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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
間章4 ~時代の間のこぼれ話~

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とある式神の一日

【とある式神】


夜明け前の空は、まだ藍色を引きずっていた。

東の地平線が薄く白み始める頃、一匹の鳩が東海道をなぞるように飛んでいた。

ただの鳩ではない。

純白の羽をもつそれは、実のところ式神である。

脚には小さな巻紙が結び付けられていた。

報告書だ。

瘴気や怪異の発生地などの急を要するものから、税や民の様子を伝える定期的なものなど、運ぶべき書は数多い。

九白くはくと名付けられたその式神は、遠く関東からの書を運んでいる最中であった。

向かうは、京の都。

神である九白に昼夜の区別はないが、繰り返される書簡のやり取りは、激務と言う言葉さえ生ぬるいものであった。


「クルックゥ(あ~、豆を食べたいのう)」


式神は、高位のものとなれば自我を得る事もある。

九白はその様な式神の一体であった。

その為、激務に現実逃避し、好物の豆を存分に食う夢想にふける事もある。

だが、激務に不満を持つことは無い。

式神である為、疲労とは無縁なのだ。


街道沿いに点在する村々は、まだ眠りの中にある。

その様な朝早くからでも、荷を担いだ旅人たちが、足早に往来を行き交っていた。

恐らく、急ぎの荷なのであろう。

彼らの顔には疲労はあるが、意気が勝っていた。

それを届ける事で、褒美が見込めるのであろうか?

当人ならぬ九白には判らぬ事だ。


キュイーッ!

