平安京の北東、鬼門には比叡山延暦寺等が置かれ、霊的守りが固められた
平安時代編開始します。あと、ジャンルを歴史に変えてみました。
長らく建設中だった、平安京が完成した。
俺は、魔力の流れの中で作り上げた空間から、ハルカやアマタと共に、新しい都の様子を眺めている。
「すごく大きな都ね……平城京も大きいと思ったけれど、こっちも凄いわ」
「本当だね! あの真っすぐな道、めちゃくちゃ広いよ!」
隣で、ハルカが感嘆の声を上げる。
もう一人、アマタが目を輝かせていた。
今日のアマタは、5体に分かれず、1体の少年の姿をしている。
産まれた当初から幾分成長して、今は13歳程度の少年に見える姿だ。
全体的に中性的な顔立ちで、やはりハルカによく似ている。
俺は、そんなアマタが見つめる、都の中央を南北に貫く大路について、データベースを参照した。
「あれは朱雀大路だな。道幅が約84メートルもあるらしい」
「84メートル……!」
ハルカが、目を丸くする。
「そうだ。この朱雀大路が、都を左京と右京に分けている」
俺は、説明を続けた。
平安京は、碁盤目のように整然と区画されている。
東西南北に直交する街路で、町を「条」「坊」「町」に分ける都市設計──所謂、条坊制だ。
「唐の長安や洛陽の影響を受けた設計だな。平城京も同じ構造だったが、平安京はさらに洗練されているようだ」
「今までの平城京とは、どう違うの?」
アマタが、興味深そうに訊ねる。
「まず、規模が違う。平安京の京域は、東西約4.57キロメートル、南北約5.32キロメートルだ」
俺は、魔力の流れで都の全体図を映し出した。
「平城京よりも、広いの?」
「ああ。そして、都の北部中央に平安宮――大内裏を置いている。これを北闕型という」
俺は、都の北端にある宮殿を示す。
「北闕型……?」
「天皇の儀礼や政務を、都の北部に集中させる配置だ。南に開いた構造で、朱雀大路が南に向かって伸びている」
アマタが頷き、ハルカがその様子を微笑ましいものを見る瞳で見つめている。
「そうなんだ……南に開くのは、何か意味があるの?」
「風水的な意味もあるし、政治的な意味もあるな。南は陽の方角で、権威の象徴だ」
俺は、さらに説明を続けた。
「それから、平安京は水運が発達している。賀茂川、桂川など、周辺の河川を活かした交通網が整備されているわけだ」
「川を使って、物資を運ぶんだね」
「その通り。都の維持には、膨大な物資が必要だ。川を使えば、効率的に運べる」
未だ未発達な陸路に比べ、船での移動は重量物を大量に運べる利点がある。
その点で都の傍に利用しやすい水路を見込める平安京は、都市の基礎設計時点で優れていると言えた。
アマタが、感心したように頷くが、不意にある一方を指差す。
「でも、右京の方は、まだ完成していないみたいだよ?」
「よく気づいたな。そうだ、右京は当初未完成だったらしい」
俺は、右京の様子を映し出す。
確かに、左京に比べて建物が少ない。
「なんで、完成してないの?」
「色んな要因があるが、まずは地形の問題だ。右京は湿地が多く、建設が難しかった。それに、財政的な問題もある」
俺の説明を聞いたハルカが、少し心配そうに訊ねる。
「大丈夫なの?」
「ああ。時間をかけて、徐々に整備されていくだろう。今は、左京を中心に発展していくのを優先してるという事だ」
むしろ、と俺は告げる。
「もっとも、一番優先したのは、霊的な防御の面だな」
「霊的な防御……そうよね。ずっと怨霊に苦しんでいたもの……」
幾つもの怨霊に苦しんだ朝廷の事を思いだしたのか、ハルカの声が沈む。
「だからこそ、この平安京は早い内から守りを固めているわけだ。特に北東の鬼門の方角には、比叡山延暦寺、日吉大社、貴船神社、鞍馬寺などを置いて万全の構えだ」
俺は、都の北東を示す。
思い返せば、大怨霊から変じた大怪異は、平城京の北東の方角から攻め込もうとしていた。
鬼門と言うのは、やはり不吉な方角なのかもしれない。
