ、そうじゃったか。ありがとう、芦原」


芦原の指摘に頷きながら、十和田は説明を続ける。


「この地方の気候はな、海から遠い中央高地式気候、つまり内陸性気候じゃ。年中降水量が少なく、日照時間が長い。そして何より、日較差……つまり1日の気温差や、年較差が非常に大きいのが特徴じゃな」


坂上が、手を挙げた。


「先生、それって農業には厳しい環境っすよね?」

「あ~、良い質問じゃ。確かに厳しい。だが、人間というのは工夫する生き物でな。この険しい地形で平地が少ない環境を、逆に活かしておるのじゃ」


十和田は、黒板に「農業」と書き加えた。


「扇状地や盆地を高度に利用しておる。例えば、果樹栽培じゃ。水はけが良い扇状地を利用して、山梨県の甲府盆地ではブドウやモモ、長野県の長野盆地ではリンゴなどが盛んに栽培されておる。ん~、特に山梨のブドウは有名じゃな」

「甲州ぶどうっすね!」


坂上が、嬉しそうに声を上げる。


「そうじゃ。さらに、高冷地農業というのもある。標高の高い野辺山原……ん~、長野県じゃな。そこでは涼しい気候を活かして、夏にレタスやキャベツを栽培する抑制栽培が行われておる。これは都市部への出荷が主な目的じゃ」


定原が、ノートに丁寧に書き込んでいる。

芦原も同様で、時折資料集と照らし合わせながら確認している。

一方、稲沢は半分意識が飛んでいるようで、時折頭が下がりかけては、慌てて起こす、という動作を繰り返していた。


「次は工業じゃ。あ~、この地方の工業は、時代と共に大きく変わっておる」


十和田は、黒板に「工業の変遷」と書いた。


「かつては、豊かな水と涼しい気候を活かした製糸業が盛んじゃった。長野県の岡谷などが有名じゃな。だが現在は……ん~、何じゃったかな」

「精密機械工業です、先生」

「そうじゃ、芦原の言う通り、精密機械工業じゃ」

「ふぁぁ~……このみん、よく覚えてるねえ……」


稲沢が欠伸をかみしめながら、芦原に感心し、芦原が、僅かに頬を染めながら頷く。

そんな生徒の様子を気にもせず、十和田は続きを解説する。


「水が綺麗で空気が澄んでおることに加え、中央自動車道などの高速道路が整備されたことで、時計やカメラ、電子部品の工場が数多く立地するようになった。『東洋のスイス』とも称されたほどじゃ」

「へー、スイスっすか。なんかカッコいいっすね」


坂上の感想に、十和田は苦笑した。


「あ~、まあ、そういう見方もあるかもしれんな。だが、この地方にも課題はある。観光業は盛んじゃが、山間部では過疎化が深刻じゃ。限界集落の問題や、農業の後継者不足などがな」


