深海にてUMAれ潜むモノ
(……平和だな)
俺は、魔力の流れの中で作り上げた空間で、ゆったりとくつろいでいた。
和室を模した領域は、くつろぐには最適だ。。
隣には、ハルカが座っている。
二人で、この国の様子を眺めながら、穏やかな時間を過ごしていた。
平安京の建設も順調だ。
各地の瘴気も、国分寺の効果で徐々に浄化されている。
今のところ、大きな問題はない。
(平和だな……そろそろ、写し身を使って現世で過ごすのもいいかな)
(あら、素敵ね。今度はワタシも一緒よ?)
俺は前回のアバターでの活動の際、荒れる時代だと予想出来ていたため、ハルカを残して現世で過ごした。
だが今度は共に同じ時間を共有したい。
その想いは遥かも同じの様だ。
(ああ、勿論だ。平安京が出来たら、そろそろ……ん?)
そう思い、次の予定を口にしようとした時、この領域にやって来る者が居た。
(アキト様、ハルカ様。少し良ろしいか?)
それは、海中のコアを任せているイザナギだ。
了承すると、空間の入口から、イザナギが入ってきた。
(イザナギか。どうした? 何かあったのか?)
(見せたいものがありまして……)
そう言うイザナギは、何とも奇妙な様子だ。
元は倭国統一の王で、普段冷静な彼が、こんなに戸惑いと混乱の色を浮かべるのは珍しい。
気になりつつ俺が頷くと、イザナギは魔力の領域に何かを映し出し始めた。
そこに現れたのは、昏い水中の様子だった。
(深海、か……?)
俺は、首を傾げた。
真っ暗な海の底。わずかな光も届かない、静寂の世界。
恐らく、海中のコア付近の様子だろうか?
時折、発光する魚らしきモノが、彼方を通り過ぎていく。
(イザナギ、一体何が……?)
俺が尋ねようとした時、突如、画面に何かが通り過ぎた。
白い巨大な何かが。
(……何だ、今のは?)
身をくねらせる動きを微かに捉えていたので、恐らく生物であろうことは判る。
しかし、目の錯覚だろうか?
今のナニカには、魚のひれとは全く違う、人の手の様な器官を持ち合わせているように見えた。
それは、まるで真っ白い巨人のような……。
いや、巨人というより、人魚の方がフォルムとして近いか?
だが、それとも明らかに違う。
のっぺらぼうのような顔に、細長い身体。
人間に似ているが、明らかに人間ではない。
その奇怪な存在は再び映し出された範囲に現れると、画面奥へと、ゆっくり深海を泳いでいった。
(………何だあのUMA!?)
俺は、混乱した。
こんな生物、見たことがない。
データベースにも、該当するものがない筈……いや、該当例が、ある!?
(えっ、まさか、マジなのか?)
(左様。恐らくは……魔力が、深海に沈殿し、異形として変異したのではと)
イザナギが、静かに告げた。
(深海に……?)
俺は、驚きを隠せなかった。
確かに、魔力には水溶性の特性がある。これは、俺たちの共通認識だ。
日本国内では、湖などでは、魔力が溜まり込み、精霊として至る。
そして、長い時間をかけて、神へと発展するのだ。
ただし、水の動きが速いと、精霊として形をなすまでに至らない。
だから、流れの速い川などでは、精霊化しない、と言うのがこれまでの事実だ。
流れが緩い大河や、流れが停滞した淀みがある場合は、精霊となることもあるが、それらは例外と言っていいだろう。
そして精霊に信仰が向けられた末に、神と呼ばれる領域に達する場合があった。
一方、海では事情が変わる。
そもそもの海水の容量が多すぎて、水に混ざり流れ込んだ魔力は、濃度の関係で精霊に至らない、そう思っていた。
事実これまでその様な事例はなく、また魔力は海水に溶けやすい為に海産物が魔力で変異することも無かったのだ。
しかし、目の前に映し出された光景は、俺達の常識を完全に打ち破るものだった。
(……見ての通りで御座います。我らもこのように海底を見ることはそうそうなかったもので、この度初めて見つけた次第でして)
(基本的に、深海のコアネットワークの拡張は、手探りも同然だからなあ……)
海底のコアネットワークの拡張は、耐海水加工を施したゴーレム型のモンスターにコアを埋め込み、遠隔で歩かせて進ませている。
地殻のエネルギーが強いプレート境界を沿うように進ませ、コア同士で魔力をやり取りできる限界まで進んだら、ゴーレムごと海底を掘り進んでコアを地底に埋める方式だ。
その為、海底の様子をいちいち確認などしてこなかった。
多少の障害物は、ゴーレムが自動で判断し迂回などするからだ。
(それが、海中で急に動きを阻害される事態が起きましてな。確認してみると、この様に……)
イザナギが、発見の経緯を説明する中、俺は何が起きているかに考えを巡らせる。
ダンジョンができてから、数万年以上が経過した。
更に、海中の火山や大陸プレート境界にダンジョンコアを設置し、海中にも膨大な魔力が流れ込むようになった。
魔力の多くは海流などにかき混ぜられ、霧散する。
しかし、それら魔力も、最終的には沈殿し深海に至って……そこは、流れもない静寂な世界だ。
これまで海に流れ込み続けた魔力は、その殆どが深海にたまりこんでいたという訳か。
(結果、深海で魔力の影響を受け、変異した海の動物が生まれるようになっていた、のか)
俺はそう結論付ける。
ダンジョンの機能でも、深海は動物が変異するのに十分な魔力濃度があると示していた。
(……マジか)
俺は、頭を抱えた。
そんなこと、全く予想していなかった。
いや、確かに、海中にもダンジョンコアを設置した。
だが、それが原因で、こんなことになっているとは。
(待て……あの白い巨人は……)
そこで俺は、ふと思い出した。
生前、あの姿をネットで見たことがある、と。
南極海に住まうという、人間に似た白い巨大生物。
通称『ニンゲン』と呼ばれるUMAの話。
都市伝説的な存在で、実在するかどうかも怪しい代物の筈なのだが……。
(まさか、俺の記憶を魔力が参照して……?)
