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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
漆章 平安時代 前期 ~貴族政治の確立と国風文化の形成~

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坂上田村麻呂は死したのち、軍神として祀られた

薬子の乱が平定された。


田村麻呂の協力により、今上の帝である嵯峨天皇は、平城上皇側の軍事的動きを封じ、藤原仲成を捕縛、処刑した。

そして、藤原薬子も服毒自殺を遂げた。

俺は、魔力の領域の中で、そんな一通りの状況を見届けていた。


(大きな異常は……なかったな)


俺は、小さく息を吐いた。

大怨霊の発生や、大規模な呪詛合戦など、俺が直接介入しなければならないような事態にはならなかった。

いや、正確には、怨霊は発生していた。


伊予親王だ。


冤罪をかけられ、自死に追い込まれた彼は、確かに怨霊と化していたのだ。

俺には、無念に満ちた彼の意思が、都近辺を覆っていたのがはっきりと判っていた。

無念に満ちた魔力……瘴気となって、藤原仲成を始めとした藤原式家を呪う、伊予親王の姿を。


(そして、その呪いは、確かに藤原式家に効いて、破滅を齎していたな……)


俺は、過去の記録を辿りながら分析する。

藤原仲成や藤原縄主は、過剰な野望を自ら抑制できなかった。

客観視もできず、周囲が見えなくなっていた。

周囲から、どの様に見られているか……それすら分からないような、視野狭窄ぶり。


それは、伊予親王の怨霊の呪いによるものだったのだろう。


理性を奪い、冷静な判断を失わせ、破滅へと導く。

伊予親王の怨霊は、そのような道を選んでいた。


結果、薬子の乱は起り……そして、平定された。

藤原式家は中心である者達を悉く失い、最早家としても没落するほかない。


それによって、伊予親王の無念は晴らされたのだろう。

俺の視界の中で、伊予親王の怨念は薄まり、都を覆っていた瘴気と共に消えていった。

彼は、成仏したのだろう。


そしてもう一つ、俺には気になることがあった。

安殿親王の妻だった藤子が、早世した理由だ。


ある種の予感と共に、俺は、さらに過去の記録を遡った。

そして知った。それは、病ではなかったのだ。


(呪詛返し、か)


藤原仲成たちは、密かに多くの政敵に呪詛を繰り返していた。

だが、その呪詛は、術者によっては時に返され、送った者達を蝕むことがある。

所謂、呪詛返しと言うやつだ。

呪いをかけられた者が、それを跳ね返す……あるいは、術者自身の不備により、呪いが自陣に戻ってくる。


藤原式家は、多くの敵を呪っていた。

その中で返された一つが、一族の要である藤子を襲ったのだ。

健康だったという彼女が早世した理由が、それだった。


(因果応報にも程がある……)


俺は、言葉を失った。


自分たちがかけた呪いで、自分の娘が死ぬ。

その娘の死を利用して、娘の夫を篭絡する。

そして、最後には破滅する。


貴族間の暗闘の、何と闇深いことか。


そもそも、そう言った藤原式家の権力闘争の理由も根深いものがある。

仲成や薬子の父は、長岡京造営の責任者であった藤原種継だ。

彼は志半ばで暗殺され、式家の権勢は一時的に大きく陰った事実がある。

仲成らがなりふり構わず権力を求めたのは、そんな父の死が理由でもあったのかもしれない。


(……やはり、闇が深すぎる。今後も朝廷からは目が離せないな……)


俺の生前の歴史を見返しても、怨霊のような、まかり間違うと俺が直接介入する必要がありそうな事例はいくつもある。

一応、しばらくは政治的な安定期に入りそうではあるのだが……。


そんな事を考えていた時。


(アナタ……)


ハルカが、俺の元にやってきた。


(どうした?)

