とある高校の昼休み とある子孫、先祖を熱く語る
現代昼休みの食堂は、いつものように賑やかだった。
定原は、トレイを片手に席に着くと、既に集まっていた仲間たちに頷いた。
坂上が、明るく声をかけてくる。
「定ちー! こっちっすよ。遅かったっすね」
「ああ、ちょっと先生に呼び止められてな」
定原は、そう答えながら席に座った。
他には久留間や芦原、稲沢の姿もある。
奇妙な取り合わせだが、先の体育の授業から、この五人は自然とグループを組むようになっていた。
手合わせした感触で実力を認め合った定原達と、物おじしない稲沢に引っ張られた芦原。
恐らく、次回のダンジョン実習では、この人でパーティーを組むことになるのだろう。
全員揃い、各々食事を楽しむ中、坂上が、目を輝かせながら言う。
「それで、昨日の話の続きっすけど」
「えっと、何の話だっけ?」
「うちのご先祖の坂上田村麻呂って人の話っすよ! 昨日聞いてきたのはそっちじゃないっすか!」
「そだっけ?」
芦原が首を傾げ、稲沢に軽くあしらわれる坂上。
一方で定原は助け舟を出す。
「ああ、初の征夷大将軍だろ。確か次の歴史の授業で習う範囲だ」
「そうそう、定ちーは話が分かってるっすね!」
「昨日は、征夷大将軍就任までは聞いた」
久留間が、山のように盛られた蕎麦をすすりながら答えると、坂上が、身を乗り出した。
「そうそう! その田村麻呂様が、東北で怪異退治をした時の話が、もう凄いんすよ!」
「そうか」
「怪異の長って呼ばれた大岳丸、大猛丸、大武丸、そして悪路王っていう、とんでもない化け物を倒したんすよ!」
「そうかそうか」
端的に受け答えする久留間だが、意識は蕎麦に向けられていてあまり聞いていない。
代りに定原が、興味深そうに頷いた。
「へえ……名前付きか。今でいうネームドだな」
「その通りっす! そのうえ最後の敵は泥岩の巨人って呼ばれた、山みたいな大きさの怪異だったんすよ! それを、神器の力を借りて倒したっていう……」
「神器か……凄い武具なんだろうな」
坂上の言葉の中のそれに、芦原が興味を示した。
反応に気を良くした坂上は更に説明に熱が入る。
「天羽々斬と天之麻迦古弓っすね。天羽々斬は天を割る光の斬撃を放つ剣で、天之麻迦古弓は必ず当たる矢を放つ弓なんす」
「天を割るか……凄まじい一撃なのだろうな」
神器に関しては久留間も興味があったのか、熊の耳を動かし、ながら目を輝かせた。
「それで、その神器で巨人を倒したのか」
「そうっす! 田村麻呂様が剣で、阿弖流為っていう蝦夷の戦士が弓で、二人で協力して倒したんすよ」
「阿弖流為……確か、東北の英雄として話が残っていると聞く。元々は敵対してたんだよな?」
定原が、記憶を辿るように言う。
「そうっす! でも、共通の敵である怪異を倒すために手を組んだんすよ。かっこいいっすよね、敵同士が手を組むって」
「ああ、確かにな。武人同士の信頼ってやつか」
「ちなみに阿弖流為の子孫は今でもいるっすよ。ウチの家系、特に本家筋とは付き合いあるって聞いているっす」
「へえ……古くからの盟友って事か」
定原が、その歴史の深さと交わした友誼の強さに、感心したように頷く。
「で、でも……」
一方で、ほんのり頬を染めながら言うのは芦原だ。
「昨日お話ししてくれた、田村麻呂様の奥様、高子様との関係も素敵じゃないですか?」
「あ、そうそう! それ!」
稲沢が、身を乗り出した。
「高子様って、実は神様だったんだよね?」
「そうっす! 天照大御神の化身っていうか、写し身だったんすよ。公的には残ってないっすけど、ウチみたいな血を引いた家系には口伝で伝えられていたっす!」
坂上が、嬉しそうに答える。
その辺りは、昨日女性陣にせがまれ熱く語った締まった部分だ。
鈴鹿山での出会いと、とある貴族家に養女として入って結ばれるまで。
女性陣には、その辺りが琴線に触れたらしい。
「神様なのに人として田村麻呂様を愛して、ずっと支え続けたんですよね……」
芦原が、うっとりとした表情で言う。
その視線が、ちらりと定原に向けられたのを、稲沢は見逃さなかった。
「もしかして、神器は高子様から授けられたのか?」
もっとも、芦原の視線に気づかなかった定原は、坂上に問いかける。
そんな定原の様子さえ気にならない様子の芦原に、一瞬天を仰いで処置無しと呟く稲沢。
「そうっす! 超重要な役割だったんすよ! その上最後の戦いで、高子様が魔穴に潜って、泥岩の巨人への力の供給を断ち切ったんす。その間、田村麻呂様と阿弖流為様が巨人を引き付けてたんすよ!」
