武の高み、人技の極み
【坂上田村麻呂】
一歩間違っていたら、初めにこうなっていた。
そんな想いが頭に浮かぶ。
師たる試練の鬼──いや、今となってはスサノオ様と言うべきか。
その教えを受け力を認められたとは言え、相手の領域で戦うというのが、如何に恐ろしいか。
おれはそれを今、こうして体験している。
(どこだ……何処にいる……?)
目など離していないはずだった。
既にお互い戦場にいるのだ。お互い戦うと決めた時から、既にこの戦いは始まっていた筈。
だというのに、阿弖流為殿の姿が見当たらない。
(何をしたかは、分かるのだがな……)
おれも師から学んだ、相手に意を気取らせない隠形と、恐らくは狩人としての潜伏の技の組み合わせだ。
しかし、出来るものなのか?
幾らか草などは生えているとはいえ、森に入った訳でもないというのに、この様に跡形もなく姿を消すなど!
射ッ!
斬ッ!
「っ!?」
驚愕していると、無意識に剣を振るっていた。
何処からか射かけられたのだ。
何時の間に回り込まれたのか、死角からの射撃。
そんな必当であろう矢だが、おれとて必要な時には意識せずとも体は動く。
振るった愛剣が、飛来した矢を断ち切っていた。
(そこか?)
返しとばかりに、気を込めて刃を振るえば、飛来した方向の草地が一気に薙ぎ払われる。
しかし、手ごたえは無い。
(すでに動いているか。当然だ)
阿弖流為殿は、その様な甘い相手である筈が無いではないか。
そして……だからこそ、戦いたかったのだ。
征夷大将軍として奥州に赴く際、阿弖流為殿との戦に敗れた者達に、話を聞いていた。
軍を以て当たった朝廷に対し、蝦夷の戦士たちは地の利を生かし、時に合戦となった際にも正面からは戦わず、潜伏やかく乱を仕掛けたのだと。
それは、まさしくこのような狩人の戦いであった事だろう。
もし、阿弖流為殿が朝廷との徹底抗戦を選んでいたら、このような戦いを軍同士で行った事だろう。
それが為されていた時、、お互いにどれ程の被害を出した事か。
あの時、阿弖流為殿がおれ達との共闘を選んだのは、お互いにとっても最善だった。
だが、一人の将として、武人としては、こうも思ったのだ。
それでも戦った時、どちらが勝っていただろうか、と。
(お前も同じだったのだろう? 阿弖流為殿!)
先の様な攻防を幾度か。
既に辺りに生えていた草地は大半がおれの剣閃により刈り取られ、最早荒地の様だ。
身を隠せる場所などあと僅か。
そこまでしてようやく、おれは射撃後に移動する阿弖流為殿の影を僅かに捉えていた。
(……しかし、迂闊には近づけぬな)
おれも剣気を飛ばせる故、剣と弓との間合いの差など合って無きが如くだが、それでも本領は近づいてこそ。
それでも刈り取った草地には、やすやすと踏み込めぬ。
脛から伝わる痛みが、おれに踏み込みを躊躇わせていたのだ。
(こんな短期間に、移動しながら罠を仕掛けていたとは……!)
微かに見えた影に近づかんとした際、何時しか仕掛けられていた罠に足を取られた。
更にその隙を狙うかのような矢を防ぐため、無理に引きちぎった罠が脛に食い込んだのだ。
まったくもって、恐るべき技量だ。
この様な相手、如何に朝廷の兵が魔穴で鍛えられていたとしても、余りに毛色が違い対応し切れるものでは無かろう。
更に言えば、まだ身を隠す物が少ない、草地で此れなのだ。
さらに身を隠すものが多く、上方さえも気を配る必要がある森の中などでは、どれほどの脅威になった事か。
(……あえて、森に近づかぬのは、何ゆえであろうな?)
その様に思うが、同時に納得もある。
阿弖流為殿にとっては、ただでさえこの様な場を与えられての戦いなのだ。
身を隠す場のない魔穴の部屋などと比べ、既に十分に有利を得ていると判断してもおかしくはない。
この草地で在れば、五分。そう考えているのであろうか?
