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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
間章3 ~時代の間のこぼれ話~

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醤と書いてひしおと読む話

(……中々にイケるな)


俺は、魔力の流れの中で作り上げた空間で、再現された料理を口に運んでいた。

ジュウジュウと音を立てるのは、火から下ろされたばかりと言った風情の焼き魚。

魔力の流れの中で疑似的に再現したものなので、実際に調理をしたわけではないのだが、中々の再現度だ。

舌先で溢れる汁など、味わうほどに蕩けるよう。

更に、表面に塗ってあった『タレ』の具合が絶妙で、思わず白米が欲しくなる。


俺たちダンジョンコアに宿る意思には、実際の肉体がない。

だが、魔力で疑似的に再現した身体を使えば、食事の感覚を味わうことができる。

生身の感覚を忘れない為にも、こうして生身の生活を再現するのは有用だった。

何より、こんな体でも美味い食事が出来るというのは、最高だ。



今、俺の前には、奈良時代の料理が並んでいる。

以前決めた通り、『此処で再現するものは、この時代で入手可能なもの』と言う縛りはそのまま。

その上で、此処まで多彩な料理を用意できるようになったことは……。


(アナタ、これ、本当に美味しいわ!)


隣で、ハルカも嬉々として食事を楽しみ、微笑んでいる。

特に、この時代になって広まりつつある調味料がお気に入りの様だ。

生前から食いしん坊だった彼女にとって、食事の進化はこの上もなく喜ばしい事なのだろう。

俺も、焼き魚を食べ進める。


(ああ、これからこういう調味料が広まるんだ。楽しみだな)


俺は、目の前の焼き魚を見つめた。

見事な焼き色と、たっぷり塗られた褐色の『タレ』。

このタレは、酢とある物を混ぜて作られていた。

ひしおだ。


(醤か……醤油と味噌の元になった調味料、か)


俺は、生前の歴史を元にした、データベースを呼び出した。

奈良時代で、使用された様々な調味料について調べるためだ。


まず、基本である、塩。

これは、岩塩や海水から作られるおなじみのものだ。


次に、酢。

米や果実を発酵させて作られ、早い時期から調味料として認知されてる。


他には酒も、調味料として使われていた。


だが、最も興味深いのが、醤だ。


(醤は、豆などの穀物や魚介類を塩と共に発酵させたものなんだな……)


醤油の元と考えると大豆などが浮かぶが、他にも魚介類を元にした魚醤──タイのナムプラーやベトナムのニョクマム、秋田のしょっつる等──なども含まれる。

種類も多く、肉を使用した肉醤などもあるらしい。

そして、日本国内の穀醤は、後の味噌や醤油に繋がっていくのだとか。


(確か、万葉集にも、醤が出てくるんだよな)


俺は、ハルカに話しかけた。


(ハルカ、知ってるか? 万葉集に、鯛を食べる時の歌があるんだ)

(あら、どんな歌?)

(「醤酢に蒜搗き合てて鯛願ふ我にな見えそ水葱の羹」ってやつだ)


俺は、その歌の意味を説明する。


(醤と酢を混ぜて、ひる……今で言うニンニクみたいなものを入れたタレで、鯛を食べたいって内容だ。水葱の羹は、水葱の汁物のことらしい)


ハルカが、目を輝かせる。


(素敵! みんな、美味しいものを食べたかったのね!)

(そうだな。そして、この醤は国家管理されていたんだ)


俺は、さらに説明を続ける。


(宮中には『醤院ひしおのつかさ』という専門部署があった。ここで、醤の製造が管理されていたんだ)


ハルカが、感心したように頷く。


(国が調味料を管理していたなんて、すごいわね)

(重要な食品だったってことだな)


そもそも、醤を作るために必要な塩は、古来から国にとっても重要なものとして扱われてきた。

国が専売することもあったり、通貨としても扱われたほどだ。

その塩を原材料とする醤が、国家管理の元作られるのは、妥当だと言わざるを得ないだろう。


そんな事を考えつつ、俺は、目の前の焼き魚を食べ進める。


旨い。


醤が塗られた魚は、香ばしく、旨味が濃い。

時代が変わっても、脂がのった魚の美味さは変わらないらしい。


(……うん、これは美味い……大根おろしを添えて正解だった)


そして、大根おろし。

大根も、日本に古くから在る食材だ。

租税として大根を納めたという記録が残る位に、広く流通していたらしく、庶民も食していたらしいという記録がある。

もっとも、こんな風に大根おろしとして料理に添えていたかはよくわからないが……この程度は、俺の裁量として魔力の中で再現しても良いだろう。

ハルカも、同じように焼き魚と大根おろしを共に口に運び、目を輝かせている。


(本当! 醤の味とすりおろした大根が、魚の旨味を引き立ててる!)