「鬼門って、悪いものが入ってくる方角だよね?」
「その通り。だから、寺社を配置して、霊的に守るんだ」
ハルカが、感心したように呟く。
「すごいわ……ちゃんと考えられているのね」
「ああ。更に今後、南西の裏鬼門にも、守りが置かれるだろう」
俺は、後の時代に建てられる石清水八幡宮の事も説明する。
「裏鬼門も守るんだね」
「ああ。鬼門と裏鬼門、両方を守ることで、都全体を守護する」
感心した様子の、ハルカとアマタ。
俺も、平安京の設計の巧みさに、改めて感心した。
人々は、霊的な脅威を理解し、それに対抗する術を持っている。
そして、それを都市設計に組み込んでいるのだ。
「素晴らしい都だな。長くこの国の首都であり続けたのも、基礎設計が優れていたからか」
俺は、そう結論づけた。
「凄いね、お母さん、お父さん」
「本当に。みんな、頑張って作ったのね」
アマタが目を輝かせ、ハルカが、優しく微笑む。
その光景に満たされながら、俺は視線を朱雀大路に戻す。
すると……
「ん……?」
ある物を見つけた。
「どうしたの、アナタ?」
「いや、あの牛車、見た事があると思ってな」
俺は、朱雀大路を進む牛車を指さした。
立派な牛車だ。武官の地位にある者が使う、格式の高いもの。
「あ、アマテラスお姉ちゃんだ!」
アマタが、声を上げた。
確かに、牛車の内から、特徴的な魔力の気配がある。
鈴鹿御前――アマテラスだ。
そして、その隣には田村麻呂が座っている。
二人は、同じ牛車に乗っているらしい。
「二人とも、仲良さそうね」
ハルカが、嬉しそうに微笑む。
「ああ。どうやら、正式に夫婦になったようだからな」
俺は、二人の様子を観察した。
牛車の中で、田村麻呂とアマテラスが何か話しているようだ。
アマテラスは、幸せそうに微笑んでいる。
「良かった……アマテラスお姉ちゃん、すっごく幸せそうだね!」
アマタが、心から嬉しそうに言う。
「ああ。俺も、そう思うが……これ以上は無粋か」
仲睦まじい二人の逢瀬だ。
邪魔するのも、のぞき見も、避けた方が後々の為だろう。
俺は、そっと視点を切り替えることにした。
【アマテラス】
私は、今、田村麻呂様と共に牛車に揺られています。
田村麻呂様の、妻として。
その為、今はある名を名乗っています。
高子。三善氏の養女となった際に頂いた名前です。
かつて田村麻呂様から頂いた、鈴鹿御前の名も、久しくなってしまいました。
それを寂しく思う事もありますが、田村麻呂様と二人きりの時には、何時かの名を読んでいただけるので、それでよいのです。
何より養女の件は、私が田村麻呂様と正式に結ばれるための、必要な過程でしたから。
田村麻呂様と平城の都に着いた折、私の処遇を巡って、すこしばかり騒ぎになってしまいました。
神霊にも通じる気は、押さえていても内から漏れ出してしまいます。
その様な女では、身元が分からない鈴鹿御前のままでは、朝廷から認められる田村麻呂様に嫁ぐこと難しいのでしょう。
長い間貴族の世界、政治というモノを見て来た私ですから、その点は理解できました。
ですが、誰より田村麻呂様が私を傍に置くことを望まれたのです。
そこで、坂上氏と以前から親交があった三善氏が、私を養女として引き受けてくれることになりました。
巫女としての力を示したことや、義父となられる清継様が私を見て認めて下さったことが、受け入れて頂けた理由なのでしょう。
そして、私は三善氏の高子として、田村麻呂様の妻となったのです。
「高子……鈴鹿、揺れは大丈夫か?」
田村麻呂様が、優しく訊ねてくださいます。
牛車の揺れは、確かに少し激しいのですが、これ位は平気です。
「ええ、大丈夫です。貴方様こそ、お疲れではありませんか?」
「この程度はな……ただ、牛車は自分で動くのとはまた、勝手が違うのが難点だ」
「ふふっ、確かに、貴方様は疾風の如くに動かれますものね」
私は、微笑んで答えました。
牛車は、ゆっくりと朱雀大路を下り、五条を東へ向かっています。
