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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
漆章 平安時代 前期 ~貴族政治の確立と国風文化の形成~

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人知れぬ地の底で

【阿弖流為】


奥州から怪異が駆逐されて、既に何年が経っただろうか。


朝廷の地方官吏も、まともな者が派遣されるようになった。

かつてのような横暴な国司は来ない。

田村麻呂殿が、朝廷に強く働きかけてくれたおかげだ。

村々は復興し、人々は平和を取り戻していた。

新たに建てられた城や村もあり、かつてよりも栄えているとまで言えるだろう。

かつての苦難を思えば、素直に喜べぬところではあるが……それでも先に憂いを覚えぬのは、良い事であるはずだ。


そんな中、オレはといえば……。


「また、魔穴に行かれるのですな」

「ああ、まだまだオレは至らぬからな」


一人、魔穴に挑む日々を過ごしていた。

胆沢近くにある魔穴に向かうオレに、老爺が声をかけてくる。

最早、俺が魔穴に向かうのは、この地では当たり前の光景にすらなっていた。


魔穴に潜り始めた目的は一つ。

田村麻呂殿の師だという、あの鬼と遭遇するためだ。

あれ程の武の極みを田村麻呂殿にもたらしたという、あの試練の鬼は、魔穴の奥深くで姿を見せる事があるという。


その力を疑うよりは無い。

泥岩の巨人の暴威を、子供をあしらうかのように捌いていたあの技量。

更には練気の極みによって空中に立つ事までしてのけていた。


それ程の力を持つ鬼と遭遇し、師事できるというのだから、魔穴に挑まぬ理由は無い。


オレの望みは、すぐに叶った。

魔穴の最奥で、オレは試練の鬼と遭遇したのだ。


まるで待っていたかのように、最奥に佇む試練の鬼を見た時、俺は戦慄と共に咄嗟に弓を放っていた。

その武威に脅威を感じ、身体が勝手に動いていたのだ。


「……っ!」


しかし、咄嗟に放った矢は、有ろうことか二本の指でつまみ取られていた。

まるで、虫でも掴むように。


「なん……だと?」


余りの技量に、オレは言葉を失った。


その後、オレは全力で戦った。

身に付けたあらゆる戦の技を駆使した。

だが一矢さえ、当てられない。


怒涛の様に連続で矢を放とうが、先に飛ばした矢に隠れるように飛ばそうが、渾身の気を込めて放とうが……その全てを、鬼はいなし、時に始めと同じく摘み取って見せたのだ。


(何という……試練の鬼とは、まさしく武の化身か?)


愕然としているオレに、鬼は戯れるように弓を取り出した。

その矢に鏃は無く、子供が鍛錬に扱う様なものだ。


しかし、それであっても、オレにとっては脅威であった。


その矢の速さ、正確さ、威力。全てが常軌を逸していた。

あの弓は、どれほどの強さで張られているのか?

辛うじて避けた矢が、鏃が無いにもかかわらず、岩の壁に深々と突き刺さるのを見て、オレは背筋を何度も振るわせることとなった。


更に驚くべきは、その技だ。

気を込めて放たれた矢は、まるで生きた鳥の如く宙を旋回し、時に直角に折れ曲がるような軌道をみせたのだ。


(これが……田村麻呂殿の師の、技か!)


だが、オレは諦めなかった。

何故なら、鬼は常におれの一歩先を行く技を見せていたのだ。

その意図を、オレは理解していた。

鬼はこう言っているのだ。

技を、動きを見て、学べと。


オレは、必死に鬼を追いかけ、魔穴に潜り続けたのだ。



そんな日々を送るうち、オレはふと気づいた。


(オレは、どうしたというのだ……?)


