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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
漆章 平安時代 前期 ~貴族政治の確立と国風文化の形成~

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奥州霊異譚 第十幕 一念一矢、岩をも貫く

【悪路王】


(ぬぅぅぅ……!)


突如現れた鬼に殴り飛ばされた儂は、巨体を立て直そうとしていた。

しかし、あまりにも巨大すぎる身体と言うのは、斯様に不便だったとは。

巨体過ぎる故に、体勢の立て直しには、想像以上の手間がかかる。

傾いだ岩の身体が軋み、泥が蠢く。

その間にあの女は、何を考えたのか魔穴に飛び込んでいった。


(何をする気だ……?)


儂は、その意図が判らず、訝しんだ。

魔穴に逃げ込んだところで、どうにもならぬはず。

だが、嫌な予感が、胸の奥に湧き上がる。


(そもそも、何故こんな鬼が現れるのだ!)


儂は、腹立たしげに鬼を睨んだ。

大猛丸の試しにより、魔穴そのものに干渉する愚など、儂は冒しておあらぬ。

だというのに、この鬼は何故儂を阻むのか!

斯様に苛立ちった儂に対し、その鬼は魔穴の入口を指差しおった。


(……なんだというのだ?)


儂は、その示す方向に目を向ける。

そこには……瘴気交じりの雨が、魔穴に流れ込もうとして、浄化されている光景があった。

魔穴の周囲から、淡い光が立ち上り、雨を消し去っている。


(……ば、馬鹿な!? 斯様な事で!?)


儂は鬼の意図を知り、愕然とした。

この様な些細な事でさえ、大猛丸が魔穴を狙った時と同じと見なされたのだ。


(魔穴は、この様な事でさえ許さぬだと!? 何たる理不尽……!)


抑えきれぬ怒りが、再び湧き上がる。

だが、同時に理解もした。

この鬼は厳格ではあるのだろう。しかし同時に己を律で縛っているのだと。

であるならば……。


ゴォォォォ……


咆哮を止めると、暗雲が晴れ始め、雨が弱まっていく。

儂は豪雨を止めたのだ。

そして鬼は、それ以上、手出ししてこなくなった。


(……予想通りであったか)


やはりこの鬼は、魔穴を守るためだけに動いている。

ならば、魔穴への脅威がなくなれば、動かない。

これ以上、あの愚か者どもを誅するのに邪魔だてされては叶わぬ。

試しに鬼を殴りつけて見ても、弾くばかりで儂に反撃する様子もない。

その事実に、儂は密かに安堵した。

この鬼は脅威であるが、行動の理さえ押さえれば、怖れる事はないのだ。


だがその時、儂は、気づいた。

田村麻呂たちの連合軍が、思いのほか接近していたのだ。


(っ!? 何時の間に、これほど近づかれていた!?)


怪異共の軍は何をしていたのか。

豪雨に紛れ奴らを翻弄していたのではなかったのか!?


(ええい、鬼と女に意識を向けていたためか……儂としたことが、見落としていたとは!)


それでも奴らが瘴気に触れておれば動向は判る筈なのだというのに、一体何が起きたというのか?


(い、いや今はそれよりも、奴らを迎え撃たねば! 地の底よりの力を引き出して…………む?)


奴らに向かい体勢を立て直そうとしたその時、さらなる異変に儂は気付いた。

地下奥深くに注いだ瘴気で作り上げた、力を引き出す経路が、断ち切られていたのだ。


(ば、馬鹿な!? 何が起きているのだ!?)


地下に注いだ瘴気は、確かな道となっていた筈。それが、残らず消えて……いや、浄化されたのか、コレは!?

驚愕した儂は、同時にすぐさまその原因に思い至った。


(あ、あの女か……! あの女、一体何をした!?)


魔穴に潜った女が、何かを成したのだ。

だが、その様な事が可能なのか!?

地下奥深く、およそ人では手が届かぬ領域にまで沁み込んだ瘴気を浄化するなどと……。


(決して人にできる所業では、無い! あの女、何者だというのだ!? い、いや! 今はそれよりも……)


そう、女が何者であるかなど、今はどうでもよい

新たに力を引き出せなくなったこと、それが何よりも問題であった。

それは、この巨体を維持する力が、限られたものになったということだ。

あの忌々しい者どもが、この尊き儂に迫ろうというこんな時に!


ゴォォォォォォッ!


