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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
漆章 平安時代 前期 ~貴族政治の確立と国風文化の形成~

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最後の悪意、最後の浄化

【坂上田村麻呂】


泥岩の巨人が、崩れ落ちていく。

光の奔流が貫いたその巨体は、岩が砕け、泥が散り、瘴気が浄化されて消えていく。

そして、完全に消滅した。


「「「おおおおおおっ!!!!」」」


連合軍が、勝鬨を上げる。

朝廷の兵も、蝦夷の戦士も、共に拳を突き上げ、抱き合い、喜びを爆発させていた。

その光景を見ながら、おれは、ふと気づいた。

手にしていた天羽々斬が、光を放ち始めている。


「これは……」


光が、収束していく。

そして、手の中にあったのは、おれの愛剣だった。

神器の分け御霊が宿っていた天羽々斬が、元の姿に戻ったのだ。


「田村麻呂殿、おれの弓も……」


阿弖流為殿も、驚きの声を上げている。

その手には、神弓ではなく、彼の愛用の弓があった。

天鳥船も、ゆっくりと高度を落とし、地上へと至ると、光り輝く船体が薄れていく。

あわてて地上に降り立ったおれたちの前で、船体はいつしか宙に浮かぶ一振りの剣へと戻っていた。

その剣を受け止め、鞘に納める。

おれの腰には、鏡と化していたもう一本も合わせ、高子から託された二振りの剣が、静かに収まっていた。


「それぞれに、役目を果たしたのだな……」


おれは、そう呟いた。

神器の分け御霊は、この戦いのために貸し与えられたもの。

戦いが終われば、元の姿に戻る。

それは、当然のことだ。


だが、おれの胸に、不意に胸騒ぎが走った。

高子は、無事なのか。


「副将、阿弖流為殿」


おれは、二人を呼んだ。


「後を、頼む。おれは、高子を迎えに行く」

「田村麻呂様、お待ちください。護衛を……」

「いや、おれ一人で行く。すぐに戻る」

「ならば、この場は任された……はやく、行ってやれ」


阿弖流為殿に背を押され、おれは、一つ頷き、魔穴へと走り出した。

密かな胸騒ぎが、おれを急かすのだ。



魔穴の入口に辿り着き、おれは躊躇なく中へと踏み込んだ。

暗闇の中を、おれは駆ける。

本来であれば、試練となる魔物が出現するはずだが、今この時だけは、何も出てこない。

その事を疑問に思う間もなく、おれは魔穴を踏破し、最奥の、魔穴核岩が鎮座する広間へとたどり着いた。


そして、おれは見た。

魔穴核岩にもたれかかるようにして、倒れている高子を。


「高子!」


おれは、駆け寄った。

おれには判る。彼女が、呼吸をしていない!


「高子……? 高子!?」


おれは、思わず、高子に触れようと手を伸ばした。

その瞬間だ!

かっと、高子の目が見開かれ、


「キヒッ!」

「!?」


耳う疑う、不快な笑い声とともに、高子の手が、懐刀を握り、おれに向かって突き出されたのだ。


(っ! 避けられん!)


そう思った瞬間。


キィン!


おれが預かっていた高子の二振りの剣が、腰から飛び出し、その懐刀を防いだ。

更には、牽制するようにおれの前で虚空を凪いで、高子の姿をした者を下がらせる。


「!?」

「くっ……!」


おれも、何とか動揺を抑え、辛うじて飛び退いた。

混乱の中、おれの視線の先で、ゆらりと、高子が……いや、その姿をしたナニカが立ち上がる。

その表情は、高子にあるまじき、まるで怪異の長であるかのような、歪んだものだ。

おれには、あの身体が、高子であるとわかる。


「ははは……ようやく、肉体を得たぞ。斯様に、都合の良い抜け殻があるとはな!」


だというのに、高子の口から、あろうことか、甲高くそれでいてはっきりと男の声とわかるものが発せられている。

決して高子では在り得ぬその様に、おれは問わずにはいられなかった。


「何者だ……!」

「我か? 我は……大武丸。かつて、あの愚かな悪路王なる者に操られし者……」

「大武丸……だと?」


おれは、息を呑んだ。


(あの泥岩の巨人の核、疑似核岩と成り果てていた、怪異の長の一体だというのか!?)


一体どのような理由で……いや、確か核岩は瘴気の源であり、操作の要。

核岩にされていたのなら、この地に広がる瘴気に意思を溶け込ませ、逃げおおせることも可能やもしれぬ。

事実、大武丸は、こうして、高子の身体で哄笑しているのだ。


「我は運が良い……この、様な抜け殻となった肉体があるとはな。ははははは!」


だが、おれは、その言葉に疑問を感じた。

抜け殻とは、どういうことだ?

恐らくは、泥岩の巨人に続く瘴気の経路を浄化する為に、高子が何かをした結果なのであろうが……。


(であるなら……高子の意思は、何処にあるのだ?)


おれがそう思った瞬間、おれを守るように浮かんでいた二振りの剣が、おれの横に並ぶように浮かんだ。


「これは……?」

「何だ、それは?」


おれと大武丸がその剣の挙動に戸惑う中、二振りの剣が空中で動きを止める。

そして、そこにゆっくりと、人影が浮かび上がった。


「な……!?」

「お、女!?」


おれも、大武丸も、驚愕した。

数瞬後、そこには、本来の柔和な表情を浮かべた、高子そのものが存在していたのだ。

その身体は、幾らか透けて見えるものの、それは確かに、おれの妻たる高子であり、見間違うはずもない。

二振りの剣を従えた高子は、大武丸に操られる肉体に向かい合う。

それはまるで、鏡写しの様だ。

違うのは、浮かべた表情と、付き従う二振りの剣。

これは……一体、何が起きているのだ?


