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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
漆章 平安時代 前期 ~貴族政治の確立と国風文化の形成~

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奥州霊異譚 第二幕 奥州細腕再建記

【三善高子】


朝廷の軍と蝦夷との共闘が、成立しました。

田村麻呂様と、阿弖流為殿の決断により、私たちは共に怪異に立ち向かうようになったのです。

これは、この奥州の未来にとって、大きな希望でした。

朝廷と蝦夷が手を結ぶなど、誰が想像したでしょうか。


ですが、田村麻呂様は成し遂げられたのです。


あの方の真摯な姿勢と、揺るぎない意志が、阿弖流為殿の心を動かしたのでしょう。

私は、改めて田村麻呂様を誇らしく思います。

同時に、この方を守りたいという想いが、胸の内で強くなっていくのを感じていました。


ですが、怪異たちもまた、変化していたのです。


「高子様、次の村でも、怪異の群れが確認されています」

「また、群れですか……」


加茂の術者が、険しい表情で報告してきます。

私は、眉をひそめました。


以前は、怪異は単独か、せいぜい数体で行動するばかりだったというのに。

ですが今は違います。

集団で、しかも組織立った動きをしているとのこと。

まるで、誰かが指揮しているかのように。


いえ、実際に指揮している者がいるのでしょう。

私には分かります。

ダンジョンコアに宿る意思として、この地に潜む強大な存在の気配を感じ取っていました。


「高子様、どうなさいますか?」

「……行きましょう。瘴気の塊を、一刻も早く浄化しなければなりません」


私は、決意を込めて答えます。

怪異たちが組織化しているなら、その源である瘴気の塊を、一つでも多く浄化する必要があります。

これは、田村麻呂様の戦いを支えることでもありました。


私たち術者は、各地を奔走しました。

村から村へ、森から森へ。

時には険しい山道を越え、時には川を渡り、瘴気の塊を見つけ次第、浄化していきます。

体は疲れ果てても、私は休むわけにはいきませんでした。

田村麻呂様が戦場で命を賭けていらっしゃるのですから。

私も、この地で全てを尽くさねばならないのです。

ですが、その道のりは、決して楽なものではありませんでした。



ある蝦夷の集落に入ったとき、人々は私たちを遠巻きに見ていました。

その目には、明らかな忌避の色があります。

警戒と、憎悪と、恐怖が混じった視線でした。


「朝廷の術者だ……」

「あいつらが来たぞ……」

「また以前の役人のように、何か企んでいるのではないか?」


囁き声が、あちこちから聞こえてきます。

私は、その視線に耐えながら、歩を進めました。

そんな中、、子供の一人が、小さな石を、私に向かって投げつけてきたのです。


「帰れ! 朝廷の犬め!」


石は私に届く事無く、足元に落ちました。

でも、石を投げられたその事が、供の者には重要だったのでしょう。


「無礼な!」

「高子様に何たる……!」

「構いません」


術者たちが、怒りの声を上げようとしましたが、私は素早く手を上げて制しました。

私は、静かに、ですが確固とした声で言いました。

彼らの怒りは、当然のことです。

朝廷の横暴によって、彼らは苦しんできたのですから。


その怒りを、私が受け止めるのもまた、当然のこと。

いえ、受け止めねばならないのです。

私は、田村麻呂様の妻として、この地に立っているのですから。


「高子様……」

「大丈夫です。私たちは、やるべきことをするだけ」


術者たちが、心配そうに私を見ますが、私は穏やかに微笑みました。

私の役目は、田村麻呂様を支えること。

そして、この地の人々を守ること。

それ以外に、何もありません。


私たちは、集落の中心にある、穢されて崩壊した神社へ向かいました。

かつては、この神社は村を守っていたのでしょう。

立派な造りだったことが、朽ちた柱や倒れた鳥居から見て取れます。

ですが今は、瘴気に汚され、荒れ果てていました。

社は傾き、境内には雑草が生い茂っています。


なんて、見るも無残な姿。ですが、村の人々を守り続けた誇り高き姿でもあります。


「ここを、再建しましょう」


私は、術者たちに命じました。

そして、私自身も、神社の浄化に取りかかります。

両手を天に掲げ、深く息を吸い込みます。


「天つ神、国つ神、この穢れを祓い給え」


私の体から、眩い光が放たれました。

今も信仰を受ける神としての力が、溢れ出します。

瘴気が、光に触れて徐々に薄れていきました。

そして黒い靄が消え、代わりに清浄な空気が満ちて……神社の周囲に、神域としての力が戻ってきます。


「高子様、次は社の修復を……」

「ええ。皆さん、お願いしますね」


術者たちと共に、私たちは神社の修復を始めました。

壊れた屋根を直し、倒れた鳥居を立て直し、境内を清めます。

私も、自ら手を動かします。

神であろうとも、人の姿を取っている以上、人として働くべきだと思っていました。

同時に、写し身とは言え身体を動かすこういう時こそ、生を感じる事が出来るのです。


何より、田村麻呂様ならそうされるでしょう。