(……お互い、似たような事を考えるものだな!)
この場での戦いは、おれが望んだことでもある。
根乃国比古命様……いや、アキト様におれはこう願ったのだ。
人知れず、阿弖流為殿と戦いたいと。出来得るなら、本来戦っていたであろう、胆沢の地で。
何しろ、おれは既に死んだことになっている身だ。人目に姿をさらすのは、拙かろう。
すると、アキト様はこうおっしゃられたのだ。
(少し試したいことがある。その実験台になってくれないか?)
そして生み出されたのが、この胆沢の地を模した階層だ。
どの様にしてこの様な偽りの天地を作り出したのか、おれには想像もつかないが、それは気にするところではない。
ここであれば、おれの唯一の心残りを晴らす事が出来るのだ。
(お互い身を晒し、更に距離も近い普通の魔穴であれば、おれが明らかに有利。しかし、そんな戦いを求めたのではない!)
起きるはずであった戦いの、答え合わせ。それこそが求めたものだ。
そこまで考え、ふと閃く。
(……で、有るなら、阿弖流為殿が森に行かぬのも、道理か)
お互い軍を率いるならば、合戦の場は森の中ではないだろう。
やはり、この様な草地でぶつかり合ったに違いない。
(……おれ達は、やはり似ているのかもしれないな)
残りわずかとなった草地から突如雨の様に矢が放たれるのを見ながら、おれはおそらく最後の攻防になるであろう次の瞬間に、内なる気を高めた。
【阿弖流為】
オレが一歩間違えていたならば、こうなっていたか。
次第に身動きが取れなくなる中、おれはそう思わずにはいられなかった。
試練の鬼。今もオレ達の戦いを見守る師。
その指導を受けて居なければ、とうに決着はついていた事だろう。
草地の中、悠然と歩を進める田村麻呂殿。
俺の放つ矢は、その身体に一向に届かず、更には身を隠す場さえ奪われていく。
(オレも意を消しているのだがな! 何故にああも防がれる!?)
師に認められた、意を消しつつも気を以て矢を操作する技が、あの男には通じない。
いや、死角は突けている。
放つ音も、放った場所も偽装し、矢も大きく迂回させているため、田村麻呂殿は見当違いの方向の草を薙ぎ払うばかり。
しかし、その身には届かない。
あの剣の守りは、まるで城が動いているかのようだ。
複数の矢を時置かずして放ち、切り払った瞬間に後の矢が当たるよう仕向けても、それすら神速の切り返しが防ぎきる。
その上で、草地の一角を丸ごと薙ぎ払う剣閃を放つのだ。
(あの剣閃、恐らくは森に隠れても樹を薙ぎ払うぞ……!)
事実、草地の中に紛れた岩などさえ断ち切って見せている。
まるで凪の水面の如くな切断面を見て、怖気が走ったものだ。
であるなら、近くの森に入ったとてどれほど防ぎ、隠れられるものか……。
(断ち切られた樹が倒れてこようものなら、その方が厄介だ)
初めは、己が有利になり過ぎるのを嫌って、森に向かわなかったのだが、今はそれが正解だったとさえ思う。
少なくとも、この程度の草地があれば、オレの隠形には十分だ。
そして、樹の根が多い森よりも、この様な草地の方が仕掛けやすい罠もある。
その成果の一つが、田村麻呂の脛から血を流させていた。
(とはいえ、もはや通じぬか!)
一度罠にかかってから、他の罠は全て無効化されていた。
見れば、田村麻呂殿の足元は地面の僅か上を踏みしめている。
(師が宙を踏みしめていた、あの技か!)
かつて泥岩の巨人との戦いの際、師は巨人の首の高さほどの空中で、何も無い虚空を踏みしめていた。
その技を、田村麻呂殿は習得したというのか……。
(お前も、修練を続けていたのだな)
少なくとも、あの当時の田村麻呂殿は宙を踏みしめるには至っていなかった。
アレから数年で、師が見せた技を体得したというのなら、恐るべき事だ。
(……だが! 師に教えを受け、研鑽を続けたのはオレも同じ事だ!)
