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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
漆章 平安時代 前期 ~貴族政治の確立と国風文化の形成~

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阿弖流為は奥州で蝦夷の指導者として名をはせた

【坂上田村麻呂】


瘴気にて歪んだ怪異は、奥州各地の村を襲っている。

おれたちは先の怪異との戦の直後、その先にある荒廃した村を目にしていた。


「これが、怪異の居座る地の様か」


おれは、呟いた。

村の入口には、壊された柵。

家々は焼け、畑は荒らされている。

しかし、怪我人は思いのほか少ないようだ。

怪異を追い散らした我らを、呆然とした様子で眺めていた。

その理由を、副将が示す。


「田村麻呂様。民は神社に逃げ込み、難を逃れたとの事」

「やはりか」


確かに、村の一角には、それと判る清浄な地があった。

古くからの社なのであろう。

その周辺だけは、荒廃した村に漂う瘴気も及んでいない。


「国分寺や古くからの神域は、瘴気を払う力がある。実体を持つ怪異であれば、払うまでは至らずとも、近寄らせはしない様だ」

「なるほど……ですが、守り得るのは、神域のみ。他はこのように、荒らされると」


副将が、納得する。


「そうだ。だから、おれたちが浄化しながら進む必要があるのだ」


おれは、高子を呼んだ。


「高子、術者を率いて、この村の瘴気も浄化してくれ」

「はい。貴方様の望むままに」


高子と術者たちが、村の瘴気を浄化していく。

何時しか、高子は陰陽師を始めとした術者たちをまとめる者となっていた。

それは、彼女が卓越した術者であり、また術者たちも彼女が高位の神霊に関わるものだと理解したからでもある。

思い起こせば、加茂の者などは彼女を一目した途端驚愕に顔を引き攣らせたほど。


やはり高子は、鈴鹿御前は高位の神格であるのだろう。

故に、残滓の様な瘴気など瞬く間に晴らされ、村は浄化された。


そして、おれたち軍は、村の再建を後続に任せ、次の村へと向かう。

こうして、おれたちは、関東から、じっくりと勢力範囲を北上させていった。



そんなある日、おれは、かつての戦に参加していた老兵から話を聞いた。


「以前の奥州攻めでは、術師も同行していたのだな?」


おれが訊ねると、老兵は頷いた。


「はい。ですが、浄化は成功しませんでした」

「何故だ?」

「蝦夷の妨害です。術師が浄化を始めると、蝦夷が襲いかかってきました」


老兵は、苦々しい表情で続ける。


「術には集中が必要です。妨害されれば、浄化は失敗します」

「なるほど……」


おれは、考え込んだ。


(だが、今は違う)


今回、おれたちは順調に浄化を進めているが、蝦夷の妨害はない。

それは何故か?


(奥州の状況が、変わったのだろう)


おれは、推測した。

かつて、蝦夷は朝廷の浄化を妨害したが、その結果怪異が増え続けた。

そして今、怪異は蝦夷にとっても脅威となっている。


(だから、おれたちの浄化を妨害しない)