今日、私たちが向かうのは清水寺。
清水寺と、私たち夫婦には、深い縁があります。
かつて、私のお産の際、薬として鹿の肝を求めた田村麻呂様を、清水寺の僧が諫めたという事がありました。
その縁で私たちは、清水寺の仏堂を建立するなど、深く帰依するようになったのです。
「……次の遠征は、左程ではない相手だ。直ぐに戻れるだろう」
「ええ。でも、貴方様のご無事を祈らずにはいられません」
不意に真摯に私を見つめて、田村麻呂様は告げらえました。
坂上家は武の家柄。
安定を欠く奥州の情勢に釣られ、山賊に身をやつすなどの者達は未だ多く、田村麻呂様はそれらの討伐に奔走されています。
この度も、西国で街道を荒らす者が居るとか。
もちろん、武に秀でた田村麻呂様が、弟のスサノオが見込んだ方が、その様な賊に後れを取ることなどありません。
ですが……。
「心配をかけて、すまない」
「いいえ。田村麻呂様のお役目ですもの」
田村麻呂様が、申し訳なさそうにおっしゃられますが、私は首を横に振ります。
戦の場は何が起きるかわからないもの。
無事を願うのは、妻として当然のことなのですから。
同時に、私が本当に心配しているのは、この先の事です。
私は、生前より高い霊力を持ち、先の事が幾らか判りました。
そのうえ、魔力に宿る意思としての知識も持ち合わせています。
だから、知っています。
この先の歴史で、田村麻呂様の行く手には、激しい戦いが待っていることを。
蝦夷との戦いと、その将軍、阿弖流為との対決を。
多くの血が流れる戦いが、待っていることを。
「鈴鹿?」
田村麻呂様が、心配そうに私を覗き込んでいました。
「あ、すみません貴方様……少し、考え事をしてしまって」
「無理をするな。何か心配事があるなら、言ってくれ」
田村麻呂様が、優しく語り掛けてくださいます。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
私は、田村麻呂様の手を握りました。
温かい手。
強い手。
あの時、この手が私を守ってくれました。
だから今度は……私が守りたい。
しばらくして、牛車は清水寺の近くに到着しました。
「さあ、着いたぞ」
田村麻呂様が、牛車から降りて、私に手を差し伸べる。
「ありがとうございます」
私は、その手を取って、牛車から降りました。
境内の静かな空間と、清められた空気。
私は、深く息を吸い込みます。
「さあ、参りましょう」
私は、田村麻呂様と共に、本堂へ向かい、そして、仏前で手を合わせます。
――どうか、田村麻呂様をお守りください。
――どんな戦いが待っていても、無事に帰ってきてくださいますように。
――そして、一日でも長く、共に過ごせますように。
私は、心の底から祈りました。
隣で、田村麻呂様も祈っていらっしゃいます。
きっと、国の平和を祈っているのでしょう。
自分のことではなく、人々のことを。
そういう人だから、私は惹かれたのです。
そういう人だから、守りたいと思ったのです。
「……高子」
祈りを終えた田村麻呂様が、私を呼びました。
「はい」
「いつも、ありがとう」
私が顔を上げると、田村麻呂様の、優しくも凛々しい微笑みがありました。
「いいえ。私こそ……こうして、田村麻呂様と共にいられて、幸せです」
私は、心からそう答えます。
本当に、幸せ。
こうして、愛する人と共にいられることが。
でも、同時に、不安も消えません。
この先、どんな困難が待っているのか、私は知っています。
だから、今は、この幸せな時間を、大切にしたいのです。
そして、どんな時も、田村麻呂様の傍にいたいのです。
そんな私へ、田村麻呂様が再び手を差し伸べてくださいました。
「さあ、帰ろうか」
「はい」
私はその手を取り、願います。
この手を、絶対に離さないと。
再び牛車に乗る私達の背を追うように、清水寺の鐘が静かに響いていました。
書き溜めが尽きているため、しばらく投稿が不安定な可能性があります。




