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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
漆章 平安時代 前期 ~貴族政治の確立と国風文化の形成~

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奥州霊異譚 第九幕 鳴動、恐山

【坂上田村麻呂】


恐山が、見えた。

蒸気が立ち上る不毛の地。

その周囲を埋め尽くす、怪異の軍勢。

そして、中央に聳え立つ、山のような泥岩の巨人。


「……凄まじい数だな」


阿弖流為殿が、低く呟く。


「ああ。だが、ここまで来たのだ。引き返すわけにはいかん」


おれは、天羽々斬を握り直した。

そして天を仰ぎ、一人別行動する高子の無事を願う。

そう、この軍勢に高子の姿は、無い。

だがおれはそれでも進まねばならん。

その時だ。


「む? 田村麻呂殿、それは?」

「高子より預かった剣が……光っている?」


高子が神器の分け御霊を宿した二振りの剣。その一つが輝き始めたのだ。

その光は大きさを増しつつ、一つの姿を形作る。


「船、か? それも浮かんでいる?」

「……聞いたことがある。かつて東征を成した偉大なる方が使った、空飛ぶ船があると。もしやこれが……」


おれは導かれるようにこの船に乗り込んだ。

元は一振りの剣とは思えぬほどに、踏みしめる船体は確かであった。

試しに念じれば、意のままにこの船は動く。

やはりこれは、かつて神武天皇が使用したという、天鳥船なのだ。

この船ならば、あの泥岩の巨人とも戦い得るであろう。

新たな奇跡に連合軍の意気も増すのが判る。


「全軍、突撃!」


その機を逃さず副将の号令が響き、連合軍が動き出した。

号令を受け、誰より早く動いたのは、おれと阿弖流為殿だった。

おれたちが乗った天鳥船は、連合軍の先頭を切り、駆ける。


「行くぞ、阿弖流為殿!」

「望むところだ!」


おれは、天羽々斬を大きく振りかぶった。

阿弖流為殿も、天之麻迦古弓を引き絞る。


「「はあああっ!」」


おれの一閃が、天を割る光の奔流となって放たれた。

同時に、阿弖流為殿の矢が、光の柱となって射出される。

二筋の光が、地上の怪異の軍勢を消し飛ばしながら、泥岩の巨人へと向かった。

怪異たちは光に触れた瞬間、瘴気を浄化されて消滅していく。

その後に残されたのは、怪異の軍勢を真っ二つに割る一筋の道。

進路が、開かれた!


「突撃!!」


連合軍が、その道に殺到する。

朝廷の兵も、蝦夷の戦士も、開かれた道を駆け抜けていく。

天鳥船も、その先頭を駆け抜ける。


だが……おれは、目を見張った。

確かに届いたはずの二筋の光が、泥岩の巨人には、傷一つ付けていなかった。

おれの心に、不安が過ぎる。


「まさか……」

「いや、違う。再生したのだ」


その不安を払しょくしたのは阿弖流為殿だ。


「何と?」

「巨人は前方に手をかざし、身を守ったのだ。手は消滅したが、再生するのが見えた。足元の岩場と胸の疑似核岩から、岩と泥を補充したのだろうな」

「……やはり、尋常ではないな」


その言葉に、おれは改めて敵の強大さを感じる。

高子が言うように、力を地の底から引き出し続けるのであれば、幾らでもその身体を再生可能なのだろう。

だが、おれは、安堵していた。


「……だが、ならば、倒せる」


奴は身を守ったのだ。

恐らく、瘴気を生み出す核岩や、意思を発する悪路王の本体があるであろう部分を。

無傷なのではなく、再生したというのならば、核となる部分を狙い続ければ、何時かは倒せるやも知れぬ。


「行くぞ、阿弖流為殿!」

「ああ、もう一度だ!」


おれは、再び天羽々斬を振り上げた。

阿弖流為殿も、神弓を引き絞る。

再度放たれた光が、怪異の軍を再び抉り、進路を切り開く。

連合軍が、その道を押し広げていき、次第に泥岩の巨人へと近づいて行く。


再び放った光の奔流が、巨人に押さえられるのを見ながら、おれは、高子の無事を祈っていた。


(高子……頼むぞ)


おれたちは、囮だ。

悪路王の注意を引きつけ、高子が魔穴に到達する時間を稼ぐ。

それが、おれたちの役目。だから、おれは信じるのだ。

高子は、必ず成し遂げるのだと。



【悪路王】


(ぐぅぅぅっ!)


儂は、内心で歯噛みした。

光の奔流を受け、腕が消滅したのだ。

即座に再生し、この身に最早傷などない。


(不遜な……! この儂の身体を削るとは!)


