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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
漆章 平安時代 前期 ~貴族政治の確立と国風文化の形成~

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奥州霊異譚 第六幕 胆沢の戦い 結

【坂上田村麻呂】


おれは、もう限界に近かった。

突風を操る鬼との戦いで、心身ともに消耗し切っている。

特に、前衛として直接鬼と対峙し続けたおれは、全身に無数の傷を負っていた。

暴風の様な勢いで振り回される金棒に、その余波で飛び散る礫が、おれの身体を容赦なく削っていく。

顔に、腕に、脚に。

細かな傷が、総身を覆って、時には鎧さえも貫いていた。

一つ一つは浅い傷だが、その数があまりにも多く、出血も、徐々におれの体力を奪っていく。


(だが……まだだ。この程度で倒れては、師に笑われよう)


おれは、歯を食いしばった。

かつて魔穴の中で出会った、試練の鬼。

師と仰ぐあの鬼との修練の日々の中、今以上に追い込まれた事もある。

それを思えば、この程度どうとでもなるというモノだ。

故に、倒れるわけにはいかない。

高子が来るまで、耐え抜かねばならない。


阿弖流為殿も、おれと同じように消耗している。

矢を放ち続け、その腕は疲労で震えているだろう。

心の疲労も尋常ではないはずだ。

鬼が再び天空からの突風を放てば、おれたちは倒れ伏し蹂躙されてしまう。

それを防ぐために、阿弖流為殿は一瞬の緩みなく、鬼の力の発動を封じているのだ。

彼も決して諦めていない。


一方で、鬼は未だ勢いよく暴れているものの、その顔には、忌々し気な色が浮かんでいる。

おれたちを、殺しきれない。

それが、鬼の苛立ちを募らせているのだ。


おれと阿弖流為殿は、その理由を悟り、思わず笑みを浮かべた。

鬼以外の怪異たちが、朝廷の兵と蝦夷の連合に、駆逐されかけている。


高子に教えを受けた術師たちが、浄化された領域を密かに広げていた。

怪異の軍勢を、囲むように。

そして、その領域内では、怪異の再生が封じられる。

術師たちの浄化の力が、怪異を弱体化させているのだ。


そこへ、兵たちが一気に攻勢に出た。

交代しながら戦っていた兵たちは、消耗も少ない。

怪異たちを、次々と討ち取っていく。


「押せ! 押し切れ!」

「この地に生きる者の意地を見せよ!」


副将と母禮殿の声が、戦場で響き渡る。

兵たちが、雄叫びを上げ、矢を射かけ突撃する。

これまで再生頼みだった怪異たちは、その勢いに対抗し切れず、遂に壊走を始めた。


群れとしての体裁さえ崩れ、逃げ惑う怪異たち。

長たる者以外に、統制を取れる者など居ないのだ。

その様に、鬼は険し気に顔を歪ませた。

怪異たちの不甲斐なさに怒りを感じているのか、それとも屈辱か……。

それでも、壊走を押しとどめようと、大きく吸い込んだ。

威嚇の咆哮か。

だが、


「させぬ!!」


おれは、剣を振るい、阿弖流為殿も、矢を放つ。

鬼の喉を、おれたちの攻撃が同時に襲う。

そのような隙を、おれたちが見逃すはずがない。

鬼は咆哮を上げることができず、忌々し気におれ達を睨むが、最早どうしようもない。


そして、遂には、怪異たちは残らず駆逐された。

残るは、この鬼一匹。

立場が、逆転した。


「弓を射かけよ!」

「術師よ、田村麻呂様を援護せよ!」


多くの兵が怪異の群れの追撃に移る中、副将や母禮殿の指揮で、この鬼の方にも兵が差し向けられた。

蝦夷の戦士たちが、四方から矢を放ち始める。

鬼めがけて、無数の矢が降り注ぎ、その全身に突き立った。


「グォォォ!???」


鬼が苦痛に悲鳴を上げる中、術師たちも、動く。

瘴気の浄化を試み、大柄な式神を召喚して、鬼にけしかけ始めたのだ。

鬼は金棒を振り回し、式神を破壊するが、その数と槍の援護に倒しきれず、組みつかれて動きを封じられていく。


その間に、おれと阿弖流為殿は、ようやく一息ついた。

一旦下がり、いままで重荷でしかなかった水を取り出し、飲み干す。

その途端、おれの膝が崩れた。


「ぐっ……」


全身の細かな傷と、疲労。

暴風の如き鬼の猛攻の中身を置いていたために、心もまた疲労していた。

師との鍛錬を経験をしていなければ、どうなっていた事か……。

阿弖流為殿も、緊張の糸が切れたのか、座り込んでいる。

そこへ、兵たちが、駆け寄ってきた。


「田村麻呂様! こちらを!」

「阿弖流為殿も!」


兵達が取り出したのは、封を解かれた小さな瓶だ。

朝廷が物資として用意した貴重な薬であり、時折高子が何やら力を込めていたもの。

兵たちが、おれの傷に薬を塗っていくと、その瞬間、傷が、瞬く間に癒えていく。

痛みが消え、出血も止まり、鬼が為した再生のように傷さえも消えてゆく。


「これは……凄まじいものだな」


おれは、驚愕した。なんという効果だ。

これまで何度か似たような薬を使った事はあるが、これほどまでに効果が高いのは初めてだった。

阿弖流為殿も、同じ薬を塗られて、湧き上がる活力に、目を見開いていた。


「田村麻呂殿……この薬は……」

「魔穴……いや、神域から得られる薬だ。そのうえ、高子が効用を高めてくれたらしい」


おれは、答えつつ、瞠目する。

またしても、高子の助けだ。


(感謝してもし切れん……)


おれは、心の中で呟いた。

こうして、体勢を立て直したおれと阿弖流為殿。

だが、同時に、未だ倒れない鬼を見て、表情を曇らせた。

結局、これまで多くの傷を鬼に負わせたが、その一切が、再生されていたのだ。

今も、射かけられた矢で全身を貫かれているが、悉く再生をしている。

また、内に取り込んだ瘴気の量が多いのか、術師たちが浄化を試みても、再生が衰える気配がない。


(やはり……神器の分け御霊が必要なのか)


