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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
漆章 平安時代 前期 ~貴族政治の確立と国風文化の形成~

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平城天皇として即位する安殿親王には、深い寵愛を向ける愛妾が居た

遅刻しましたが、投下します。平安時代編の続きです。

(このところ、東北方面ばかり見ていたからな……都の様子を見ておかないと)


俺は、今一人で都の様子を観察しようとしていた。

ハルカやアマタ、スサノオには、他のダンジョンの管理等を任せてある。

田村麻呂とその子供たちの再会を見て、ハルカはアマタに忘れられたくないとつきっきりになっているし、スサノオは何故か胆沢近くのダンジョンで、阿弖流為と戯れているから、当面ここには誰も来ない筈だ。

それもあって、今の俺の領域は、久々に生前のもの……カランとした殺風景な部屋に変えている。

俺の原点であるこの部屋は、一人で過ごすならとても落ち着くのだ。

そのため、今の俺は生前のもの、それも若い時の姿でいる。


(見て居なかった間の都で、何があったのか……)


東北での戦いが終わった今、俺は都で起きている事を、過去の情報とも照らし合わせる必要がある。

俺は、魔力の領域を展開し、都の様子を映し出した。

平安京の街並みが、がらんとした部屋の一面いっぱいに広がり、同時に幾つかの箇所がピックアップされている。

ダンジョンの機能に、俺が見ていない間の状況を記録させていたのだ。

俺は、その記録を辿りながら、大きな動きを整理していく。


まず、政治面。

安殿親王──後の平城天皇と、神野親王──後の嵯峨天皇の兄弟での対立。

これが、かなり激しくなっているようだ。


そして、宗教面。

空海と最澄による密教の台頭。

この二人の高僧が、日本の仏教を大きく変えていく。


(特に、二人の親王の政治的対立は……背後にある家の力関係が影響しているな)


俺は、生前の歴史の記録を見ながら考察する。

藤原式家と藤原北家の対立。

その代理戦争のような側面もあるはずだ。


俺はまず、帝として即位した平城天皇の様子を映し出した。

平城天皇は、事前の情報通り、病弱そうに痩せた姿をしている。

だが、その目だけは、ギラギラと精力的に輝いていた。


(……なんだか、妙にアンバランスな……なんだろうな、この違和感は?)


不健康そうなのに、精気に溢れているという、相反した要素に、俺は首をかしげる。

そこでふと、執務を執り行う彼の背後に、一人の女官が付き従っているのが見えた。


(あれは……? 妙に甲斐甲斐しいというか、距離感が近くないか?)


妙に色気のある年かさの女官に、俺は首をかしげる。

正直に言って、この時代の貴族の男女関係における距離感というものを、俺はあまり理解していない。

そこまで注視してこなかったのもあるし、『事に及ぶ姿』を見ようものなら、のぞき見した事になりかねないからだ。

だから、だ。


(……お、おいおい。まだ昼間で、執務の途中だぞ?)


そのまま様子を見ている内に、忍び寄る様に距離を詰めた女官が、帝にしなだれかかったのを見て、俺はあっけにとられたのだ。

更にそのまま、執務室で『事』を繰り広げ始めた帝と女官に、思わずマジかよと口から零れた。


(……とんでもないな、おい)


俺は、顔を顰めつつ、映像を遮断した。

見たくないものを見てしまった。


だが、同時に俺は、帝が零した言葉から、その女官の正体に気づいた。


(薬子、か。なら、あれが、藤原薬子と言う訳か)


藤原薬子。

俺の記録にも残っている、平城天皇の寵姫だ。


元は、皇太子時代の安殿親王に嫁いだ妃、藤原式家の姫の母親だった。

その妃になった娘は早世したが、その後、あろうことか薬子自身が安殿親王の寵愛を受けるようになったと記録には残っていた。

年齢的には、親子ほどに離れていた事になる関係で、中々に業が深いと、記録を見た時には思ったものだが……。


(……どう見ても、まだ年若い安殿親王を、その身体で篭絡したようにしか見えんな)


薬子に求められるままに情事に応じていた平城天皇の姿は、色に溺れた者のそれだ。

もしかすると、病弱そうな痩せた身体も、夜ごと薬子の身体に溺れた結果ではないのか。

俺は、そう疑わずにはいられない。


(……いや、待て。下世話な考えになってきたな)


俺とて写し身の身体でハルカに散々溺れた自覚はあった。

そのため、一概に平城天皇を責めるのは気が引ける。


(いかんな……切り替えよう)


俺は、思考を切り替え、冷静に状況を分析しはじめた。

ともあれ、現状を整理しよう。

病弱かつ政治的にまだ基盤が弱い平城天皇を、薬子の繋がりで藤原式家が支えるという構図にある。

一方で対立する神野親王には、藤原北家が後ろ盾になっていた。

現在の朝廷は、この二つの勢力の動向に左右されていると言っていい。

そして……。


(この後継の対立が、田村麻呂の阿弖流為助命嘆願が通った原因だろう)


先の東北の戦いの結果も、それの影響下にあったと俺は理解した。


(桓武天皇が存命だったら、また違ったのだろうけどな)


桓武天皇は、その在位中に蝦夷に反乱を起こされ、自分の在位で東北を朝廷の支配下から奪われた形だ。

蝦夷への憎悪、そしてその中心である阿弖流為には怨み心頭だった事だろう。

しかし、怪異の存在で戦いが長引き、東北の戦いの勝利の報が届いたのは、彼が崩御する直前だった。


(……最後に、勝利の報を聞けたことで、桓武天皇は救われたのかもな)