あの方は、決して人の上に胡坐をかくような方ではありません。

ですから、私も同じようにしたかったのです。


その作業は、数日に及びました。

朝から晩まで、休む間もなく働き続けます。

術者たちも、文句一つ言わず、黙々と働いてくれました。

村人たちは、最初は遠巻きに見ていましたし、警戒の目は、なかなか緩みません。


ですが、徐々に、その目が、変わっていくのを感じました。


「あの女、本当に働くな……」

「朝廷の術者なのに、自ら手を動かしている……」

「あれだけの力があるなら、術だけで直せるのではないか?」

「ですが、自分で働いているのか……今までの役人だったら、既に偉ぶっていただろうに」


囁き声の内容が、少しずつ変わっていきます。

そして、三日目の夕暮れ時。

ある老婆が、私に近づいてきたのです。

しわだらけの手に、木の実を包んだ布を持って。


「……ありがとうねえ」


老婆は、震える声でそう言って、深く頭を下げました。

その目には、涙が浮かんでいます。


「この神社は、私たちの心の拠り所だったんじゃ。それを、このように取り戻してくれて……」

「いいえ」


私は、ただ静かに微笑み、そして彼女の手を取ります。


「これは、私たちがすべきことです。この地を守ることが、私たちの務めですから」


老婆は、涙を流しながら、何度も何度も頭を下げました。

そして、持ってきた木の実を、私に差し出します。


「これしかありませんがのう……どうか、受け取ってくださらんか?」

「ありがとうございます」


私は、その木の実を受け取りました。

きっと、この老婆にとって大切なものだったのでしょう。

それを、私に分けてくださったのです。

その気持ちが、何より嬉しく思えました。


そして、他の村人たちも、徐々に私たちに近づいてきました。


「……手伝わせてくれ」

「女手に任せきりでは、笑いものになるからな……」

「俺たちだって、この神社を取り戻したいんだ」

「材木なら、山から切って来るぞ」


村人たちが、私たちと共に働き始めたのです。

その姿を見て、私は心から嬉しく思いました。

ああ、これが田村麻呂様の望まれた光景なのでしょう。

朝廷と蝦夷が、共に手を取り合う。

その第一歩を、私は見ることができたのです。


こうして、少しずつ、蝦夷の民も、態度を軟化させるようになっていったのでした。



そして、術師たちもまた、変わっていきました。


「高子様、貴方様の術を教えてはいただけませんか?」


加茂一族の術者が、恭しく頭を下げてきたのです。


「あなた様の浄化の術は、私たちとは比べ物になりません」

「いいえ、そんなことは……」


私は謙遜しましたが、術者は真摯な目で私を見つめました。


「いえ、本当です。あなた様の霊力は、まるで神そのもののようです」


私は、少し困りました。

確かに、私は神です。

アマテラス。太陽神。何時しか、その様に呼ばれるようになっていました。

ですが、それを明かすわけにはいきません。


「私はただ、精一杯やっているだけです」


私は、そう答えるしかありませんでした。


「ですが、もし私にできることがあれば、喜んでお教えします」


術者は、深く深く頭を下げました。

そして、他の術師たちも、次々と私に教えを乞うようになったのです。

私は、彼らに、私の知る術を伝えました。

瘴気の浄化の方法、神域の強化の仕方、怪異を弱体化させる術。

もちろん、神やダンジョンコアとしての力は伝えられません。

ですが、術として応用できるものは、惜しみなく教えました。


術師たちは、熱心に学び、そして実践していきます。


その姿勢に、私も感銘を受けました。

人は、学び、成長するのです。

その可能性は、無限なのでしょう。


こうして、人里近くからは、怪異が払拭されていきました。

村々は安全になり、人々は安心して暮らせるようになります。

それは、確かな成果なのでした。


ですが……私は、それでも安心できませんでした。


(これから先、田村麻呂様たちは、苦戦なさるでしょう)


私は、生前のように、高い霊力で未来を感じ取っていました。

それを裏付けるように、ある夜アキト様が小鳥の姿を使い、教えて下さったのです。

各地には、かつての鈴鹿山の大嶽丸と同等に近い力を持つ、怪異の長たちがいると。


大岳丸、大武丸、大猛丸。


それぞれが、強大な力を持つ鬼。

そして恐山には、さらに強大な存在が、待っているのだと、警告くださいました。


悪路王。


大怪異の最大の残滓。

その力は、計り知れません。

おそらく、田村麻呂様お一人では、太刀打ちできないでしょう。

いえ、阿弖流為殿と共にでも、厳しい戦いになるはずです。

そう、私と田村麻呂様が出会った、あの鈴鹿山の時のように。


(このままでは、田村麻呂様が……)


その想像だけで、胸が締め付けられます。

もう田村麻呂様を失うなど、考えられません。

あの方は、私の全てなのです。

夫として、戦士として、そして人として。

私が愛する、たった一人の方。

その方を守るために、私にできること……。


(そのためには、あそこに行かないと……)


だから、私は、ある決意を固めたのです。

その決意を見守るかのように、遠く奥州の険しい山々が見下ろしていました。

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