教室に、少し重い空気が流れる。だが、十和田はすぐに話題を変えた。


「さて、ここからが本題じゃ」


十和田は、黒板に大きく書いた。


『維縵県』


その文字を見て、生徒たちがざわめいた。稲沢も、僅かに目を開けた。


「ん~、維縵県。この県は、甲信地方……特に信州の地下深くに存在する、地下の県じゃ」


十和田は、資料集の別のページを開くように指示した。


「資料集の……あ~、何ページじゃったかな」

「先生、68ページです」

「ああ、そうじゃ。ありがとう、芦原」


生徒たちが資料集を開くと、そこには地下世界の写真が載っていた。

発光する鉱石に照らされた、キノコの森。

巨大な蝙蝠が飛び交う洞窟。地下湖に映る、幻想的な光景。

地下とは思えないような、それでいて地下でしかありえない光景が、そこにはあった。


「すげー……」

「動画とかで見た事あるけど、ヤッバぁ……」


坂上が目を輝かせ、語彙を失う。

稲沢も、完全に目が覚めたようで、食い入るように資料を見ている。


「ん~、この維縵県じゃが、名の由来は、甲賀三郎伝説からじゃな。甲賀三郎が迷い込んだという地下の国の名から取られておる」


十和田は、資料集の別のページを開き、そこに描かれた地下の図解を生徒達に見せる。

そこには、高地である甲信地方の地下に存在する、無数の空洞が描かれていた。


「凡そ町や村と言っていい広さの空洞が、こんな様に、およそ百近く存在しておるのじゃ。これらをひとまとめにして、行政区にしたわけじゃな」

「凄いな……」


定原もまた言葉を失う中、十和田は更に解説する。


「これらの空洞は、主に信州の地下にあるのじゃが、今では幾つもの県から通路が伸びて、行き来できるようになっておるの」

「先生、これってどうやって生活してるんっすか? 地下なのに」


何とか語彙を復帰させた坂上の質問に、十和田は頷いた。


「良い質問じゃ。あ~、地下には魔力の影響で発生した、発光する鉱石がある。それらの光で光合成するキノコ等が育ち、地上とそん色ない生活空間が広がっておるんじゃ」

「魔力の鉱石……」

「……空気も問題無いのか」


定原や久留間が、興味深そうに呟く。


「主な産業は農業じゃ。様々な種類のキノコや、家畜化して大型化した蝙蝠やネズミなどの畜産が盛んじゃな。ん~、特にキノコは独特の品種が多く、高級食材として取引されておる」

「大型化したネズミに、蝙蝠……!?」

「何だこれ、丸すぎるって!」


女生徒の一人が、僅かに顔をしかめる。

一方で、実際に飼育されている写真では、むしろコミカルに丸々とした姿が写されていて、その姿を楽しげに笑う生徒もいた。


「あ~、見た目は確かにアレじゃが、味は良いそうじゃぞ。それに、気温は地熱によって一年を通して温暖じゃ。冬をこの地下地方で過ごすことを選ぶ者も居るほどじゃ」

「冬は暖かいのか……いいな」


久留間が、珍しく呟いた。

熊種の混人である彼は、冬眠の習性こそ無いが、寒さには敏感なのかもしれない。


「だが、問題もある。ん~、地中であるために気候は関係ないが、地震などでの被害は地上以上じゃ。地盤が不安定な場所も多く、その点は深刻な問題となっておる」


十和田の言葉に、生徒たちが真剣な顔になる。

教科書には具体的な崩落の事例も記載されており、地下であるが為の危険を生徒達も察する事が出来ていた。

そんな生徒達の気を紛らわせるためか、十和田はふと思い出したかのように言葉をつづけた。


「ああ、言い忘れておったが、産業では観光業も盛んじゃな」

「あ~、さっき見た写真の風景とか、凄いっすからね」


坂上が頷く中、十和田は更に解説する。


「うむ。見どころは多いからの。さらに、ここから入れるダンジョンも存在しておる。もっとも、地下深くに在る為か、何れも高難易度と判定されておるがな」

「高難易度……」

「おぬしらのクラス担任の三上君なら、その手のダンジョンに詳しかろうの」

「……そうか、深層Ⅰ種持ちなら潜っていてもおかしくないのか」


定原が、ノートに書き込みながら呟く。

彼のような生徒にとっても、そういった高難易度のダンジョンは気になるのだろう。


「ん~、維縵県の人口は約15万人。県庁所在地は、地下の都市『深澄市』じゃ。ここには、地下鉄ならぬ地上鉄……つまり地上への鉄道が複数通っておる」

「地上鉄って、なんか変な感じっすね」


坂上が、笑いながら言う。


「あ~、確かにな。だが、地下から見れば地上は『上』じゃからな。さて、このように維縵県は独特の環境と文化を持つ地域じゃ。試験には出るから、しっかり覚えておくように」

「えー、試験出るんですか」


稲沢が、ようやく完全に目を覚まして声を上げた。


「当然じゃ。ん~、特に産業の特徴と、地震対策の問題は重要じゃぞ」


十和田は、そう言いながらチョークを置いた。授業終了のチャイムが、鳴り響く。


「では、次回は中部地方の他の地域に入る。教科書は……ん~、何ページじゃったかな」

「先生、次は78ページからです」

「ああ、そうじゃったか。ありがとう、芦原。では、また次回じゃ」


十和田が教室を出ていくと、生徒たちはどっと疲れたように息を吐いた。


「地下の県かー。一度行ってみたいっすね」

「オレは家族で行った事あるぜ? すげー景色だった」

「やはり、そうなのか。俺も興味はあるけどな……」

「ふふっ」


坂上達のやり取りを見ながら、芦原は小さく笑った。


「……あれ程丸いなら、ネズミでも食いでが在りそうだな」

「いや~、ネズミは無いっしょ」


久留間は、黙って資料集を眺めているふりをして、地下畜産の写真から目を放していない。

ネズミのくだりでようやく完全に目が覚めた稲沢は、伸びをしながら久留間に突っ込みを入れていた。


今日の授業はまだまだこれから。

いつもの、穏やかな日常が、そこにあった。

次回より、平安時代編中期。

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維縵県の読み方を教えてください…… 私にとって読み方はい・まん・けんだと思います?
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