オレも既に老年に差し掛かっている。

だというのに、身体は壮健だった。

若い頃と変わらない、いや、むしろそれ以上の力が湧いてくる。

常に鍛え続けている為に衰えないのかとも思ったが、どうにも違うと感じるのだ。

不思議に思いつつも、オレは修行を続けた。


そして、遂にその日が来た。


「っ!」


オレが放った矢が師の身体を、僅かにかすめたのだ。

師の技、気を込めた矢の操作。

それもただ気を込めて動かすだけではなく、その意図を読ませぬ無我であらねばならない。

そのような矛盾を孕んだ神業を、俺は遂に身に付けていた。


「……!」


お互い、一瞬動きを止めた。

鬼は、矢が掠めた箇所を見、次に俺を見て満足げに一つ頷く。

そして、ゆっくりと、姿を消していった。


「なに、が……? いや、そうか……」


オレは、その意味を計りかねて……いや、理解をしたくなかった。

オレは、師に認められたのだ。

それと同時に、指導の時は終わりを告げたのだと。


オレは師たる鬼が消えた場所に対して、頭を下げた。

万感の想いを込めて。



こうして、オレの練武の日々は終わった。

だが、息継ぎする暇もなく、急報が奥州に飛び込んできたのだ。


「阿弖流為様! 大変です!!」


若い戦士が、息を切らして駆け込んできた。


「どうした? また山から化け熊でも降りて来たか?」

「その様な事ではありません、急報です!」


動揺する戦士は、震える声でオレに告げた。


「田村麻呂様が……田村麻呂様が、急死されたと!」

「……何だと? そんな馬鹿な話が……」


オレは、耳を疑った。

田村麻呂殿が、死んだだと?

あの、田村麻呂殿が?


「……死因は?」

「びょ、病死であるとしか……」


戦士の言葉に、俺は更に困惑した。

病死だと?

あの高子殿が傍に居ながら?

……そんな事が、あり得るのか?

困惑する俺にどう思ったのか、若い戦士はさらに続ける。


「今の国司は、田村麻呂様の副将を長く務めた方。そのため、葬儀に参列できるよう、急ぎ使者が送られた様で……」

(……そういえば、この戦士はその国司の元で働いていたな)


そんな事を思い出しつつ、俺は戦士の言葉をどうにも信じきれずにいた。

それでも、その知らせは、瞬く間に広がった。

そして多くの者達が、動き出す。


田村麻呂殿と共に戦った戦士たちに、村を復興してもらった者たち。

副将であった国司や、その配下もかつて田村麻呂殿の下で働いていた者ばかりだ。


そんな皆全てが、葬儀への参列を望んだのだ。


「都へ行くぞ」


オレもまた、半ば信じられない思いを抱きつつ、人々を導いて都へと向かったのだった。



都は壮麗だった。

峠を越えた先に広がった、方形の都に多くの蝦夷の民が言葉を失った。

朝廷の力を改めて知ったのだろう。

だが、驚く間もなく、オレたちは葬儀に参列した。

参列した貴族たちや民の多さが、田村麻呂殿の徳が都でも示されていたのだと教えてくれた。


厳かな葬儀であった。

そこには、田村麻呂殿の遺体が横たわっていた。


(……違う)


オレは、その遺体を見て、違和感を抱く。

確かに、田村麻呂殿の姿だ。

だが、何かが違う。

何かが、しっくりこない。

とても良く似た誰かの遺体だ。そう言われた方が納得がいくのだ。


それらの予感を抱えたまま、オレは高子殿と会った。


「阿弖流為様……遠路、ありがとうございます」


高子殿は、悲しむ様子を見せている。

しかし、俺は遂に確信した。


(余りにも、冷静過ぎる)


あの夫婦仲を考えれば、田村麻呂殿の死に対して、もっと取り乱してもおかしくないはずだ。

いや、悲しんでいるのは確かなのだが、その質があるべきものとは違うような、そんな印象を受ける。


(……本当に、田村麻呂殿は死んだのか?)


そんなオレの様子を見て、高子殿はそっと囁きかけてきた。


「阿弖流為様……田村麻呂様に、お会いしたいですか?」

「……何?」


やはりか。

田村麻呂殿は、生きているらしい。

しかし、あの遺体に、この様な葬儀は、一体何のために?