おれは、歯噛みした。

その時だ。


「田村麻呂様!」


空から、おれを呼ぶ声が聞こえた。

聞き慣れた、愛しい声。

見上げると、太陽を背にした鳥の群れがおれの目に映った。

白い鶴の式神。

その上に乗るのは、高子と護衛たちだ。


「高子……!」


おれは、戦場でありながら、喜色を浮かべるのを押さえられない。

高子が、式神を降下させ、おれの元に、降り立った。

その目には、涙が浮かんでいる。

高子が、おれの名を呼ぶ。


「田村麻呂様……!」

「よくぞ、間に合ってくれた……!」


おれは、高子に駆け寄った。

阿弖流為殿や兵たちも、高子の到着に安堵の表情を浮かべている。


「高子殿、よく来てくれた」


阿弖流為殿も、感謝の言葉を述べる。

高子も、再会を喜びたいのだろう。

だが、彼女は表情を引き締めた。


「田村麻呂様、神器の分け御霊を、再び託したく思います」


高子が、凛とした声で言う。

おれは、頷いた。

そして、愛用の剣を掲げる。

高子は、携えた光の珠を、剣に触れさせた。

その瞬間、剣が光を放ち始め、変容していく。

かつて、鈴鹿の山で降臨した神剣、天羽々斬の姿へと。


「これは……」


おれは、その圧倒的な力を、感じ取っていた。

あの鈴鹿の山で感じたのと同じ、圧倒的な神気を。

更に高子は、続けた。


「阿弖流為殿も、弓をかざしてください」

「オレもか……?」


阿弖流為殿が、戸惑いながらも、弓をかざす。

高子は、別の光の珠を、その弓に触れさせた。

すると弓は、輝きを内に秘めた神弓へと変容したのだ。

阿弖流為殿が、驚愕する。


「これは……なんという……」

「これなるは、天之麻迦古弓。神弓です」


高子が、説明する。


「怪異の長たちを倒すまで、この地を守る意志ある者に託します」

「……分かった。この力、確かに受け取ろう」


阿弖流為殿は、高子の様子に驚きつつも、それを受け入れるようだ。

おそらく、高子がただならぬ者であると、阿弖流為殿も察した事だろう。


さらに、高子は、己が使うひとりでに動く二本の剣にも、光の珠を近づける。

二本の剣も、神々しい光を纏った。

そして、高子は、おれたちに告げた。


「あの鬼のような怪異の長が、今四体います」

「四体……」


おれは、呟いた。

阿弖流為殿もまた、告げられた言葉に眉根を寄せる。


「突風を操るあの鬼、大岳丸。雷を操る大猛丸。豪雨を操る大武丸。そして、全ての怪異の王、悪路王が」


高子の言葉に、おれたちは息を呑んだ。

薄々は感じていたものの、あのような鬼がそれほどにいるとは。

しかし、怖れが浮かびそうなものだというのに、おれはむしろ戦意が高まるのを感じていた。

それは、この手の中にある神器がもたらす物であろうか?


「その全てを倒すまで、これらの神器は、お二方に貸し与えられたのです」


その言葉に、おれたちは察した。

四匹の怪異の長を対処するには、四つの神器が必要なのだ。

だから、高子も自分の剣を強化し、阿弖流為殿にも神器を授けたのだと。


