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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
漆章 平安時代 前期 ~貴族政治の確立と国風文化の形成~

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奥州霊異譚 第一幕 双雄会談

【坂上田村麻呂】


「田村麻呂様、使者が参りました」


副将の報告に、おれは陣幕から出た。

そして、使者の姿を一目見て、おれは、息を呑んだ。


(これは……ただの使者では決してない)


使者は、質素な装束を纏っている。

だが、その身にまとう威風は、ただの使者のものではない。

そして、内に秘めた魔力。

恐らくは、魔穴で己を高め、さらに数多の戦場を潜り抜けてきた者だけが持つ、研ぎ澄まされた力だった。


(阿弖流為本人か、もしくは盟友と呼ばれる母禮か)


おれは、そう見抜いた。

どちらであろうとも、蝦夷の長。その様な者が、自ら使者として来たのだ。

それだけで、彼らの覚悟が分かる。


「副将、会談の場を設けよ」

「はっ! 直ぐに陣幕を……」


副将が即座に動こうとするが、ただの陣幕では足らぬだろう。


「お互いの供の者を数人、背後に置ける場を作れ。おれと使者が、一対一で話せるようにな」

「田村麻呂様、それは危険です! 相手は蝦夷の……!」

「だからこそだ。わかるな?」

「……ご下命のままに」


おれの言葉の意味を理解したのであろう。

副将は、渋々頷き、準備に取りかかった。

しばらくして、会談の場が設けられる。


中央に、二つの座。

その背後に、それぞれ数人が立てる空間。

おれは、その場に向かった。


「田村麻呂様……」

「大丈夫だ。すぐに戻る」


高子が、心配そうに呼び止めるが、おれは、微笑んで答えた。

そして、会談の場へと歩を進める。

心の内に、戦場へ向かうに等しい覚悟を以って。



【阿弖流為】


オレもまた、朝廷の将を一目見て、その強さを、見抜いた。


(こいつは……強いな。聞きしに勝るとはこの事か)


噂に聞いた名将、坂上田村麻呂。

その実力は、伝え聞いた通りかそれ以上だ。


そして、何より、その真っ直ぐな視線。

濁りのない、まっすぐな瞳。

それは、人の上に立つ者が持つべき、徳の証だった。


(これは……来た甲斐があった)


オレが心の中で頷く中、瞬く間に会談の場が設けられる。

その配置を見て、オレは納得した。


(対等に扱う気か)


お互いの供の者を背後に置き、中央で一対一で話す。

これは、オレを単なる使者ではなく、対等な交渉相手として扱っているということだ。

朝廷の将が、この俺を。

何とも小気味よくさせてくれるものだ。

そして、この配置には、もう一つの意味があることもわかっている。


(万が一、どちらかが襲いかかったとしても……)


お互いに、生き延びるだろう。

それだけの力量が、互いにある。

そして、田村麻呂は、それを理解しているのだ。

オレの力量を、正確に測るだけの武を備えている、何よりの証だった。


(これが判っただけでも、此処に来た価値があったな)