結果、蝦夷の処遇は後継者である平城天皇に委ねられたわけだ。

身体が弱い平城天皇にとっても、対立している神野親王にとっても、東北を見事に平定し、敵対していた蝦夷さえ従えた田村麻呂の武勇は、喉から手が出るほどに欲しいはずだ。

そのため、どちらも田村麻呂の心証を良くするために、阿弖流為の助命を呑んだのだろう。

また、阿弖流為の処刑で再び蝦夷が反乱を起こす可能性も、両者は想定したはずだ。

蝦夷をよほど毛嫌いしていない限り、阿弖流為の助命は叶ったのだろう。


実際、田村麻呂の名声は高い。

多くの戦いを勝利に導き、戦以外でも徳を以て蝦夷を従える姿は、既に半ば軍神扱いだ。

そして同時に、田村麻呂は政治的な欲を出さない。

だからこそ、両方の陣営から勧誘が絶えない様子を、俺は観察していた。


(もっとも、田村麻呂は、それどころではないけどな)


俺は、田村麻呂と高子の様子を映し出した。

そこには、長く疎遠だった時間を取り戻すように、子供たちと触れ合い、仲を深める二人の姿があった。


「父上、私の稽古を見ていてください!」

「うむ、励む事だ。後でおれの技も見せる故、良く学ぶのだぞ?」

「母上、お話聞かせてください!」

「ええ、今日は何の話がいいかしら?」


何とも微笑ましい光景だ。

とはいえ、二人には何処か必死さもある。

やはり、子供たちに顔を忘れられていたのは余程堪えたらしい。

つまるところ、今の田村麻呂夫婦には、政治闘争などにかまけている時間は無いのだ。

子供たちとの時間を取り戻すことこそ、最優先。

朝廷の一大事の様な戦いでもないかぎり、動くことは無いだろう。


(東北の戦いは長かったからな……いいことだ)


俺は、その光景に微笑みつつ、視点を変える。

都の様子は、一通り見た。

つぎは、その周辺の様子だ。


俺は、とある山の様子を映し出した。

そこは、比叡山。

真新しい寺院があちこちに建造され、それらに多くの僧が集っていた。

その中心にいるのは、一人の僧だ。

最澄。

唐に渡り天台宗を修めた高僧は、この比叡山に延暦寺を建て、日本に新たな仏教を広めんとしていた。

その後ろ盾は、晩年の桓武天皇。

彼が天台宗を年分度者──つまり国家公認の宗派として認めたことで、一気に発展しているのだ。


(最澄は、順調に勢力を拡大しているな)


読経を捧げる最澄。その前で燃える篝火に重なって、仏の姿が浮かんでは消えていく。

魔力に満ちた日本で、最澄が持ち込んだ密教の秘儀は、こうして明確な力となって顕現している。

この力が、後の寺社の強力な背景になって行くはずだ。


(……最澄が居るなら、もう一人……こっちか)


そして、俺はもう一人の高僧の様子も確認した。

空海。

俺も名を知る、真言密教の祖だ。


(空海は……神野親王の元に身を寄せているのか)


神野親王──後の嵯峨天皇の陣営に、空海が加わっている。

確か俺の生前の歴史において、平城天皇の頃の空海は冷遇されていたらしい。

高野山を開くのは、もっと後の事で、どうやらこの歴史においてもそれは同じの様だ。

ただし、その力は本物の様で、密かに藤原式家の陣営から放たれた神野親王への呪詛を、悉く防いでいる。


(流石、と言うべきかな)


確かな実力を持つ最澄と空海。

今後、日本の仏教を左右する二人の高僧が、既に動き出しているのだ。


(これは……いずれ、大きな動きになるな)


俺は、これらの情報を整理しながら、一つの事実に気づいた。

平城天皇と神野親王の対立。

藤原薬子の影響力。

そして、両陣営による田村麻呂の争奪戦。


これらが重なった結果起きるものは、俺の生前の歴史でも伝えられている。


(……二所朝廷と、藤原薬子の変が、間近に迫っているな)


平城上皇が平城京に戻り、嵯峨天皇の平安京と二つの朝廷が並立する、混乱の時代。

そして、薬子が起こす反乱。

歴史の大きな転換点が、近づいているのだ。


(……それにしても、東北での田村麻呂たちの戦いにはどこか爽やかさが有ったというのに……政治の中枢は、どうにもドロドロしがちだな)


俺は、小さく呟いた。


怪異との戦いは、敵味方がはっきりしている分わかりやすい。

だが、政治は違う。

味方のはずの者が敵になり、敵のはずの者が味方になる。

そして、欲望と陰謀が渦巻き、化学反応を起こす。

傍観している分には喜劇にすらなるかもしれないが、実際に起きるとなるとそうも言っていられない。


(……そんなドロドロとした政治劇は、アマタにはまだ早いな)


だから、俺はアマタたちをこの件から遠ざけたのだ。

東北のダンジョン監視という、分かりやすい仕事を任せ、ハルカにも面倒を見てもらっている。

それで、いいのだ。


(……これから起きる事は、俺一人で見届ければいい)


俺は、そう決心した。

そして、田村麻呂と高子が、この政治の嵐にどう巻き込まれていくのか。

それを、俺は見守る必要がある。

決定的な破綻が起きないか、それを見定める為に。


俺は、再び都の様子を映し出し、静かに監視を続けるのだった。

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