「……高子?」


おれは、恐る恐る呼びかけた。


「はい、貴方様」


高子が、微笑んで応える。

その声、その表情は、間違いなく高子のものだった。



【三善高子】


それは、私が、魔穴に侵入し、最奥の魔穴核岩にたどり着いた時のこと。


ダンジョンコアに宿る意思の一つである私は、ダンジョンの機能を操ることができます。

モンスターの出現を制御することも、可能なのです。

この為、このダンジョンに入った時点で、私はモンスターの活動を抑制していました。

今は僅かな時間でも惜しいのです。

そのため、無事かつ最速で最奥へとたどり着いた私は、魔穴核岩──ダンジョンコアに触れ、コアの機能を立ち上げました。

それは、地殻のエネルギーの制御や引き出しも含まれていて、その一環として、悪路王が仕掛けた瘴気によるエネルギーの簒奪の状況も把握できたのです。


「これを浄化するには……写し身に宿ったままだと、難しいわね。」


私は、予想していました。

写し身に意思を宿している状態では、困難だと。

ですから、久々に私は、意識をコアに宿し、直接操ることにしたのです。

意識を失い、最奥の魔穴核岩にもたれ掛るように崩れ落ちる私の肉体。

モンスターは出ませんから、今はこのままで良いでしょう。


そうして、精神のみとなり意思のみの私──アマテラスとなった私は、地の底に流れる膨大な魔力で、瘴気による経路を浄化し始めました。

黒い瘴気が、光に呑まれて消えていきます。

それにより、巨人への力の流入が途絶えたことを、コアの機能で把握しました。


ただ、悪路王の流し込んだ瘴気は、地殻への経路以外にも広範囲に汚染されていました。

これを全て浄化しない事には、今後恐山は瘴気を自然に吹き出す地になりかねません。

さらには、その瘴気の中には――疑似核岩となったはずの大武丸の意識が混ざっていることを、私は予知していたのです。


大武丸は、悪路王に操られた末に疑似核岩にされた状況を不満に思い、地殻と瘴気の流れに己の意思を移していたようですね。

瘴気の中に宿っているためか、おそらくアキト様ですら、その存在を把握していないでしょう。

ですがそれは、私達とは似て非なる、魔力の流れに宿る意思。

悪意に染まったそんな存在を野放しには、出来ません。

ですから私は、大武丸の存在が脅威になりかねないと判断し、一つの策を考えました。


私達と似て非なる存在……つまり意思のみの存在は、下手な手段では捕らえられず、消滅もさせられません。

でも意思を縛り付け、捕らえられるというのは、前例があります。

そう、かつてアキト様が大樹の身体から離れられなくなったように。

同様に、元々意志を宿すための身体、写し身たる身体なら、その意思を捕らえ、逃がさないように細工もできるでしょう。

途中で泥岩の巨人が滅ぼされ、田村麻呂様の勝利を知った私は、安堵しつつその策を進めたのです。


そして、その時が来ました。

私の意思が抜け、無防備な抜け殻に、大武丸が入り込んだのです。


ただそれは、田村麻呂様が、コアの間にまでたどり着いたのと同時。

そこだけは誤算で、危うく田村麻呂様が私の身体で傷つくところでした。

何とか愛用の剣でお守りできたのは良かったのですが、万が一があれば悔やんでも悔やみ来れないところでした。


それでも、策は、成ったのです。


そして今。

私は、田村麻呂様に、全てを告げました。


「つまり、私は大武丸を誘き寄せたのです。この写し身を、大武丸の檻にするために」


田村麻呂様が、絶句しています。

私の身を捨て過ぎた策は、田村麻呂様であっても言葉を失わせてしまったようです。

それでも、全てはこの方の為。


私は、ゆっくりと大武丸を宿した肉体に近づきました。

大武丸は、私の肉体で何か言おうとしていますが、もはや声は出ません。

本来の肉体の主である私の意思により、あらゆる行動を封じられているのです。


私は、自分の肉体に触れました。

そして、瘴気と、そこに宿る大武丸を、魔穴核岩が宿す膨大な魔力で、念入りに浄化します。


「…………!!!」


言葉さえ封じられた大武丸は、最早何もできません。

何より、私の身体で田村麻呂様を傷つけようとしたのです。

私が、大武丸を許すはずもありません。

光が肉体を包み、瘴気が消えて、大武丸の意識は、光に呑まれて消滅しました。


そして、再びその身に宿る意思を失った私の肉体は、崩れ落ちようとします。

ですが、直ぐに、半透明の私の姿が、その身体に宿り、支配を取り戻しました。

意識が、肉体に戻っていく感覚。

ほんのわずか離れただけでしたが、かけがえのない命の感覚。

そして、私は目を開けました。


「……高子」


田村麻呂様が、呆然と私を見ています。

目の前で繰り広げられた、人知を超える攻防に、最早言葉もないのでしょう。


私は、振り返り、微笑みました。


「帰りましょう、貴方様」


その言葉に、田村麻呂様は――全てを受け入れたように、頷きました。

そして、私の手を取りました。


「ああ……帰ろう、高子」


私たちは、共に地上を目指して、歩き始めました。

魔穴の奥から、光の差す出口へと。

待っている皆のもとへ。


私は、田村麻呂様の手の温もりを感じながら、ただ静かに微笑んでいました。

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