天然の地下世界と、甲賀三郎伝説
いや、何事かと思ったね。
急に諸々を任せていた、イザナギが小鳥の写し身を使って飛んできたんだから。
小野家の下人の一人として相応に忙しい俺だが、やはり本来の役割は、ダンジョンコアとしての意思だ。
緊急の要件と言うなら、対応する必要がある。
幸い、俺の主人は正体がツクヨミである篁だ。
念話を飛ばして申し合わせて、ハルカにおれが今日体調が悪いと下人仲間にも伝えさせれば、多少の時間は取れる。
何より、この身体は俺が用意した写し身だ。
体温を多少上げて臥せるふりをするくらいなら、容易い。
おかげでじっくりと時間を取れた。
そこでイザナギから詳しく事情を聴いたのだが……彼が緊急で立ってきたのも納得の理由だった。
(壷中の天に侵入者、か。想定すべきだったな……)
火山性の地震と言うのは、ありふれたものだ。
ただでさえ、地下からの溶岩が吹き出す出口なのだから、火山付近の地下の動きは激しい。
必然的に火山周辺の地下は、亀裂などが生まれやすい筈だ。
(壷中天の術は、空間を拡大しているのに、近い。となると、周辺の亀裂も一緒に拡大されたりしているのかもしれないな)
元は俺の思い付きで生み出した、ダンジョンの機能だ。
綿密に性能や周辺への影響を検証するよりも先に、そのメリットに目が眩んで、各地の火山に配置しまくったから、その歪みが出たと考えるべきだろう。
(それで、如何為されますかな?)
小鳥姿のイザナギが問いかけてくるが、正直な所俺にも今の段階で思いつく事は無い。
(とりあえず、応急処置としても抜け道を塞いだのは、正解だ。今更壷中天の術を解除するより、活用する方が有意義だからな)
俺は、写し身から意識を放し、コアにもどっていた。
写し身は、睡眠している風だし、ハルカやアマタが申し合わせてくれるため、一日程度は問題ないだろう。
何しろ、案件が案件だけに、コアで直接いろいろな機能を駆使する必要があった。
そこで調べてみれば、なるほど。
(壷中天の術が、周辺の地下構造に及ぼす影響で、亀裂ができやすくもなっていたのか)
(さようで。そのため、何れの亀裂も、壷中天に繋がり易くなっていたようでして)
イザナギの念に、オレも頷く。
地下で空間が歪むというのは、周辺の地層を押し広げたり、または圧縮する力が発生するという事なのだろう。
そして、大規模な地下空間は、そう言った影響が特に出やすくなる。
(イエローストーンの地下が真っ先に見つかったのは、そのせいか)
(かの地の壷中天は、他に類を見ぬ大きさですからな)
壷中天の術は、破局噴火が万が一起きた際の、最後の手段としての、溶岩の逃げ道だ。
その用途で俺の生前の情報を元にしたデータベースから、過去に破局噴火を起こした火山や、今後起こす可能性がある火山には、全て設置してある。
そして脅威度が高いと想定された箇所ほど、壷中天の術の規模も大きくしてある。
その分歪みも大きい訳で、真っ先に周囲の地下の断層を刺激し、地震を起こして抜け道を作ってしまったわけだ。
あとは、それだけの規模の壷中天の術を維持する地下のエネルギーの問題だ。
ダンジョンコアは、地下のエネルギーを変換し、魔力に変える。
それは見方を変えると、膨大な溶岩を魔力と言う形で組み上げているようなものだ。
壷中天の術を維持するほどの魔力を地下から引き出すというのは、その分の溶岩の分の容積が地下から失われるという事でもあった。
(その分、空洞も出来やすくなるか……)
おそらくその傾向は、俺が各地の火山にコアを設置した時点で生まれているはず。
あとは、海底のコアネットワークの地下でも空洞は出来て居る様だ。
特に俺が早期に作り出した日本近海などは、かなり地下深い場所に海底トンネルのような空洞が生み出されていた。
(天然のダンジョンを生み出しているようなものだな)
そうも考えて調べていくと、既にそう言った経緯で生まれた地下の空洞に、人は迷い込んでいたようだ。
今まで気づいて居なかったのは、それらの空洞はダンジョンではないからだろう。
ダンジョン機能としては、ダンジョン内がどうしても優先になる。
さらに、そこまで調べた俺は、想定外の情報を得る事になった。
(ん……? 現在進行形で、生き物の反応が、ある?)
(……なんですと?)
(いやほら、この地下の方に……何だこの空洞? こんな空洞が天然物で生み出されていた……?)
位置としては、信州……長野県の位置になる。
規模としては、ちょっとした町や村が収まる程度。
しかしそれは一つではなく、幾つもに分かれ、さらにそれぞれが細い洞窟で繋がれていたのだ。
そんな広大な空洞が、日本の地下に存在していた。
さらに、恐るべきことに、そこに何かが棲んでいるようだ。
(……完全に想定外だぞ、こんなの。一体どういう……?)
それら洞窟の中には地上に続いているものがあるらしく、それらの洞窟にも魔力が存在していた。
その為、一応詳細な情報を得られるのだが……。
(……一応、人っぽいな。顔立ちは少し違うか……?)