儂はいつの間にか咆哮を上げていた。

儂に反抗するものへの怒りと憎しみと、そして抑えきれぬ何かを込めて。



【坂上田村麻呂】


鏡の神器の浄化の力は、強力だった。

先頭で盾のように悪路王の瘴気の噴射を防ぐだけでなく、その輝きは周囲の瘴気をも浄化したのだ。

それは瘴気交じりの雨も浄化し、豪雨の中の進軍を可能にしていた。


「右、後十歩の距離に獣の怪異五。左は二十歩の距離に人の怪異八!」

「心得た!」


そして、視界が効かない中の戦いも、対処できるようになっていた。

怪異たちが近づく際の瘴気を、術師たちが見抜き、警告を発してくれる。

それも、雨の瘴気が鏡の神器で浄化されているため、怪異の瘴気だけを感知できるようになったからだ。


神器の威力は、強力におれたちを後押しする。

そして遂に、おれたちは、悪路王の間近まで辿り着いていた。


丁度その時だ。

豪雨が止み、視界が開けたのは。


「!? あれは……!」

「何だ、アレは!? ……鬼?」


おれは、ようやく間近で見た巨人を見上げた。

見上げるほどの巨体の、泥岩の巨人。

そして、その頭の横ほどの高さの空中に立つ、一人の鬼を。

魔穴を背にしたその鬼は、魔穴を泥岩の巨人から守っているように見えた。


ゴォォォォ……!

パァン!


事実、苛立たし気に泥岩の巨人が腕を振るうも、虫と人ほどの体格差にも関わらず、鬼はその腕を簡単にはじき返している。

まるで子供をあしらうかのように。


「あの鬼は……我が師……!」


おれは、その鬼の動きを見て、確信した。

試練の鬼にして、多くのものを伝えてくれた、おれの師だ。

その師に、この様な地で師に巡り合おうとは!

おれは、驚きと歓喜が湧き上がるのを、抑えきれずにいた。


「し、師匠だと!?」


阿弖流為殿が、おれに向いて目を見開く。

その目には、驚愕と、一種の呆れ交じりの色があった気がするが……いまはそれを気にかけている場合ではない。

むしろ、おれは師の偉大さに、改めて感じ入っていたのだ。

おれは神器の力を借りて、こうして空に浮かんでいるが、師たる鬼は、練気の極みとして空中に立ち、あのように戦っている。

それは、師の偉大さと、武の高みだ。

おれが歩んできた武の道は、あのような高みにまで続いているのだと。


そして、試練の鬼が、不意におれを見たのが分かった。

言葉はない。

だが、伝わってくる。


(決着は、お前が為せ)


その意思を受け取った瞬間、泥岩の巨人が、突如狼狽えたように咆哮を上げた。


ゴォォォォォォッ!