(……料理の進化って、すごいよな)


俺は、改めて思った。

調味料一つで、料理の味は大きく変わる。

そして、その調味料を生み出すために、人々は長い時間をかけて試行錯誤してきた。

この先も、より美味いものへと変化し続けるのだろう。


(……でも、みんながみんなこんな風にいっぱい食べられるわけでもないのよね)

(そうだな。そこはやはり身分の違いが出る)


俺は、再びデータベースを呼び出し、生前の歴史と、今のこの世界それぞれの場合での料理の映像を浮かび上がらせた。


(まず、貴族。彼らは白米を主食にしていた。そして、全国から集められた海産物、果物、乳製品が並ぶ。品目も多い)


鯛、鮑、鰹などの海産物。

柿、梨、桃などの果物。

そして、という乳製品。

蘇は、牛乳を煮詰めて作るチーズのようなもので、貴族の間で珍重されていた。


(次に、役人。彼らは玄米が多い。品目は貴族より少ないが、庶民よりは多様な食材が並ぶ)


役人の食事は、質素ながらもバランスが取れていた。


(そして、庶民。彼らは雑穀が主だ。粟、稗、麦などを混ぜたものを食べていた。他には、野草を少量、といったところだな)


ハルカが、少し寂しそうな顔をする。


(多くのひとたちの食事は、厳しかったのね……)

(ああ、その通りだ……俺が生きていた世界の、この時代では、な)


俺は、付け加えた。


(だが、この世界は違うらしいぞ?)


俺は、この世界での食事情を映像として表示する。

そこには、庶民であっても量だけは十分な食事が映し出されていた。


(この世界では、ダンジョンのおかげで、食材が豊富なんだ)


ダンジョンでは、様々な動植物が手に入る。


植物型のモンスターが素材として残す、魔力を含んだ野菜、果物。

魔物を倒して得られる肉。

これらは、常に供給され続けているのだ。


(特に、大仏建立のあの騒動の後は、朝廷がダンジョン攻略を積極的に推し進めているからな……ダンジョン産の肉類が供給過多になっているんだ)


俺は、各地のダンジョンの様子を思い出す。


兵士たちが、日々ダンジョンに潜り、魔物を倒している。

その結果、大量の肉や、その他素材が豊富に供給されていた。

こと、食べるだけなら庶民でも困らないのだ。


(飢餓の恐れがない。だから、生前の歴史よりも、はるかに庶民の生活は安定しているとは言えるかもな)


ハルカが、安堵したように微笑む。


(みんな、いっぱい食べられるのは、良い事ね!)

(そうだな。ただ、肉類は懸念もあるんだ。仏教が広まっているからな)


俺は、仏教と食事の関係について説明する。


(仏教の教えでは、牛、馬、犬、猿、鶏などの肉食が禁じられているんだ)

(そうなの?)

(ああ、まあ牛や馬、犬は家畜としての意味合いも大きいし、猿は人に似ている点が忌避感になって、元から食べることは少なかったようだが……)


一方で、鹿、猪、兎は禁じられていなかった。そのため、これらの種類は食べられることも多かったのだとか。

これは生前の歴史だが、この世界でも事情は似通っている。


(そして、この世界では、ダンジョンの中の生き物は、『禁じられた種類以外』という扱いになっている……まあ、戒律を決めたであろう天竺──インドにはダンジョンなんて無いからな)

(知らないなら、禁じる事も出来ないわよねえ……)


つまり、ダンジョンで倒した魔物の肉は、基本的に食べても良いとされている。


(ただし、戒律に厳格な僧の場合、それにも目くじらを立てることはあるな。肉食には変わりないから仕方ないが……)

(真面目なのは良い事だと思うけど、ね)

(まあ、それは個人の信仰の問題だな)


俺とハルカが、頷きあう。


(それぞれの信念は、尊重すべきね)

(ああ。そうだな……)


俺は改めて目の前の焼き魚を見る。

これも肉には変わりない。そう言った僧からしたら、疑似的に再現したこの料理も、非難の対象なのだろうか?