しかし、儂の不機嫌は極まっていた。

強大な筈の儂の巨体を、削れる者がいる。

その事実が、儂の誇りをいたく傷つけたのだ。


儂は瘴気を通して、大岳丸に大猛丸の二体を倒した光を知っていた。

だが、岩石の巨体すら削るとは、思っていなかったのだ。


(……であるならば、忌々しいが手を打たねばなるまい)


儂は、怪異たちに咆哮で命じた。


ゴォォォォォッ!


その声に応え、怪異たちが動く。

空を飛ぶ怪異たちが、天鳥船に向かって殺到し始めたのだ。

瘴気で変じた怪異の中には、元が鳥類や昆虫である者もいる。

それらが、羽や翅で天を飛び、船に群がった。


(その対処に追われれば、あのような光など放てまい……しかるに、罰を与えねばな)


儂は、あの愚か者どもに、自ら罰を下すことにした。

大きく口蓋を開き、そこに、瘴気の塊である泥を凝縮させていく。

膨大な量の泥が、儂の喉に集まる。


(罰を、受けよ!!!)


そして――一気に、放射した。


無論、狙いは、この場で唯一の脅威であるろう、空飛ぶ船に乗る二人の男。

瘴気の泥の奔流が、船へと向かう。

群がっていた空飛ぶ怪異ごと、泥の奔流が全てを飲み込んだ。


(ふ、ふははははは!)


儂は、内心で哄笑を上げた。

あの泥に触れれば、神器を持とうとも、無事では済むまい。

怪異に変じたのなら、奴婢として使い潰してやるのも一興か。

勝利を、確信し……だが次の瞬間、泥の奔流が、消し飛ばされるのを目にする


(な、何!?)


儂は、瞠目した。

何事かと目を凝らし、そして見た。

輝く半透明の鏡が、浮かぶ船の前に顕現している光景を。


(あれは……何だ……!?)


儂の泥が、鏡に触れた瞬間、浄化されて消えていく。


(あ、あのような力、知らぬ!? ふ、ふざけおって!!!)


儂の憤怒が、さらに膨れ上がった。



【坂上田村麻呂】


空飛ぶ怪異が、次々と襲いかかってくる。

おれは、天羽々斬で切り払い、阿弖流為殿は神弓で射抜く。

だが、その数があまりにも多い。


「くっ、これでは……!」


奴の、悪路王の意図は読める。

脅威たるおれ達の足止め。

戦場で動きを止めるなど、格好の的でしかない。

そのおれの予想通り、泥岩の巨人が、大きく口を開いた。

喉の奥に、黒い泥が集まっていくのが見える。


「まずい!」


おれは、直感した。

だが、群がる怪異は、後方の術師たちの援護があっても、数が多すぎる。

回避すら、間に合わない。


「くっ!!」

「うぉぉぉ!?」


おれ達はどうにもできぬまま、瘴気の泥の奔流が、天鳥船を飲み込んだ。

だが……。


「……これは?」

「剣より輝きが……!?」


その瞬間、高子から託されたもう一つの神器の分け御霊が、輝いた。

閃光が放たれ、その光に呑まれ、消えていく瘴気の泥。

そして、現れたのは、光り輝く鏡だった。


天鳥船の中央で輝く鏡は、船を守るように、光の鏡を盾のように展開している。

空飛ぶ怪異が、それに触れると、瘴気を浄化されて力を失い、次々と地上へと墜落していく。


「これは……鏡か。であるなら、もしやあの神器の……」

「高子殿は、やはり……」


おれは、この身を包む力の正体を察し、感嘆した。

阿弖流為殿もこの力が何であるか理解したのか、僅かに震えた声を零す。


(また、高子に救われたな、おれは)


おれは、心の中で呟いた。

高子から託された力に、心から感謝し、そして前を向く。


「この盾を前に押し出して進軍すれば、先の瘴気の奔流も恐れる必要はないぞ!」

「おおおおっ!」


副将の叫びに、軍勢が気勢を上げた。


しかし次の瞬間、


ゴォォォォォォッ!


その気勢は、勢いを失った。

泥岩の巨人が、今度は天に向けて、吠え声を上げたのだ。

すると、見る間に太陽は雲に覆われ、凄まじい豪雨が辺りを包んだ。


「この雨は……大武丸の力か!」


おれは、すぐに気づいた。

疑似核岩になった大武丸、その力を悪路王は振るっているのだ。


おれは、天羽々斬を天に向けて振るった。

かつて鈴鹿の山で為したように、天を割り、雲を晴らす光の奔流を放つ。

雲が、裂ける。

一瞬、太陽が顔を覗かせた。


ゴォォォォォォッ!