その声には、明らかな動揺がある。

そして、隠しきれない、怯えがそこにはあった。

何事かが、起きたのだ。

浮かび上がる僅かな期待と時同じくして、術師たちが、後方から声を上げた。



「田村麻呂様!」

「何だ」

「地下からあの巨人に流れていた力が、途絶えています!」

「そうか……ならば、高子が成し遂げたのだ!」


おれは、確信した。

高子が、確かに役割を果たしたのだ。

であるなら、最早勝利への道は明白。


「行くぞ皆の者! ……むっ?」


おれは、攻勢に出ようとした……だが、その時だ。

光の鏡を顕現させていた神器が、一際光を放った。

周囲の瘴気が、泥岩の巨人以外、全て浄化されていく。

だがその代償であるかのように、神器は力を失い、一振りの剣に姿を戻したのだ。

まるで、かつて鈴鹿の山で力を使い果たした天羽々斬のように。


「込められた力が、尽きた……いや、この神器は役目を果たし終えたのだな」


おれは、浮かんでいた高子の剣を受け止めた。

最後の光で周囲は浄化され、有象無象の怪異が帯びていた瘴気は消え去っている。

最早、兵達の敵ではあるまい。

何より巨人への力の流れが消えた今、新たな怪異は現れぬであろう。

恐らくここに至る事がこの神器の役目だったのだ。


たが、これ以上の守りは期待できない。

そのおれ達の様子を見て取ったのか、あるいは純粋な殺意なのか。

泥岩の巨人が、再度口蓋を開いた。

先に見た、瘴気の放射を、行おうとしている。


だが、おれは気づいた。

地下から力を引き出せないためか、瘴気の泥を新たに生み出せないらしい。

もはや身を削るより他ないらしく、泥岩の巨人の表面を覆っていた泥が、口元に集まっていく。


「あれは……」

「胴体が、露わになっていくぞ」


阿弖流為殿が、鋭く言う。

確かに、泥が口に集まるにつれ、巨人の身体の岩肌が見え始めている。

足の先から腕、胴を覆っていた泥さえも、全て口元に。


おれと阿弖流為殿は、視線を交わした。

言葉はいらない。

ここが、勝負どころなのだ。

おれは、天羽々斬を振りかぶった。

阿弖流為殿も、天之麻迦古弓を引き絞る。


そして――泥岩の巨人が、瘴気の噴射を放った瞬間。


「「はあああああっ!!!」」


おれたちも、二つの光の奔流を放った。


光と瘴気が、ぶつかり合う。

光は瘴気を浄化するが、それでも巨人が吐き出す瘴気は膨大で、押し切れない。


「くっ……!」


おれは、歯を食いしばった。

だがその時、光の一筋が、不意に途絶えた。


「田村麻呂殿、任せたぞ!」


阿弖流為殿の声が、聞こえる中、瘴気に押され始める光の奔流。

だが、それでいい。


「頼むぞ、阿弖流為殿!」


おれは、己に迫る瘴気の奔流から目を放さず、己の渾身を神器に注ぎ続けた。

おれたちの、勝利のために。



【悪路王】


(ふ、ふははははは! どんどん力尽きておるわ!!)


儂は、勝利を確信した。

奴らが神器とやらが、次々に力を失っていくさまが、面白くてたまらぬ。

鏡は砕け、そして今また武具の一つが力を失った。

瘴気の殆どをつぎ込み、岩の身体の維持さえままならなくなっているが、最早構わぬ。

忌まわしい光の奔流の一筋が途絶え、瘴気の奔流がどんどん田村麻呂たちに迫っていくのだ。

儂に相応しき勝利は、目の前にまで近づいておる。


(あと少し……あと少しで、あ奴らは滅びる!)


そして、田村麻呂たちさえ滅びれば、再び地下からの力の流れを再構築するのだ。

さすれば無尽なる力は再び我がもとに。

そして何れは、儂が日乃本に君臨するのだ。


(そうだ、そうなるのだ!)


その夢想が実現する――あと僅かで、瘴気が田村麻呂たちに届く。

そう思われた瞬間。


トン!

(?)


僅かに聞こえた音とともに、唐突に瘴気が乱れた。

見る間に放っていた瘴気は衰え、勢いを失っていく。


(こ、これではまるで、子供の小便ではないか!? な、何が起きたというのだ……!?)


儂は、混乱した。

何が起きた!?

何故、瘴気が失われるのだ!?


儂の混乱をよそに、光の奔流が一気に泥岩の巨人に迫るのが見える。

これでは、先の真逆では無いか!?


(ま、待て、待て待て待て!? 何が、何が……は?)


儂は、己の身体を見、そして、愕然とした。


泥岩の巨人の胸元に埋まった疑似核岩に、一本の矢が突き立っていたのだ。

浄化の力が込められたその矢は、大武丸であった疑似核岩に深く突き刺さり、浄化の力を開放し――核岩を、砕いていた。

これは……あの阿弖流為なる蛮人の、矢!?


(あ、ああ、ああああああ……!)


核岩こそ、瘴気を生み出す源。

泥岩の巨人の起点なのだ。

それが砕かれては、瘴気の放射も、それどころか巨体の維持さえままならないではないか!?


(嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ! こんな筈では……こんな筈では……!)


絶望に染まった儂は、呪詛を言う暇もなく、巨人から離脱した。

その巨体を、光の奔流からの盾としながら。


「ぎゃああああああああっ!!!」


儂は、悲鳴を上げて逃げ出した。

もはや、傲慢さも、誇りも、何もない。

ただ、生き延びたいという本能だけが、儂を駆り立てた。


背後で、光の奔流が泥岩の巨人を貫く音が聞こえるが、最早その様な者に構っている暇などない!

だが、儂は振り返らなかった。

ただ、ただ、逃げ続けようとして……。


ヒョイ


「な!???」


不意に首元を掴まれ、持ち上げられた。

恐る恐る振り返れば、そこには、あの鬼が居た。

瘴気を振り絞ったが為に、かつて国司と呼ばれておった頃に近しくなった儂を、大柄な鬼が顔を近づけ覗き込んで来る。


「は、はは……ははは……」


最早虚ろに笑う事しか出来ぬ儂の耳に、遠く響く勝鬨が届いていた。

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