改めて映し出された深海の様子を見る。
……2体に増えていた。
俺は、愕然とした。
魔力は、触れたもの精神に影響を受ける。
その特性から、長年ダンジョンコアをやっている俺の記憶は、魔力に影響を与えまくっていることになる。
事実、それを元に、動物が変逸したり、様々な現象や環境を生み出すことがあった。
それを踏まえれば、あの「ニンゲン」も、俺の記憶から生まれたであろうことは間違いない。
(なんてこった……)
俺は、深くため息をついた。
だがそんな俺に追い打ちをかける様に、イザナギは映像を切り替えた。
そこには、他の変異した生物が映っていた。
数百メートル級の、巨大なイカ。
ダイオウイカどころの騒ぎではない。
まるで、山のような大きさだ。
そして、シーサーペントとも言うべき、巨大な海蛇。
その長さは、優に千メートルを超えているだろう。
(……途方もないな)
俺は、完全に言葉を失った。
多くの変異動物が辿る、巨大化方向の変異。
それが、深海でも起きていたのだ。
ただ、救いがあるとすれば……。
(今の所、魔力が濃厚な深海に生息域が留まっているみたいだな)
映し出される光景は、全て深海だ。
海面近くの光景は無い。
恐らくあれら怪生物を人が目にすることはない筈。
そこまで考えた時、不意にそら恐ろしくなった。
(いやまて……今後はどうなる?)
俺は、ダンジョンコアの機能を使い、未来を予測した。
ダンジョンから放出された魔力が、様々なルートで流れ込み続ければ、いつかは海面近くまで全て魔力交じりになるはずだ。
その時期を、ダンジョンの機能が予測する。
(……およそ、千数百年後か)
おそらく、20世紀から21世紀頃。生前の俺が生きていた時代だ。
(……ため息しか出ないが……猶予もあるというべきか)
俺は、深く息を吐いた。
(アナタ、それで、あの生き物はどうするの?)
(どうする、って言われてもな……)
ハルカが、訊ねてくるが、さてどうしたものか。
深海の異形だが、正直なところ、今すぐにどうこうしなければいけない問題ではない。
今回、ゴーレムの進行を妨げたようだが、深海仕様のゴーレムは強靭だ。
あの程度のUMAにどうこうされるはずもなく、討伐する必要は感じなかった。
恐らくあの『ニンゲン』も、海底で動く物に興味を持っただけなのだろう。
(まあ、放置でいいな)
(承った)
俺の言葉に、イザナギが一礼する。
同時に。他の海底のUMA達も放置で良いだろう。
深海は、人間の生活圏から遠く離れている。
あの生物たちが、人間を襲うことは、まずない。
そして、千数百年後のことなど、今考えても仕方がない。
(……後回しにしよう)
俺は、そう決断した。
(今は、地上のことで手一杯だ。深海のことは、また後で考える)
イザナギとハルカが、頷く。
(御意に。また何かあり次第、報告致す)
(ありがとう、イザナギ)
イザナギは、領域から去っていった。
俺とハルカは、改めて深海の映像を見つめる。
そこでは、「ニンゲン」や巨大イカ、巨大海蛇が、楽しげに深海の闇を泳ぎ回っている。
彼らにとっては、深海こそが故郷なのだろう。
魔力に満ちた、快適な環境。
(……まあ、アレはアレで、幸せそうだな)
俺は、小さく笑った。
地上には地上の、深海には深海の世界がある。
それぞれが、独自の進化を遂げている。
それもまた、この世界の在り方なのかもしれない。
そんな事を思いながら、俺達はしばらく海底の光景を見つめ続ける。
『ニンゲン』が通り過ぎた余波で生まれたのだろうか?
小さな気泡が、海底から零れて、ゆっくりと昇って行った。
そういえば、人物紹介を含めると100話到達したようです。