「なるほど……つまり、夫婦で役割分担して戦ったのか」
短時間で蕎麦を間食した久留間が、感心したように言う。
「そうっす! しかも、高子様が託した神器の分け御霊が、天鳥船っていう空飛ぶ船になったり、光の鏡になったりして、田村麻呂様たちを守ったんすよ」
「凄い……本当に神様が、人である夫を守るために力を尽くしていたのね……」
芦原が、目を輝かせている。
「夫婦で協力して、世界を救うなんて……素敵です」
「このみん、完全に夢見てるね」
稲沢が、くすくすと笑い、芦原は、慌てて赤い顔を覆う。
その上で照れ隠しなのか、話題を変えるように、芦原が問いかけた。
「そ、それで、坂上くんは、田村麻呂様の子孫なんですよね?」
「そうっすよ。まあ、田村麻呂様の家系は本筋も含めて色々いるんすけどね。うちの家系は、かの試練の鬼からの武を継承することを主眼としてるんす」
「試練の鬼?」
定原が、首を傾げる。
「田村麻呂様の師匠っすよ。魔穴に現れる鬼で、田村麻呂様に武を教えたんす。うちの家系は、その武を代々継承してきたんすよ」
「へえ……じゃあ、坂上は武術の達人の家系なんだな」
久留間が、感心したように言うが……。
「いや、それが……」
坂上が、少し困ったように笑った。
「俺、家系的には異端寄りなんすよね。術師の方面ばかり習得しちゃって、武の方はあんまり……」
「でも、お前、短刀の扱い上手いじゃないか」
定原が、指摘するが、坂上は首を振る。
「それは術で浮かせてるだけっすよ。五行術式で操ってるんす」
「十分凄いのではないか?」
久留間の評に、一同頷く。
実際、何本もの短刀を操る坂上は、クラスでもその実力を認められている。
さらに、定原は坂上の様子を見て言う。
「その割には、あんまり深刻そうに見えないけど?」
事実、坂上の言葉ほどには、その表情に深刻そうな色は無い。
その理由を、坂上は照れくさそう告げる。
「まあ、どうも俺、高子様の方の才をもらってるっぽいんすよね」
「高子様の?」
「そうっす。短刀を浮かせる術が得意なのって、二振りの剣を操った高子様っぽいっすよね」
坂上が、嬉しそうに言う。
「それに、高子様も陰陽術とか式神使いだったんすよ。だから、俺が術師寄りなのも、高子様の血を引いてるんだなって」
「なるほどな。それは確かに、先祖からの血筋を感じられるのか」
定原が納得したように頷く。
田村麻呂と高子の子孫であれば、そのような事もあるのだろう。
坂上が、明るく笑う。
「そうっすね! お姉のように田村麻呂様みたいな武の方面が伸びなくても、それはそれで満足っすよ」
「あ、そういえば……」
その坂上の言葉に、稲沢が何かを思い出す。
「坂上くんのお姉さんって、もしかして……上級生の王子様みたいな凛々しいあの先輩? 部活で全国大会にも出たって言う……」
「ああ、高音姉っすね。確かに凛々しいっすよ。武の方面はお姉の方が才能あるんすよ!」
嬉しそうに坂上が告げた、その時だ。
「静麻」
凛とした声が、彼らの背後から聞こえた。
一同が振り返ると、そこには長身で凛々しい雰囲気を纏った女生徒が立っていた。
その彼女に、坂上──坂上静麻は明るく呼びかける。
「高音姉!」
「お前、相変わらず賑やかだな。だが、こんな場所でそんな大声で人のことを話すな。照れるではないか」
坂上の姉、坂上高音が、少し呆れたように、そして僅かな照れをにじませて笑う。
そして、定原たちに視線を向けた。
「弟と仲良くしてくれているようだな。ありがとう。騒がしい弟だが、これからもよろしく頼む」
そう定原達に告げ、言颯爽と去っていく高音。
その背中を見送りながら、久留間がぽつりと呟いた。
「……田村麻呂って、あんな人だったのかもな」
彼女の姿にそれを感じた一同は、久留間の言葉に何となく頷く。
男女の違いこそあれ、自然と人の注目を集め中心となるような気質。
凛々しく、頼もしく、そして仲間を大切にする。
そんな姿は、確かに伝説に語られる田村麻呂を思わせた。
その背に皆で視線を送っていると。
キーンコーンカーンコーン
昼休み終了の予鈴が鳴り響いた。
「あ、やべ。もうすぐ昼が終わるっすよ」
坂上が、慌ててトレイを片付け始める。
久留間たちもあわてて立ち上がる。
「いかんな、聞き入ってしまった」
「また、続きは今度聞かせてね!」
「了解っす! まだまだ語りたいことあるんで!」
まだまだ聞き足りない稲沢の声に、坂上が、笑顔で答えた。
一同は、それぞれ教室へと向かって歩き始めた。
遠い昔の、英雄の物語を胸に秘めながら。