おれは、そう結論づけた。

阿弖流為という指導者は、賢明な人物なのだろう。



数週間後、おれたちは、ある村に入った。

怪異に襲われ、荒廃していた村だ。

高子たちが瘴気を浄化し、おれたちが怪異を討伐した。

村人たちが、恐る恐る出てきた。


「ありがとうございます……」


村の長が、深く頭を下げる。


「礼には及ばない。これが、おれたちの務めだ」


おれは、答えた。

だがその時、一人の男が、憎しみを込めた目で、おれを睨んだ。


「朝廷の軍だと……? お前たちが送り込んだ役人のせいで、おれたちは苦しんだ!」


男は、叫ぶ。


「横暴な税の取り立て、理不尽な命令! あの役人のせいで、おれの息子は死んだ!」


周囲の村人たちが、男を止めようとする。

だが、おれは手を上げて、それを制した。


「……朝廷の役人の横暴は、承知している」


かつて朝廷の官吏は、都から離れるほどに横暴なものが多かったと聞く。

この奥州や西国等は特に酷く、故に反乱の原因となった。

その愚を、おれがくり返すわけには行かない。


「おれは、そのような横暴を正すために来たのだ」


おれの言葉に、男は驚いた顔をする。


「過去の官吏を許せとは言わぬ。だが、お前たちのこの先の為に、おれは怪異よりお前たちを守ろう」


おれは、真摯に言った。


「それが、おれの身の証だ。そして、この地を立て直すと誓おう」


男はしばらく黙っていたが、やがて絞り出すように告げた。


「……本当に、そうしてくれるのか?」

「ああ。約束する」


おれは、男を真っ直ぐに見据えた。

男はどう思ったのだろうか?