「ポ!?(むっ!?)」


その時、何者かの影が、九白に襲いかかった。

鋭い爪とくちばしを持つ猛禽──鷹が、空を切り裂くように降りてきたのだ。


「ポッポゥ!(甘い!)」


九白は反射的に身体から眩い光を放つ。

光は鷹の瞳を焼いた。また放たれた力で鷹は宙で安定を欠き、墜落していく。

その隙に、九白は悠々と飛び去っていた。


「クルッククゥ(まったく、鳩だと侮りおって)」


九白は小さく鳴いた。

この様な襲撃は珍しいことではない。

だが、ただの猛禽ではなく、瘴気に侵され変異したものが襲ってくる場合もある。

かつて九白が生み出された地、奥州ではその様なものばかりであった。

式神であっても、そうした怪異は厄介な相手だ。

とはいえ、高位の式神であり、その様な者を調伏する為に産み出された九白にとっては、余程の怪異であっても敵ではないのだが。


襲撃はあったがそれ以外に問題は無い。

高位の式神である九白の飛行速度は早く、また山野も容易く超える。

一夜も在れば関東から都まで到達するのだ。

山を越え、川を越え、関が原から、近江を抜ける。

そして、都が見えてきた。

方形の区画に屋根が連なり、四方には朱塗りの門が見える。


「クルック(やれやれ、ようやく帰って来れたのう)」


九白は安堵の声を上げると、陰陽寮へと向かった。



辰の刻。

陰陽師たちの間をすり抜け、各地の報告をまとめる役目の陰陽師の前に降り立つ。

その陰陽師は、九白が運んできた書簡を受け取り、眉を寄せた。


「……こっちは関東だと? 木っ端の怪異など、報告などする前に退治したら良いモノを……」


方々からの報告を受けている為か、その陰陽師には深い隈が刻まれていた。

他の陰陽師たちも同様だ。

陰陽師ともなれば、多くの知識が必要となる。

一朝一夕に育てられるものではなく、人手は常に足らない。

その為愚痴を言い合う陰陽師たち。

しかし、此処に一つの問題がある。


「クルックゥ(儂が見聞きしたことは、主に筒抜けなのだがのう……)」


愚痴を言い合っていた陰陽師たちの背後に、九白の主が立った。

加茂江人。

今の陰陽寮を纏める陰陽頭であり、かつて奥州の戦いにて多くの術者をまとめた男。

そして、九白の主である。


「……愚痴を言う暇があるなら、働け」


江人は、愚痴を口にした陰陽師にくぎを刺すと、新たな任務を告げていた。

その後立ち去る江人について行く九白。

先の陰陽師と同様に、九白にも新たな任務が待っている。


「この書状を、葛城の加茂の屋敷へ。こちらは平城の都へだ。夕刻までには戻るのだぞ」

「クルッポウ(承りまして御座います)」


江人の声は静かだが、命令は揺るがない。

平城の都や葛城山であれば、日があるうちに容易く往復が叶う。

それだけの力が、九白には備わっている。

九白は頷き、再び飛び立った。



まずは、加茂家の本拠地、葛城山へ。

京の都から南に向かう道は、整えられている。

日中故、往来も多い。

更に、上空には多くの鳥も飛んでいた。

九白のような、式神達だ。

人の伝令に比べ、書簡のやり取りあまりに早い為、朝廷は積極的に各地との情報のやり取りを行うようになっていた。

それは、遠方の地方での反乱への反省もあったのだろう。

もっとも、その分陰陽師たちの負担は日に日に増しているのだが。


「クルックゥ(主も大変だのう)」


江人の苦悩を察しつつも、式神の九白に出来る事は限られている。

今はただ、こうして書を運ぶのみだ。



書状の運搬は、滞りなく進んだ。

葛城山の加茂の本拠へは定例の連絡のやり取りであり、問題は無い。

一方で、平城の都の側では、受け取り手に幾らか緊張が伴っていた。


「……やはり、新たな仏の教えは勢いを増しているか」


平城の都から、京の都への遷都は様々な思惑があったとされているが、一つは旧来の仏教勢力との決別の面があった。

そして今、最澄や空海によってもたらされた、新たな教え──密教が都で台頭している。

それは、平城の都の仏教勢力にとって、脅威となっているらしかった。


「今後も動向を伝えてもらわねばな」


その様に呟く受け取り手から、新たな書状を持たされ、九白は飛び立った。

眼下に、平城の都の東に聳える、春日山が見える。

大養徳国金光明寺。

大仏殿を抱え、俗に東大寺と呼ばれるその寺の僧が、受け取り手であった。



「クック……クル?(やれやれ、これで後は帰るだけだのう……うん?)」


役目を終えた九白は、新たに持たされた書状と共に、再び都へ。

そこでふと眼下を見下ろすと、動物の群れが山を移動している様子が見て取れた。

角を手のように動かし、木々の合間を枝を掴み、猿の様にぶら下がって移動するその者達。

鹿の群れだ。

この地ではごく当たり前の光景だが、やはり鹿ほどの大型の動物が木々にぶら下がる姿は、時に異様に見える。

とは言え、それは雑事だ。


「クルック(早く帰らねば)」


陰陽寮に戻れば、豆が与えられる。

それを楽しみに、九白は傾き始めた日の光を浴びつつ、帰路を急いだ。



日が暮れ、夜はふけ、戌の刻。

九白は、とある貴族の屋敷の屋根にとまっていた。

普段の伝令の役目とは別に、江人から任務を任されたのだ。


「かの家を夜明けまで守護せよ」


この貴族家に向けて呪詛が放たれる疑いがあるという。

九白は屋敷の屋根に止まったまま、周囲を見渡す。


鳩の姿をしているものの、九白は相応の格を持つ式神である。

九白を作り出したのは、かの征夷大将軍の妻である三善高子なのだ。

かつて奥州の戦いのおり、術師のまとめである加茂江人に授けられ、その後もこうして江人に仕えている。


その九白の高い能力が、闇の中に、瘴気の塊が忍び寄るのを察していた。


「クルックルッ(……狗神であるか)」


瘴気の塊は、犬の生首の形を成していた。

怨念に満ち、口からは黒い霧が漏れている。

外法による呪詛、犬の怨霊を操る術者がいるのだ。

拷問にも似た手法で作り出される狗神は、強力な力を持っている。

しかし、九白の敵ではない。


「クルッポウ!(哀れよの!)」


九白は一瞬だけ霊力を放つ。

力を伴った光が怨霊を照らし、弾き飛ばす。

そのあまりの力の差に、狗神は悲鳴を上げて逃げていった。

それどころか、狗神を縛り付けていた術まで解けている。


それが意味するところは、一つ。

術は解かれ、怨霊は術者へと跳ね返る。

所謂呪詛返しだ。

あの狗神は、本来怨むべき相手……つまり、拷問のような手法で殺した、術者本人を呪うだろう。

場合によっては、術者に依頼した者さえも。


夜の都は静かだ。

だがその静けさの裏では、無数の呪詛や怨念が蠢いている。

しかし今夜、この屋敷に限っては、もう心配は無かろう。

九白は屋根の上で目を閉じた。


明日もまた、江人より任務を託されるだろう。

その命を果たす事こそ、九白の意義。

しかし、同時にこの屋敷の守護は、朝までとされている。


式神は、疲労を感じない。

しかし、それは身体の疲労に限る。

自我を持つほどの式神である九白にも、心の疲労はあった。


「クルゥ……(朝までは休めるのう……)」


式神である九白は所謂鳥目とは無縁であるため、普段であれば、この時間帯も伝令に飛んでいる。

しかし、今夜だけは朝まで休息の時だ。


緩やかに九白は微睡ながら、明日からの使命に備えるのだった。

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