オレは、促されるままに、会談の席に着く。

田村麻呂も、向かい側に座った。

張り詰めた沈黙が流れる中、口を開いたのはオレだ。


「……使者と名乗って来たが、それも今まで。」


オレは、真っ直ぐに田村麻呂を見た。


「オレの名は、阿弖流為。蝦夷を束ねる者だ」


その瞬間、背後の田村麻呂の配下たちが、どよめいた。


「阿弖流為だと……!?」

「本人が来たのか!」


だが、田村麻呂自身と、その背後に立つ数人は、動揺していない。

やはり、見抜いている。


「この地は、かつての朝廷の官吏の横暴から、独立を勝ち取った地だ。蝦夷のものだ」


オレは、まずは使者として、蝦夷の意を示す。

田村麻呂の目を見据え、この地に生きる者の意思を。


「そして、各地で暴れる怪異の原因もまた、朝廷にある。朝廷の怨霊が、あの大怪異を生んだのだからな」


オレは、声に力を込めた。


「そんな地へ、朝廷が再び足を踏み入れるのは、如何なる理由があってのものか?」


この地は、朝廷によって苦しめられたのだ。

その答え如何では、この場で力を示す事も辞さぬと、全霊で相手を見据える。

田村麻呂が、オレ達の意に対して、どう答えるのか。

その見極めの為に。



【坂上田村麻呂】


阿弖流為の問いに、おれは静かに答えた。


「お前の言う通りだ」


おれは認め、頷く。


「かつての地方官吏の横暴。そして、怪異の元となった瘴気。その二つは、朝廷由来のものだ。非は、確かに朝廷にある」


阿弖流為が、僅かに目を見開く。

だが、おれは続け、真っ直ぐに阿弖流為を見た。


「だからこそ、おれたちは、その非を正さねばならない。暴れる怪異を平定すること。それこそが、朝廷が為さねばならないことだ」


おれは断言し、北を指さした。


「そして、各地の怪異の元となる瘴気の沼を払うため、かつての大怪異が出現した、陸奥の国の恐山まで、進む」


その言葉に、阿弖流為の視線が、鋭くなり、声を上げる。


「待て、その途上には、蝦夷のものが住まう土地がある。朝廷は、やはり蝦夷を滅ぼす気ではないか?」

「蝦夷も、かつては朝廷の民だった。怪異の脅威から救うのは、当然のことだ」


おれは、動じず、阿弖流為の目を見た。


「かつての不正は正す。だが、蝦夷の誇りを穢すことはない。今は怪異の討伐が、朝廷にとっても、そして蝦夷にとっても、最も必要なことではないか?」


おれは、深く息を吸い込み、そして宣言する。


「地の利の無い朝廷に、助力を願う。怪異を打ち倒すため、力を貸してほしい」


そして、阿弖流為に向かって、頭を下げ、問うた。

背後からざわめきが聞こえるが、それも直ぐに静まり返る。

顔を伏せる中、阿弖流為が僅かに身じろぎした気配があった。

沈黙が、流れた。



【阿弖流為】


朝廷の将が、頭を下げた。

オレは、目を見開き、その様をまじまじと見つめずにはいられない。

……驚きを、隠せているだろうか。


(まさか……)


オレは、田村麻呂の人となりを見極めた上で、自分から共闘を申し出るつもりだった。

だがそれを、田村麻呂の方から、切り出されるとは、思いもよらぬ事態だ。

しかも、頭を下げてまで。


(これが……坂上田村麻呂か)


オレは、その器の大きさに、感じ入った。

伝え聞いていた徳が、本物だったのだ。

そして、この申し出の意味は大きい。


(朝廷から切り出されたことで……)


蝦夷に根強く残る、朝廷への反発も、幾らか緩むだろう。

オレ一人が決めるより、遥かに受け入れやすい。

田村麻呂は、それも計算しているのか?

それとも、ただ真摯に頭を下げているだけなのか?

どちらにせよ、オレは、確信した。


(こいつは、本物だ。ならば、すぐさま動く必要がある)