だが、泥岩の巨人が再び咆哮すると、雲が再び集まり、豪雨が復活する。


「くそっ……!」


おれは、歯噛みした。

豪雨は、視界を遮る。

その中に紛れて、怪異たちが襲いかかってきた。

かつて、鈴鹿の山でも強いられた、視界の利かぬ中での戦い。

軍勢が、苦戦を強いられ、押されていく。


おそらく、阿弖流為殿の神弓ならば、豪雨の中でも巨人に届く。

だが、巨人は疑似核岩と、頭脳である悪路王の守りを優先するだろう。

そして削られた身体は回復する。


「田村麻呂様!」


加茂の術師が、駆け寄ってきた。

更なる凶報を持って。


「この雨には、瘴気が含まれています!」

「何!?」

「今は、輝く盾で幾らか浄化されていますが、足元で溜まっていくのは確かです。あまり長く触れていては、兵たちも怪異に成り果てかねません!」


窮地の上に、時間制限まで縛られたというのか。

本来ならば、絶望すべき事態なのだろう。

しかし、おれは、自然と笑みが浮かぶのを感じていた。


「この雨は、恵みの雨になるだろう」

「田村麻呂様?」


阿弖流為殿が、怪訝そうにおれを見る。

だが、おれは頷いた。


「高子が、必ず成し遂げる」


その言葉に、阿弖流為殿も、術師たちも、頷いた。

おれは、泥岩の巨人の方向……いや、その先を見つめた。

高子が向かう、魔穴の方向を。



【三善高子】


私は、恐山を見下ろす、遥か高高度を式神に乗り、戦況を見つめていました。

機を見て急降下し、魔穴へと至るために。


地上の軍は、現状全て囮。

悪路王の注意を引き付けておくための策でした。


怪異や悪路王に気取られないように、私は神気を抑え、隠形の術もかけています。

地上で奮闘する田村麻呂様たちの姿を見届けながら、私はその時を待っていました。


そして、遂にその時が来ました。

悪路王が暗雲を呼び、恐山一帯が全て豪雨に覆われ、視界が効かなくなった瞬間。


「今です」


私は、式神を急降下させました。

魔穴に向けて、一直線に。


豪雨の中を、私は駆け抜けます。

視界は悪いですが、私には魔穴の位置が分かっています。

ダンジョンコアに宿る意思としての感覚が、その場所を教えてくれるのです。


あと少し……でも、その時です。

目の前に、巨体が現れました。

泥岩の巨人、その巨大な腕が、私に向かって振り下ろされようとしていたのです。



【悪路王】


(ふ、見つけたぞ)


儂は、豪雨に含まれる僅かな瘴気で、この一帯全てを知覚していた。

上空から侵入する存在を、感じ取っていたのだ。

そして、その正体が、術者らしい女だと知った。


(ふははは、愚かな。なにを企んで居るかは知らんが、この儂の目を誤魔化せると思ったか)


儂は、嘲りながら、巨人の腕を振り上げる。

この女……確か、あの田村麻呂という男の女か。

この女が死んだならば、あの男はどのように絶望するか。

その光景を夢想すると、喜悦が溢れそうになる。


(……だが、何だ、この女は)


しかし同時に、儂は苛立ちも感じていた。

この泥岩の巨人に対し、この女は一向に怯える様子が無い。

それが、余りに不快なのだ。


(……まあよい。直ぐに、後悔させてやる)


儂は、腕を振り下ろそうとした。

だがその瞬間、


(ぬぉっぉぉぉ!???)


泥岩の巨人が、横に跳ね飛んだ。


(な、何!? 何が起きた!?)


儂は、混乱した。

巨体の頬より伝わる、痛み。それが儂に起きた事態を知らせる。

この巨体が、吹き飛ばされた……いや。


(な、殴り飛ばされた、だと!???)


誰が、誰が、この儂の巨体を吹き飛ばしたのだ!?

山にも匹敵する、この儂の身体を!??

儂は、それを成した相手を探し、そして……見つけた。

泥岩の巨人の頭ほどの高さに浮かぶ、人影を。


(あれは……鬼!?)


儂は、すぐに理解した。

魔穴から現れた存在だと。

その鬼は、大猛丸に重傷を負わせた、魔穴より現れた鬼だった。


(まさか……また邪魔を!)


儂の怒りが、頂点に達した。



【三善高子】


私は、現れた鬼に、感謝しました。

試練の鬼であり、田村麻呂様の師であり、何より私の弟である、スサノオ。

彼が、泥岩の巨人を吹き飛ばしてくれたのです。


私は、予知で、スサノオが現れることさえ予見していました。

だから、泥岩の巨人に怯えることもなかったのです。

それにしても、スサノオも凄くなったもの。

アキト様は昔山の様な大きさに変異したクマを狩った事があると言っていたけれど、スサノオもその域に手が届いたのね。

そのスサノオの念話が、私の心に響きます。


(姉上、急げ! こいつは、俺が食い止める!)

(ありがとう、スサノオ。必ず、成し遂げます)


私は、そのまま式神を駆り、魔穴へと侵入しました。

暗闇の中へ。

地の底から湧き上がる魔力の流れをかすめ取る、悪路王の企みを断ち切るために。

その為なら……この身体を、失う事になっても構いません。

密かな決意と共に、私は最奥の間まで急ぐのでした。

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