その疑問を晴らすには、田村麻呂殿と会うのが早いのだろう。

オレは頷いた。


「では、近くの魔穴においでください」

「魔穴に……?」

「ええ、出来れば、阿弖流為様おひとりで」


高子殿は、そう告げてきたのだった。



その夜、オレは指定された魔穴へ潜り、その奥へと進んだ。

思いのほか深いその魔穴を進むうち、最奥に続く通路の前で、高子殿が、待っていた。


「来てくださいましたね」

「ああ。田村麻呂殿に会えるという話だからな」


しかし、此処には田村麻呂殿の姿はない。


「高子殿……これは、どういうことだ」

「田村麻呂様は……人では、なくなったのです」


問いかけたオレに、高子殿は静かに語り始めた。


「魔力の流れの中に宿る意思……わかりやすく言えば、神と言えましょう。人々が軍神と讃えるように」

「神に……」


確かに、朝廷の兵達は田村麻呂殿を軍神とたたえていたが、その様な事が起こるとは。

更に詳しく経緯を聞けば、神器の使用やあの泥岩の巨人の力を浄化した儀式が関わっていたと。


「そして、それは……阿弖流為様にも、言えることなのです」

「オレにも? ……もしや、近頃この身に力が溢れているのも、そうだと?」

「ええ。神器の力を引き出した阿弖流為様もまた、田村麻呂様の領域には至らずとも、不老の域に達しているでしょう」


その言葉に、オレは──自身の身体の壮健さの理由を、理解した。


「なるほど……だから、オレの身体は衰えないのか」

「役小角と言う方がいらっしゃいます。その方もまた不老長生であらせられて……恐らく阿弖流為様もそのような有様に近いのです」


役小角の名は聞いたことがある。

奥州の山にも現れるという、神仙だ。

よもや、オレもそのような存在になったとは。

未だ実感としては薄いが……それでも、オレは笑った。


「田村麻呂殿は朝廷守護の軍神になった。ならば、オレは奥州を見守る守護神にでもなるか」

「ええ。阿弖流為様なら、奥州の守護神に相応しいでしょう」


高子殿も、微笑んだ。

そういう高子殿は、恐らくもっと以前から神霊に至っている存在なのだろう。

例えオレが不老になったのだとしても、見知った者達も同様であるのなら、少なくとも寂しさや孤独は感じまい。

そう感じていた、その時だ。


「おれも、そう思うぞ阿弖流為殿」


久々に聞く声とともに、さらに魔穴の奥から、複数の人影がやってきた。

その者達を見て、オレは目を見開く。

試練の鬼と、死んだはずの田村麻呂殿だ。


「た、田村麻呂殿!?」

「久しいな、阿弖流為殿」


横たわっていた遺体と同じ顔で、田村麻呂殿が笑っている。


「意思だけになったと聞いたが……?」

「意志だけの神になったとはいえ、仮初の身体を作ることはできるらしくてな」


同様に、意思の宿らぬ身体も作れるらしく、あの遺体はその様に作られたらしい。

神とはとんでもないものだな、などと言った田村麻呂殿は、更に続けた。


「だが、この身体は阿弖流為殿を驚かせる為に用意されたモノではないのだ」

「……では、何のためだと?」

「師がな……弟子たる我らの研鑽ぶりを見たいそうだ」


その言葉に、オレは試練の鬼を見た。

キラキラと目を輝かせて、俺達を見ている。


(なるほど……そういう事か)


オレは凡そを理解し、そして──破顔した。


「オレも、一度は田村麻呂殿と……お前と戦って見たかったのだ!」

「おれもだ。それが唯一心残りでな!」


田村麻呂殿も、嬉しそうに頷く。

一人の武人として、この男がオレにその様な思いを抱いていた事が、身を震わせるほどに嬉しい。

そんな戦意滾らせるオレ達へ、試練の鬼が手招きした。

さらに魔穴の奥へと、導くように。

田村麻呂殿はそれに従い、高子殿も続く。


「……ここで戦うのではないのか?」


オレが首を傾げると、高子殿が告げた。


「ここでは、阿弖流為様の力を発揮できないでしょう?」

「それは、どういうことだ?」

「奥に行けば、分かりますよ」


確かに、此処は部屋になっているが、矢を放つには狭い。

奥には更に広い部屋があるのかと、オレは試練の鬼の後を追い……絶句した。


「……何だ、これは」


驚くべき光景が、広がっていたのだ。

魔穴を下った先。そこは草地であり、奥には森があり、空まで広がっていた。

おかしい、此処は地下の筈だ。

だが、この空は一体何なのか?

それも今は夜半であるはずだというのに、昼間のように明るいのだ。


「此処は外のように見えて、確かに魔穴です。限られた範囲ながら、別の天地があるのです」


高子殿がその様に語るが、オレには理解し切れぬものだ。

オレは辺りを見渡し、あっけにとられてるより他ない。


「狩人である阿弖流為様には、このような舞台こそ力を発揮できるでしょう」


だが、その言葉に我に返った。

確かに、物陰に隠れつつ弓を使うのが、オレの本来の戦い方だ。

そんな本来の戦い方であっても、田村麻呂殿は対処してくるだろう。

そして、今となっては、同じ師に教えを受けた者同士。


(……これで、五分と言った所か。良いだろう……全力で、行かせてもらう!)


オレは、戦意を高めた。

一方で田村麻呂殿も、見慣れた愛剣を抜き放ち、距離を取っていく。

こうして魔穴の奥深くで、オレ達だけの、誰にも知られぬ戦いを始めるのだった。

何となく朝に更新してみました

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