おれは、納得し、そして、天羽々斬を手に、鬼へと視線を向ける。

四方から射かけられ、次々に襲いかかる式神に、動きを封じられている鬼……いや、大岳丸か。

傷こそ再生するものの、最早、敵ではなかった。


おれは、大きく上段に神器を構えた。

全身の力を、この一撃に込める。


一方で大岳丸もおれの姿を見て何か察したのか、暴れ様を激しくするも……もはや手遅れだ。

そして……。


「はああああああっ!!!」


おれは裂帛の気合と共に、天羽々斬を振り下ろした!


その瞬間、天が、割れた。


かつて鈴鹿の山で為したような、嵐さえ切り伏せる一撃。

天空の雲さえ切り開きながら、鬼へと光の刃が天より降り注ぐ。



斬ッ!!!

「っ!???!??」


まとわりつかれた式神ごと、脳天から真っ二つに唐竹割りにされた大岳丸。

余りの威力に、悲鳴すら形にならない。

さらに、その斬撃に込められた神気が、再生など許さずに内側から瘴気を浄化する。

数瞬後、鬼の身体が、光の中に溶けるように消滅していった。

跡形もなく、大岳丸は消滅したのだ。


残されたのは、神器の一撃に吹き飛ばされ、墓標のように突き立った金棒だけ。

そのあまりの凄まじさに、朝廷の兵も、蝦夷の戦士たちも、声を失っていた。

おれは、天羽々斬を振り上げ、そして、叫んだ。


「勝ったぞ! 我らの勝利だ!」


その声に、兵たちが我に返った。


「勝った……!」

「俺たちが勝ったんだ!」


歓声が、上がる。

兵たちが、戦友たちと抱き合い、無事を祝い合う。

朝廷の兵も、蝦夷の戦士たちも、共に喜んでいる。

その様子に、おれはこの地の未来を見た。

朝廷と蝦夷が、共に手を取り合う。

その第一歩を、ここで踏み出したのだ。


「田村麻呂様」

「ああ、高子。お前のおかげだ」


高子が、おれの隣に立つ。

おれは、その手を取った。

高子が、微笑む。

そこには深い安堵の色が見えた。

きっと、俺も同じような表情を浮かべているのだろう。


「いえ、貴方様が、耐え抜いてくださったからです」

「……だが、まだ終わりではないな」


阿弖流為殿が、神弓を見つめながら言った。

おれは、頷いた。


「ああ。残り三体の怪異の長が、いる」

「だが、今日の勝利が、我らに希望を与えた」


おれは、兵たちを見渡した。


「この勝利を、糧にしよう。そして、次の戦いも、必ず勝つ」

「おおおおっ!」


おれの言葉に、兵たちが応える。

歓声が、胆沢の地に響き渡った。

おれは、天羽々斬を鞘に収める。

変容していた筈の刀身がそのまま収まった事に、不思議さを感じながら、おれは高子と、阿弖流為殿たち共に、この勝利の余韻に浸った。

次の戦いもまた、厳しいものになるだろう。

だが、おれたちは、必ず勝つ……この地を守るために。

朝廷と蝦夷の、未来のために。


おれは、そう誓ったのだった。

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