既に、身を隠せる草地は残り少ない。
これ以上の隠形は、そろそろ不可能となるだろう。
であるならば、身を隠す分を全力で攻めに転じるのみだ。
(勝負をかける!)
オレはありったけの矢を取り出し、次々に放つ。
その一本一本に込めた気が、矢を空中で弾けさせ、無数の鋭い破片と鏃の雨となって、田村麻呂殿へと降り注いだ。
雨の中で、濡れぬ者などいない。
矢の雨でも同じ事。
破片であるためにそれぞれの威力は低いが、中には鏃も混ざっているのだ。
到底防げるはずもない筈……だが、相手はあの坂上田村麻呂なのだ。
(やはり、防ぐか! 田村麻呂!)
切り上げの剣閃。今まで草地を凪いだような横薙ぎではなく、縦。
その威力は、天にも届かんばかりで、矢の雨さえ左右に切り開いたのだ。
それは、神器を模した技なのだろう。
雲さえ割った技を模したそれは、人の技の極みだ。
(お互い、似たような事を考えるののだな!)
それは、オレも同じ事。
オレは矢をつがえぬまま、愛用の弓を弾き絞る。
すると何も無い筈のそこに、確かな力が生まれていた。
(形無しの矢、お前に止められるか!?)
そのまま放つと、その力……いや、錬気の矢とも言うべき、姿も形も無い、気のみで形成された矢が、田村麻呂へと迫った。
それもまた、オレなりの神器の模倣だ。
矢も無しに放つ力の矢。
神器であれば光の奔流であったが、人の技であればこそ、それは不可視の矢となった。
(……それを、躱すか!!)
最早、俺の位置が明らかになった為か、田村麻呂は俺に向かい走り寄っていた。
放たれた矢の如き疾走の中、見えないはずの矢を、一歩斜めに踏み込むことで避けたのだ。
どうやって見えぬ矢を気取ったのか? そう思う間もなく、田村麻呂は目前に迫り、剣を振り下ろさんとしていた。
最早、新たに矢をつがえるのも間に合わない。
辛うじて、矢筒から最後の矢を手に取ったが、間に合わない。
「……阿弖流為!」
「田村麻呂!!」
だが、構わん!!
振り下ろされる剣。それよりも早く届けと、俺は矢をつがえず、そのまま短き槍の如くに、矢を突き出す!
鮮血が、二つ、弾けた。
【スサノオ】
二人の弟子の戦いは、それで決着だった。
田村麻呂の剣は、阿弖流為の肩口に入り、鎖骨を断つまでに食い込んだ。
一方の阿弖流為の矢もまた、田村麻呂の胴に突き刺さり、背まで貫いている。
俺の見立てでは、相打ちって所か。
(どっちも、重傷だが致命には至って無いな! お互い最後は上手くやったもんだ!)
最後一撃をお互い受ける際、田村麻呂は内臓に当たらぬように矢を受けていたし、阿弖流為は踏み込んで振り下ろしを、剣の根元で受けていた。
そうで無ければ、お互い致命的な傷となっていただろう。
(だから、引き分けって所なんだが……二人とも、はしゃぎ過ぎたな)
田村麻呂は、草地を凪いで阿弖流為を追い詰める為に、剣気を放ちすぎて最後は息切れしたな。
最後駆け寄ったのも、剣気を飛ばすだけの力が残って無かったって所か。
阿弖流為も、隠形しながら矢を曲げて飛ばし続けて、最後に矢の雨や気の矢を放った辺りで気が尽きていた。
もう少し、気が残っていれば、放った気の矢を曲げて田村麻呂を別方向から射抜けていたかな。
つまり、二人とも、大技に頼り過ぎってことだ!
密かに望んでいた戦いだからと、はしゃぎ過ぎだな。
(まだまだ教えなければいけない事が多いな! まあ、それもまた楽しいけどな!)
決着がついたからだろう。姉上が慌てて二人に駆け寄っていく。
薬は用意してあるから、これから治療だな。
(だが、まあ……良い戦いだった)
お互いの全てをぶつけ合うような、そんな戦い。
そんな戦いを繰り広げた弟子たちを、俺は誇らしくも何処か羨ましく思うのだった。
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