(あのヒト……薬子の様子を見ていたの。あんな愛もあるのね……)

(…………)


ハルカの声には、何か複雑な色がある。

一人の女が抱えた、複雑な思いと生き様。貴族家に縛られる中で、確かに一人の男を愛していた女の姿は、ハルカにとって色々と考えさせるものがあったのだろうか。

ハルカの声には、ある種の羨望に似た何かが混じっていた。


俺は、それにはあえて触れなかった。

代わりに、話題を変える。


(それより、ハルカ。その後の朝廷の動きだが)

(……ええ)

(今上の帝、つまり嵯峨天皇が勝利したことで、これから政治的な安定期に入るだろう)


俺は、今後の予測を語る。


(平城上皇は出家し、政治からは退く。藤原北家が勢力を伸ばし、しばらくは政争も落ち着くはずだ)

(それは……良いこと、なのよね?)

(ああ。政治的に荒れるのよりは、余程な)


俺の生前の歴史でも、このあと数十年は大きな政治的動きは無い。

平安初期の安定期に入ると言っていいだろう。

つまりは、だ。

俺は、ハルカに笑いかけた。


(そろそろ俺たちも、写し身を使って現世に降り立てるぞ)

(本当!?)


憂いを帯びていたハルカの声が、俺の言葉で明るくなった。


(ええ、アナタと一緒に、また現世で過ごせるのね!)

(ああ、楽しみにしていてくれ)


嬉しそうなハルカの様子には、俺も心が弾む。

彼女には、長く我慢させてしまった。

ただ、争いを好まない彼女の事を想うと、荒れた時期に現世へ降り立つのははばかられたのだ。

しかし平和な時代なら、問題ない。

心置きなく、彼女も過ごせる筈だ。

そこでふと、ハルカが思いだしたように告げて来た。


(ねえ、アナタ。出来れば、アマタにも現世を体験させてあげたいのだけれど……)

(……そうだな。現世を実体験しておく必要はあるか)


言われてみれば、アマタは魔力の中だけで過ごし、現世を知らない。

今後ダンジョンを管理するにしても、知識だけでは色々不都合も出る事だろう。

ただ、そうなると、現世での名目としての身分を、少し考える必要がありそうだ。

一応、選択肢は用意しているのだが……。



そんな風に悩んでいると、


(アキト様……ハルカ様……)

(うん?)

(あら? アマテラスちゃん?)


不意に、俺たちの意識に触れるものがあった。

アマテラスの意思だ。

高子として過ごす彼女が、巫女としての力で、俺たちへ念を飛ばしてきているらしい。

珍しい事もある物だ……何か、あったのだろうか?

そう考えていると、アマテラスが語り掛けてくる。


(アキト様、ハルカ様。相談がございます)