映像でその空洞を呼び出すと、そこには地上とは違う風貌の人々が生活している姿があった。
その生活ぶりは、俺がこれまで見て来た中で言えば、縄文時代の頃に近く見える。
キノコなどが生えた畑らしき区画や、家畜らしい肥えたネズミの様な生き物を囲む柵さえあった。
少なくとも、彼らがそこで暮らしているのは確かだった。
(日本で地下の世界と言うと、根の国や常世の国辺りが思い浮かぶが……どうにも違うように思えるな)
俺は疑問に思って、データベースを呼び出す。
(何か、あのような人々の情報や、地下世界の話などは無いものか……うん? 甲賀三郎伝説?)
そう考えて調べていくと、ふとある記述を見つけた。
それは、地下の世界に行って戻って来たある人物の記録だ。
昔々、近江の国(滋賀県)の地頭に、甲賀三郎という勇敢な若者がいた。
ある時、最愛の妻・春日姫が、信州の蓼科山にある深い洞窟『人穴』に引きずり込まれ、連れ去られてしまう。
三郎は二人の兄と共に姫を救いに出かけるが、兄たちの裏切りに遭う。
姫を救い出した直後、三郎は深い穴の底へと突き落とされてしまったのだ。
だが、その穴こそが、地下世界の入口に他ならなかった。
穴の底には、地上の者達が知らない『地下の国』が広がっていたのだ。
三郎は地上へ戻る道を求めて、七十余りもの地下の国々を巡る、長い旅を続け……そして、最終的に地上に戻る。
(……地下の、国)
(俺達が見つけた、あの無数の空洞。あれの一つ一つを国と言うなら、実際それ位の数はありそうだ)
なお、地下の出来事や事情でのその後は、幾つかの説があるようだ。
長い間彷徨っている間に、いつの間にか千年経っていて、三郎は蛇の様な身体になってしまったという話。
もしくは、地下のとある国の姫と結ばれ、最終的のその姫も連れて地上に戻る話もある。
こちらの経過時間10年程度。
また、蛇の身体になるのは同じだが、人にも戻れる上に春日姫とも再会を果たせる。
その後は、三郎はその神通力を持って諏訪大明神となり、諏訪の地を治める神様として祀られることになる。
(他にもアレンジはあるようだが……大体こんな辺りか)
これらの話は、鎌倉時代に編纂された、神道集という説話や神道の書のひとつ、諏訪縁起事に記載があるようだ。
ただ、編纂されたのが鎌倉時代と言う事もあり、諏訪大社の起源を綴った物であるにも関わらず、武士が関わる起源にアレンジされている者が多いらしい。
甲賀三郎の伝説も、その一つのようだ。
もっとも、この場合武士が関わるかどうかは横に置く。
重要なのは、地下世界の記述だ。
甲賀三郎が地下に入ったという、蓼科山の人穴。
実際の蓼科山は、諏訪富士と呼ばれるようななだらかな裾野を持つ山だが、その山中には洞窟も多く、また山頂付近は大きな岩が積みあがったような構造をしている。
それらの穴や隙間のいずれかが、人穴と言う事なのだろうか?
(……確かに、洞窟の一つは、更に地下に繋がっているな)
調べてみれば、実際にそれら地下の空洞に続く道が存在しているようだ。
……もしや、これもまた魔力による現実の改変なのだろうか?
(わからない。解らないが……今は出来る事をしよう)
俺は首を振って、脇道に逸れ続けていた思考を戻す。
今は、天然の地下世界についてよりも、壷中天へ彷徨いこんで来る侵入者についてだ。
(……当面は、壷中天の術への抜け道が出来たら、即塞ぐように各地のコアを設定づける方向で対応するか)
これまででも、殆どのダンジョンは半ば自動的に管理されてきた。
今回も、それを踏襲するだけだ。
もっとも……。
(……魔力は少しづつ拡散してしまうかもな)
実は、今各地の壷中天の術を調べた仲で、気付いたことがある。
日本に近い、朝鮮半島の白頭山。
そこにも壷中天の術を仕掛けていたのだが……そこから僅かに、魔力の拡散が見られたのだ。
その理由もまた、地層の亀裂だ。
人が通れないほどの亀裂でも、微細な粒子に近い魔力なら通り抜けてしまえる。
その為、最近の朝鮮半島情勢は、日本との交流が盛んな後百済と渤海が優勢で、新羅は押されまくっているらしい。
特に後百済は、日本から防人も渡って戦力になっているため、僅かに拡散された魔力を取り込んだ防人たちが大暴れしていた。
それはある意味、俺が恐れていた光景だ。
魔力を取り込んだ者によって、思わぬ歴史が代わってしまう事を、俺は未だに怖れている。
(何時かは破綻するにしても、出来るだけ決定的な破綻は先送りしたいからな……)
そう呟きながら、俺やイザナギ、イザナミたちは、各地の壷中天を維持しているコアの設定に手を加える。
これで恐らく、当面は問題ないだろう。
(……いずれは、もう少し方策を考えるとして、今の俺は下人だからな……)
とりあえず目途をつけた俺は、イザナギ達に後を託して、写し身へと意識を移しかえた。
(何れは向かい合うべき問題だが……今は生身の生活を優先させて、生きる感覚を取り戻したいからな)
そう思いながら、俺はいささか熱っぽく設定した身体を辛く思いつつ、本当の意味で目を閉じ眠るのだった。
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