だが、オレは、この場で即答はしない。

オレは、ゆっくりと口を開いた。


「……田村麻呂殿。オレは、使者としてこの場に来た」


オレは、真っ直ぐに田村麻呂を見た。


「故に、この場での決断はせぬ。他の蝦夷の者とも、話し合わねばならん。この話は、持ち帰らせてもらう」

「分かった。待っている」


田村麻呂は、そう答え、静かに頷いた。

オレは、立ち上がり、田村麻呂も、立ち上がる。

どちらともなく互いに一礼し、オレ達は、会談の場を後にした。


会談は、終わったのだ。

張り詰めた空気の中、オレと供の者たちは、朝廷の陣営を離れる。

成すべきことを、成すために。



しばらくの後、オレは、他の蝦夷の長たちを集めた。


「……以上が、田村麻呂との会談の内容だ」


オレは、説明を終えると、長たちは、様々な反応を見せた。


「朝廷と手を組むだと……?」

「信じられん!」

「だが怪異を、あの化け物どもを倒すには……」


議論が沸き起こる中、オレは、それを静かに見守る。

そして、一人一人を説得していった。

田村麻呂の人となりを語り、共闘の必要性を説き、蝦夷の未来を語る。

時間はかかったが、やがて長たちは、頷いた。


「……分かった」

「阿弖流為殿を、信じよう」


オレは、深く息を吐き、そして、決意を固める。


「では、改めて使者を送る。共闘の了承と、約定を交わすための使者をな」


長たちが、頷く。

彼らもまた動き出す中、オレは南の空を見つめた。


坂上田村麻呂。


お前との共闘が、この奥州の未来を変える。

オレは、そう信じていた。



【アキト】


俺は、魔力の流れの中で、二人の会談の様子を見守っていた。

坂上田村麻呂と、阿弖流為。

二人の英雄が、向かい合っている。


(これは……こんな事もおこるんだな)


俺は、二人のやり取りを観察しながら、確信していった。

この会談によって、歴史が変わる。

田村麻呂の蝦夷平定は、俺の生前の歴史とは、大きく異なる道を辿るだろう。

生前の歴史では、阿弖流為は最終的に朝廷に降伏し、処刑された。

だが、この世界では、田村麻呂と阿弖流為が、手を組む。

それは、この世界独自の展開だ。

おそらく、瘴気と怪異の脅威が、それを可能にしたのだろう。


(だが……むしろそれが必要な事態になっている、とも言えるのか)


俺は、視線を奥州全体に広げた。

東北各地の怪異の動きを、観察する。


(指向性が生まれているな……? 幾つかの場所に集まっている、のか?)


そして、怪異たちの動きに、ある種の統一性があると気が付いた。

今までは、ただ闇雲に人を襲っていた怪異たちが、何かに導かれるように、動き始めている。

そして、その変化が生まれたタイミングは……。


(阿弖流為が、田村麻呂との共闘を選んだのと、同時だ)


俺は、その意味を理解した。

怪異たちが、脅威を感じ、二人の英雄の共闘に対抗すべく動いている。


(どうやら、鈴鹿山の大嶽丸のような怪異が、東北の各地に居たようだな)


俺は、過去の記憶を辿る。

大嶽丸は、瘴気に呑まれた山賊の長だった。

だが、その力は、単なる怪異を超え、その上他の怪異を統率し、戦略的に動いていた。

そして今、同じことが、起きようとしている。


俺は、データベースを参照しながら、奥州の各地を観察した。


すると、いくつかの場所で、強大な魔力の反応があった。


(これは……)


それらは、明らかに通常の怪異とは違う。

大嶽丸と同格、もしくはその分身のような存在。


俺は、その名を確認する。

大武丸。大岳丸。大猛丸。

不思議と似たような名を持つ者達が、それぞれ奥州の各地で、怪異たちを統率し始めている。


そして、俺は、視線を北へと向けた。


(恐山、ここか……)


かつて、大怪異が現れた地である、恐山。

そこに最大の魔力の反応があった。

それは大怪異の残滓、その中でも最も強大な存在。

俺は、その名を知った。


悪路王。


大怪異の残滓の中で、最大の災厄と言うべき大異形。

それが動き始めていた。


(まずいな……)


俺は、呟いた。

田村麻呂と阿弖流為の共闘は、希望だ。

だが同時に、それは怪異たちを一つにまとめる脅威ともなった。


そして、その結果、かつてない規模の、戦いが始まろうとしている。


(田村麻呂、アマテラス……)


俺は、二人を見つめた。

彼らは、まだこの変化に気づいていない。

だが、やがて知ることになるだろう。

恐山に、最大の敵が待っていることを。

悪路王が、全ての怪異を統率し、迎え撃つことを。


(これは……厳しい戦いになるな)


俺は、静かに呟くが、同時に信じてもいた。

田村麻呂とアマテラス、そして阿弖流為なら、きっと乗り越えられると。


俺は、そう信じて、見守り続けることにした。

恐山の方角を見つめながら。

そこで、悪路王が、ゆっくりと目覚めていくのを感じながら。

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