そして語られる内容に、俺達は耳を傾けるのだった。



【坂上田村麻呂】


薬子の乱が終わった後、おれは政務と坂上家の家長としての務めに追われていた。

ただ、それらもひと段落しつつある。

元より、大きな戦でも無ければ、おれの様な武骨者の働きが必要になる場はさほど多くない。

子らも一人前に育ち、坂上家もこの先安泰であろう。


だがその中で、おれは一つの悩みを抱えていた。

ある確信が、懸念を生んでいるのだ。


その為、おれはある夜、高子と二人きりで語らう場を設けたのだ。


子供たちは既に寝ており、屋敷は静まり返っている。

あえて灯りも点さない中、月明かりだけが、部屋を照らしていた。


「高子」


おれは、静かに問いかけた。


「おれの身は、最早人では無いのか?」


その問いに高子は……静かに頷いた。


「……はい。貴方様は、最早人の身とは言えないでしょう」

「やはり、そうか」


それは抱いていた確信の裏付けだ。

おれの身の、ある種の異常こそ、俺の悩みだった。


「どういうことだ?」

「そうですね……順を追って説明いたします」


おれが、説明を求めると、高子は、ゆっくりと語り始めた。


「貴方様は、神である私の夫として過ごされました。そして、鈴鹿の山や恐山での戦いで、神器の力を何度も振るわれました」

「それが……おれの変容の原因であると?」

「はい。神器の力は、貴方様を少しずつ、私のような存在に近づけていったのです」


高子の声は、静かだった。


「そして、決定的だったのは……恐山の魔穴でのこと」

「……あの時か」

「ええ。あの場は、私が地の底に流れる膨大な魔力の流れと繋がっていました。その余波のような魔力に満ちていたのです」

「それに触れてしまった……ということか」

「はい。貴方様は、もはや私と同じ存在になってしまわれたのです」


高子の言葉に、おれは納得した。

そうか。

だから、おれの身体は衰えないのか。


既に高齢と言える年齢だというのに、一向に衰えを感じない。

むしろ、若い頃よりも力が湧いてくる気さえする。

その契機が、あの奥州の戦であるというのも、朧げに感じていた。

違和感の理由は、それであったのか。


だとしたら、おれは決断しなければならない。

おれは、静かに言った。


「そのような存在に至ってしまっては、人の世に長くとどまるべきでは無いな」

「……はい」


その言葉に高子は、どこか悲しげな色を浮かべながら、頷いた。

そう、おれが人ならざる者になったのだとしたら、人の世で生きるべきではないだろう。

そして……他ならぬ人に在らざる者である高子は、誰よりもそれを理解しているのだろう。


だが、高子はすぐに顔を上げると、俺を真摯に見つめて来た。


「ですが、貴方様には、幾つか道を選べます」

「道?」

「一つは、かの役小角様のように、神仙に至ったとして俗世から姿を消し、山岳などに身を隠す道」


役小角。

修験道の開祖とされる、あの高僧か。

確かに、かの者は神仙に至ったなどと噂されているのを聞いたことはあったが……よもや、それが事実であったとは。


「もう一つは……私のような、魔力に宿る意思として、肉体を捨てる道です」


その言葉を聞いた時、おれはすぐさま、決断した。

高子と……彼女と共に歩める道があるのなら、それを迷う必要などあるものか。


「ならば、おれは、高子と同じ道を行く」


「……っ! 田村麻呂様!」


瞬間、高子の顔に喜色が浮かぶと、おれに縋り付いてきた。

おれの胸元に顔をうずめた彼女。

微かに感じる濡れた感触は、涙であろうか。


「……おれは、高子と共にありたい。それだけだ」

「……ありがとう……ありがとうございます」


高子の震える声が、胸元に沁み込んでいく。

そうしてしばらく過ごすうち、ようやく高子は落ち着いた様であった。


「ただ……貴方様には、立場もございます。ただ姿を消すには、問題があるでしょう」

「確かに、そうだな」

「ですから……一つ、提案がございます」


高子が、その提案を語った。

おれは、それを聞いて頷く。


「それで良い。頼む、高子」

「はい」


そしておれたちは、長い夜を、共に過ごしたのだ。

現世で共に過ごす、最後の夜を。



翌日。


都に、悲報がもたらされた。

坂上田村麻呂の死。

征夷大将軍として、数々の戦いを勝利に導いた英雄が、突然の病で倒れ、そのまま息を引き取ったのだと。


都中が、悲しみに包まれた。

嵯峨天皇はその死を知ると、政務を停止するほどに深く悼み、すぐさま盛大な葬儀を執り行うよう命じた。


病に倒れたというその遺体だが、その未だ力に満ちているような豪壮な肉体と身に刻まれた古傷から、英雄は死しても武を示していると噂となった。

更に遠く奥州から、その死を悼み昼夜を徹して駆け付けた蝦夷の戦士たちが葬儀に参列し、田村麻呂の武と徳の高さを知らしめた。


そして遺体には武具が着せられ、都を見守る様に立った姿で埋葬されたという。

まさしく、都を守護する軍神として、祀られたのだ。


こうして田村麻呂は、人としての生を終え、新たな神とされた。

朝廷守護の軍神として。


だが人々は、朝廷は、知らない。

奇しくも、それは事実であると。


(……むおっ!? 我が師!?)

(はっはっは! よく来たな田村麻呂!)


新たな神となった田村麻呂が、己が師と思いもよらぬ再会を果たしたことも。

そして、そんな夫と弟を楽し気に見つめる巫女神の存在も。


真実を知るのは、当人たちだけなのだった。

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