(……僧でもない俺が考えても仕方がないな)


俺は、話題を変えることにした。


(そう言えば、この魚だが……内陸の平城京では、海産物が貴重なんだ)


平城京は、奈良盆地の中にある。

海からは、かなり離れている。


(だから、海の魚は、非常に珍重される。生きたまま魚を都に届けた役人は、出世するとまで言われているんだ)


ハルカが、驚いた顔をする。


(魚を届けるだけで、出世?)

(そうだ。それだけ、新鮮な海産物は貴重だったんだ)


俺は、生前の歴史を思い出す。


(生前の世界でも、役人たちは色々と手を尽くして魚を都に運んだ。氷で冷やしたり、水槽に入れて運んだり)


当時の技術で、生きた魚を内陸まで運ぶのは、至難の業だった。

だが、それを成し遂げた者は、大きな評価を得た。


(この世界でも、同じだな。海産物は、今も昔も人気がある)


俺は、目の前の料理を見渡した。

魔力で再現された、奈良時代の食事。

焼き魚、野菜の煮物、雑穀のご飯、そして果物。

どれも、今この時代の人々が食べているものだ。


(……美味しいわね)


ハルカが、満足そうに呟く。


(ああ。でも、これはあくまで疑似的に再現したものなのがな……やはり、実際に現実の料理が食べたくなる)


これ等の食事の味は、あくまで再現されたものだ。

だからこそ、生身で食事をして、再現でない新たな感覚を感じ取りたいよ球がある。


俺は、ハルカに向き直った。


(今度、写し身で現世の生活を送る時には、実際の料理を楽しもうな)


ハルカの目が、輝いた。


(たのしみね! ワタシも、色々作ってみたいわ!)

(ああ。魔力で再現したものじゃなく、本物の食材で作られた料理をな)


俺は、約束する。

次に写し身で現世に出る時は、ちゃんと料理を楽しもう。

市場で食材を買い、料理を作り、一緒に食べる。

それが、俺たちの新しい楽しみになるだろう。


(楽しみだわ! どんな料理を食べましょうか)


ハルカが、嬉しそうに言う。


(そうだな……まずは、醤を使った料理を試してみたい。それから、海の魚も食べたいな)

(私も! あと、果物も食べたいわ。柿とか、梨とか)

(いいな、それ。じゃあ、色々と試してみよう)


俺たちは、未来の食事について、楽しそうに語り合った。

魔力で再現された料理も美味しいが、やはり本物には敵わないだろう。


実際の食材で作られた料理の味。

その土地の空気、人々の暮らし。


それらを、肌で感じながら食事をする。

それが、俺たちの次の目標だ。


(それにしても、食べるって、本当に良いものね)


ハルカが、幸せそうに微笑む。


(ああ。生きている実感があるよな)


俺も、同じように思う。

食事は、生きることの基本だ。

そして、美味しいものを食べることは、生きる喜びの一つだ。


(さあ、それじゃあ、続きを食べようか)


俺は、再び料理に手を伸ばした。

ハルカも、嬉しそうに頷く。

二人で、奈良時代の料理を楽しみながら、未来の食事に思いを馳せる。


それは、とても幸せな時間だった。

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― 新着の感想 ―
明治期に徴兵制の為調査したら、海岸部と内陸部で平均身長が全然違ったそうですから、動物性タンパク質摂取量の増加だけでも相当体格に影響が出そうですね。
天武天皇から始まる日本における肉食禁止の歴史が実質形骸化するのか。 ただの肉じゃなくダンジョン産の肉を食べ続けたら体格かなり大きくなりそうですね。
ダンジョンはどんな種類があるかな? 肉、魚、野菜のドロップ多いダンジョン?武器多めのダンジョン? 大仏作成のためのダンジョンは武器とか鉱石多かったので設定しているかと思った…… 内陸のダンジョンは魚の…
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