暫く俺の目を見つめ返した男は、静かに目を閉じ俯く。

その身体は、静かに震えていた。



その夜、陣営で、高子がおれの隣に座った。


「貴方様……今日の、あの男性のこと」

「……ああ」


おれは、あいまいに頷く。

そんなおれへと、高子は俺にそっと寄り添った。


「……辛かったですね」

「いや、当然のことだ。あの男は、息子を失ったと言った。他人とも思えぬ……」


おれは、答えた。

おれと高子との間には、子をもうけている。

今は坂上の家に預けているが、この遠征で長らく顔を合わせていない。

離れているだけで身につまされるというのに、子を失う痛みとなればどれほどのものか。


「朝廷の過ちは、おれたちが正さねばならない」

「でも、貴方様が責任を感じる必要は……」

「おれは、征夷大将軍だ。朝廷を代表している」


おれは、高子を見た。


「だから、おれが謝るのは当然なのだ」


高子は、優しく微笑んだ。


「貴方様は、本当に優しい方ですね」

「……そんなことはない」


おれは、少し照れくさそうに答えた。

高子は、おれの手を握った。


「私は、貴方様と共にいます。どんな時も」

「……ありがとう、高子」


おれは、彼女の手を握り返した。



そして、更に数週間が経つ。

おれたちの勢力は、着実に拡大し続け、朝廷の勢力を広げていった。

瘴気を浄化し、怪異を討伐し、民を助ける。

それが、おれたちの進軍だった。


そんなある時、副将が、駆け込んできた。


「田村麻呂様、報告があります」

「どうした?」

「蝦夷の長から、使者が参りました」


おれは、目を見開いた。


「蝦夷の長……話に聞く、阿弖流為なる者からか……?」

「はい。会見を求めております」


おれは、少し考えた。

そして、高子を見る。


「高子、どう思う?」

「……罠の可能性もあると思います。ですが、話を聞く価値はあるかと」


高子が、慎重に答える。

おれは、決断した。


「分かった。使者を通せ」


おれは、立ち上がり、副将を伴い陣幕を出る。

遂に、阿弖流為との接触が始まる。

一度は朝廷を奥州から敗退させた名将、阿弖流為。

彼が、如何なる者であろうかと、ひそかに心を躍らせながら。



【阿弖流為】


オレは、高台に立っていた。

ここからは、故郷たるこの地が良く見える。


「阿弖流為殿、朝廷の軍が北上しているとのこと」


そんな俺に、遥か先を見据えながら、母禮が俺に告げた。

彼は、オレの盟友だ。

蝦夷の別の氏族の長であり、共に朝廷と怪異に立ち向かっている。


「ああ、知っている」


オレは、北の空を見つめた。


「どうする? 迎え撃つか?」

「……いや、まだだな。何より、遠い」


オレは、答えた。

オレは、勇猛な戦士であると自負しているが、無謀は嫌いだ。

今、オレたちには、朝廷と戦う余裕がなく、そもそも朝廷の領域と接しても居ない。


「怪異が、増え過ぎたのだ」


オレは、呟いた。


恐山を始め、奥州の各地で、泥沼のような瘴気の領域が広がっていた。

オレたちの祭司も、浄化に努めているが、追いつかない。


「なぜ、浄化が進まないのだ……」

「……オレたちの怒りのせいだろうな」


母禮が、苦々しく言うなか、オレは、答えた。


「何?」

「朝廷への反抗心、怒り、憎しみ。それらが、瘴気に取り込まれているらしい」


オレは、拳を握りしめた。

この地に瘴気をもたらした、巨大な怪異。

その元は、朝廷を恨みに思う怨霊だと聞く。

その怨霊は、朝廷への恨みを糧とし、力を強めたのだとも。

その怪異が残した瘴気の沼も、同じように朝廷への怒りを取り込むのだろう。


「オレたちが怒れば怒るほど、瘴気は力を増す。今のように」

「……ふざけた話だ」


母禮は、黙り込んだ。

その朝廷への怒りが、己の苦境を呼び込む元となっているという厄介さに、言葉を失ったのだ。

まさしく、その言葉通りにふざけた話だ。


オレは、郷土を愛している。

この奥州の地を、オレたちの手で守りたい。

だから、朝廷の横暴な役人に反乱を起こした。


だが、その結果がこの有様だ。

俺達の怒りが、憎しみが、怪異を増やし続けている。


「このままでは、オレたちは怪異に磨り潰される」


オレは、危機感を抱いていた。

奥州を勢力下に置いているとはいえ、状況は厳しい。

怪異との戦いで、多くの戦士が命を落としている。

このままでは……。


苦悩する中でも、状況は動き続ける。


「長! 朝廷の軍が、また村を解放したとのことです!」


今日もまた、若い戦士が駆け込んできた。


「なに?」

「朝廷の軍は、怪異を討伐し、村を解放しています! 民は、感謝しているとか!」


若い戦士たちが、いきり立つ。


「許せん! 朝廷の犬どもめ!」

「今すぐ、襲撃しましょう!」


だが、オレは手を上げて、それを制した。


「待て」

「しかし、阿弖流為殿!」

「待て、と言っている」


オレは、厳しく言った。

そして、報告を聞いた戦士に訊ねる。


「その朝廷の軍、どのように進軍している?」

「は、はい。慎重に、拠点を作りながら進んでいるとのことです」

「民への扱いは?」

「……良いと聞きます。村を助け、食料を分け与え、家の修理まで手伝っているとか」


オレは、考え込んだ。


(慎重な進軍。徳ある統治)


これは、ただの征服軍ではない。

指揮官は、優れた人物だ。

オレは、盟友に訊ねた。


「母禮、お前はどう思う?」

「……少なくとも、以前の朝廷の軍とは違うようだ。俺達が討った者とはな」

「そうだな。ならば、オレは知らねばならんだろう」


母禮が答え、おれは頷いた。

お互い朝廷には思う所がある。

しかし、この地を導く長として、オレは決意しなければならない。


「その指揮官が、どのような人物なのか」

「阿弖流為殿……まさか」

「ああ。使者を送る」


オレは、宣言した。


「朝廷の軍の将。その人となりを、この目で確かめるのだ」


若い戦士たちは、驚いた顔をする。

だが、オレの決意は固い。


「母禮、留守を任せる。万が一の時は、頼むぞ」

「承知した」


母禮が頷く。

徳ある統治をしているとはいえ、向かう先は敵軍だ。

何があるともわからぬ。

しかし盟友ならば、オレが帰らずともこの地の民を導けるだろう。

オレは、南の空を見つめた。


坂上田村麻呂。


その名を、オレは何度も聞いている。

勇猛な武人であり、優れた将であると。

そして、徳ある統治者。

オレは、確かめたかった。


(もし、彼が本当にそのような人物なら……)


オレには、一つの考えがあった。

だが、それは、彼と会ってから決めることだ。


「準備をしろ。明日、出発する」


かの者と会った時、何が起こるのか?

それはオレにも、分からない。

だが、オレは信じている。

この奥州の未来を、オレたちの手で切り開くことを。


そのために、オレは戦う。

朝廷とも、怪異とも。


そして、必要なら……坂上田村麻呂とも、手を結ぶ。

オレは、そう決意していた。

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